博多バブル前後(6)

1995/08-12 石風社刊 『出版屋の考え休むににたり』「博多 バブル前後 1990年代」より再録
福元満治
2014/04/04

「シャーマン」

 アジア博(よかトピア)の開かれていた会場に、韓国のムーダン(シャーマン)の一行がやってきたことがある。一行は、佐賀の古墳で祭儀(ク ッ)を催した後立ち寄ったと記憶している。

 見物客にとっては、チャンゴやケンガリを打ちならしての歌舞や祝詞も、会場で繰り広げられる大道芸のひとつにしか見えなかったが、降神の儀式が行われていたのだ。儀式の中には、鉈の刃の上でのパフォーマンスもあり、近くでみていた私は、刃物を支える役を仰せつかった。

 巫儀(ふぎ)は芸能のグレート・マザーといえるが、そこにはまだ神々(地霊)との交信の形や記憶があった。ただ海を埋め立てた博覧会場の地に、神々が降りたもうたかどうか。思いのほかのご祝儀にもかかわらず、降臨の気配は感じられなかった。

 私はその少し前に、韓国東岸の町江陵(カンヌン)の河原でクッに出合った。旧暦五月五日の端午(タ ノ)祭(ジェ)でのことで、町外れの橋を渡ると、河原一帯にびっしりとテントや露店が並んでいた。

 露店で、豚の頬肉を肴にマッコリを飲み、サーカス小屋や歌謡ショーのテントをのぞき、尼さん装束の武闘芸(ツエなしでは歩けなかったおじいさんを、エイ、ヤッと乱暴に治してしまう)などをひやかしてまわった。

 ほろ酔い気分で歩いていると、河原のはじっこの方に異様にテンションの高い白いテントがあった。

 人垣にもぐると、白い民俗服のじいちゃんばあちゃんであふれ、座の中心では若いムーダンが、マイクを前にレゲエのように祝詞(のりと)を唱え続けている。中央には祭壇がしつらえられ男性のシャーマンが祝詞をあげながら、鮮やかな色の薄紙を蠟燭にかざすと、燃えながらふわりと宙に舞う。全員が唄に合わせ手足を踏みならし、没我の境地だ。

 端午祭は、朝鮮固有の祈豊儀礼といわれるが、不埒な闖入者である私がそのリズムに翻弄(ほんろう)されつつつ観察すると、中心のムーダンに向かって、ご祝儀が集まってくる。その足元では、年かさのムーダンが、集まったお札を数えては束ねている。またその周りには、文化人類学徒然とした学生たちが陣取り、カセットで記録やメモを取っていた。

 テントを出て土手に上ると、夕暮れる山並みが広がり、ムーダンの司祭する空間がオーラに満ちて、河原全体を支配していることがじんわりと感得できた。

 福岡の町が地下鉄工事盛んな頃、アジア博会場に近い工事現場で、古代の遺物がぞくぞくと発掘された。近代都市の、時間の層を逆に掘ると、子宮の形をした甕棺(かめかん)が眠り、そこには古代の時間がアジアに向かって広がっていた。私はその時間を博物館送りにせず、自分のなかに眠るシャーマンによって感受したいと思った。

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