書籍

既刊
発行日▼50音順▲
 (262件中) 91〜100件目
かたつむりのおくりもの はやしさちよ なかむたけんじ 児童書 いのち 小学生 石風社
booktitle
かたつむりのおくりもの
zeikomi
¥0円
かたつむりのおくりもの

ぼくの新しい友だちは、公園でみつけた1ぴきのかたつむり。小さないのちとの交流をとおして成長する小学生のすがたを描いたあたたかな物語。──それぞれのあゆみで成長するいのち。(小学校低学年から)

  • A5判上製48頁
  • 978-4-88344-176-1
  • 定価:本体価格1000円+税
  • 2009/07/07発行
外国航路 石炭夫 大恐慌 最底辺 日記 石風社 広野八郎 プロレタリア 労働者 葉山嘉樹
booktitle
外国航路石炭夫日記
zeikomi
¥0円
外国航路石炭夫日記

葉山嘉樹「これはきみの傑作だ。たいせつにとっておきたまい」。


葉山嘉樹「これはきみの傑作だ。たいせつにとっておきたまい」。
1928年(昭和3)から4年にわたり、インド/欧州航路の石炭夫として大恐慌下を生き抜いたひとりの労働者が、華氏140度の船底で最底辺の世界を克明に記した記録。葉山嘉樹が「これはきみの傑作だ。大切にとっておきたまい」と評した、プロレタリア文学、もうひとつの金字塔。

書評

「青春の碑」の労働日記

荒俣 宏
作家

『外国航路石炭夫日記』を読んで、じつに楽しくおもしろかった、と感想を述べれば、不謹慎のそしりを免れぬかもしれない。でも、非常に興味ぶかい内容なのである。本書の副題、「世界恐慌下を最低辺で生きる」というコピーを読むかぎり、残虐ホラー小説のような小林多喜二の『蟹工船』や、外国映画みたいにパワフルな葉山嘉樹の『海に生くる人々』といった暗黒のプロレタリア文学を連想しがちである。実際、この日記には冒頭から、耐え難いほど激しい船酔い、船底で缶(かま)に石炭をくべつづける労働の苦痛、陸へ上がれば女郎屋と酒屋で有り金を使い果たし、高利の借金のみが残る不毛な日常を、描いてはいる。しかし、そうした過酷な労働実態を告発するだけでなく、外国船で東南アジアからフランス、ベルギーなど西欧諸国までを巡る海外見聞体験が、ことのほかおもしろいのだ。じつは著者、広野八郎は、石炭夫見習いとはいえ養成所を経て日本郵船に採用された社員であり、航海中に勉強する本を持参したり、人気作家だった葉山嘉樹の家を直に訪問するほどの熱意ある人物だった。
 その広野が、インドのカルカッタでは、難破船の乗客を救助し、インド人たちの大げさな感謝の仕草を観察したり、フランスのマルセイユでは男女の痴態を扱ったおぞましい映画を見せる「店」の下品さに辟易し、またアントワープでは、たまたま開催中の万博を見物、日本館の展示を見て、雑貨商店の品揃えと同程度の粗製品にがっかりする。この日本館では、振袖の娘がサービスする茶だけが人気であったとも書く。にもかかわらず、実家では家族が送金を待って居ることを重々承知の上で、港に着けば性欲に屈して女郎屋へ行ってしまう自分。日本一大きな海員組合に属しながら、会社のいいなりに動く組織と自分。それらを、上質の青春小説のように記述した日記なのである。一人の下級船員が体験した魂の修行時代、その舞台が国際世界を包む規模と深遠さとを備えていた事実に、驚くばかりだった。

過酷な労働克明に描く 『外国航路石炭夫日記』が復刊

白山誠

『外国航路石炭夫日記』は、約30年ぶりに復刊された本だ。小林多喜二の小説「蟹工船」(1929年発表)と同時代に、下級船員が体験した過酷な労働や、船員を食い物にする船幹部の姿が克明に描かれており、近年注目を浴びるこの小説の世界を思い起こさせる。

 著者は広野八郎さん(1907-96年)。長崎県萱瀬市(現・大村市)の出身で、1928年、欧州航路の貨物船、貨客船に乗務した。その頃、プロレタリア文学作家の葉山嘉樹(福岡県出身)と知り合い、同人誌「文芸戦線」に参加。船員のほか、戦後にかけて炭鉱や工事現場で働いた体験記などを書き続けた。
『日記』は28年11月から、船員をやめた直後の31年6月まで続く。広野さんは、汽船の石炭庫から火炉まで石炭を運んだり、かまの中の燃えかすを取り除いたりする作業に従事。欧州航路の貨客船では、室温が約60度(カ氏140度)にも達する所で働いた。当番は昼と夜に4時間ずつ。しかし、それを終えても様々な仕事を命じられ、休息する間はない過酷な日々だったという。
〈蒸し風呂同然だ。二〇分とはいっていたら、息がとまりそうだ。(中略)あまりのくるしさに、私たちはぶっ倒れそうになって、倒れぬうちにどうにかデッキにはってでた〉
 同僚が倒れる場面にも遭遇した。〈川野は、キイーッと言う声とともに歯を食いしばって仰向けにふんぞり返った。両股から、すね、両腕は、まるで石のようにかたく筋がつっている〉
 卒倒したり、病気にかかったりして体調を崩しても休めない。上司の火夫長からどなられ、仕事を強いられた。閉じられた職場で火夫長やその取り巻きは下級船員を酷使し、時には暴力もふるった。
 この火夫長は、部下を相手に月2割の高利で金貸しもしていた。給料はすべて差し押さえられ、さらに借金を重ね、船員をやめるにやめられぬ者も多数いたようだ。本書解説によると、当時の日本の船舶には職長による「高利貸し制度」が、普通にあったようだ。
「蟹工船」では、労働者は団結して抵抗するが、現実はそうはならなかった。その頃は世界恐慌の中で、船員らは不平を漏らしても、職を失うのを恐れ、ひどい扱いにますます甘んじるようになった。
〈船内のかれらはなかなか動かない。しっかり現在の仕事にかじりついて、はなれまいと必死である。海上労働のあらゆる不合理をなげきながら、かれらは職を失うことをおそれてかじりついているのだ〉
 不当な待遇に耐えて、いくら働いても悲惨な状態から脱出できない。『日記』の記述から、ワーキングプアとも言われる現代の問題が浮かんでくるようだ。
 最初の刊行は78年。タイトルは『華氏一四〇度の船底から 外国航路の下級船員日記』(太平出版社)だった。今回の復刊にあたり、船員用語の注釈などをつけた。

「佐賀新聞」有明抄

園田寛

 ある会合で海外によく出掛けるという人と、自殺者数の話題になった。「ブラジルはもっと失業率も高く、貧困家庭も多いけど自殺することはない」。この11年間、日本の自殺者は毎年3万人を超す。率にすると先進国の中ではトップクラスという。
 自殺の理由はそれぞれで一概には言えないが、日本人の生き抜こうとする力が弱まっているのではないか。高度成長時代は、高校、大学、就職とベルトコンベヤーに乗れば、生涯が保障された。ところがコンベヤーから振り落とされると、自分の全人格が否定されたと思い、悲観的になりすぎてしまう。
 佐賀市出身のプロレタリア文学作家、故広野八郎さんの『外国航路石炭夫日記』が復刻された。1928(昭和3)年から4年間、インド、欧州に向かう大型貨物船の石炭夫体験を書いている。悲惨な状況ながらも広野さんの生命力はたくましい。
 華氏140度(摂氏60度)の船底で石炭をたく仕事は苦難を極めた。火夫長の機嫌を損ねればさらにきつい労働を命ぜられる。それでも広野さんはへこたれず、マルセイユやナポリの街を楽しむ余裕も見せる。不払い賃金の支払いを要求し直談判も行った。
 広野さんは「海に生くる人々」で知られるプロレタリア作家葉山嘉樹の門をたたき、生涯、最底辺の労働者の世界を描き続けた。福岡市に住む広野さんの長男でイラストレーターの司さんは、日記の文字に乱れがない父の文学に対する思いの強さを感じたという。
 当時は世界大恐慌が起こり、日本でも労働争議が増えた。今の時代とよく似ている。体はくたくたになりながらも、冷静な目で観察し続けた広野さんの日記には、これからの時代を生き抜くヒントがある。

  • A5判並製376頁
  • 978-4-88344-175-4
  • 定価:本体価格2800円+税
  • 2009/06/15発行
理想は高く輝きて 卒業生たちの小倉高校青春録 石風社 毎日新聞 西部本社 小倉高校 創立 記念
booktitle
理想は高く輝きて
zeikomi
¥0円
理想は高く輝きて

小倉高校創立100周年記念出版。経済から文化・芸能・スポーツまで、各界を担う多彩な人材を輩出しつづける名門・小倉高校。現役OB・OGの51人が、それぞれの青春の原点となった〈倉高〉の日々を振り返ったインタビュー集。

  • 185頁 四六判並製
  • 978-4-88344-174-7
  • 定価:本体価格1300円+税
  • 2009/05/24発行
左官礼讃 小林澄夫 鏝 漆喰 左官 小林 澄夫 藤田 洋三 壁 日本 庭 建築 写真 泥 風景 職人 技 バイブル
booktitle
左官礼讃 Ⅱ
zeikomi
¥0円
左官礼讃 Ⅱ

左官職人の『バイブル』第2弾!


私達は戦後、眼に見える〈物〉を大切にするばかり、それらの〈物〉を生みだす眼にみえない過程(プロセス)をないがしろにすることで、成果や結果だけを求める拝物主義、拝金主義に陥ってしまった。職人の技術は、眼にみえないプロセスであり、身体とともにある眼にみえないフォルム(形)である。……(本文より)
懐かしい風景と、未来の風景のため。
〈泥の壁は美しい夢を見る──〉

書評

泥の壁は美しい夢をみる

瀬尾真志
エッセイスト

 黒銀杏。切大葉。本海苔。仙台。晒海藻。アラビアゴム粉末。三千本膠。極上稀飛切一本生濱。純白特雪生濱。改良白生濱。油苆。雪晒硝赤。硝赤ツタ。本生麻。カナリヤ。朱赤間石。大磯。国華石。熊野那智。茶根岸。松サビ。九條土。耐水プラスター。秋田産アスファルト。土佐水化純白粉灰。鹿児島産純良仲貝灰。……ナグラ、言葉の大群だ。素材性、季節感、時代性、地方色、国際色、化学……いろいろな世界とのつながりを感じる。出典は左官材料カタログ集『境屋商報』だ。発行元の酒井茂平衛商店は江戸時代から浅草蔵前橋に店を構えていた老舗の左官材料店だった。埼玉の本庄市の店じまいした建材屋の棚の奥からこの小冊子が見つかり、巡り巡って著者の手元へたどり着いた。本書の中で「昭和十三年の左官材料」という随想で紹介されている。
 本書は、土の文化誌・月刊「左官教室」を中心に、月刊「さかん」、「チルチンびと」季刊「東北学」、季刊「銀花」などに書いた文章を集めたものだ。土のあるくらしを愛する多くの人々の期待に、福岡の出版社が応えた。2001年に一巻目、このたび待望の続編が上梓された。著者が生まれてから、子ども時代、学生時代、社会人……未来のはなしが綴られている。編集者のセンスがいい。記憶、音、風景、人、巡のテーマで新たな文章群が生まれ、鮮やかな作品となった。夜に、田舎の少年時代をおもう。コンクリートがいっぱいの風景を嘆く。著者の風景論がおもしろい。「風景は私のむこうにあるものではなくて私の内にも外にもあって私を包んでいるもの。私が生まれる前にもあって、私の死の後にもあるもの。私たちがデザインしたりつくったりできないなにか。かつて魂と呼ばれたものの全てではなかろうか」
 心洗われるフレーズがある。「西行する」という言葉だ。左官の世界では知られた言葉だという。著者の随想や詩文の中で、肌身に染みる言葉となってひときわ輝きを増している。「西行するとは、鏝一本持って仕事を求め諸国を旅することである。それは、左官にとっては修行の旅であり、地方地方のその土地の材料や仕事を学んだり、すぐれた技能を持った職人の仕事を習ったり、一緒に仕事をしながらそれを盗み取る旅でもある。流れ流れてその土地土地の左官の親方のところにワラジをぬぎ、みずからの腕を売りこみ、助っ人として長逗留したり、一宿一飯の恩義で旅銭をもらって次へと旅立っていくといった風である」
 著者は、左官専門誌編集者と紹介される。広い視野で今を敏感に生き、左官の現場にひたすら通う。取材を通して、職人と語り、土を触り、壁を撫で、現場で文を書く。カメラを構える。左官ジャーナリストである。まさに、現代を凝視する泥のジャーナリストだ。風景とは何か、歓待とは何か、世界を見つめている詩人である。本書は左官風土記、左官歳時記のような書物である。22世紀に伝えたい本である。詩人は旅をし続ける。
 今、左官の技が見直されている。丸の内のカフェに泥壁画がある。銀座の書店に大津磨きの壁が見られる。有楽町の酒肆で竃がシンボルになっている。日比谷の最高級ホテルのロビーに土壁が使われた。左官という仕事、左官職人という生き様が注目されている。本書は、左官の世界を広く知るための格好の基本書であろう。

壁を養う暮らしを慈しむ

塩野米松
作家

 左官という仕事が忘れられてしまった。
 法隆寺が創建当時の姿を保ち、世界最古の木造建築として現存している理由は木の癖を活かし、飛鳥の大工以来の伝統を受け継ぐ工人たちがいたからであるが、忘れてならないのは壁の力である。
 建物は柱や梁だけで持つものではない。柱の間を埋め、補強する壁があってのことである。
 その美しく、丈夫な壁をつくり続けてきたのが日本の左官である。木舞という芯にスサというワラや麻糸、和紙などを刻んで、泥に混ぜ合わせ塗り込み、壁を築いていく。
 水で練られた土は乾けば縮む。縮めば柱や貫の間に隙間が出来る。当然である。時間をかけ、十分に縮めてから、隙間を埋め、じっくりと壁を養生していく。自然素材で家を造るというのはそういうものなのである。
 施主もそれを知っていたから急がなかった。五、六年も先の祝言に間に合うように左官を頼むのである。壁を作りながら人はそこで暮らすのである。不自由はない。祝いの日の直前に漆喰を塗り、仕上げをする。
 手間を惜しまず作ったから壁は強くしたたかである。そういう技と思想があったから、日本の建造物は美しく、自然の中に風景としてとけ込み、長い時間のヤスリに耐えたのだ。
 その左官の仕事を見続けてきた著者は、同名の前著で、左官の仕事の美しさと職人たちを称えながら、消えていくことを嘆いた。時間をかける左官の仕事の良さがわからない時代になったのだ。
 続巻のこの本では嘆きは悲しみの歌に変わっている。日本の壁の美しさ、三和土(たたき)のすばらしさは過去の物になってしまったのか。嘆きは散文にすれば愚痴になる。美しく見送ろうとすれば、目は心の内を向き、言葉は詩になる。慈しみの目は悲しみつつ、先の世に夢を託している。左官に新たな目を、それが日本の美の再興につながるはず。

土壁を通して時代を見つめる

久保智祥

「土壁のような人」と形容したら失礼だろうか。長い年月、風雨にさらされた土壁に独特の風合いが生まれるように、40年以上も左官専門誌の編集者として土壁や左官を見続けてきたその人の風貌や話す内容、文章には、不思議なぬくもりと一抹の寂しさが漂う。
 68年。就職した出版社でたまたま配属されたのが月刊誌「左官教室」だった。時代は高度成長期。工事現場で左官はコンクリにモルタルを塗る作業に追いやられ、非人間的な現場は「取材していても楽しくなかった」という。
 だがある時、奈良の古道、山辺の道にたたずむ泥壁の納屋の美しさに魅せられる。「心が開かれていき、ホッとしました。塀に囲まれた東京の現場から逃げたかったんですね」
 それから、全国に残る伝統的な土壁や左官の普請現場を訪ね歩いた。
 左官は、土や、わら、水などの自然素材を、その土地の気候や天候に応じて混ぜ合わせ壁を塗る。人間が制御できない自然をそのまま受け入れる存在だ。そして、自然素材で塗られた壁も、外部の自然と連続していて内との間に壁をつくらない。「左官は人を値踏みしないんです。左官も土壁も、壁をつくらずに来るものを受け入れる〝歓待の精神〟があって、僕に多くのことを教えてくれた」
 そんな現場で教わり、見つめた土壁の多様な美しさと左官たちの仕事の豊かさをコラムにまとめたのが1冊目の『左官礼讃』(01年)になった。その後、07年に「左官教室」が廃刊するまでの文章を主にまとめたのが本書だ。
 現在は月刊誌「さかん」の編集長として執筆を続けているが、本書で取り上げた昔気質の職人はどんどん亡くなり、建築の工業化は止まらない。漂う寂しさは、土壁を通して見えた現代の風景──歓待の精神が失われ、殺伐とした時代ゆえなのかもしれない。

  • 272頁 四六判上製
  • 978-4-88344-171-6
  • 定価:本体価格2200円+税
  • 2009/05発行
アフタにスタンの大地とともに 伊藤和也 追悼文集 アフガン アフガニスタン タリバン 凶弾 死 ペシャワール 伊藤 和也 中村 哲 農業 青年 夢 遺稿 追悼 写真 大地
booktitle
アフガニスタンの大地とともに
zeikomi
¥0円
アフガニスタンの大地とともに

「現地に行かなければ何も始まらない」


アフガニスタンの農業復興を夢みながら、08年8月、志半ばで凶弾に斃れた1青年の遺した深き心。彼と行動を共にした日本人ワーカーによる追悼文と多数の写真で綴る遺稿・追悼集

書評

〝菜の花畑の笑顔〟が広がる世界へ

古居みずえ
ジャーナリスト

「アフガニスタンを元の緑豊かな国に戻したい。子どもたちが将来食べ物に不自由しないようにしたい」。そう志した日本の若者、伊藤和也さんが、武装グループに殺された事件はまだ記憶に新しい。
 伊藤さんの参加していたペシャワール会は中村哲医師(現地代表)を中心にアフガニスタンの村々で水源確保事業のための井戸掘削作業など、長年地元に根付いて支援活動をしているNGOの団体だ。
 本書は伊藤さんの書き残した会報と会の仲間たちのメッセージで構成され、彼のひたむきな姿が伝わってくる。伊藤さんは二〇〇三年、会の活動に参加し、五年間アフガニスタンの大地で働いてきた。私自身、パレスチナという所へ二十数年通い続けている。NGOとジャーナリストという違いはあるが、いずれも現地の人たちとの信頼関係がなければ成り立たない仕事だ。
 しかも伊藤さんたちの仕事は、人々の生活に直接、関係するだけにもっと厳しい現実があったと思う。そんな中で「僕に何かあったら、アフガニスタンにこの身を埋めてくれ」とご家族にも話すほどの志を持ち、活動を続けていた伊藤さんが、三十一歳の若さで凶弾に倒れたことは無念としかいいようがない。
 救われるのは仲間の人たちの「伊藤さんが描いていた未来をあきらめないこと、伊藤さんが(写真に)残した菜の花畑の女の子のような笑顔が広がる世界を作っていく努力を続けること」という言葉だ。
 伊藤さんが危険で、地道な仕事を続けることができたのは、何よりもアフガニスタンが好きで、アフガニスタンの人々、特に子どもたちを愛していたからにほかならないと思う。彼の生き方は、国際支援とは本来どうあるべきか、日本にいる私たちはどう生きるべきかということをあらためて考えさせてくれる。

農業復興にかけた一生を凝縮

鎌田 慧
ルポライター

 アフガニスタンで誘拐され、殺害された若きNGOスタッフの遺稿と追悼文を集めた一冊。
 伊藤和也さんは、三十一歳で無念の死を遂げたのだが、中学生当時すでに「将来農業関係の仕事をしたい」と書いていた。その志を戦乱で疲弊したアフガニスタンの農業復興にかけた、短い、しかし充実した一生がこの本に凝縮されてある。
 彼の死が報じられたあと、彼が撮ったアフガンの子どもたちの笑顔が新聞に掲載されていた。そのまっすぐな、信頼しきった眼差しをみて、わたしは彼の仕事が、アフガンの大地に根付いているのを感じさせられた。
 それらの写真が、この本のカラーグラビアになっていて、伊藤さんが荒れ地に育てた、豊かな実りを確認できる。
「子どもたちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう、力になればと考えています」
 この控えめな言葉は、彼がNGOペシャワール会に参加したときの志望動機だった。その中断させられた夢をささえるかのような、彼とともに働いたひとたちの悲しみと痛みのこもった文章がこころを打つ。
 世界のあっちこっちで、自己犠牲的に働いている伊藤さんのような若いスタッフと、わたしは旅先で出会って、心強い思いをしてきた。そのなかでも彼がユニークなのは、農業という専門技術で、ひとつの国の復興に役立ってきたことである。
 たとえば、収穫量の多い日本米の栽培を成功させ、その脱穀のために図面を見ながら「千歯こき」を試作し、現地の人たちの労力を軽減させた。作物を植え、育てるというたしかな営みが、彼の死後もアフガンの大地に残され、その遺志が子どもたちに受け継がれる。
 息子の不慮の死を受け入れている両親の文章もいい。父親は「アフガニスタンを憎んでおりません。恨んでおりません」と書いている。

  • 263頁 A5判並製
  • 978-4-88344-172-3
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2009/04/10発行
花咲か 江戸の植木職人 岩崎京子 石風社 桜 サクラ さくら ソメイヨシノ そめいよしの 植木 江戸 駒込 岩崎 京子 長野 ヒデ子 植樹 キク 菊
booktitle
花咲か
zeikomi
¥0円
花咲か

ソメイヨシノの始まり始まり


江戸の町にソメイヨシノがやってきた! 江戸・駒込の植木師にひろわれた少年が、小さな花々の命と向き合い、江戸の町にあでやかな新種の桜を植樹し、開花させるまでのひたむきな姿を、清々しい筆致で描いた長編。(表紙絵・長野ヒデ子)

書評

ひきついだ命を大切に

吉橋通夫
児童文学作家

 被災地の桜は、まだ「つぼみ固し」ではないでしょうか。一日も早く、満開の桜を楽しめる日々がもどってくることを願っています。
 いま日本で一番多く見かける桜は、ソメイヨシノという品種です。咲き始めは淡い紅色で、満開になれば白い大輪の花を咲かせます。
 江戸時代に染井村(いまの東京駒込)から広まったとされるソメイヨシノは、落ちた種から発芽することは、ほとんどないそうです。自分ひとりの力では増えていくことが出来ないので、人の手で接ぎ木や挿し木などをして増やしていきます。それに、肥料をやったり、根もとの草を刈ったり、からんだツタを切ったり、あれこれ世話をしてやらないと、きれいな花を咲かせてくれません。

 この本は、ソメイヨシノをひろげるために力を尽くした染井村の植木職人、常七の物語です。
 十三歳で弟子入りした常七が残した日記のようなメモをもとにして、物語が進んでいきます。
 そのメモは、「さつきとをか、あめすこしづつたびたび。おやかたより、あづきあんやきもち二ケおふるまひ。大きさこのくらゐ」と旧かなづかいで書いてあり、「このくらゐ」のあとには、もらった焼きもちの大きさが丸印でなぞってあります。
 旧かなづかいは読みづらいですが、この本では、ちゃんと新しいかなをつけてくれいるし、読み慣れると意味が分かってきます。速読しないで、じっくりかみしめながら読んでみてください。
 
 歴史ものは、今では使わないむずかしい言葉が出てくるので、苦手な人が多いようですね。でも、何百年も前に生きていた人たちの暮らしぶりや風俗を知るのも楽しいことですよ。その時代にタイムスリップすれば、歴史の中で暮らしていた人たちの息吹が伝わってきます。昔の人は、こんなふうに生きてきたんだ、現代に生きる自分も、彼らの人生の続きにいるんだ……と思えてきます。過去に生きていた人々と今の自分の人生が、とぎれることなくつながっていることの不思議さとおもしろさ。
 自分の命は、いきなりこの世に生まれたのではなくて、たくさんの人たちの夢や希望をひきついで、今ここにあるのですね。ひきついだ命を大切に生きていきましょう。
 作者の岩崎京子さんは、ことし八十九歳。今も徹底した取材をしながら勢力的に書き続けています。

  • 254頁 四六判並製
  • 978-4-88344-173-0
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2009/04発行
わが内なる樺太 工藤信彦 外地であり内地であった「植民地」をめぐって 樺太 国境 ソ連 石風社 工藤 信彦 詩人 歴史 サハリン 豊原 ロシア 植民 北海道 外地 内地 朝鮮 国家 北方 領土
booktitle
わが内なる樺太
zeikomi
¥0円
わが内なる樺太

十四歳で樺太から疎開した少年の魂が、樺太四十年の歴史を通して「国家」を問う。1945年8月9日、ソ連軍樺太に侵攻、8月15日の後も戦闘と空爆は継続、幾多の民衆が犠牲となった。──忘れられた樺太の四十年が詩人の眼を通して綴られた──

書評

樺太にかかる歴史の霧をあざやかに晴らす

テッサ・モーリス=スズキ
豪州国立大学教授(翻訳・大川正彦)

 樺太は「日本の忘れられた植民地」と言ってよい。過去の植民地の歴史への関心の高まりがあるにもかかわらず、いまだに、植民地樺太の歴史については、ほんの一握りの学術研究しかない。そればかりか、著者・工藤信彦が本書で指摘するように、『岩波講座 近代日本と植民地』全八巻(一九九二年刊)のような仕事でさえ、この歴史をほとんど黙殺している。
 このように長きにわたる当惑せざるをえない黙殺という文脈のなかでは、工藤の『わが内なる樺太』の刊行はとりわけ喜ばしい。戦前・戦中に樺太に生まれ育った著者は、教育と日本文学の著述に人生を費やし、教師としての身を退いたのち、日本の歴史・記憶・文化における樺太の在り処に関心をむけた。本書に収められたエッセイ群をとおして、樺太の植民史にかかわる著者の丹念な研究と、工藤自身の個人的な記憶、そして植民地樺太における教育生活・文学生活におけるひときわ優れた人物である父の記憶とがひとつに結びあわされる。
 ひょっとすると、いま述べた植民地という語には引用符が付されるべきかもしれない。それというのも、本書の中心テーマは日本の植民史における樺太の奇妙で両義的な位置そのものでもあるのだから。樺太は日本の唯一の真の「入植者植民地」であった。ここでは、「内地」からの移民の数が、先住民や、日露戦争での日本の勝利の後に残った数少ないロシア人の数をはるかに上回っていた。したがって、帝国秩序における樺太の在り処は、朝鮮や台湾といった他の主要な植民地の場合とは異なっていた。工藤が強調するように、樺太の日本人入植居留民たちは自分たちが植民地で生活していけるとはけっしてみなさず、むしろ日本の他地域から北海道(これもまた同様に、「植民地化される」と同時に「植民地化する」ものとみてよい島である)に移り住んだひとたちと類似した地位をもつと考えていた。
 樺太の場合、この地位は次の事実によってことさらに混乱させられる。すなわち、日本が支配した樺太の南部は、公式には三十年のあいだ「外地」として遇されていたが、一九四三年には、拓務省から内務省に移管され、こうして公式には「内地」の一部になった、という事実である。このように配置替えがあったにもかかわらず、日本はアジア太平洋戦争の終結時にポツダム宣言を受諾したとき、樺太は侵攻するソビエト軍に対して放棄された。今日でさえ、日本の検定教科書や公式の出版物では、この島は樺太と名づけられ、北緯五十度の線に沿って国境が引かれ分断されている。とはいえ、他の争点が浮かぶ実際上では、「ロシア・サハリン」と認定されているようである。つまり、『わが内なる樺太』があざやかに示すように、樺太は、日本の植民史の重要な局面を(今日ですら)包みこんでいる、両義性と忘却という奇妙で、公式に作られた濃霧のもっとも鮮明な具体例となっている。
 工藤信彦によるこの本を繙くなら、樺太史にかかわり文書史資料にもとづいた研究と、工藤個人とその家族にかかわる個々具体的な記憶とが織り込まれていることで、そのような濃霧は消え去り、この霧がかくも長きにわたって覆ってきた魅力あふれる歴史が明らかにされるだろう。『わが内なる樺太』は樺太史にかかわる数少ない既存の学術研究を綿密に分析しているばかりではない。植民地樺太の創出、樺太の教育システムと文化制度の展開、アジア太平洋戦争での日本の敗北の後に同島から大量に帰還した入植者たちに関する豊富な情報を提供している。
 しかし、本書はたんなる歴史物語りをはるかに越えるものでもある。熱情と詩情あふれる感受力によって綴られ、なんといっても、自らが探査する歴史にによって全実存そのものが形づくられてきた人物の手になるものである。『わが内なる樺太』は、国家・国民、植民地主義、アイデンティティということの意味への洞察に充ち溢れている。読者が本書から息吹を受けとり、戦前・戦中の樺太という目を瞠るけれども、あまりに長く無視されてきた物語を探究されるよう、評者はつよく希望する。

国境 忘れられた「存在」

岩下明裕
北大教授・ユーラシア国境政治

 国境とは何か。本来、それは国家の権力が物理的に及ぶ空間の境界(ライン)であると同時に、その空間に暮らす人々が心のなかで一体感を共有する認識の境界でもある。
 しかし、現実には物理的なラインとこの認識上のラインは往々にして一致しない。それでも「領土問題」として国境をめぐる係争が顕在化している境界は、多数の国民に意識される。北方領土と竹島。例えば、政治化した境界をめぐるこのズレの問題は、係争の当事者からみれば、不十分に感じられるとしても、それは確かに「存在している」。
 国境をめぐる問題の真の所在は、その「存在」が認識されていないところにある、と評者は考える。国家が支配する権力空間のなかで、多くの国民に忘れ去られている境界に近い島嶼(とうしょ)。今では、与那国、対馬、小笠原など国境島嶼の存在がそれだ。その存在がメディアや国民の注目を浴びるのは、せいぜい、外国の「脅威」が強調されるシーンにおいてに過ぎない。国境地域の現実に普段は関心も興味ももたない人々の過剰な国境への想像力とロマンは、しばしば現地に暮らす人々を傷つける。
 この「内地」の人々の国境地域に対する無自覚ぶりを反転させた象徴的な事例が、樺太をめぐる問題といえる。工藤信彦は本書で、日本国家が喪失した領土、樺太の存在にかかわる議論を整理し、その意味を読者に突きつける。工藤によれば、「樺太」問題の真の悲しみとは、戦後にその物理的存在が喪失したことにあるのではない。ソ連との間に北方領土問題を抱えるがゆえに、日本国は樺太の喪失を追認することができず、存在はあえて「空白」とされ続けた。そして今日、「空白」としての存在もまた忘却の彼方にある。
「存在」耐えられない軽さ。「平穏」な国家にとって、国境問題とは重荷でしかないのだろう。

  • 四六判上製・311頁
  • 978-4-88344-170-9
  • 定価:本体価格2500円+税
  • 2008/11/20発行
169-150x219
booktitle
われら雑草家族
zeikomi
¥0円
われら雑草家族

大学を中退して徒手空拳で始めた農業と平飼いの養鶏。家族五人の悪戦苦闘の日々は、格差社会もなんのその。火事にも、台風にも、世間にも負けず、大地に生きる雑草家族の日々を綴る。

書評

考えさせられる幸せの基準

松垣 透
編集委員

 最近、幸せの気分について考えることがある。格差社会だの、派遣切りといった言葉が溢れ、正しい自身の立ち位置を見失いかけているのではないかと思う。そうしたときにこの本に出会った。
 そのタイトルの「雑草」という言葉にまずひかれて、手にとって読み始めた。内容は本の装丁通り武骨で、何気ない日々の生活を書いているのだが、これがいいのだ。鶏を飼い、野菜を作るという素人農法で、「ロビンソンの日々」の毎日。自分たちの食べるものをつくり、採取し、拾い、貰う。現金収入は基本的には卵を売ることで得るが、それはごくわずかな金額でしかない。周囲からは綱渡りの極貧生活と見られていたかもしれない、と書く。その通りだろう。
「世間体などを一切気にしなければなんとかなるものだ」と、小屋のような家まで建てた。そうした生活を文章で表現している。自身のことを書くときの素直な表現もいい。素直に反省もしているのもかわいい。子供たちとの会話もいい。子供たちとの接し方もいい。なかでも妻の素直な文章がいい。手作りの家を台風に飛ばされながら、そのトタン屋根を修理する様子など、目に浮かんでくる。ユーモアもあるから、ただ苦しくて悲惨な生活には見えない。餅をネズミに持っていかれ、それを見つけて取り返すくだりは笑った。
 家族についても考えさせられる。子供たちが成長して、自分の将来の進む道を決めるときに、その「教育」が正しかったこと、両親の教えをきちんと理解していたことが分かる。それぞれの進む道はそれぞれでしっかりと選んでいる。
 幸せの基準について考えさせられたのは、何もないのにここでは豊かなのだ。お金ではないことは分かっていても、そのことにこの本を前に、厳しく気付かされる。今の世のなか、何が幸せで、何が必要で、何がいらないのか。この本ではそんなことを考えさせられ、自分の将来を見つめ直すきっかけにもなった。

  • 230頁 四六判並製
  • 978-4-88344-169-3
  • 定価:本体価格1600円+税
  • 2008/11/10発行
森下 友晴 石風社 福岡の歴史 町並み レトロ 門司港 博多
booktitle
福岡の歴史的町並み
zeikomi
¥0円
福岡の歴史的町並み

歴史と情緒が織りなす景観。そして暮らしの記憶——。県内11カ所の町並みの成り立ちと現在を解説し、未来に向けて提言するハンディなガイドブック。
【本書で紹介した町並み】門司港レトロ/木屋瀬/英彦山/博多の下町/太宰府/秋月/吉井/八女/柳川/新柳町/城内住宅(福岡市)

  • 新書版238頁
  • 978-4-88344-168-6
  • 定価:本体価格1300円+税
  • 2008/10/01発行
ぼくがすて犬になった日 おおうらすみよ みついただし だんのそのこ 石風社 絵本 すて犬 捨て犬 動物愛護
booktitle
ぼくがすて犬になった日
zeikomi
¥0円
ぼくがすて犬になった日

すて犬の気持ちがわかる絵本


もし、すて犬になったら、どんな気持ちがするだろう。「ほんとうは、死ぬまでいっしょにいたかった」──。きょうはたんじょうび。おとうさんに子犬をたのんだたっちゃん。ペット屋さんにいくと思っていたら……。捨てないで! すて犬の気持ちがわかる絵本。

  • 25頁 B5判上製カラー
  • 978-4-88344-167-9
  • 定価:本体価格1400円+税
  • 2008/09/20発行
 (262件中) 91〜100件目