クロの時代 中

山の暮らし
重松博昭
(しげまつ・ひろあき)
booktitle
重松博昭
zeikomi
¥0円
しげまつ・ひろあき

1950年福岡に生まれる。 1974年、大学中退、結婚したばかりの妻と新天地(約1ヘクタールの栗山)に移り住み、自給自足をめざして「シロウト農法」を営む。 現在、栗山は雑草園に、そこでくらす鶏達の卵で最低限の収入を得ている。3人の子はすでに巣立っている。 著書に『山羊と暮らした』(葦書房)『われら雑草家族』(石風社)がある。

コラム一覧

booktitle
クロの時代 中
zeikomi
¥0円

 2008年2月上旬、町の豆腐屋さんにオカラをもらいに通い始めた。前年から飼料・ガソリンが値上がりし、しかもこの時期、最も鶏が増え1000羽近くいた。それに前々から輸入トウモロコシや脱脂大豆や魚粉をもっと減らしたいと思っていた。日曜を除く毎朝8時、山を下った。道を通勤通学の人達が歩いてゆく。私も30数年ぶりにそのお仲間になったような新鮮な気分だった。モワモワと湯気をあげる純ないい匂いのオカラを、全部で200kg近く飼料用ビニール袋に詰め、軽ワゴン車に載せる。時に帰りに葬儀屋さんに寄り、お斎(おとき)の残りも積んだ。

 若い頃から私はこの豆腐作りやパン作りに憧れていた。不純な理由でだが。午前中早々にその朝作った分を売り終え、ゆったりとした気分で自身の作品を肴に一杯、最高ではないか。水俣の漁師さんたちの暮らしも。日の出前の凪の海に浮かぶ舟、釣ったばかりの山盛りの刺身、焼酎、潮で炊いた米の飯・・・あまりの豊かさに絶句するばかりだ。

 このオカラに米糠を混ぜ密封しておくと、発酵して甘酸っぱいごちそうになる。牛乳も近くの牧場から20リットル容器3杯ほど運び、一日二日放置しておくとヨーグルトになった。酪農も本当に酷しく(きびしく)なった。輸入濃厚飼料に頼らず、草やワラなど牛本来の食物を与えると、乳脂肪分が少なくなり、出荷できなくなる。労働の過酷さと乳価の低さは言うまでもない。結局、この秋、この牧場は酪農をやめた。

 その間、妻はクロと散歩した。できる限りクロは自由にさせていた。彼女は家にいるときは吠えるべき時は吠え、外では人間には静かで、犬に対してもどっしりと落ち着いていた。ただ一つ重大な問題があった。すぐそばにいても、彼女がその気にならない限りつかまらない。妻はまだどうにかなったが、私がどなろうがわめこうが、ソーセージを差し出して猫なで声で誘おうが、ひらりと身を交わし、あの冷めた眼差しで我が道をゆくのだった。これには腹が立った。悲しくなった。困り果ててしまった。

 翌2009年は転換の年だった。日本・世界各地から若者達が訪れてくれるようになった。「ウーフ」という世界的仕組みがあり、1日6時間、農作業等働いてもらい、こちらは宿泊と三食を提供する。第1号が春の盛りに大阪からあかりさん、看護士を一時休職。最初駅で会った時、いかにも都会的服装にスーツケース、うちの土くさい暮らしに耐えられるか、五右衛門風呂に入れるだろうかと心配は募ったが杞憂だった。私が膝を負傷した時、丁寧に温湿布をしてくれ、1週間滞在を延ばしてくれた。

 次が6月、男性の鈴木さん、ウーフはオーストラリア等、すでに経験済みで万事そつがない。特に動物相手は熟練、折りよくその頃うちの家族になった雄猫トラ次郎(2ヶ月)の面倒をみてくれた。

 このトラを妻が勝手にあてにしていたニャン太郎(雌猫5歳)ではなく、クロが我が子のように可愛がった。昼間、木陰に横たわるクロの懐にトラは入り浸り、クロは丹念に全身をなめてやった。

 3番目が洋子さん、ウーファーのプロみたいな人で頼りになった。目が合うと吸い寄せられるほど黒眼の光が強い。酒も強く、料理も中々、人間・社会を見る目も鋭い。何よりかなしみがわかる人だ。

 夏の盛り、長身・白人のMrジョシュが来た翌朝、「帰らせてもらいます。」暑さと湿気、顔中の湿疹に参ったようだ。丸太小屋の会の重鎮で異国の人々との付き合いの豊富な松本さん宅に一時避難し、元気に復帰した。炎天下、帽子をかぶらない。1週間、五右衛門風呂に入れなかったのには弱ったが。彼がトラを見て「マイキャット」、アメリカの実家の飼い猫にそっくり。濃い黄土色に裏が白、

スリムで無駄がなく顔もオーソドックス、インターナショナルな種なのだろうか。

 秋も深まり、トラ次郎は冒険少年に成長し、あちこちに足を伸ばした。時折、道に迷い、妻とクロの世話になった。クロの散歩にも途中までついていくようになった。

 ある夕、その途中で彼が消え、家にも帰っていない。妻とクロは再び下の通りを熊ケ畑へと登っていった。30分ほど過ぎて日がすっかり暮れても帰ってこない。私も出かけた。しばらく歩くと、街灯もない真っ暗闇に。両側の山々は冷え冷えと沈黙している。

 懐中電灯の光に峠から下る妻とクロとトラの横並びの姿が浮かび上がった。妻は弾んだ声で「トラ次郎を捜すのにクロはもう必死、やっと現れて、良かったね、良かったねって、トラと私の顔をペロペロとなめてくれたのよ。」

 帰りの闇は一気に暖かな心なごむものになった。

2013年3月6日

追伸  クロはいません。切れ長の静かな眼差しが心に沈んでいきます。



コメントは受け付けていません。