もっと火を

山の暮らし
重松博昭
(しげまつ・ひろあき)
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重松博昭
zeikomi
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しげまつ・ひろあき

1950年福岡に生まれる。 1974年、大学中退、結婚したばかりの妻と新天地(約1ヘクタールの栗山)に移り住み、自給自足をめざして「シロウト農法」を営む。 現在、栗山は雑草園に、そこでくらす鶏達の卵で最低限の収入を得ている。3人の子はすでに巣立っている。 著書に『山羊と暮らした』(葦書房)『われら雑草家族』(石風社)がある。

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もっと火を
zeikomi
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 薪は三度、暖めてくれる。最初は薪拾い。雪の日も乾いた粉雪であれば悪くない。半分は遊山気分だ。何しろ山が一変する。早朝の白一色は深く恐い。魂がゾクゾクと震える。雑木林の中は白く暗い。静寂が沈んでいる。天の灰色と木々の白が覆いかぶさってくる。だが山の気はどこまでも放たれていて天高く突き抜けるようだ。枯れ木をボッキリと折る乾いた音が山じゅうに響き渡り、枝々の雪が粉に散り、一瞬視界が冷たい白にふさがれた。
 地面に横たわった木は大抵ボロボロなので、立ったままの枯れ木の方が良い薪になる。ある程度集めたところでロープで薪を束にして、雪の上を滑らせ、時に私自身も仰向けに横になって滑りながら下っていく。
 次は長いのを鋸で切り、太いのを斧で割る。鋸引きはちょっと重苦しいが、薪割りには解放感がある。ほとんどの面白いゲームがそうであるように結構難しい。容易に狙った線にピタリと刃を下せない。左利きなら右腕を主役に力まずに全身でしなやかに弓のように。どこにスパッと離れる割れ目があるか、相手をよく知ることも大切だ。野球のバッティングにも剣道にも鍬打ちにも餅つきにも通じる。
 薪の炎も暖めてくれるだけではない。底知れぬ美しさがある。見つめても見つめても尽きるということがない。心が地に足ついて安らぐ。解き放たれる。
 最高の料理人だ。例えば焼魚、イワシ、サバ、サンマ・・・・半身が焼けて引っくり返し、焼きながら食べる。抜きたておろしたての大根おろしの冷たい辛味が又絶妙に合う。焼肉、カキ、シイタケ、白ネギ、カンコロ、モチ、パン・・・。鉄板の上でお好み焼き、ホットケーキ、目玉焼き・・・。火を囲んでの鍋物も、湯気の立ち昇る蒸し物も、グツグツと煮込みもいい。
 人間自身がもちろん低温でだが、煮込まれるのもいい。五右衛門風呂は身と心の芯まで暖めてくれる。こんな最高の快楽を現代人は惜しげもなく捨ててしまった。より多くより安楽に、よりクリーンをどこまでも求めて。
 ま、わからないこともない。確かに面倒だ。薪置き場もいるし煙も灰も出る。何より危険だ。一旦放たれた炎のエネルギーにはすさまじいものがある。
 私達がこの地に生き始めて七年目の晩秋、最初の掘っ立て小屋が全焼した。カマドの火が私が不用意に置いた鉋屑(かんなくず)に移り、バケツを持って駆けつけた時、炎は巨大な生き物のように壁を這い上がろうとしていた。一気に炎は膨れ上がり小屋全体を呑み込んだ。一家全員無事に逃げ出すのがやっとだった。
 なめていたのだ。火を、いや生きることを。私には致命的に愚かしい所があった。自分には他と違う何かがある。どんな困難にも負けないと何の根拠もなく思い込んでいた。幼い頃から冒険物語を読み過ぎていたのかもしれない。その主人公のような気分でいたのかもしれない。圧倒的な炎に包まれて、私はただの臆病で弱い人間でしかないと嫌というほど思い知らされた。火が、生きることが、骨の髄まで恐くなった。生きることの過酷さをちょっぴりだが初めて知った。
 だから二番目の小屋は土間を広く高くした。薪ストーブを使っても安全なように。五右衛門風呂は母屋と離して作った。  もし私が物つくりに長けていたら、「もう一つの進歩」を追求しただろう。薪から炭、石炭等を経て、石油、天然ガス、そして電気へと至る「直線的進歩」だけが進歩ではない。薪には薪の進歩があっていい。その大前提に豊かな森林の育成があることは言うまでもない。まずもっともっと熱効率を良くしたい。火力調整がダイヤル一つでこまめにできたら。カマドとストーブを併せ持つ料理しやすいもの。オーブンとセットに。燻製もできたら。煙突を床下に通して床暖房にしたら・・・。
 さらに根源的なエネルギーと言えば日だろう。太陽熱温水器はもちろん、日と風と緑を存分に利用した家であれば、ほとんど冷暖房は必要ないのでは。私がもう少し若ければ、そんな第三の掘っ立て小屋に挑戦するのだが。
 もう一つ私達がすっかり忘れてしまった最も基本的なエネルギーがある。それは内なる火、自分自身の肉体だ。自動車よりも自転車よりも歩くほうが、農業だって人力の方がエネルギー消費は少ない。ちょっと食い物が増えるくらい。食べ過ぎの現代人には動いた方が病気も減り、ますます石油・電気の消費量は減るだろう。
 私達は自身の生を自身で生きる、自らの創造を取り戻さなければ。困難なしの創る喜びなどあるはずもない。どこまでも安楽を求めるならば、グローバル経済・巨大科学技術と心中するしかない。
 しかしこの安楽・死への欲望はかなり根深い。少なくとも私はそうだ。いつだってなーんにもしたくなくなる。だからこそ私は毎朝とにかく動き始める。動くことは最高・最善の暖房であり、そして最高の心のエネルギーなのだ。救いなのだ。

2012年1月29日