書評

ローン・ハート・マウンテン

ローン・ハート・マウンテン ハート・マウンテン 日系人 強制 収容所 エステル 石郷 古川暢朗 アカデミー賞 待ちわびる日々
A4変型並製138頁
定価:本体価格2000円+税
1992/08/15発行
booktitle
ローン・ハート・マウンテン
zeikomi
¥0円


日系人強制収容所の日々

booktitle
ローン・ハート・マウンテン
zeikomi
¥0円

「パール・ハーバー」に対する報復として、日系人11万人が強制収容所に抑留された。収容から50年、アメリカを内部から静かに告発する本書は、紆余曲折を経て、日本と日本人にとっても両刃の剣として甦る。──もう一つのアメリカ。アカデミー賞受賞作品「待ちわびる日々」原作。

書評

アメリカの収容所に入れられた日本人たち

「朝日新聞」天声人語

 さきの大戦中に、米国は、日本人の血が流れているものを強制収容所に入れた。そして一昨年、それについて大統領が謝罪し、補償を始めた。そのことは、広く知られている。
 あまり知られていないことだが、収容所に入った白人の米国人女性が、その生活を何百枚もの絵に描き詳細な文につづっていた。日系二世、アーサー・シゲハル・石郷さんの妻エステルさんである。その絵と文をまとめた本が訳された。古川暢朗訳『ローン・ハート・マウンテン』だ。
 エステルさんは、夫とともに収容所に赴いた。最初はカリフォルニア州ポモナ、ついでワイオミング州ハート・マウンテン。三年四ヶ月に及ぶ、苦しい日夜である。一家族が一室の原則。水道も便所も食堂も離れた棟にある。老人や幼児には大変な生活だ。
 女性用便所の前にはドアがない。男性用には横の仕切りもない。男性の浴室はシャワーだけだ。人々は板を拾い集め、シャワーの下に湯船を組み立てる。絵が伝える情景が生々しい。音楽や演劇の好きな人々がショーを開く。特技を生かした勉強のクラスもできる。
 医療経験者が、にわか仕立ての病院もつくった。肩を寄せ、助け合う生活を線画が的確にとらえている。この政策は間違いだとエステルさんは確信していた。当時、一世には市民権を得るすべはなかった。「十年もすればみんな死んでしまう」と当局者が軽く言う。
 戦争が終わる。収容所を去る日、凍った土から亀を掘り出して荷物に入れる子がいた。石郷夫妻はカリフォルニア州にもどる。夫は五七年に、妻は九〇年に亡くなった。「敵意と危険の中に置かれた時、愛する者と一緒にいたいとだれでも思う」とエステルさんは言っていた。
「山々と海原が幾重にも横たわってお前たちを隔てようとも、この空のもと、大地の上では、人間は皆同じなのだ」と本は結ばれている。

収容生活通して描かれた人間への信頼感

石川 好
作家

 北米大陸への日本人移民上、最大の事件は、1941年12月に開始された日米戦争と、それによってもたらされた、日本人および日系米人の強制収容であろう。その強制収容より今年は数えて50年に当たり、去る2月全米の日系人は、大々的にこれを取り上げ、各地で記念(?)式典が催された。
 アメリカに生まれながら、正当な法的手続きを経ずして収容された日系米人と、祖国日本と生活しているアメリカが戦争に突入するという一大事に出合った日本人移民の物語は、古くは藤島泰輔が『忠誠登録』で、そして山崎豊子が『二つの祖国』で、また日本人写真家の宮武東洋の写真集でなど、これまでにも多く紹介されてきた。
 全米10カ所に収容された日本人および日系米人は合わせて11万強。この中には、同じ東洋人の顔をしていたのでは日本人と間違えられるおそれがある。それなら収容されていた方が安全だと、韓国人で日本語の話せる人も入っていたとの話もあるが、全ては日本人及び日系米人であると思われていた。
 ところが、ここに紹介する著書の作者エステル・石郷さんは、れっきとした白人女性である。主人が日系二世であったため、ラストネームが石郷だったにすぎない。1920年代当時カリフォルニア州では異人種間の結婚が州法で認められていなかったので、2世の石郷氏、著者エステルさんはメキシコのティワナにまで出かけ結婚している。そうしたことまでして結婚した二人であるがゆえにか、日米開戦となり、主人の石郷氏が強制収容された時、エステルさんも(アメリカ人女性である彼女はその必要はなかったのだが)収容所に同行する決意をする。かくして、ここに、白人女性で、唯一日系人強制収容所を体験することになる人間が現われることになる。
 これだけの話なら、歴史は彼女の存在を世に伝えることはなかったはずだが、エステルさんは絵描きであったため、アメリカ史上、まれなこの体験を、絵筆にして残しておいたのである。それが、今回、刊行された、本書である。
 エステルさん夫婦が収容されたのはワイオミング州のハートマウンテン収容所。夏は暑く、冬は寒い砂漠地帯で、エステルさんのスケッチは見事なまでに、ワイオミングの荒涼とした風景を描き、同時にそれに収容された人々の日常生活のディテールをも描き込んで、資料的な価値も十二分にある。収容された人々の生活をこれほどよく描いたものは他になく、著者の人間に対する信頼感が伝わってくる。告発の書である以上に、これは画家の作品集となっている。彼女をテーマにした映画で日系3世の監督スティーブン・岡崎がアカデミー賞を受賞したことは記憶に新しいだろう。

目次紹介- 抜粋 -

プロローグ はじめに
強制疎開
出発
ローン・ハート・マウンテン


忠誠
アメリカ人
 日本語版のための資料・翻訳者あとがき

エステル・石郷

えすてる・いしごう

booktitle
エステル・石郷
zeikomi
¥0円
エステル・いしごう

1909年カリフォルニア州オークランドに生まれる。幼児期より画家の父ブラッドフォード・ペックより絵画の指導を受ける。
1926-28年ハリウッド・アート・センターで美術を学ぶ。
1928年、アーサー・シゲハル・石郷と結婚。
1942年カリフォルニア州ボモナ仮収容所、ワイオミング州ハート・マウンテン収容所に抑留される。
1945年ハート・マウンテン収容所を出る。
1957年、アーサー・シゲハル・石郷死亡。
1972年収容所で描いた絵が展覧会で展示される。『ローン・ハート・マウンテン』出版。1989同書再販。
1990年エステル・石郷死亡。
1991年3月25日、『ローン・ハート・マウンテン』をベースにした「待ちわびる日々──エステル・イシゴウの生涯と芸術」がアカデミー賞受賞。(ドキュメンタリー短編部門。監督スティーヴン・岡崎)

古川暢朗

ふるかわ・はるお

booktitle
古川暢朗
zeikomi
¥0円
ふるかわ・はるお

1935年福岡に生まれる。西南学院大学文学部英文科卒業。
南カリフォルニア大学、ゴールデン・ゲート・バプテスト・セミナリー、センチュリー大学の各大学院修了。スタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレイ校の大学院でポスト・ドクトラル・スカラーとして研究。
元カリフォルニア州立大学ドミンガス・ヒルズ校教授、西南学院大学文学部教授。Ph. D.