「秋来ぬと・・・」

山の暮らし
重松博昭
(しげまつ・ひろあき)
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重松博昭
zeikomi
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しげまつ・ひろあき

1950年福岡に生まれる。 1974年、大学中退、結婚したばかりの妻と新天地(約1ヘクタールの栗山)に移り住み、自給自足をめざして「シロウト農法」を営む。 現在、栗山は雑草園に、そこでくらす鶏達の卵で最低限の収入を得ている。3人の子はすでに巣立っている。 著書に『山羊と暮らした』(葦書房)『われら雑草家族』(石風社)がある。

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「秋来ぬと・・・」
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 それにしてもあの7月14日未明の雨はすさまじかった。時折重い雨音を夢の中に聞きながら漂っていた眠りからふっと覚めたのと、雨が一気に弱まったのと、ほとんど同時だった。空白の闇だった。妙に解放的な気分になって蚊帳から出た。深夜1時過ぎ。芋焼酎をトクトクとグラスに半分注ぎ、ゆっくりと口に含んだ。ぬんめりとした感触が梅雨にあう。明日は配達はない。餌やり以外急ぎの仕事はない。久しぶりにゆったりとした気分になって再び眠りに入った。

その直後、バケツというより天海を引っくり返したような雨。小屋全体というよりこの世界全部が滝壷に呑み込まれてしまったかのようだ。それも延々と続いた。

ようやく灰色に明け始めた5時前、土間に足を踏み入れようとして唖然とした。全体が池だ。深いところは10㎝以上ある。冷蔵庫、流し、水屋、それに卵の入った段ボール箱等はまだ浸っていないが、あと数センチと水は迫っている。やや弱まっていた雨足が再び強まりトタン屋根は轟音を響かせ、起きだしてきた妻とろくに話もできない。水位は目に見えて上がっている。土間の南西の隅から水が流れ込んでいる。あと30分もしないうちに何もかも浸ってしまう。排水口などないし出入り口の敷居の高さが50cmもある。動転する心を必死に押さえた。

こんな場合、方法は2つ、水を出すか、止めるか。どう見ても今から排水路を掘るのは時間がかかり過ぎる。カッパを着てスコップをひっつかみ外に出た。幸い予想通りだった。家の回りの水路の南西の一角から水があふれ床下に流れ込んでいた。明らかに私の怠慢、もう10年近くこの水路の点検をした覚えがない。ただ、水路とはいってもスコップで地面を掘るだけ、補修は簡単だ。どしゃぶりのなか、2,3分で床下に向かう流れを土でせきとめ、元に戻した。

土間の浸水は止まっていた。ありがたいことに、どこから浸水してもおかしくないのにこの1ヶ所だけだったのだ。妻はせっせとバケツで土間の水を流しに運んでいる。こんな時は妙に頼りになる彼女にお任せして、私は鶏小屋に。実はこちらの方が心配だった。小屋の全面池で餌箱がプカプカ(鶏達は全員、地上1mほどの止まり木に非難していた)ということが過去に何回かあったのだ。意外に、小屋の2つ、水が部分的に流れ込んでいただけ。山全体の水の流れが変わったのと、鶏小屋全体の土の床が高くなったためだろう。何年もの間に鶏糞や餌の残りの米ヌカやオカラや草や腐葉土等々が混じり発酵しフカフカに積み重なっているのだ。

餌やりを終え、下に様子を見におりて驚いた。大通りが土色の川だ。側溝から水があふれたのだろう。こんなことはこの地に来て(約40年)初めてだった。

 

7月後半から一転して灼熱地獄。ま、ここ雑草園は考えようによっては天国かも。日の光が強烈であればあるほど、木陰の涼しさは蘇生の思いだ。夕方の風は安らぎに満ちている。大空は深く、その天を渡る蜘蛛、泳ぐトンボ、はるかかなたを翔けるカラス・・・。

汗をかけばかくほど、五右衛門風呂の熱い天然湯が身も心も解きほぐしてくれる。そう、まさに天然、うちでは去年から太陽熱温水器のお世話になっている。シンプルなのがいい。太陽が直接水をあたためてくれる。これが水道水ではなく雨水ならもっといいのだが。

話はちょっと変わるが、太陽光発電パネルのため、温水器をやめる人がいるそうな。できるなら両方やっていただきたい。電気で熱を作るより直接熱を利用した方が効率がいい。余った電気をよそに回して、脱原発、減火力発電を少しでも現実的なものにしたい。

夜は蚊帳の中で山の気と虫達の声に包まれる。クーラーはもちろん、網戸も蚊取り線香も扇風機もいらない。これこそ究極の文明の利器、冬の湯たんぽと同様に復活してもいいのではないか。もっとも外気が熱く汚れていればどうしようもないか。

自然、朝は明けるか明けないうちに目が覚める。熱気が山じゅうに充満しない2,3時間のうちに主要な外の仕事をすませる。

それにしても、今年も盆を過ぎてもいつまでも暑い。昼前、卵取りの時の日差しがなんとも重い。その熱気に追いたてられるように木陰の鶏小屋に入った。座り込んで卵を集めていると、懐かしいさざ波のような声が響いてきた。ツクツクボウシだ。

今年はウーファーさん(助っ人)のTさんのおかげで、めずらしく秋野菜の畑の準備が着々と進んだ。必要最小限以外しゃべらない頼りになる男性だったが、何でもバリバリと食べ、ドブロクもうまそうに飲んでくれた。

彼が去って、急に夜が秋になった。

               2012年8月30日