招かれざる客

重松博昭
2012/02/29

 

 つい最近まで山羊のメリーの仕業と思っていたのが、どうも真犯人は鹿のようなのだ。山の上に植えた苗木の葉と枝を食い尽くされ、ほとんど残っていない。故メリーが自由の身になったのは時たまのことで、それも上には行かない。ユズだけが何本も残り、豊かに葉を茂らせ、たわわな実りをもたらしてくれるのは、その刺(とげ)を鹿が嫌いだからだろうか。
 山の道を車で走っていてよく出会うようになった。二、三頭の時も一頭のときもある。すぐに逃げようとしない。じっとこちらを見つめ、やおら空を駆けるように走り去っていく。ほれぼれとするほどに美しく、威厳がある。山の精そのものだ。
 最初は猪(いのしし)だった。秋の初めに蒔いた人参の葉がめずらしくきれいに出揃い(夏の暑さが厳しくなり、年々人参の芽出しが難しくなっているのだ)、葉が茂り始めた頃、何を思ったのかブルトンザー共がやって来て、食い物もないのに畑を引っかき回したのだ。
 幸い被害は部分的で、間引きの手間が省けて助かったくらいで、初冬には青々と葉を茂らせ、長さ10センチほどの丸々と濃い橙色の根を収穫できるようになった。絶品だった。取ってすぐの天ぷらの揚げたて、甘く柔らかく香りに気品があって醤油も塩もいらない。
 12月初めの朝、人参畑に行ってみると、その4分の1ほどの葉がきれいに食いちぎられていた。翌日も翌々日も被害は続き、このままだとあの人参が食べられなくなると妻が悲鳴をあげ始めた。例によって仕事のしたくない私は少々葉が少なくなっても根は残るとのんびり構えていた。
 2、3日後の朝、天地がひっくり返ったような深刻な顔で妻が小走りで私のところにやってきた。ピース類が食べられたのだ。行ってみると畳8枚ほどのほとんど、先の部分が食べられている。足跡もある。鹿以外考えられない。根がしっかりしていれば又伸びてくるのだが。それにあり難い事に友人が育てていた苗を分けてくれるという。尚のこと鹿対策をやらねば。ピースご飯はもちろん、さやごとゆでて食べるあの野の甘みは捨て難い。
 ちょうどそんな頃、願ってもない助っ人がやってきた。ウーフ(WWOOF)という世界的しくみがある。訳すと有機農場で働きたい人々、1日6時間働いてもらい、こちらは食事・宿泊を提供する。金は介在せず、ボランティアでも見習いでも研修でもお客様でもない。あくまでも対等な人と人との関係だ。わが雑草園では2年半前から日本、アメリカ、デンマーク、韓国、イギリス、フランス、台湾、中国の20代、30代単身者が1週間から3ヶ月、暮らしを共にした。
 今回は初めて私達と同世代、日本人男性で大手自動車会社停年退職とか。バリバリの仕事人間か、うちみたいな破れ雑草園に合うかな。JR大分駅に迎えに行き、笑顔を見てホッとした。知的苦労人、表情や身のこなしは若いが、ずっと年上のような落ち着きがある。仕事も無駄なく着実、妻の注文通り、人参畑に網を張り、ピース畑を竹で囲ってくれた。鹿の被害はピタリと止んだ。
 ところで、このところうちの2匹の犬、クロとハッサンはご難続きだった。まず相次いで鹿・猪のための罠(わな)にかかった。なんとか軽症で逃れたが、今度はハッサンが近所のおばさんを噛んだカドで保健所に連行された。よくよくおばさんに確かめると、別の犬と判明。それでも放れていただけで条例違反、飯塚まで迎えに車で往復1時間余り、しっかり罰金も取られた。
 さらに最近、2匹と妻の近くの散歩コース、小川や小道も含めた田畑一面が物々しい鉄柵に囲まれ入れなくなった。これも「害獣」防除のため。
 一時的部分的には必要な処置だろうが、動物たちとの付き合い方が根本的に間違っている。犬がきちんと育てられ、人間自身もきちんと犬との付き合い方を学ぶなら、ほぼ24時間つながれる奴隷犬よりも、ある程度自由自立の心身ともに健康な犬の方が安全に決まっている。しかも役に立つ。近年、猪・鹿そして猿などによる被害が顕著になった一つの主因は、それらの天敵が減少・全滅したことにある。狐(きつね)、狼(おおかみ)等、そして自由犬。現にわが雑草園では去年の夏、ハッサンを放していたおかげで猪の害はなかった。
 完璧に囲って外敵が入らなければ、根本的に解決するのだろうか。現代文明社会得意の、単に嫌なものを排除しただけなのでは。
 なぜ彼等が人間社会にお邪魔するようになったのか。第一が彼等の生きる場が人間によって破壊されたこと。第二が私達が私達の生きる場を捨てようとしていること。快・楽をどこまでも求め、大地から逃れようとしていること。
 私達は「不快」を排除した。そしてその廃棄物が、山、川、田畑、海を致命的に汚染しようとしている。
 どっちが害獣なんでしょうね。

2012年2月12日

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