コラム

社長フクモトの四苦八苦読書録+たまにエッセイ
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博多バブル前後(9)

「イベント疲労」  バブルははじけたけれど、村おこしや町おこしはなお盛んである。  むしろ景気に左右されない行政の金をめぐって、広告代理店やプランニング会社がしのぎを削っている。中には全国…もっと読む


博多バブル前後(8)

「屋 台」  夕暮れになるとどこからともなく屋台があらわれ、雑踏の中に灯がともる。無表情なビルの壁に、肩を押し合うように並んだのれんの中からラーメンのにおいが流れ、焼酎の香りがただよう。猥雑と喧…もっと読む


博多バブル前後(7)

「大衆演劇」  久しぶりに福岡市内で筑紫美主子一座の佐賀にわかを観た。  筑紫さんは、旭川生まれの佐賀育ちだが、現在糸島に居を構え、福岡とは非常に縁の深い方である。筑紫さんの芝居ならば、何…もっと読む


博多バブル前後(6)

「シャーマン」  アジア博(よかトピア)の開かれていた会場に、韓国のムーダン(シャーマン)の一行がやってきたことがある。一行は、佐賀の古墳で祭儀(ク ッ)を催した後立ち寄ったと記憶している。 …もっと読む


博多バブル前後(5)

「銭 湯」  なれない経済の話をすると肩がこる。だからというわけでもないが、今回は銭湯の話をしたい。  私は風呂屋が好きで、今でもときどき大名町(福岡市)にある銭湯に行く。仕事がもっと暇だ…もっと読む


博多バブル前後(4)

「プサンの市場」  ときどき隣の国の港町プサンにゆきたくなる。  ここには大きな市場が二つある。ひとつは、クッチェ・シジャン(国際市場)。朝鮮戦争の闇市から発展した巨大な雑貨市場である。衣…もっと読む


博多バブル前後(3)

「支店都市」  先日経済紙の知人と飲んでいると、九州は輸血経済だという。  経済の世界では常識なのだろうが、私には馴染のない言葉だった。わかりやすくいうと、九州の人間は、東京のサラリーマン…もっと読む


博多バブル前後(2)

「石の家」  15年前に不思議な人物に会った。明治41年生まれの生粋の福岡人。私が会った時には悠悠自適の暮らしぶりで、目の光の強さと意志的な鼻梁を除けば、小柄でおだやかなご老人に見えた。 …もっと読む


博多バブル前後(1)

「よそ者」  ある時、台湾の友人が「福岡の人はタマゴみたいです」と言う。 「ふむっ」(まだこれからということかな) 「福岡は、外国人に対してはじめはガードが堅いですが、いったん殻を破…もっと読む


批評の場としてのカリガリ

 渡辺京二さんとお城沿いの道をカリガリに向かって歩いた。こんな風に2人で歩いたのは何十年ぶりだろうか。「人はそれぞれ考えが違うけれど、愛(いとお)しいものなんだよ」という渡辺さんの言葉が胸に響き、私は…もっと読む


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