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文芸(小説・エッセイ)既刊
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死者のために
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死者のために

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死者のために
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  十五歳で阿蘇の山村を出たひとりの少年が 満州・シベリアでの過酷な体験を経て 一個の画家となった   私の少年のときのもうひとつの夢、 絵を描くということは、 染みついた兵隊色を 生涯をかけてぬぐいとる作業かも知れない …

  • 大スキラ判 164頁
  • ISBN978-4-88344-254-6
  • 定価:本体価格2500円+税
  • 2015/05/26発行
酒のある風景 吉野公信 石風社 エッセイ アルコール 美酒 酒飲み
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酒のある風景
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酒のある風景

花はあっても美しい花という花はない。酒にも美味しい酒という酒はない。だが美味しい酒を飲むことはできる。某年某月某日、そこには酒があった。某氏の歩みがあった──。酒をめぐるエッセイ集。

  • 174頁 四六判並製
  • 4-88344-135-0
  • 定価:本体価格1200円+税
  • 2006/05/25発行
左官礼讃 小林澄夫 鏝 漆喰 左官 小林 澄夫 藤田 洋三 壁 日本 庭 建築 写真 泥 風景 職人 技 バイブル
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左官礼讃 Ⅱ
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左官礼讃 Ⅱ

左官職人の『バイブル』第2弾!


私達は戦後、眼に見える〈物〉を大切にするばかり、それらの〈物〉を生みだす眼にみえない過程(プロセス)をないがしろにすることで、成果や結果だけを求める拝物主義、拝金主義に陥ってしまった。職人の技術は、眼にみえないプロセスであり、身体とともにある眼にみえないフォルム(形)である。……(本文より)
懐かしい風景と、未来の風景のため。
〈泥の壁は美しい夢を見る──〉

書評

泥の壁は美しい夢をみる

瀬尾真志
エッセイスト

 黒銀杏。切大葉。本海苔。仙台。晒海藻。アラビアゴム粉末。三千本膠。極上稀飛切一本生濱。純白特雪生濱。改良白生濱。油苆。雪晒硝赤。硝赤ツタ。本生麻。カナリヤ。朱赤間石。大磯。国華石。熊野那智。茶根岸。松サビ。九條土。耐水プラスター。秋田産アスファルト。土佐水化純白粉灰。鹿児島産純良仲貝灰。……ナグラ、言葉の大群だ。素材性、季節感、時代性、地方色、国際色、化学……いろいろな世界とのつながりを感じる。出典は左官材料カタログ集『境屋商報』だ。発行元の酒井茂平衛商店は江戸時代から浅草蔵前橋に店を構えていた老舗の左官材料店だった。埼玉の本庄市の店じまいした建材屋の棚の奥からこの小冊子が見つかり、巡り巡って著者の手元へたどり着いた。本書の中で「昭和十三年の左官材料」という随想で紹介されている。
 本書は、土の文化誌・月刊「左官教室」を中心に、月刊「さかん」、「チルチンびと」季刊「東北学」、季刊「銀花」などに書いた文章を集めたものだ。土のあるくらしを愛する多くの人々の期待に、福岡の出版社が応えた。2001年に一巻目、このたび待望の続編が上梓された。著者が生まれてから、子ども時代、学生時代、社会人……未来のはなしが綴られている。編集者のセンスがいい。記憶、音、風景、人、巡のテーマで新たな文章群が生まれ、鮮やかな作品となった。夜に、田舎の少年時代をおもう。コンクリートがいっぱいの風景を嘆く。著者の風景論がおもしろい。「風景は私のむこうにあるものではなくて私の内にも外にもあって私を包んでいるもの。私が生まれる前にもあって、私の死の後にもあるもの。私たちがデザインしたりつくったりできないなにか。かつて魂と呼ばれたものの全てではなかろうか」
 心洗われるフレーズがある。「西行する」という言葉だ。左官の世界では知られた言葉だという。著者の随想や詩文の中で、肌身に染みる言葉となってひときわ輝きを増している。「西行するとは、鏝一本持って仕事を求め諸国を旅することである。それは、左官にとっては修行の旅であり、地方地方のその土地の材料や仕事を学んだり、すぐれた技能を持った職人の仕事を習ったり、一緒に仕事をしながらそれを盗み取る旅でもある。流れ流れてその土地土地の左官の親方のところにワラジをぬぎ、みずからの腕を売りこみ、助っ人として長逗留したり、一宿一飯の恩義で旅銭をもらって次へと旅立っていくといった風である」
 著者は、左官専門誌編集者と紹介される。広い視野で今を敏感に生き、左官の現場にひたすら通う。取材を通して、職人と語り、土を触り、壁を撫で、現場で文を書く。カメラを構える。左官ジャーナリストである。まさに、現代を凝視する泥のジャーナリストだ。風景とは何か、歓待とは何か、世界を見つめている詩人である。本書は左官風土記、左官歳時記のような書物である。22世紀に伝えたい本である。詩人は旅をし続ける。
 今、左官の技が見直されている。丸の内のカフェに泥壁画がある。銀座の書店に大津磨きの壁が見られる。有楽町の酒肆で竃がシンボルになっている。日比谷の最高級ホテルのロビーに土壁が使われた。左官という仕事、左官職人という生き様が注目されている。本書は、左官の世界を広く知るための格好の基本書であろう。

壁を養う暮らしを慈しむ

塩野米松
作家

 左官という仕事が忘れられてしまった。
 法隆寺が創建当時の姿を保ち、世界最古の木造建築として現存している理由は木の癖を活かし、飛鳥の大工以来の伝統を受け継ぐ工人たちがいたからであるが、忘れてならないのは壁の力である。
 建物は柱や梁だけで持つものではない。柱の間を埋め、補強する壁があってのことである。
 その美しく、丈夫な壁をつくり続けてきたのが日本の左官である。木舞という芯にスサというワラや麻糸、和紙などを刻んで、泥に混ぜ合わせ塗り込み、壁を築いていく。
 水で練られた土は乾けば縮む。縮めば柱や貫の間に隙間が出来る。当然である。時間をかけ、十分に縮めてから、隙間を埋め、じっくりと壁を養生していく。自然素材で家を造るというのはそういうものなのである。
 施主もそれを知っていたから急がなかった。五、六年も先の祝言に間に合うように左官を頼むのである。壁を作りながら人はそこで暮らすのである。不自由はない。祝いの日の直前に漆喰を塗り、仕上げをする。
 手間を惜しまず作ったから壁は強くしたたかである。そういう技と思想があったから、日本の建造物は美しく、自然の中に風景としてとけ込み、長い時間のヤスリに耐えたのだ。
 その左官の仕事を見続けてきた著者は、同名の前著で、左官の仕事の美しさと職人たちを称えながら、消えていくことを嘆いた。時間をかける左官の仕事の良さがわからない時代になったのだ。
 続巻のこの本では嘆きは悲しみの歌に変わっている。日本の壁の美しさ、三和土(たたき)のすばらしさは過去の物になってしまったのか。嘆きは散文にすれば愚痴になる。美しく見送ろうとすれば、目は心の内を向き、言葉は詩になる。慈しみの目は悲しみつつ、先の世に夢を託している。左官に新たな目を、それが日本の美の再興につながるはず。

土壁を通して時代を見つめる

久保智祥

「土壁のような人」と形容したら失礼だろうか。長い年月、風雨にさらされた土壁に独特の風合いが生まれるように、40年以上も左官専門誌の編集者として土壁や左官を見続けてきたその人の風貌や話す内容、文章には、不思議なぬくもりと一抹の寂しさが漂う。
 68年。就職した出版社でたまたま配属されたのが月刊誌「左官教室」だった。時代は高度成長期。工事現場で左官はコンクリにモルタルを塗る作業に追いやられ、非人間的な現場は「取材していても楽しくなかった」という。
 だがある時、奈良の古道、山辺の道にたたずむ泥壁の納屋の美しさに魅せられる。「心が開かれていき、ホッとしました。塀に囲まれた東京の現場から逃げたかったんですね」
 それから、全国に残る伝統的な土壁や左官の普請現場を訪ね歩いた。
 左官は、土や、わら、水などの自然素材を、その土地の気候や天候に応じて混ぜ合わせ壁を塗る。人間が制御できない自然をそのまま受け入れる存在だ。そして、自然素材で塗られた壁も、外部の自然と連続していて内との間に壁をつくらない。「左官は人を値踏みしないんです。左官も土壁も、壁をつくらずに来るものを受け入れる〝歓待の精神〟があって、僕に多くのことを教えてくれた」
 そんな現場で教わり、見つめた土壁の多様な美しさと左官たちの仕事の豊かさをコラムにまとめたのが1冊目の『左官礼讃』(01年)になった。その後、07年に「左官教室」が廃刊するまでの文章を主にまとめたのが本書だ。
 現在は月刊誌「さかん」の編集長として執筆を続けているが、本書で取り上げた昔気質の職人はどんどん亡くなり、建築の工業化は止まらない。漂う寂しさは、土壁を通して見えた現代の風景──歓待の精神が失われ、殺伐とした時代ゆえなのかもしれない。

  • 272頁 四六判上製
  • 978-4-88344-171-6
  • 定価:本体価格2200円+税
  • 2009/05発行
左官礼讃 小林澄夫 左官 小林 澄夫 漆喰 鏝 職人 藤田 洋三 壁 日本 庭 建築 写真 泥 風景 職人 技
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左官礼讃
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左官礼讃

専門誌「左官教室」の編集長が綴る土壁と職人技へのオマージュ。左官という仕事への愛着と誇り、土と水と風が織りなす土壁の美しさとともに、打ちっ放しコンクリートに代表される殺伐たる現代文明への批判、そして潤いの文明へ向けての深い洞察を綴る

書評

結んでほどく──(午睡のあとで)

松本道介
文芸評論家

 着物をほどくという言葉があった。今の若い人は最早知らないだろうし、私とてずいぶん久しぶりに思い出したのだが、たしかに私の老母の世代は着物を洗濯に出すときや仕立て直すときには着物をほどいていたのである。
 しかし昔の人は、着物だけではなく建てものもまたほどいていたことを或る本によって教えられた。小林澄夫という職人さんが書かれた「左官礼讃」である。見開き二頁の奥ゆかしい随筆二百篇近くが並ぶなかに「結ぶこととほどくこと」という文章があった。
 昔の家には建てることは結ぶことだという考え方があり、結んだものはほどくことが出来た。したがってかつての民家はこわすのではなくほどいたのだという。〈屋根の瓦をはずし、木舞の土壁を落し、棟木や梁をはずし、柱を抜いてそれらは移築されたり、新しい民家の部材として再生されていった〉という。
 今でいえばリサイクルということだが、昔はリサイクルという発想はなかったし、リサイクルとはどこか違うと思う。〝結んだ人〟への敬意というか、素材への愛情というか、なにか温かい心がそこに感じられる。
 今の世の中から徹底して消えていくのはそうした温かい心である。家をほどくといった考え方はまったくなく、こわす時はひたすらこわす。〈パワーショベルで屋根を剥がし、ユンボで壁を押しつぶし、解体されてしまう。解体屋とはよくいったもので、半日もあれば民家は残材の山になってしまう。それは解体というよりも、破壊というにふさわしい〉
 日本式の民家はまだしも、鉄筋コンクリートのビルとなると、その構造からして解体=破壊しか方法がないにちがいない。ブルドーザーを用いての破壊をはじめ、何度かテレビのニュースでも見せられたごとく、爆薬を用いて一気に爆破する方が手間も省け、コストも安くて具合がいいのだろう。
 過去に栄えて滅んだ幾多の文明にくらべて近代西洋文明の格段にまさる点はその破壊力である。爆薬を中心にした破壊力によって他の文明を征服し自然をもほろぼしていったのであったし、そのひとコマをわれわれは今またアメリカのアフガニスタン空爆によって見せつけられた。
 西洋近代文明の発展に寄与した功労者に与えられる最高の賞がダイナマイトの発明者の得た巨万の富によってまかなわれているのは幾重にも象徴的なことだと私は思う。 

質感、安らぎ、塗り壁は天才である──著者に聞く

後藤喜一

 この本を読んで、塗り壁とは実に面白いものだと思った。泥をこねて塗ると、粘土の泥自体が持つ自硬性によって固まり、土の成分や時間の経過によって独特の美しい色や肌合いが生まれる。素材が泥であるがゆえに、室内の湿気を吸ったり吐いたりして温度を調節し、その厚みと質感が住む人に温かさや安らぎを与えてくれる。小林澄夫さん(五八)が〈塗り壁は天才である〉と書くゆえんである。
 このように美的にも機能的にも優れた塗り壁がなぜ、石膏ボードやクロス、ペンキの壁に押されて衰退してゆくのか。
「材料を水で溶かして鏝で塗るのが左官の仕事ですが、乾くまでに時間がかかるので工期が長くなるし、仕上がりにもばらつきがでる。その点、ボードを接着剤でとめ、クロスをはった方が手っ取り早い。また、かつてはオーナーが自分で大工や左官を選んで仕事を依頼していたのが、いまは工務店がすべてを仕切るようになった。工務店としては、左官に壁を塗らせるよりも自分でボードをはり付けた方がもうかるわけです」
 依頼主がよほど塗り壁の良さにこだわらないかぎり、漆喰の白壁も聚落の土壁も日本の住宅から消えていくのは自然の勢いということになる。
 小林さんは一九六八年に黒潮社に入って以来、ずっと左官職人向けの月刊誌「左官教室」の編集を担当。本書は八一年から二十年にわたって同誌に連載してきたエッセーをまとめたもので、繰り返し塗り壁の魅力を語り、その復権を唱えている。
「最初は建築のことも左官のことも全く知らなくて、このメーカーからこんな素晴らしい商品が出たというような話ばかり書いていた。そのうち、そういう工業製品が規格によって管理されているのに対し、左官の仕事は数値化できず、その日の職人の気分や天気によっても出来が変わってくるということが分かってきた。統一・画一よりも、そういう偶然性や多様性に惹かれて深入りしたんですね」
 本書は左官職人への熱烈な応援歌だが、小林さんは現在の職人に対しても「石灰や海藻のりは別として、昔の職人は土や苆などの材料を自分で集め、調合して使っていた。左官の表現のもとになる材料をメーカーに任せてしまっては技術の半分以上を捨てたことになる」と苦言を呈する。

よみがえる壁を塗る音、しぐさ

与那原恵
ノンフィクションライター

 子供のころ、建築現場をのぞくのが好きだった。完成してしまえば二度と見ることのできない骨組みに、ナルホドこうなっているのかと見とれていた。とくに魅了されたのは現場の「音」だ。木を削る音、カナヅチで叩く音。左官がシャクシャクと材料をこねてなめらかになったものをコテですくいとる、ザッという音は忘れられない。左官はたいてい近所に住む顔見知りだったから、その場に座り込んでいる私をじゃまにするでもなく、淡々と仕事をつづけているのだった。
 月刊「左官教室」という雑誌がある。左官の仕事の周辺や、土壁の文化を広く語る意欲的な雑誌だ。本書はその雑誌のコラムをあつめて編んだものだが、日本に伝わる壁の多種多様な美しさ、材料となる泥、そして何よりも左官の仕事の豊かさを端正な文章でつづいっている。一行読みすすめるごとに、幼いころ耳にした左官のゆったりとしてた「音」や繊細な手のしぐさがよみがえってくる。
 奈良の当麻寺の土塀に残る藁ぼうきの「あらし目」。それは、上に塗る材料のくっつきをよくするものだが、その模様の美しさは左官の「意図しない美意識」である。また左官仕事の傍らにある道具を洗う水。老左官は泥で汚れた水を畑にかえし、まだキレイなあがり水を草花の根にそそぐ。
「余分な水を使わないような理にあった水使い、水と土の複合である泥の生理への繊細な感性、簡素な無駄のない動作」
 かつて壁の材料は天然の素材の複合であった。その多様性を活かし「手の延長であるようなわずかな道具と手仕事でつくられた」壁の美があった。
 しかし左官の仕事は、近代化と工業化の果てに追いつめられているという。たしかな技術をもった左官がコンクリートの下地づくりをせざるを得ない現状を著者は嘆きつつも、さまざまな土地に眠る泥を探し、技術を語りつぐ左官の姿を愛情をこめて描いている。
 秋の陽を浴びた土壁を触ってみたくなった。

土と漆喰の建築文化を知る

藤森照信
建築史家

 戦後の日本の建築現場から追放された材料があるのをご存じだろうか。
 追放といって言いすぎなら、軽視され、すみに追いやられた材料。それが土と漆喰にほかならない。自然素材ゆえ、扱うのにカンと経験を要し、機械化、工業化も難しかったから、各種ボード類や壁紙類に置きかえられていった。
 しかし、このところ再生のきざしが著しい。理由の一つは、あまりに工業化、機械化した現代建築への反省で、自然素材の味わい深さを回復するには土と漆喰が一番いいし、手仕事の面白さを復活させるには土と漆喰のプロである左官職人が欠かせない。
 もう一つの理由は、工業化した材料から放出される化学物質の問題で、土と漆喰は自ら何も出さないばかりか、ほかから出た化学物質を吸着する力を持つ点が注目されている。
 二十一世紀は、もしかしたら、土と漆喰と左官の時代となるかもしれないが、そうした復活劇は一人の雑誌編集者の存在なしには語ることができない。それがこの本の著者の小林澄夫である。
 戦後、正確には大阪万博以後に始まった土と漆喰の暗黒時代に、土と漆喰を愛する者にとっての孤島の灯台の役を果たしたのが唯一の専門誌「月刊左官教室」だ。
 小林は、この雑誌の編集を担当するかたわら、全国各地の漆喰窯を訪れ、土を手にし、左官をたずね、古今のすぐれた左官仕事を探り、そうして得た知見を巻頭言として書き続けた。それが、各地方に根を下ろして黙々と壁を塗り続ける左官職をどれほど励ましたか分からない。
 そうした文を集めたこの一冊は、土と漆喰による日本の建築分かの全体像を知る格好の入門書であり、また、暗黒の時代から復活の世紀への導きの書の役を果たすにちがいない。
 左官という日本が誇る職人技術と、土と漆喰という世界共通の自然素材に関心がある人の座右に、ぜひ一冊。

  • 429頁 四六判上製
  • 978-4-88344-077-1
  • 定価:本体価格2800円+税
  • 2001/08発行
佐賀_表紙_Web用
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佐賀の明日を希(ねが)って
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佐賀の明日を希(ねが)って

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佐賀の明日を希(ねが)って
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郷土佐賀の明日をともに考えるために 生涯を保健医療に捧げ、郷土の歴史を愛する一医師が、 吉野ヶ里遺跡保存と脱原発への思いをくりかえし訴える 平成元年より吉野ヶ里遺跡保存運動の輪の中に居て、いささか疲れておりますけれど、吉 …

  • 243頁四六判上製
  • ISBN978-4-88344-253-9
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2015/05/03発行
細部にやどる夢 渡辺京二 石風社 私と西洋文学 西洋文学 歴史 文芸 批評
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細部にやどる夢
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細部にやどる夢

少年の日々退屈極まりなかった世界文学の名作古典が、なぜ、今読めるのか。小説を読む至福と作法について明晰自在に語る豊潤な世界。

  • 四六判上製187頁
  • 978-4-88344-207-2
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2011/12/20発行
西海遊歩 林檎樹下にて 片瀬博子 石風社 文学論 風土 山頭火 夏目漱石 中原中也 伊東静雄 林芙美子 梅崎春生 小泉八雲 岡松和夫 村田喜代子
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西海遊歩
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西海遊歩

文学と風土を語る──。山頭火、夏目漱石から林芙美子、村田喜代子まで、文学者のゆかりの地を訪ね、自らの原体験に重ねて作品を読み解く。

  • 308頁 四六判上製
  • 4-88344-024-9
  • 定価:本体価格1800円+税
  • 1997/08/20発行
こんな風に過ぎて行くのなら 浅川マキ 石風社 浅川 マキ かもめ 東芝 夜が明けたら EMI 寺山 修司 アンダーグラウンド 歌手 ビリー ホリディ こんな 風に ジャズ 新宿PIT INN ロング・グッド・バイ
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こんな風に過ぎて行くのなら
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こんな風に過ぎて行くのなら

1972年~2003年にわたってつづられた浅川マキのエッセイ集


ディープにしみるアンダーグラウンド──。「夜が明けたら」「かこめ」で鮮烈にデビューを飾りながら、常に「反時代的」でありつづける歌手。その三十年の歳月を、時代を、そして気分を照らし出す、著者初めてのエッセイ集

書評

音楽が熱を振りまいていた頃

松原隆一郎
社会経済学者

 三十年近く前、大学に入学するため上京した。一人暮らしを始めた夜、渋谷にほど近い駅前で古びた「I」という名のスナックを見つけ、前途を一人で祝そうと扉を押した。先客はおらず、暗いカウンターの中には黒いロング・ドレスをまとい髪の長い女性がいた。「浅川マキみたいだな」と思った。
 ラックにLPレコードが並べてあるので指で繰ると、本当にマキのレコードがあった。『浅川マキの世界』。リクエストすると、暗い店内にマキの声が広がった。「夜が明けたら」や「ちっちゃな時から」。「かもめ」は寺山修司の作詞だ。
「ダルマ下さい」とボトルを注文した。すると女性が、「あなた学生さんでしょ? ウチは学生さんにはホワイト飲んでもらうの」と言う。大人にピシャリとはたかれたような気がした。お陰で今に至るまで、高い酒を飲むとなんだか居心地が悪くなる。もっともその「ふしあわせという名の猫」みたいな顔をしたママさんは、半年もしないうちに居なくなった。噂では、借金を踏み倒して姿を消したのだという。これも大人の世界か、と感心した。
 当時の私は大学の授業にはほとんど関心がもてなかった。それよりも、街で日々出会う出来事が刺激的で、目がくらむ思いがした。なかでも山下洋輔トリオには驚愕した。鮨屋の職人のような風貌の坂田明がアルトサックスから痙攣するように鋭角的な音をねじり出す。繊細にして爆弾のようなドラムスは森山威男。スティック捌きは早すぎて手首から先が見えない。嵐のように激しさを増す演奏を聞くたびに、自分は世界史的な事件に立ち会っていると感じた。
 そんなある日、新宿ピットインに浅川マキが出演した。ゲストは驚いたことに、山下トリオだった。楽器だけだと完全なフリーフォームなのにどう伴奏するのかと訝ると、案に相違して、「ジン・ハウス・ブルース」などフォービートのブルースを奏でた。
 日本のフリー・ジャズが、もっとも熱を帯びた時代だった。富樫雅彦が「パラジウム」から「スピリチュアル・ネイチャー」へと演奏スタイルを変え、阿部薫は狂気の演奏を繰り広げていた。昨年出版された副島輝人の名著、『日本フリージャズ史』(青土社)をひもとくと、八〇年代以降も梅津和時の「どくとる梅津バンド」や最近の不破大輔の「渋さ知らズ」まで盛り上がりが連続するかに書かれているが、彼らの演奏はパンク・ロックやダンス・演劇といった異分野と融合を果たしている。音楽が枠の中で純粋化を極め、そこからはみ出そうとする熱を振りまいていたのは、やはり八〇年代初頭までではなかったかと思う。
 私にとっての浅川マキは、そうした時期に、見えない虚の中心点として演奏者をつないだ歌い手だった。初期のフォーク調のマキが好きなファンは多いのだろうが、私はフリー・ジャズ奏者たちとの火花の散るステージが好きだった。「アケタの店」では、マキのステージの終わりに突然段ボール箱からラッパの近藤等則が現われ、「セントルイス・ブルース」を吹いたことがあった。だから今でも私が愛聴してやまないのは、近藤やつのだ☆ひろが参加した「CAT NAP」だ。
 マキの三十年間のエッセイを編んだ『こんな風に過ぎて行くのなら』を読むと、そうした日々が蘇ってきた。ロック出で生ギターを弾く萩原信義が端正なジャズを追求する今田勝との間で〈「今田さん おれ、イモですか」「イモだよ」〉などと火花散る会話を交わしていたと初めて知った。マキの周辺には様々なジャンルから一騎当千の演奏者が集まっていたのだから、そうした確執は日常のことだったのだろう。
 時は流れた。いつしか大学祭の仕切りを請け負っているプロダクションなるところから「ギャラはいくらなのか、一覧表にして広告する」といった電話がマキのところにかかってくるようになったという。音楽が、事件ではなく日常の仕事になってしまったのだ。

  • 212頁 四六判上製
  • 4-88344-098-2
  • 定価:本体価格2000円+税
  • 2003/07/15発行
ごめんねキューピー 石風社 長野ヒデ子 みずかみかずよ キューピー 戦争 孤児 万引き
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ごめんねキューピー
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ごめんねキューピー

駄菓子屋さんにならんだキューピー人形に心をうばわれ、つい、お金もはらわずに……。父を亡くし母をも失った女の子の、戦時中のおはなし。(小学校低学年から)

  • A5判変型上製84頁
  • 4-88344-125-3
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2005/07/14発行
子どもにもらった詩のこころ みずかみかずよ 石風社 働正 詩 エッセイ 愛
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子どもにもらった詩のこころ
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子どもにもらった詩のこころ

幼いころから、何気ないおとなの言葉に傷つき、血をにじませた私です。だからこそ、言葉をより大切に思い、言葉のもつ生命を信じます。(本文より)

  • B5判変型105頁
  • 定価:本体価格1300円+税
  • 1986/11/15発行
 (70件中) 31〜40件目