循環の思想を

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循環の思想を
zeikomi
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 産業廃棄物処分場と猪・鹿等の野生動物の山里への進出(侵略)の原因の根っこは同じだ。山から人間が離れてしまった。土の営みが消滅してしまった。食べ物はスーパー・コンビニで、水は水道の蛇口から、ゴミは清掃車に、ウンチは水に……
 土に汗し緑の風に吹かれる快感、与えられた糧を加工・料理する創造力、かみしめかみしめ食する生きる喜び、自らの廃棄物を土に返し再生させる確かさ……大地に深く根付き、宇宙に突き抜ける、反永続的生命の循環を私達は忘れてしまった。 
 その生命の営みが生き生きと脈打つ稀有な場に私達は行ってきた。4月6日(月曜)午前11時出発、ハッサン(雌犬・5歳)助手席、後ろに妻。このところまとまった雨、大雨ではと危惧したが、今のところ降ってはいない。国道211を小石原・宝珠山と、福岡県と大分県の境の新緑の吹き抜ける山・谷を抜け、夜明・日田へ。
 国道212に入り、それまで横を満々と流れていた筑後川が遥か谷底へ。柔らかな木々の緑のトンネルを山の奥へ奥へ。大山町にさしかかり通行止めの標識、土砂崩れか、空はずっと灰色一色、松原ダム前の店で聞くと丁寧に教えてくれた。菊池方面は通行可。すぐに下筌ダム、もう水、水、水……死の世界をおもう。ハッサンはずっと静かに座り前方を見つめている。妻は道路わきの緑に時折浮かぶシャクナゲに見入っている。
 国道387を登り始め小休止、熊本県菊池市に向け渓谷をひたすら下る。深々と満ちる新緑と清流のみ、車一台出会わず。
 14時を過ぎた。菊池公園の桜も完全に散っていた。十数年前の4月上旬には満開だったのにと妻さびしそう。ここからは田んぼ・畑が延々と、所々に街並み。大津(おづ)、益城(ましき)、そして御船町から国道445をしばらく走って、再び山へ。この道は矢部町、清和村、五ヶ瀬町へと続き、はるか南には五家荘…聞いただけで気が遠くなる。まさに九州の奥の奥、源の源だ。ちなみに鹿児島県川内原子力発電所から五家荘までざっと百キロ。
 登りつめて十数分、国道からそれてすぐ、急坂を登りつめ高丸さん宅に16時前、到着。十数年前、いや40年以上前からほとんど変わっていない印象。この山に根付いているような瓦葺の質素な住居、実用一点張りの作業場。家の前のシンプルな庭をさらに登ると、養鶏場、堆肥場、がっしりとした飼料・作業小屋……あちこちにビワ等の果物の木が雑多に伸び伸びと茂り、竹林が奥に広がっている。田畑は近くに散在している。
 光行さん(97歳)はさすがに衰えた。だがゆっくりとなら歩けるし、基本的なことは自力でやれる。「生きすぎましたよ」と少年のように笑う眼差しはキラキラと鋭い。奥さんのレイ子さん(92歳)はシャキシャキの現役、笑顔がさわやか。その次世代の和彦さん・裕子さんは私達より五つほど下、二人とも表情・動作が変わらず若々しい。変わったのはその子の藍さん、存在感のある知的美人に、恵太君も見違えるほど迫力ある大人に。みんなが揃うと食卓が狭くなる。相変わらず豊かで心安らぐ夕食だった。
 もちろんほとんどが自給、米・麦・四季折々の野菜・果物、味噌・醤油・酢・茶、卵・鶏肉・燻製、以前は放し飼いの豚肉・ベーコン・ソーセージ、今回は裕子さんが清流で釣ったイワナ・ヤマメ……
 和彦さんはおじさんとはちょっと違うタイプの技術者肌で、ストーブ、パンがま、孵卵器、燻製装置、麹作りの室……と有合わせ、中古でしっかりと有用なものを作り、次々に新しい試みに挑戦する。
 特筆すべきはこの一家、この空間の伸びやかな解放感だろう。おじさんの百姓魂はとことん貫かれて楽農に達している。それこそ早朝の星空から夕べの星空まで土にまみれることが楽しくてしかたがないのだ。
 私も楽農だが不肖の弟子、おじさんとは正反対で最低限のことしかしない。もし妻が強健だったら、最高の弟子になったろう。延々と仕事を楽しんだろう。そうなると回りが迷惑するよね。
 ここは外にも開いている。多くの若者たちが寝食を共にし農、生きることを学んだ。無農薬農産物の直販組織「株式会社熊本県有機農業流通センター」を多くの生産者・消費者と共に立ち上げて40年、私達が進むべき道へ光をかかげ歩み続けている。

 翌朝4月7日は明るい曇り空、6時から1時間、車中で夜を過ごしたハッサンと散歩、巨大な石の群れがそそり立つ谷へと下り、沢に沿って歩いた。林の中がまるで透き通った緑の闇のようだった。
 昼すぎ、小石原を下り嘉穂、山田に。ずいぶん離れていたような気がする。山と町が混然として人間臭い。懐かしい。
 また野生動物達、そして産廃場とのお付き合いが始まる。特に後者は気が重い。ま、しかしこれらの存在のおかげで、心の弱い怠け者の私もなんとか身を引き締めて土の営みを続けることができるのかもしれないが。
 
         2015    6・9
 
 
追伸  第2回源流の森コンサート  
「心を歌う  ジャズボーカルの愉しみ」
9・17(木)19時より 熊ケ畑活性化センターにて
Vo。 市川ちあき