静かな 正月

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静かな 正月
zeikomi
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 いやー去年の暮れからこの正月の賑やかだったこと。出足は最悪だった。

 12月20日、曇り、幸い寒くない。タイからMs.キャット(22歳)とMs.ビルーン(22歳)到着。二人ともかわいらしく屈託のない、いかにもお嬢様。日本語はまったくダメ。小鳥のさえずりのような多分英語、聞き流す分には心地いいが。妻のノン、何度も聞きなおす。(最初と最後しか聞こえないという)

 昼食の雑煮も砂糖醤油モチも春菊のおひたしも口に合わないよう。後かたずけはほとんど未経験のようで超スロー。石鹸の使い過ぎ(うちは油汚れに最小限)、洗った食器を上に向けて置く(水は上には流れません)。午後の仕事は生ピーナツの殻割りと薪切り、もちろん初めてで要領をえない。(ま、ケガさえしなければ)。風呂がまた大変、二人で一時間以上、途中で湯が冷えてしまい沸かしなおす。(でも、あの露天同様の五右衛門風呂によく入ったよね)。夕食の魚のから揚げとほうれん草の卵とじはよく食べたが栗おこわは残した。キムチもわさびもネギもシイタケも苦手だとか。ノンの疲れピークに。「すぐに出ていくんじゃない。3日も持つかなあ。」と私、妙ななぐさめ。

 ところがテキは意外にしぶとい。翌朝、きちんと8時前に起きてきた。「おはようございます」と「いただきます」もすぐに覚え、玄米飯もみそ汁(呉じる)もきれいに食べた。こちらも方針転換、食事を大人向けから、お子様、ではなく若者向けに。昼はお好み焼き、夕はオムレツとサラダときんぴら。以後も定番の朝食をのぞいて、ピザ、卵サンド(ホームベイカリーで焼いたパン)、コロッケ……ただし必ず野菜たっぷりの一品を付けた。

 比較的暖かい日が続いたが、南国から来た彼等にとっては、丸太小屋は寒かったよう。一人はコタツで寝たとか。風邪もひきかけた。それでも何とか耐えられたのは動物たちのおかげか。ねこのトラ次郎は毎夜、彼等の寝床に入り込んできたとか。毎夕には、二人は嬉々としてハッサンと散歩に出かけた。

 24日の夕食は彼等が作った。ほとんど未経験のわりには上出来だった。鶏肉の煮もの、厚揚げ入りスープ、人参と白菜とカボチャを生で辛いタレを付けて。彼等が持参した香辛料、調味料が独特、辛みが甘い、香りが鼻と胃袋をくすぐる、やみつきになりそう。

 雨空が続いた、26日午後2時、ハッサンと筑前大分駅に。中国、上海からMs.ミニャン(27歳)が時間通り改札口から出てきた。中肉中背、髪も瞳も黒、そのくっきりとした目の光が印象的、全体に知的で落ち着いた雰囲気。ハッサンと即通じ合う。雑草園に着いて、すぐに二人の作業に加わりピーナツの殻割を。この日から三日三晩、三人はつつがなく共同生活を送った。ミニャンのおかげでだいぶ引き締まったかな。

 29日の午前中、ビルーンとキャットは無事、雑草園の「冒険生活」を終え、発っていった。これからは九州各地への観光旅行のよう。

 急激に寒くなった年の暮れ、ノンとミニャンはまるで母娘というか姉妹というか親しい友同士というか。味噌作り、餅つき、草取り、散歩、料理……もちろんおしゃべりも中国語もまじえて。いたって自然な伸びやかな時を過ごした。おせち料理も二人で楽しげに。義務的に追われるようにではなく。いつものガメ煮、煮豆などの他に中華料理数点、豚肉の角煮(トンポーロー)、摺りレンコン等の揚げ物、鶏の内臓の煮物……ミニャンの手土産である牡蠣油、鶏油、料理酒などの調味料が奧行きの深い濃厚で澄んだ世界を醸し出す。

 1月3日、寒い朝だった。日が出て、一気に暖かくなる。夕方、暗く冷たくならないうちに、長女のノエ、長男の玄一とその息子の然(ぜん、3歳半)到着。3人とも元気そう。6人とハッサンと、薪ストーブとミニャンが料理した鍋を囲んだ。他におせちとカキフライ、中国風鶏・栗ご飯。然君は雑草園も母から離れたのも初めて。案の定、やがて母恋いしの涙……。私はいつものように冷酒に心地よく酔い、然君のことは皆さんにお任せして早々に床に就いた。

 やはり、翌朝、彼はけろりと元気になり、鶏小屋に卵を取りに行くという。さすが俺の孫、転換が早い。ただ、食事がねえ。わが家の基本の基本である味噌汁を食べないとは。ネギも薄上げも。いつもなら、そんなことは許されないと徹底抗戦するところだが、あっさりとあきらめた。押し付けても無駄、なるようにしかならないと、あのタイの二人に嫌というほど教えられたのです。

 朝食後、ミニャンをノンとハッサンと私とで送った。多分、長い付き合いになるのでは。改めて今度、隣国中国(韓国も)のことを、なにも知らないと痛感した。特に日本との歴史、それも近・現代史。歪曲も抹殺もせず、事実そのままを(不明であることも含めて)、「謙虚」に冷徹に学ばなければ。

 雑草園に帰ると、然君はノエと玄一とすでに卵取りを無事すませていた。大事そうに卵を一つ一つ両手で取り出したとか。野山を歩き、小屋に足を踏み入れ、土や鶏に触れただけでも、雑草園とのいい出会いになったろう。五右衛門風呂は恐怖らしいが、ハッサンやトラ次郎にはなじんだみたい。

 私が料理した目玉焼き(なぜか固焼きでないとダメ)とモチとほうれん草のポン酢かけを今度は喜んで食べてくれた。眼差しをこちらに真っすぐ向けてくる。これなら何とかいい友達同士になれるかな。

 翌1月5日、朝食をしっかりと食べた後、叔母の葬儀に久留米に向かうノンと共に三人はレンタカーで出発した。山は一気に静かになった。なぜか私の身も心も軽々としていた。

 枯れ木のようだった梅の枝に一輪の白い花、そして冬草にうっすらと覆われた花壇の隅に、スノードロップの、まさに雪の滴のような花五つ……。

             2019年1月13日



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