春の鼓動

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春の鼓動
zeikomi
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 30数年前、生温かい春の嵐が吹きすさびトタン屋根が騒々しくのたうつ夜、われらが初代掘立小屋で無事長男が生まれた。取り上げてくれた助産婦さんが、翌朝赤ん坊を洗いにやって来てワラビ取りをしたのを覚えているので、確かに今のこの季節だった。一面の光る緑と万国旗のように風に吹かれる白いオムツの群れが目に焼き付いている。

 長男は山羊の赤ん坊のように乳をぐいぐいと飲みぐんぐんと育っていった。妻の産後も順調で、病院で産むよりよほど静かで落ち着いた日々だった。ただ、諸事不慣れな私一人しか家事雑事をやる者がおらず、もうてんてこ舞いで、結局妻はろくに休むことができなかった。今でも悔いが残る。

 数年後、3人の子ども達と犬2匹と毎朝裏山を散歩したのもこの季節だった。鶏山(元栗山)を登ると雑木林、その尾根伝いに南へ。クヌギ、コナラ等、落葉樹の枝という枝に出た緑の粒が、花弁のようにウグイス色に開き山じゅうに流れていた。楠の大木を赤みがかった新緑が半球状に覆い、もくもくと緑の光が湧き渦を巻いていた。杉林を経てたどり着いたのが山田のほぼ全景を見渡せる丘陵地だった。海のように青草が波打つ牧草地も「つくしが原」もあった。犬二匹を追って子どもたちは駆けに駆けた。丘のてっぺんで足を止めると、ふっと天に抜けるような静寂に包まれた。風も日差しも清らかだった。

 この春、信州からはるばると亀工房さん一家が九州に演奏旅行、その最初に山田を訪れてくれた。前日まで雲の多い日が続いたが当日は快晴。一家六人との我が家の土間での賑やかなちょっと窮屈な昼食の後、奏子さん(小6)と陽太君(小4)とハッサンと私と通りに下り散歩に出かけた。二人ともハッサンにもすぐになじんだ。熊ケ畑に降りると、田畑や野を穏やかな新緑が覆っていた。彼等はまだ冷たいだろうに小川の流れにしばらく手を浸していた。タニシを2つ3つ握りしめて上がってきたのには驚いた。奏子さんが道のわきにポカポカと列をなす菜の花を1本申し訳なさそうに折り、ハッサンの首輪に飾った。帰って来て、陽太君は鶏小屋に足しげく通い、産卵現場を目撃、産んですぐの卵はうっすらと湿っていることを報告した。

 この夜、熊ケ畑でコンサート、ハンマーダルシマーとギター、それに打楽器の演奏はまさにたましいの響き、生命の鼓動、私達の心身に直に深く染み入っていった。なによりざっと百人の聴衆の方々の和やかな澄んだ笑顔がうれしかった。

 一家が旅立った翌日から二週間余り、Msチップス(ベトナム、20歳)とMrゾーリグ(モンゴル、19歳)が暮らしを共にしてくれた。二人とも筑波大留学生。ゾーリグ君は一見気難しい教師風だが素直で誠実、動きも生活のセンスもいい。チップスさんはおっとりとしたいかにも育ちのいいお嬢さん。揚げ春巻き、生春巻き等ベトナム料理を材料持参で作ってくれた。調味料のニョクマムも。確かにこれをつけると春巻きの味が複雑に深まる。ゾーリグ君の餃子の皮作りの技は第一級だった。モンゴルでは主食に近いくらいよく食べるとか。左手で生地を支えて回し、右手一本のすりこぎで見事に最後は形良い円に伸ばす。

 それにしても年は取りたくないと苦々しく思った。ますますせっかちにこらえ性がなくなってきた。わずか5分か10分か朝食に遅れただけで、二人につい険しく注意してしまった。学校の先生じゃあるまいし。イライラがたまっていたのかも。彼ら二人だとどうしても閉じた集団になってしまう。一対一だとすんなりとゆく意思・感情の疎通・共感が難しくなる。妻は英会話ができるからまだいい。私はこれも年のせいか以前にも増して面倒になってきた。二人は英語はペラペラだが日本語はほとんどしゃべらない。

 それだけではない。私は生来人間関係が下手なのだ。人を管理・強制することはもちろん、なにかをやってもらう、お願いすることが苦手なのだ。それだけで胃が痛くなる。そのくせ思うように人が動かないと我慢ならない。親子の間もそう。だからこそ子ども達にも、二十歳すぎたら一切お任せ、勝手にどうぞと早くから宣言したのだ。とても私なんか子ども夫婦と同居できないでしょうね。とは言え、子供たちがいつでも帰ってこれる場、特に幼い孫が存分に遊べる山野だけは残しておきたい。

 妻が二人をくるみ植えとわらびとりに裏山に誘った。畑も鶏山も新緑が溢れている。三人はその奥に入った。かつて私達が歩いた丘陵地は砂漠のような産廃場と化した。雑木林もえぐり取られ、断崖絶壁の谷底には、青、黄、緑、灰色……のゴミ、ゴミ、ゴミ…… 

 せめてこれ以上の破壊はくい止めたいと、産廃訴訟の原告団の末席に連なった。一人でも多くの方々に遠賀川源流の里、熊ケ畑の豊かさ、かけがえのなさを知ってもらおうと、「源流の森コンサート」を志を同じくする人々と始めた。
 ふっと時が止まるようなことが、たまにはあってもいいですよね。
 皆様の祈りを……
                 2015・4・16