書籍

風土・民俗
発行日▼50音順▲
 (71件中) 1〜10件目
わらうだいじゃやま

「よいさ よいやさ じゃじゃんこ じゃん!」。旧炭地・大牟田の夏祭り「大蛇山」を描いた元気な絵本。

  • A4判上製34頁カラー
  • 4-88344-042-7
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 1999/06/01発行
笑う門にはチンドン屋 安達ひでや ちんどん チンドン お笑い 安達 大道芸 イカ天 バンド CD ロック
booktitle
笑う門(かど)にはチンドン屋
zeikomi
¥0円
笑う門(かど)にはチンドン屋

チンドン屋定番曲収録CDつき!


「チンドン屋が天職でございます」。親も呆れる漫談小僧、ロックにかぶれ、保証もかぶって日銭稼ぎに始めた大道芸の路上から、すべては始まった──。あの「イカ天」が生んだけ稀代のチンドン・バカが綴る、因果のはての極楽をご覧あれ。

書評

ロックから転身した著者が綴るチンドン業界の今と未来

松村 洋
評論家

 昨年9月、JR総武線亀戸駅前で、久しぶりにチンドン屋さんを見かけた。お決まりの派手な着物にカツラと厚化粧。だが、チンドン太鼓にゴロスと呼ばれる大太鼓の2人だけで、管楽器演奏をカセットテープで流していた。メンバー不足は、やはり寂しかった。その後、チンドン屋さんには遭遇していない。
 昭和30年代を境に、チンドン業界は衰退の一途をたどってきた。この時代遅れの街頭宣伝業は早晩消滅するはずだ。それが、一般的な見方だろう。だが、本当にそうか? ひょっとしたらチンドン屋はしぶとく生きのびるかもしれないぞ。そう思わせてくれるのが本書である。
 著者は1964年生まれ。彼が福岡市で「アダチ宣伝社」を旗揚げし、チンドン屋の道を歩み始めたのは94年、30歳のときだった。同社のスタッフは現在、アルバイトも含めて総勢15人ほどになり、九州各地と山口県を中心に、街回りの宣伝業務のほか、さまざまなお祭り、イベントなどで活躍している。
 ところが、熊本出身の著者は、子どものころ、チンドン屋を実際に見たことがなかったのだそうだ。音楽にのめり込んだ彼は、大学を中退して博多でロック・バンドを結成した。そのバンドは、当時の人気テレビ番組「イカ天」(「イカすバンド天国」)にも出演し、なかなか人気があったという。
 その後、彼はラジオ番組のパーソナリティーに抜擢されたり、大道芸で投げ銭を稼いだり、さまざまな仕事をしたが、あるときチンドン屋の真似事をした。これが性に合っていたらしい。今では「チンドン屋が好きで、やめたくてもやめられない」と彼は書いている。
 だが、もともと音楽畑の人だから、たとえばアコーディオンの話の中に、テックスメックス(テキサス〜メキシコ系音楽)やザディコ(米ルイジアナ州の黒人音楽)なんて、マニアックな音楽の名がポンポン飛び出す。こんな人、旧世代のチンドン屋さんには絶対いないはずだ。
 じつは80年代前半に、ジャズ界からチンドン界に入った若者がいた。サックス奏者の篠田昌巳氏(92年没、享年34)である。
 同じころ関西では、立命館大学「ちんどん屋研究会」を作った林幸治郎氏が大阪の「青空宣伝社」に入り、やがて独立して「ちんどん通信社」(現「東西屋」)を起こした。ここらが、いわばニューウェイブ・チンドンの出発点で、著者は約10年遅れで彼らを追ったわけだ。
 本書には、著者がチンドン屋になった経緯、仕事のエピソード、大先輩の親方たちや後輩の話、チンドン屋の歴史、「全日本チンドンコンクール」の様子などが、素直な筆致で楽しく綴られている。チンドンやイベントの出し物を工夫する著者の柔らかな発想が面白い。
 ロックからチンドンに転身した著者は、チンドン屋を内側と外側の両方から、バランスよく見ることができる。チンドン屋の優れた知恵と技術を受け継ぎながら、広い視野からチンドン屋をとらえ直す。そうしたニューウェイブ・チンドンの発想が、よくわかる本である。
 新しい若手チンドン屋の人数は、まだ決して多くない。だが、チンドン業界の未来を担うのは、この人たちだ。ホリエモンに言われるまでもなく、これからはインターネットがますます生活の中に浸透していく。だが、そうなればなるほど、かえって生身の人間同士が直接出会うコミュニケーションもまた求められるかもしれない。とすれば、まさに「手の届くところにお客さんの喜怒哀楽がある」チンドン屋の出番ではないか。
 版元は確かな本作りで信頼できる福岡の出版社で、本書はチンドン演奏のCDが付いてこの定価。お買い得である。

その業界の姿と魅力の秘密を、自らの体験をもとに興味深く紹介していく

吉村明彦
著述家

『広辞苑』の「ちんどん屋」の項には「人目につきやすい服装をし、太鼓・三味線・鉦(かね)・らっぱ・クラリネットなどを鳴らしながら、大道で広告・宣伝をする人。関西では〈東西屋〉〈広目(ひろめ)屋〉という」という具体的な解説がある。いっぽう「屋」の項には「その職業の家またはその人を表す語」と同時に「あなどりやからかいの気持ちをこめて人を呼ぶ語」の意味も並ぶ。
 文筆業ならば職業の表記には注意をはらわねばならない。なるべく「〜業」と表記してきたつもりだが、幼いときから呼び慣れてきたチンドン屋さんなど、頭をかかえる場合もある。街頭広告業ではどこか威圧的で、わくわくし、ほのぼのとするようなニュアンスが伝わらない。
『笑う門にはチンドン屋』を手に取ってみると、冒頭の「ボク、チンドン屋です。」という章のなかに早速「チンドン屋は放送禁止用語か?」という見出しがたっていた。私が気にしていることが書いてあると思って、読み進めていった。ここでおわかりのように著者はチンドン屋業を営んでいる。以前に、放送業界にいたため放送コードに対して敏感でもある。著者がテレビやラジオに出演すると、かならず「放送でチンドン屋と紹介してもよろしのですか」「別の言い方はないですか」などと懸念してきかれるという。そんなとき「チンドン屋の僕がチンドン屋と呼んでくれっていってるんだからいいでしょう」と答える。そして「チンドン屋を放送禁止用語だと考える輩は、結局のところどこかでチンドン屋を見下しているのだ」とあった。胸のつかえがとれたものの、そのとおりだろうと思った。
 チンドン屋は、軍国主義が萌芽した明治時代の軍楽隊の退職者たちが、運動会などで楽隊として演奏し、副収入として町回りの宣伝仕事を始めたことが嚆矢だとある。また、昭和6年頃、映画産業が無声映画からトーキーに変わっていくなか、映画館で演奏していた楽士が職を失ってチンドン屋に流れていったという背景もある。つまり、一般社会では、落ちぶれた仕事の象徴でもあったのだ。
 音楽社会でも同様だろう。たぶん「ちん」というのは仏壇に置かれた鈴(りん)の音の連想、「どん」のほうは唐突なやかましい音ではないかと考える。神聖な音と不快な音が重なるわけだから、よけいに不謹慎な騒音を強調するのが「ちんどん」という擬声語なのだろう。だから「ちんどん屋」とは、演奏者への揶揄にみちた表現でもある。
 だが、21世紀の現在ではどうか。1964年生まれで、幼少時から「地球の上に朝がくる」のあきれたぼういずと、ハナ肇とクレイジーキャッツが大好きだったという著者は、1980年代後半の青春期にはロックバンドを結成し、あの「イカ天(平成名物テレビ・イカすバンド天国)」で3週連続人気投票1位に輝いた過去をもつ。30歳の誕生日を転機にチンドン屋となり、現在、大活躍中。こうして顛末が本書に綴られる。
 この業界の若手には著者のように、ロックやジャズの出身者が多いという。はじめ一様に抵抗を示すものの、なぜだか、すぐに口上や踊りやビラ配りという作業に熱心になり、やがて仕事にのめりこんでいく。ロックやジャズの志望者にとっては、おそろしい話かもしれないが、いったいチンドン屋のどこに魅力があるのか。「もっともチンドン屋が力を発揮するのは路上であり、もっとも厳しく、やりがいがあるのもまた路上である」。音楽や芝居など、芸能の原点を感じさせる力強い言葉だと思う。チンドン屋は21世紀の花形職業であり、学ぶところが多いかがよくわかることと思う。
 付録の「チンドン・グレイテスト・ヒッツ!」という定番曲集を聴いてみる。楽しく侘しいのは予想どおりだが、録音もよく、まるでニューオリンズで発生したジャズのようで、録音・発表に対する自信と誇りのほどがよくうかがえる。
 そういえば、その広域な音楽と人間性でいまや誰からも信奉を得ている渡辺貞夫を思い出す。ナベサダが宇都宮工業高校時代、昔チンドン屋をやっていた駄菓子屋の親父にクラリネットの弟子入りしたのは、ジャズ・ファンの間ではよく知られた逸話だった。

  • 246頁 四六判並製
  • 4-88344-117-2
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2005/02発行
わたしの天職 北九州おもしろ人間帖 西尾秀巳 石風社 北九州 筑豊 京築 仕事 ライフワーク
booktitle
わたしの天職
zeikomi
¥0円
わたしの天職

──庶民、あなどるべからず──。不況も世間もどこ吹く風。今日もひたむきに、自らのライフワークを究めつづける、北九州・筑豊・京築の、一筋縄では行かぬ個性派84人の履歴書。「わしゃ、この仕事に誇りばもっちょるよ」

  • 194頁 四六判並製
  • 4-88344-058-3
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2000/04/30発行
ヨーロッパを読む 阿部謹也 石風社 中世 阿部 謹也 ヨーロッパ 賤民 宇宙 世間 個人 デューラー 歴史 西洋史 個 中世史 社会学 近代 知識 智 史学 日常 ポリフォニック
booktitle
ヨーロッパを読む
zeikomi
¥0円
ヨーロッパを読む

「死者の社会史」から「世間論」まで、ヨーロッパにおける「近代の成立」を鋭く解明しながら、世間的日常と近代的個に分裂して生きる日本知識人の問題に迫る、阿部史学の刺激的エッセンス

書評

キリスト教的な宇宙観とのずれ

高橋義人
京都大学教授

 農村部の日本人は今日でも自分の家や村を小宇宙、その外側に拡がる山や海、さらにはそのなかに潜む霊や死を大宇宙と捉えている。そしてこの小宇宙と大宇宙とは同心円をなしていると信じている。本書によると興味深いことに、中世までのヨーロッパ人も同じような宇宙観を有していた。このような宇宙観の下では、時間は円環をなしていた。一年は春に始まり、夏、秋、冬を経てふたたび春に戻る。同じく人は死んで「あの世」に行ってからも輪廻転生によって「この世」に甦る。
 ところが中世になってキリスト教が次第に普及してくるとこうした普遍的な宇宙観、時間観は否定されるようになった。そこに賤民身分というものが成立するにいたったと著者は言う。
 大宇宙の要素である火とか水とか性などと関わる職業は本来は神聖な仕事であり、畏敬されこそすれ、賤視されることはありえなかった。彼らは小宇宙と大宇宙のいわば「間」に暮らしている人々だった。彼らが「賤民」となったのは、キリスト教が二つの宇宙の存在を否定したときから始まる。
 日本について同じ問題を論じた網野善彦氏の仕事とともに、本書は新しい見方を呈示してくれている。
 キリスト教はさらに直線的な時間観(救済史観)を導入した。歴史はアダムとエヴァに始まり、救世主イエス・キリストの登場を経て、ついには終焉(最後の審判)を迎えるのだ、と。しかしクリスチャンであるにもかかわらず、日本人と同じように今でも輪廻転生や円環的な時間を信じている西欧人はかなりいる。このように西欧人の心の深層に流れている古代的な宇宙観や時間観と、西欧人の建前をなすキリスト教的なそれとの間には明らかなずれがある。このずれを読むこと、それが「ヨーロッパを読む」ことなのだ。
 その他、死者の見方、ボスやデューラーの絵の解釈、交響曲の成立、娼婦論など話題は多岐にわたっている。
 今年、これほど興奮して読んだ本、教えられることの多かった本はない。

キリスト教が西欧を変えた根源の解説へ

芹沢俊介
評論家

 私にとってこの本の面白さは、キリスト教がヨーロッパに与えた根底的で巨大な影響について、日本との比較で明らかにしてみせてくれたことにある。ヨーロッパを読むことは同時に、日本を読むことなのである。
 ヨーロッパが現在のヨーロッパになったのは、キリスト教の浸透以後のことであり、それ以前のヨーロッパ、つまり十、十一世紀以前のヨーロッパは今の我々と同じであったというように阿部は述べている。つまり今の日本は一千年前のヨーロッパだと言うのである。阿部はそのことをさまざまな角度からとらえて行くのだが、この認識には目を洗われたような新鮮な驚きがあった。たとえばこんな箇所がある。見知らぬ者どうしが団体を組んだ場合、その会の幹事の決め方は日本ではまずくじ引きかジャンケンである。ヨーロッパでは決してそうはならない。必ず誰かが自発的に手をあげる。この違いについて阿部は、日本人は日常生活であらゆる機会にこのようなかたちで神判=神の意志(呪術、迷信などを含む)に頼るのだが、なぜこうなるかと言えば聖と俗、大宇宙と小宇宙、死後と現世といったものの境界があいまいなためだというふうに説明する。ヨーロッパにおいてこの境界を明確に分離したのがキリスト教であった。
 この点に関連してさらに二つの点で日本はキリスト教と無縁であった。日本には無償の贈与という考え方が現実に根付いていないという点が一つ。「タダより高いものはない」という互酬性の論理が生きて力をふるっている。ヨーロッパにおいてはその相互贈与の慣行のなかにキリスト教によって無償の贈与という観念が持ち込まれたとき、大きな転換点を迎えた。もう一つは個人という観念が現実に根付いていないという点で。
 第一のポイントについて阿部の主張はおおよそこうなる。それまでの習いでは、ヨーロッパにおいてもモノを贈られたら必ずモノでお返しをしなくてはならなかった。この互酬関係をキリスト教が壊した。教会はモノを贈られても現世では返さない。天国(死後の世界)で返すという回路をつけた。これは正確には相互贈与の慣習を壊したというよりも、その習慣が成立する時間・空間を現世から天国にまで拡張して、一元化したことを意味した──このことはさらに二つの宇宙、家を中心とした世界(世間)である小宇宙とその外に広がる大宇宙を、キリスト教が一元化したことをも告げていた──。また、天国(地獄)という観念を持ち込むことによって、現世の生の世界と死後の世界を分離した。現世では一度死んだら、死にきりという考え方はキリスト教が入ってきて以後に生まれた。そうしておいて死後の幸福は、生前の善行(教会への贈与である寄進を主とする)いかんにかかっているという考え方を生み出して行く。善行を積むことが天国への切符になるという発 想を断ち切るにはルターの登場を待たねばならなかった。ルターは人間が救われるか否かは生前の善行とはまるで関係がない、救いにかかわるのは信仰だけだと主張した。
 個人という観念についてはこう述べられている。日本人とヨーロッパ人の決定的に違う点は罪の意識の問題である。阿部は罪の意識が出てきたということと個人の形成とは深い関係にあること。具体的に言えば、キリスト教の権力によって、成人男女全員が罪の告解というものが強制されたこと、それによってヨーロッパの人は自分が自分(の罪)について語らざるを得なくなり、そかも告解された罪はその個人が自己の責任として引き受けなければならなくなったこと、このことが重要な契機になったと指摘している。キリスト教は告解制度が作られたときとほぼ並行して神判に関与するのをやめた。これに対して日本では罪の意識はいまも、世間という現世共同体との関係のなかでしか存在しないのである。日本人のほぼ全員が世間の中で生きているゆえに、社会を構成する個人としてよりも、自己決定を避け、世間に対して受け身にふるまうのである。なるほど、だからくじ引きをしたりジャンケンをしたりするのか!
 この本は一九八三年から十年間にわたる連続講演の記録で、読みながら私はしばしばキリスト教の根付かなかった国に生まれた幸と不幸をこもごも味わったのである。

人々の顔や気持が見える歴史学

樋口伸子
詩人

■庶民の心性にまで省察
 私達にとってヨーロッパとは何だろうか。日本の近代化はヨーロッパを手本として進められた。本、映画、芸術などから憧憬を交えて影響を受けた人も多い。駆け足旅行であれ、行けば随所で中世にできた建造物や町並みを見ることができる。〝まるで中世を旅するような〟という旅行者のうたい文句そのままに、西欧の歴史に触れた気になるが、あくまでも表面を撫でただけという思いが残る。それらの町にどんな生活があったのか知りたいと思う時に、「ヨーロッパを読む」は当時の人々の暮らしにまで分け入り西欧中世の深層に読者を伴い、そこから現在を逆に照らし出してくれる。
 第一章「死者の社会史」から「アルブレヒト・デューラーの自画像について」までの八章からなり、各章が一冊の本になる程に密度濃く多岐にわたる内容をもっている。どの章でも読者を引きつけるのは歴史学者としての著者の視点のせいである。その視線は為政者の歴史にでなく、常にその時代の庶民の暮らしや、人の心の動きに向けられており、時間・空間・モノという三つの枠の中での人と人との関係の歴史が説明される。
 不勉強にして私は人の心性にまで省察を及ばした歴史家をこれまで知らない。また歴史はあったことの叙述であり、なべて事例の列挙に終わる教科書歴史に魅力がないのは、歴史が想像を許さないせいだと思っていた。
■幾何学の証明にも似る
 氏は若い時にドイツ農村の史料を調べ、村の風景は目に浮かぶが、そこの道を歩く農民の顔と気持が見えてこないのに愕然としたという。当時の農民の顔や気持が見えるまでに歴史を掘り起こす。氏の魅力的で斬新な歴史研究の基本はここにあると思う。
 膨大で広範囲な記録史料が縦横に駆使され、資料は想像と発見を伴って読み取られていく。一見意表をつく仮説とみえることでも、細部まで論証する氏の明晰さは幾何学の命題を証明する鮮やかさに似ている。どこにどんな補助線を引くかが想像力の問題だ。
 この人の補助線は神話・伝説、伝承、グリム童話から文学作品にまで及ぶ。その方法が特に生彩を放つのは「笛吹き男は何故差別されたか 中世絵画にみる音の世界」の章である。ここで用いられるのは十五世紀の画家ヒエロニムス・ボスの絵である。
■中世世界に新しい視点
 前章の「中世賤民成立」では、迷信俗習が生きていた古ゲルマンの世界をキリスト教が一元化して取り込む過程で、差別された職業と差別を生む畏怖という心の動きが二つの宇宙という新しい視点から論じられた。その各論として差別された放浪音楽師をあげて、キリスト教が音楽をどう捉え器楽を排除したかが「最後の審判」、「音楽地獄」などの怪奇な絵から読み解かれる。またボスの皮肉な教会観も描かれている。
 ボスの細密で百鬼夜行的な地獄・天国の絵の中には、差別の発端となった人間狼、大宇宙と小宇宙、動物との関係、男女の性愛、これまで著者が中世世界を開けた際の鍵がびっしりと描かれていて刺激的である。
 「ヨーロッパ中世における男と女」の章では、牧師と姦通した女性を描いたホーソンの小説『緋文字』と、中世フランスの神学者アベラールとエロイーズの往復書簡集があげられる。ここにはキリスト教の説く聖性の規制に縛られず、欲望からの交わりも神聖な行為であるという、「愛の誇りのために生き」る女性がいた。著者はエロイーズに十二世紀ヨーロッパ社会のなかでようやく姿を現わした個人をみる。宗教をもたない私達が〈個〉を考える上で深い示唆にとむ章である。
■真摯で開かれた学究
 これはヨーロッパ礼賛の本でもないし、学会に囲い込まれた歴史書でもない。謎にみちた中世ヨーロッパ史から、私達が生きる世間論にまでわたる本書は福岡市の出版社・石風社で行われた著者の講演記録集である。
 つとに知られた一人の歴史学者が十余年にわたってほぼ毎年、目下研究中の初穂を百人内外の一般聴衆に披瀝する。公開講座は多いが、このような例は稀有なことだろう。石風社レクチャーのなりたちは人々の縁であるが、それが続いたのは阿部氏の真摯で開かれた学究の魅力のせいである。
阿部史学という言葉があるならこれまでのその流れが辿られる貴重な一冊といえよう。読者その河の支流で足を止めたり、また本流に戻ったりしつつ、ヨーロッパを遠く近く感じながらいま自分が生きる河口に導かれるのである。

  • 507頁 四六判上製
  • 4-88344-005-2
  • 定価:本体価格3500円+税
  • 1995/10/01発行
ヤップ島 ヤップ 放送局 乾杯 南島日記 ゆるゆる 石風社 渡辺考 重松清
booktitle
ヤップ放送局に乾杯!
zeikomi
¥0円
ヤップ放送局に乾杯!

海外青年協力隊として太平洋の小さな島ヤップへ。日本の戦禍の残る島。だがヤップ式超スローライフへ誘われる。重松清氏推薦「飾ることのない喜怒哀楽に満ちた旅の記録は、狭苦しいニッポンで、せかせかした毎日を送っている僕たちに、とても大きなことを教えてくれているような気がする。」

  • 四六判並製272頁
  • 978-4-88344-148-8
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2007/08/01発行
モンゴルの黒い髪 バーサンスレン・ボロルマー 石風社 長野ヒデ子 モンゴル ゲル 遊牧民 伝説 絵本
booktitle
モンゴルの黒い髪
zeikomi
¥0円
モンゴルの黒い髪

敵は邪悪な4羽のカラス。武器もない女たちが、草原と家族をまもった……モンゴルの伝統が彩り豊かに描かれた作者の絵本第一作。「彩色の美しさ。画面構成の巧みさ。伝説への愛。高い水準の作品です」(内田麟太郎氏)。第19回国民文化祭上陽町絵本大会グランプリ受賞、文部科学大臣奨励賞作

  • A4判上製 28頁
  • 4-88344-115-6
  • 定価:本体価格1300円+税
  • 2004/11/13発行
明治博多往来図会 祝部至善画文集 祝部 至善 明治 博多 画 石風社 西日本文化協会 日野文雄
booktitle
明治博多往来図会
zeikomi
¥0円
明治博多往来図会

驚嘆すべき記憶力と細密な画で再現される明治期の博多。往来で商う物売り達の声、町のざわめきの中、庶民の暮らしと風俗がいま、甦る。豪華本。

書評

「よい時代に生まれた幸せそのものだった」

服部幸雄
千葉大学名誉教授

 鉋屑(かんなくず)の三角帽子、中国服姿の飴屋がチータラチータラと紙ラッパを吹き立てて街へやってくる。手に手に錆包丁や古鍋を持った子どもたちが集まってくる。「チータラ飴」はお金で売らず、古金物と交換するのだった。
 不思議な魅力に富んだ画文集である。
 最初に色彩のある絵を見た。著者の絵に寄せた短いエッセイを読みながら、つくづく絵に見入った。次に、後にある少し長文のエッセイを読み、もう一度戻って前の絵を眺めた。おもしろい風俗、珍しい風俗、懐かしい風俗や生業が次々と現われて展開する。ここには明治という時代が生きている。人々が人間らしく、心豊かに、やさしく暮らしている。
 昭和十年代に名古屋で育った私は昔の博多の町をまるで知らない。それなのに、祝部至善の絵の世界は妙に親しく懐かしく思われる。
 祝部至善(一八八二─一九七四)は生粋の博多っ子である。明治・大正・昭和の三代にわたって博多の町を愛して生きた人だった。
 幼児から絵が好きで、野方一徳斎、太田一嘯、松岡映丘について学んだ。その彼が博多の風俗を描き始めたのは七十歳を越した昭和二十八年以後、九十二歳で亡くなるまで描き続けた。
 本書は明治時代の博多の風俗を描いた数々の絵と、それらに添えられたエッセイを集めて編集したものである。
 原画は東京国立博物館収蔵で昭和二十八年から三十年代にかけて制作されたものの全図と、雑誌「西日本文化」の創刊号(昭和三十七年)から百号(昭和四十九年)まで十余年にわたり、毎号の表紙を飾った絵の中から選んだものである。著者が幼少の頃に博多の町で見た光景を思い浮かべつつ、眼前の実景写生するように細密に描写している。人々の髪型、化粧、衣服、帯の結び方、持ち物などが実にていねいに描いてある。
 絵には、季節があり詩がある。いろんな人が登場する。門付けの芸人、曲独楽、覗き機関(からくり)、猿回しなど江戸東京をはじめ他の都市でも見かけたものが、博多でも行われていた。博多の街だけを往来した物売りもたくさんある。現代ではとても考えられない不思議な品物を売り歩く商人たちは、おもしろい触れ声を聞かせて、てくてくと歩いた。至善は「明治のよさ」に懐かしさを覚え、変わっていく街の様子、特有の行事、日用の道具、衣装や化粧、子供のあそび、暖かい人の情、博多言葉などを、絵と文でこまやかに描き出す。
 時間がゆっくりと流れている。時代の空気が匂うようだ。至善が言うとおり明治の日本は「いい時代」だったのに違いない。彼は「よい時代に生まれた幸せそのものだった」と、ふと感懐を洩らす。それが完全になくなった戦後十年を過ぎたころ、至善は記憶の中に生きている博多の街の風景を一つ一つ丹念に描き始めた。人々の記憶から忘れ去られるのを愛惜する心がある。時代は変わったのだ。私たちの考えはもはや「時代遅れ」なのだという老いの身の自覚もあり、諦めの気持ちもある。しかし、至善は描き続けた。
 絵にも文にも郷愁だけでなく、一抹の哀愁が漂う。とくに印象的な絵と文を一つだけあげるとすれば、「ごりょんさん」が毛布を引き回してまとった姿に寄せる至善の思い入れの深さである。この絵に限らず、彼が描いた女性たちはみなかわいらしく美しい。
 すべてに人間的だった明治。二十一世紀のいま、私は取り戻すことのできない、そして多分に美化された「明治のよさ」に憧れ、幻想を抱く。祝部至善が愛してやまなかったこの世界は、現代人に向かって何が本当に美しいのかを教えているともとれる。この本は、たくまずして不毛の現代を顧みる文明論的な内容を含んでいる点で、単に「昔はよかった」式に老人の郷愁を誘うばかりではなく、広い層の読者の共感を得ると思う。地方都市における明治風俗史の記録としての価値もある。
 巻末に、編者代表のフォトエッセイスト日野文雄による要を得た解説が付いている。

庶民の風俗、生き生きと

錦織亮介
北九州市立大教授・日本仏教美術史

 この度西日本文化協会より祝部至善氏の『明治博多往来図会』が刊行されました。東京国立博物館所蔵の51点の絵画と、雑誌「西日本文化」掲載の表紙画と解説を中心に編集されています。
 この本には明治・大正の博多の庶民の生活風景が生き生きと描かれています。人々の話し声、物売りのふれ声、街の喧騒さえ聞こえてくるようです。これらの市井の風俗は今はもう見ることができません。博多が近代都市になる過程で失われたものです。それだけに懐かしさにあふれています。

 祝部氏は、明治26(1883)年11歳のとき、博多の浮世絵師野方一得斎(のがたいっとくさい)について絵を学びはじめ、また同じ頃に矢田一嘯(やだいっしょう)にも油絵を学んでいます。しかし本格的に絵を学んだのは、櫛田神社社司の祝部家に入夫婚姻した後、大正7(1918)年36歳で上京して松岡映丘に師事してからです。同12(23)年関東大震災のため帰郷するまでの6年間、映丘のもとで新しい大和絵を学んでいます。
 博多に戻ってからは、家業の櫛田裁縫専門学校校長をつとめる傍ら、福岡県展などの地元の公募展への出陳のほか、新聞雑誌にも多くの挿絵を描くなど、作画活動を続けていました。
 今日では、祝部氏と言えば明治の風俗画を思い起こしますが、祝部氏が博多の古い風俗を描きはじめたのは70歳ごろ(昭和28〈53〉年ごろ)からと思われます。ただ、風俗画を描きはじめた動機については、はっきりとは述べていません。
 本書の編集者日野文雄氏は、地域差はあるが触れ売りや門付けの姿が街から消え始めたのが昭和28年から30年ごろであり、祝部氏にとっても明治が終りを遂げた時期ではなかったか。内なる明治の終焉を感じた時、明治を懐かしむだけではなく、明治の博多を記録しておかねばという決意から、71歳の翁は風俗画の筆を執ったのではないかと推測しています。これを裏付ける事実は、祝部氏が明治・大正博多風俗図を2セット描き、1セットは手元に置き(現在は福岡市博物館の所蔵)、もう1セットを昭和38(63)年に東京国立博物館に寄贈していることです。これは、自分が描いた風俗画が、確実に後世に伝えられることを意図したものと思われます。
 いま一つのきっかけは、鏑木清方が昭和23(48)年の第4回日展に出品した「朝夕安居(ちょうせきあんご)」図です。明治20年ごろの東京の下町風景を絵巻物風に描いたもので、失われ行く東京の下町風景が詩情豊かに描かれ、おおいに評判になった作品です。氏は画作の動機を「今私がしきりと画きたいもの、またかいておきたいものは、昭和なかばまで続いて来た市人のおだやかな暮らし、それはもう二度とめぐって来ないように思はれるのを心ゆくまで写しとどめたく願う心にほかならなかった」と述べています。また清方は、展覧会のための大画面の作品とは違った、卓上で眺めて楽しむ絵巻、画冊などの卓上芸術の支持者でもありました。
 祝部氏は、この清方の態度に共感するところが多く、博多版の風俗画制作を思い立つきっかけの一つも、この「朝夕安居」図にあったと私は考えています。祝部氏の風俗画は、作品の形式、画題、画風のすべてが、師の映丘より清方に、そしてこの図に近いことに驚きます。両者の違いは、清方が詩情を主にしたのに対し、祝部氏は風俗の正確な記録に重きを置き、各図に解説を付した点でしょう。

 祝部氏はこの風俗画を描き上げたあと、ありし日の福博の往還の様子をさらにこまかく「西日本文化」の表紙画に描きました。昭和37(62)年から氏が没する49(74)年まで、100号にわたっています。各号に付した解説文も興味深く、博多の庶民の暮らしが見事に回想され、活写されています。侍が曳馬の訓練と称してかき山の列に馬を乗り入れていた時代があったことなど、誰も知らなかったことでしょう。また画中の女性の装束、帯の結び方、髪形などの詳細な記述は、さすが裁縫学校長ならではの観察とおもわれます。
 祝部氏は、日本画のほかに、和裁はもちろん、博多おきあげ(押し絵)技術者、茶道南坊流会員、郷土研究会会員、弓道範士など多芸多忙の人でもありました。この出版が祝部氏の再評価につながればと願います。

明治の博多 日常を活写

松尾孝司
編集委員

 明治という時代の暮らし、往来のにぎわいが伝わってくる。
「あぶってかもは、よござっしょう」
 これはスズメダイを売りに歩く物売りのふれ声だ。「炙って咬んで食べる魚」という意味がある。博多の味「おきうと」売りは、
「おきうとワイ、とワイ、きうとワイ」
とやってきた。辻芸人、アメ売り、とうがらし売り……街は人と人との出会いの場だった。

時事を織り込み
 この秋、刊行された日本画家祝部至善さん(一八八二─一九七四年)の画文集「明治博多往来図会」には、江戸時代のなごりが残ったそんな明治の博多が描かれている。
 博多の井戸水は塩分が多いため、現在、福岡県庁のある千代松原の大井戸からくんで、たるに入れて、車力(大八車)に積まれて売られていた。街でバイオリンを弾く「艶歌師」の姿がモダンな時代の到来を告げる。人力車に乗って壮士芝居をPRする書生風の男性は、もしかしたら川上音二郎一座の役者かもしれない。結婚して初めて里帰りする花嫁の姿が初々しい。
 時事を題材にした絵もある。一八九四年、日清戦争・旅順港陥落を伝える、福岡日日新聞の号外を配る男。頭の鉢巻きに小さな国旗を挟み、腰には鈴。戦勝に高揚する時代の気分がよく伝わってくる。てんびん棒にかついで小包を配っている人や伝染病患者搬送の現場を伝える絵もある。
 祝部さんの視点は、ニュース感覚にあふれている。江戸の浮世絵師が博多にいたら、題材になったかもしれない庶民の生活の現場を鮮やかに描き出している。今の新聞ならば、さしずめ生活感を伝える「社会面」のような世界だろう。

風俗をリアルに
 祝部さんは、福岡市博多区の櫛田神社前にあった櫛田裁縫専攻学校の校長を務めた。祝部家は代々、櫛田神社の神職の家だったが、実家は中洲の中島町。この町からは独立美術協会で活躍した小島善三郎や「筑前名所図会」を描いた奥村玉蘭らが出ている。商人の町・博多から川を隔てたこの地域は文化の香りが強かった、と画文集の「解説」を書いた日野文雄さん(写真家)。
 町絵師野方一得斎に日本画を習い、博多人形師の指導に当たった矢田一嘯(いっしょう)に油絵を学んだ。上京後は、大和絵の松岡映丘に師事する傍ら、洋画彫刻塾でデッサンに励み、ヌードデッサンの画塾にも行った。この時代に基礎を築いたデッサン力が、細い筆の線で明治の風俗をリアルに描く素地となった。和洋を問わず絵を極めようとするおう盛な好奇心は図絵の豊かなバラエティーに直結しているだろう。
 収められたエッセー風の文章も、貴重な証言だ。
 たとえば七月の博多山笠。現在の追い山は、前を走る山笠がスタートしたあと、一定の時間を置いて後続の山笠が境内の「清道」の旗を目指してスタートする。ところが、明治二十三年までは、前を走る山笠が神社から東へ五百メートルほど離れた東長寺の前まで走ってからスタートを切っていた、と書き残している。「追いつけ追い越せ」と、むやみやたらと無理なスピード競争はしていなかったという記録である。

「わが町を残す」
 収録された絵は、一九五三年から十年足らずの間に描かれた彩色画が五十二点と、西日本文化協会の機関誌「西日本文化」の表紙のために描いたモノクロの作品約百点。
 五〇年代は、福岡大空襲後の焼け野原から少しずつ復興が進んでいた時代。が、老舗の商家がほとんど焼失し、博多の町には、板付米軍基地の兵の姿が目立った。日本社会全体が急速に欧米化していった時代でもあった。祝部さんにとっては、古里が消えてしまった。他人の町になってしまったのだ。
 絵には、「わが町・博多を残さねばならない」という強い決意がにじんでいる。遠い所へ去ってしまった「博多」を呼び戻そうという意地がひしひしと伝わってくる。祝部さんは、博多を語る会の会員としても博多人形師の小島与一さんらとともに「博多」を語り継ぐ活動を続けた。
 博多の町は、六六年の町界町名変更で、長い時間をかけて形成された地域コミュニティーが分断された。この本は、失われた博多を見つめることで、変わり続ける博多を問い直す機会を与えてくれる。

雑踏の声が聞こえてくる

矢野寛治
コピーライター

 戦後の団塊としては、いささか古いことにも知悉しているつもりでありしが、頁を繰る毎に、私の知識なんぞは、おととい来やがれの心境にさせられた。
 物心ついたころに、往来で目の当たりにしたのは、せいぜい虚無僧、富山の薬売り、傷痍軍人さん、あさりシジミ売り、竹ざお売り、たくあん売り、アイスボンボン売り、こうもり傘ナベ釜修繕屋、ポンポン菓子屋、山伏、豆腐屋、占い師、新聞少年、紙芝居屋のおじさん、正月の獅子舞い、ああそういえば時々新内流しくらいのもので、この図会を見ますと、いやはや明治の博多往来は、多種多様。
 旅順口陥落の号外配りは、鉢巻に小国旗を二本挿している。小包郵便配達の臀部は張って大きく、踏み切り番の乳飲み子を背負ったお母さんの乳房は胸からポロリと露わになっている。高校生は弊衣破帽、女専は紫袴、警察と兵隊の衣装は妙に立派。されども、最も興味を惹くのは行商人と物売り、門付けや庶民のいでたちである。いなせ有り、粋あり、概してみな粗衣だが、どことなくユーモラスで活気がある。祝部至善さんの絵を見ていると、明治の雑踏の音と声が聞こえてくる。

  • A4判上製175頁
  • 4-88344-102-4
  • 定価:本体価格5000円+税
  • 2003/09/15発行
ムーン かぎ猫 ネコ 石風社 おぎのいずみ 児童書 荻野泉 いのうえしんぢ 小学生 歴史 開発
booktitle
ムーンとぼくのふしぎな夏
zeikomi
¥0円
ムーンとぼくのふしぎな夏

かぎ猫ムーンとヒロシの時間をこえた大冒険。石棺のむこうは戦場! 古代伊都国の王位継承戦争が、現代のゴルフ場建設でゆれる糸島と、石棺のタイムトンネルで結ばれる!(児童書/小学校中学年から)

書評

選定図書から

全国学校図書館協議会報(Z)

 月光の下、ヒロシの前に白ネコが現れた。神秘的な緑の目とカギしっぽを持つこのネコを、ヒロシはムーンと名づけた。
 夏休みのある夜のこと、ヒロシはムーンに導かれて近所の花の隈古墳へ足を踏み入れる。古墳の石室はなんと古代の世界・伊都国へと通じていたのだ。そこでヒロシは王の娘カスナと出会い、王のしるしのまが玉をカスナの手に返すことを約束してしまう。こうしてヒロシとムーンの時間をこえた冒険が始まった。
 はるか古代の戦乱に巻き込まれとまどうヒロシは、一方、現実の世界では父母との確執やゴルフ場建設による古墳の取り壊し計画でさらに悩みは混乱するばかり。
 いわゆる現代っ子のヒロシは美少女を救い出す正義の味方と呼ぶには頼りない。だが、ヒロシが周囲の人たちの勇気や行動力に励まされ、少しずつ自力で試練に立ち向かう姿はかえって読者には身近で共感できる。1つの困難を乗り越えた後、力強い目で先を見つめるヒロシがさわやかである。

  • A5判197頁
  • 4-88344-012-5
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 1996/07/07発行
馬毛島漂流_カバー_web用
booktitle
馬毛島漂流
zeikomi
¥0円
馬毛島漂流

booktitle
馬毛島漂流
zeikomi
¥0円

石油備蓄基地誘致 全島民の離島 企業による土地買収 大規模な「滑走路」工事 日米安保の渦の中で、 〝漂流〟する島・馬毛島 種子島在住の元新聞記者が 島に渡り、歩き、喰い、 時には遭難して知った 馬毛島の今を、 短歌と写真 …

  • 四六判上製 218頁
  • ISBN978-4-88344-257-7
  • 定価:本体価格1600円+税
  • 2015/10/20発行
236
booktitle
馬毛島異聞
zeikomi
¥0円
馬毛島異聞

booktitle
馬毛島異聞
zeikomi
¥0円

鉄砲伝来の島・種子島の西方12キロに浮かび野生鹿群れる小さな島の歴史物語。お家騒動から島の開拓・開発、そして実らぬ恋まで──。種子島家の支配のもとにあった島の歴史を史実と伝統を綴り合わせながら郷土史の泰斗が遺す。

  • A5判上製 101頁
  • 978-4-88344-236-2
  • 定価:本体価格2000円+税
  • 2013/09/01発行
 (71件中) 1〜10件目