生きることは食べることなのです

重松博昭
2014/08/08

 空梅雨どころか、一旦灰色の世界が訪れると、もう水、水、水……大気も、私の身も心も、湿気の飽和状態が延々と続き、そこに分厚い雲が割れて正真正銘真夏の太陽。
 彼等がやってきたのはそんな7月18日の午後3時すぎ、JR筑前大分駅、周りの緑の田から吹いてくる風が、つかの間、重い湿暑から解放してくれる。改札口の乗降客のまばらな流れが途絶え、はて乗り遅れたかなと心配し始めたとき、ラグビーのフォワードの花形選手を思わせる巨漢が、駅の歩道橋に三角に切り取られた空を背負うように現れた。表情が少年か犬のように純だ。明らかに白人系ではない。一遍で親しみを覚えた。背後に小柄の(彼に比べればだが)女性、こちらは白人系、笑顔が初々しく可愛い。それはそうだろう、私から見れば孫と言ってもいい年だ。二人共イングランドから、大学生とか。
 その夕は手巻き寿司、見事な食いっぷり、何でも、うまそうに、たっぷりと。幸いというかドブロクは口に合わない様子、グミワインと梅ジュースはぐびぐびと。日本に来た目的の一つが食べ物、すでにラーメン、お好み焼き、うどん……はおいしく頂いたとか。嬉しくなった。わが同志よ、こうなったら日本の庶民の味を存分に堪能してもらおうじゃないの。
 まず肝心なのは朝食、丼飯に丼味噌汁、煮干の出しに自家製味噌(麹もなんとか作れるようになった)、たっぷりの豆腐と野菜。毎朝、畑に出る。ニラ、ナス、オクラ、モロヘイヤ、ツルミドリ、南瓜、ふだん菜(と勝手に呼ぶが名は不明、一年中食べられる。冬いちごを小ぶりにしたような葉、柔らかでクセがなく奥ゆかしい味)。あとキウリ等の漬物に頂き物の焼き海苔、ないときはワカメを味噌汁に入れる。残念ながら生卵の余裕はない。
 昼食はやはりまずソーメン、全部で八人前、それに大皿大盛りのナス・インゲン・イカの天ぷら、キウリとわかめの酢の物。3日目の昼は彼等が作った「マッシュポテト」、円柱状に盛った潰したポテト(バター入リ)に、炒めた牛肉・ソース・キャベツを乗せ、トマトを添える。色々と応用がききそう。
 マーボウ豆腐、ポテトサラダ、冷麺、鶏のからあげ(例外的サービス)、ポテトフライ、ピザ、ゴーヤチャンプルー、ちらし寿司と妻の手料理が続き、疲れが見え始めたところで、私がオムレツ、ちょうど破卵がたまっていた。4年半前、やはりイングランドから来たアダムに習ったのだが、ひき肉・玉ねぎにポテトを加えると、玉ねぎから出る水分を吸収して卵で包みやすくなる。途中、卵が少々破れても気にしない。丁寧に焼きすぎない。仕上げの上っ面さえパリッと、中はしっとりといけばいい。
 牛丼というより牛味ニラ丼、チャーハン(というより混ぜ飯、完全に失敗)、そしてカレーライス。昆布、シイタケ、鰹節、月桂樹の葉……玉ねぎ、ナス、人参、バレイショ、南瓜……残り物……申し訳程度に豚肉、市販のカレールウ通常の三割くらい、缶入りカレー粉、他にクミン、コリアンダー、ターメリック、ガラムマサラ等あれば適当にいれる。まさに自分勝手流なのですが、いやーよく食べてくれました。二人共競い合うように。私の最後はコロッケ、これはじゃが芋に尽きる。それと豚ひき肉・玉ねぎを炒めたものとのバランス、適度な水分。冷めてしまわないうちに丸め、丁寧に小麦粉・卵・パン粉をまぶし、すぐに揚げる。もちろん揚げたてが最高、なんともシアワセ、これぞ庶民の味。

 先日、某新聞にしゃきっと魅力的な女性ピアニストが登場していた。家では「超暴君」で、夫に弁当作りと保育園に送る役は「僕ですか」ときかれると、「僕です」と答えるとか、毎朝のようだ。なんという体たらく、それで男か、亭主か、主夫か。主夫なら主夫らしく黙って子どもの世話や料理くらいやれって。
 もう一つ話は飛ぶが、偶然、上野晴子さん(作家上野英信の奥さん)の手記を読んだ。それこそ英信さんは超暴君で、賄いの一切晴子さんにお任せ、仕事と酒一筋だったらしい。
 本音を言えば、私など事情が許せば朝寝・朝酒・朝湯の口なのだが、それにしても時代は激変した。生活こそ時代のキーワードではないか。哲学、思想、文学、芸術、宗教……科学、技術……社会、政治、国、カネ、力……これらすべてを一人一人が生きるというところから、問い直さなければならない。生命活動、生活こそ、すべての土台、基点、原点、行き着くべき場所なのだ。そして今、その土台の土台、生命の源が、地球全体で破壊し尽くされようとしている。私達は余りにもノー天気過ぎないか。世界各国に原発や武器を売って回っている場合か。

 彼等、フランキーとファンがいた10日間は灼熱の日々が続いたが、この8月はじめはまるで梅雨に戻ったよう。大豆、小豆、胡麻、ゴボウ……と連日草を刈って畑に敷いているので、なんとか育っているが、やっぱり自然農法は大変。草の勢いがいい。水々しく伸びやか。
 こちら、なかなか疲れが取れない。草に埋もれそう。

      2014    8・3

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