盟友 クロ

山の暮らし
重松博昭
(しげまつ・ひろあき)
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重松博昭
zeikomi
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しげまつ・ひろあき

1950年福岡に生まれる。 1974年、大学中退、結婚したばかりの妻と新天地(約1ヘクタールの栗山)に移り住み、自給自足をめざして「シロウト農法」を営む。 現在、栗山は雑草園に、そこでくらす鶏達の卵で最低限の収入を得ている。3人の子はすでに巣立っている。 著書に『山羊と暮らした』(葦書房)『われら雑草家族』(石風社)がある。

コラム一覧

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盟友 クロ
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 一ヶ月以上、胃の調子が悪い。口の中が苦い。食いしん坊の私がどんよりとしか空腹を感じない。夜中、腹が張る。なんと由々しきことに酒がまずい。

 一念発起した。酒を断つ・・・のではなく(悔いが残る)、適量に減らすことにした。この際、どれくらいならマア身体に悪くなく、マア満足できてずっと続けられるか、究めてみようと思った。とりあえず焼酎であれば一合弱、どぶろくなら一合半から二合。断っておくが私は健康のために酒をのんでいるのではない。ただ飲みたいから、うまいから、空白の世界に漂いたいから飲んでいる。

 食べる方も原点に返ることにした。この所ろくにかまずに呑み込むのが常だった。箸を一口一口置き、ゆっくりとかみしめる。玄米や固い物は百回、白米やパンなどは50回が目安、ドロドロになり甘くなるまで。思ったほど時間はかからない。以前は10分から15分だったのが30分程度、食後30分は休む。

 卵かけ御飯や茶漬けや丼物やラーメンやうどんやそば等々をドバッとかき込み、あるいはズズッとすすり込み、舌の奥と喉元でふるえるような刹那的快感を味わい、満腹になる満足感に浸る・・・のがないのはかなりさみしい。だが代わって例えば玄米にゴマ、大半の方々はもっとさみしく感じるだろうが、これが30回50回・・・と噛んでいくと、香ばしく甘くおいしいのです。例えば自家製のただのパン、何もつけなくていい、ただ噛む、じんわりと甘みが込み上げてくる。噛めば噛むほど体の底から生きる力が湧き起こってくる。どんな病気も治るような気がする。

 

 妻の義母がパーキンソン病との21年間の苦闘の末、この10月息を引き取った。最後の二年と数ヶ月は食べることも喋ることも身動き一つさえできず苦しいだけの日々だったろうが、表情は澄んで毅然としていた。目は生きていた。それにしても何が何でも死なせないこの末期医療はどうにかならないものか。生きるのもだが、死ぬのも本当に楽じゃない。

 あまりにも西洋医学の成果が鮮やか過ぎたのだ。確かに原因がはっきりしていて、その悪玉を除くことによって治る病気・負傷に対しては、絶大な威力を発揮する。その代表が対細菌の抗生物質、手術・検査もめざましい進歩をとげた。いつのまにか私達は、自身の身体のことをすべて病院にお任せすることが科学的合理的だと、安心・安全だと信じ、疑いもしなくなった。生だけではなく死さえも。さらにこの医療とカネが結びついた。新薬を使えば使うほど、検査・手術をすればするほど儲かる。末期医療も一体誰のための、何のためのものなのか。

 もっとも生命とカネが逆さまなのはこの現代ニッポンの常か。一体原発は、フクシマはどうなってるの。この国の進路を決める総選挙の中心テーマにどうしてならないの。こうなったら意地でもストップ原発を明確に主張している党に投票するぞ。マネー至上の格差社会・原発列島にした反省の一カケラもない政党にだけは入れない。

 それやこれやで福岡や久留米への出事が多くなり、元気になりかけていた胃が疲れてしまった。胃袋の皮が疲労で伸びきった感じ。ともかく胃を休めようと、信頼できる薬屋さんおすすめの胃腸薬を飲み始めた。もちろん前述した養生もしっかり続けた。

 どうやらこうやら回復に向かいつつ胃の具合は今ひとつなのだが、皮肉なことに身体全体の調子はふだんよりいい。便秘・軟便はないし、眠りは深い。風邪の気配も腰痛もなく身体が軽い。養生のおかげだろう。もっと食を、自身の身体を大切にしろと胃袋が教えてくれていたわけだ。

 

 11月27日夜、クロ(雌犬七歳)とハッサン(雌犬三歳)が自由散歩に出かけた。翌未明三時、何者かに吠えるハッサンの野太い声が山じゅうに響き渡った。眠らずに待っていた妻が飛び出、目覚めた私も外に出た。この冬最初の本格的寒さに身体の芯から冷えた。闇に一面青白く霜に覆われた山々が浮かび上がっていた。通りを下るハッサンを追った。何度もクロを呼んだ。山は黒々と沈黙しているばかりだ。

 夜が明けてもクロは帰っていない。その朝、夕、夜と妻とハッサンと私と捜しまわったが気配もない。近辺に鹿・猪の罠をかけている男性に出会ったが、犬はかかっていないとのこと。近所の女性によると、あの夜1時、二匹が彼女の家に立ち寄った。元気な様子だったとのこと。一体1時から3時の間に何が起こったのか。我が家の歴史で最も自立し、どこか覚めた自身の世界を持った犬だった。しかも愛情深く、ハッサンの母親同然だった。

山じゅうが赤茶に枯れている。まるで海底に湧くサンゴの大群のようだ。この樹海に溶け込むようにクロが姿を消して、もう一週間が過ぎた。

 

                     2012年12月3日