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自然・農業既刊
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住民参加マニュアル カナダ 連邦政府 住民参加 プログラム 計画 実施 要項 中島重旗
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住民参加マニュアル
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住民参加マニュアル

豊富な実践経験をもつカナダ連邦政府による、効果的な住民参加のための原則と実施要項。「住民参加とは、行政機関がより良い意思決定をすることを目的とした、住民との双方向の情報交換である」。

  • A5判並製263頁
  • 4-88344-033-8
  • 定価:本体価格2800円+税
  • 1998/08/01発行
サケ 倉掛 晴美 いのうえしんぢ 石風社 ふるさと 児童書 遠賀川 筑豊 小学生
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サケよ ふるさとの川へ
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サケよ ふるさとの川へ

ほんとうにあったお話!


炭鉱の町に、伝説のサケが帰ってきた! 北九州・筑豊を流れる遠賀川のサケ伝説。「ぼくたちの川にいのちをとりもどそう」と、清らかな流れを取りもどすために奮闘した小学生を中心とするいのちを育んだ人々の実話。(小学生/低学年から(

  • A5判134頁
  • 4-88344-094-X
  • 定価:本体価格1400円+税
  • 2003/04/30発行
左官礼讃 小林澄夫 鏝 漆喰 左官 小林 澄夫 藤田 洋三 壁 日本 庭 建築 写真 泥 風景 職人 技 バイブル
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左官礼讃 Ⅱ
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左官礼讃 Ⅱ

左官職人の『バイブル』第2弾!


私達は戦後、眼に見える〈物〉を大切にするばかり、それらの〈物〉を生みだす眼にみえない過程(プロセス)をないがしろにすることで、成果や結果だけを求める拝物主義、拝金主義に陥ってしまった。職人の技術は、眼にみえないプロセスであり、身体とともにある眼にみえないフォルム(形)である。……(本文より)
懐かしい風景と、未来の風景のため。
〈泥の壁は美しい夢を見る──〉

書評

泥の壁は美しい夢をみる

瀬尾真志
エッセイスト

 黒銀杏。切大葉。本海苔。仙台。晒海藻。アラビアゴム粉末。三千本膠。極上稀飛切一本生濱。純白特雪生濱。改良白生濱。油苆。雪晒硝赤。硝赤ツタ。本生麻。カナリヤ。朱赤間石。大磯。国華石。熊野那智。茶根岸。松サビ。九條土。耐水プラスター。秋田産アスファルト。土佐水化純白粉灰。鹿児島産純良仲貝灰。……ナグラ、言葉の大群だ。素材性、季節感、時代性、地方色、国際色、化学……いろいろな世界とのつながりを感じる。出典は左官材料カタログ集『境屋商報』だ。発行元の酒井茂平衛商店は江戸時代から浅草蔵前橋に店を構えていた老舗の左官材料店だった。埼玉の本庄市の店じまいした建材屋の棚の奥からこの小冊子が見つかり、巡り巡って著者の手元へたどり着いた。本書の中で「昭和十三年の左官材料」という随想で紹介されている。
 本書は、土の文化誌・月刊「左官教室」を中心に、月刊「さかん」、「チルチンびと」季刊「東北学」、季刊「銀花」などに書いた文章を集めたものだ。土のあるくらしを愛する多くの人々の期待に、福岡の出版社が応えた。2001年に一巻目、このたび待望の続編が上梓された。著者が生まれてから、子ども時代、学生時代、社会人……未来のはなしが綴られている。編集者のセンスがいい。記憶、音、風景、人、巡のテーマで新たな文章群が生まれ、鮮やかな作品となった。夜に、田舎の少年時代をおもう。コンクリートがいっぱいの風景を嘆く。著者の風景論がおもしろい。「風景は私のむこうにあるものではなくて私の内にも外にもあって私を包んでいるもの。私が生まれる前にもあって、私の死の後にもあるもの。私たちがデザインしたりつくったりできないなにか。かつて魂と呼ばれたものの全てではなかろうか」
 心洗われるフレーズがある。「西行する」という言葉だ。左官の世界では知られた言葉だという。著者の随想や詩文の中で、肌身に染みる言葉となってひときわ輝きを増している。「西行するとは、鏝一本持って仕事を求め諸国を旅することである。それは、左官にとっては修行の旅であり、地方地方のその土地の材料や仕事を学んだり、すぐれた技能を持った職人の仕事を習ったり、一緒に仕事をしながらそれを盗み取る旅でもある。流れ流れてその土地土地の左官の親方のところにワラジをぬぎ、みずからの腕を売りこみ、助っ人として長逗留したり、一宿一飯の恩義で旅銭をもらって次へと旅立っていくといった風である」
 著者は、左官専門誌編集者と紹介される。広い視野で今を敏感に生き、左官の現場にひたすら通う。取材を通して、職人と語り、土を触り、壁を撫で、現場で文を書く。カメラを構える。左官ジャーナリストである。まさに、現代を凝視する泥のジャーナリストだ。風景とは何か、歓待とは何か、世界を見つめている詩人である。本書は左官風土記、左官歳時記のような書物である。22世紀に伝えたい本である。詩人は旅をし続ける。
 今、左官の技が見直されている。丸の内のカフェに泥壁画がある。銀座の書店に大津磨きの壁が見られる。有楽町の酒肆で竃がシンボルになっている。日比谷の最高級ホテルのロビーに土壁が使われた。左官という仕事、左官職人という生き様が注目されている。本書は、左官の世界を広く知るための格好の基本書であろう。

壁を養う暮らしを慈しむ

塩野米松
作家

 左官という仕事が忘れられてしまった。
 法隆寺が創建当時の姿を保ち、世界最古の木造建築として現存している理由は木の癖を活かし、飛鳥の大工以来の伝統を受け継ぐ工人たちがいたからであるが、忘れてならないのは壁の力である。
 建物は柱や梁だけで持つものではない。柱の間を埋め、補強する壁があってのことである。
 その美しく、丈夫な壁をつくり続けてきたのが日本の左官である。木舞という芯にスサというワラや麻糸、和紙などを刻んで、泥に混ぜ合わせ塗り込み、壁を築いていく。
 水で練られた土は乾けば縮む。縮めば柱や貫の間に隙間が出来る。当然である。時間をかけ、十分に縮めてから、隙間を埋め、じっくりと壁を養生していく。自然素材で家を造るというのはそういうものなのである。
 施主もそれを知っていたから急がなかった。五、六年も先の祝言に間に合うように左官を頼むのである。壁を作りながら人はそこで暮らすのである。不自由はない。祝いの日の直前に漆喰を塗り、仕上げをする。
 手間を惜しまず作ったから壁は強くしたたかである。そういう技と思想があったから、日本の建造物は美しく、自然の中に風景としてとけ込み、長い時間のヤスリに耐えたのだ。
 その左官の仕事を見続けてきた著者は、同名の前著で、左官の仕事の美しさと職人たちを称えながら、消えていくことを嘆いた。時間をかける左官の仕事の良さがわからない時代になったのだ。
 続巻のこの本では嘆きは悲しみの歌に変わっている。日本の壁の美しさ、三和土(たたき)のすばらしさは過去の物になってしまったのか。嘆きは散文にすれば愚痴になる。美しく見送ろうとすれば、目は心の内を向き、言葉は詩になる。慈しみの目は悲しみつつ、先の世に夢を託している。左官に新たな目を、それが日本の美の再興につながるはず。

土壁を通して時代を見つめる

久保智祥

「土壁のような人」と形容したら失礼だろうか。長い年月、風雨にさらされた土壁に独特の風合いが生まれるように、40年以上も左官専門誌の編集者として土壁や左官を見続けてきたその人の風貌や話す内容、文章には、不思議なぬくもりと一抹の寂しさが漂う。
 68年。就職した出版社でたまたま配属されたのが月刊誌「左官教室」だった。時代は高度成長期。工事現場で左官はコンクリにモルタルを塗る作業に追いやられ、非人間的な現場は「取材していても楽しくなかった」という。
 だがある時、奈良の古道、山辺の道にたたずむ泥壁の納屋の美しさに魅せられる。「心が開かれていき、ホッとしました。塀に囲まれた東京の現場から逃げたかったんですね」
 それから、全国に残る伝統的な土壁や左官の普請現場を訪ね歩いた。
 左官は、土や、わら、水などの自然素材を、その土地の気候や天候に応じて混ぜ合わせ壁を塗る。人間が制御できない自然をそのまま受け入れる存在だ。そして、自然素材で塗られた壁も、外部の自然と連続していて内との間に壁をつくらない。「左官は人を値踏みしないんです。左官も土壁も、壁をつくらずに来るものを受け入れる〝歓待の精神〟があって、僕に多くのことを教えてくれた」
 そんな現場で教わり、見つめた土壁の多様な美しさと左官たちの仕事の豊かさをコラムにまとめたのが1冊目の『左官礼讃』(01年)になった。その後、07年に「左官教室」が廃刊するまでの文章を主にまとめたのが本書だ。
 現在は月刊誌「さかん」の編集長として執筆を続けているが、本書で取り上げた昔気質の職人はどんどん亡くなり、建築の工業化は止まらない。漂う寂しさは、土壁を通して見えた現代の風景──歓待の精神が失われ、殺伐とした時代ゆえなのかもしれない。

  • 272頁 四六判上製
  • 978-4-88344-171-6
  • 定価:本体価格2200円+税
  • 2009/05発行
左官礼讃 小林澄夫 左官 小林 澄夫 漆喰 鏝 職人 藤田 洋三 壁 日本 庭 建築 写真 泥 風景 職人 技
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左官礼讃
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左官礼讃

専門誌「左官教室」の編集長が綴る土壁と職人技へのオマージュ。左官という仕事への愛着と誇り、土と水と風が織りなす土壁の美しさとともに、打ちっ放しコンクリートに代表される殺伐たる現代文明への批判、そして潤いの文明へ向けての深い洞察を綴る

書評

結んでほどく──(午睡のあとで)

松本道介
文芸評論家

 着物をほどくという言葉があった。今の若い人は最早知らないだろうし、私とてずいぶん久しぶりに思い出したのだが、たしかに私の老母の世代は着物を洗濯に出すときや仕立て直すときには着物をほどいていたのである。
 しかし昔の人は、着物だけではなく建てものもまたほどいていたことを或る本によって教えられた。小林澄夫という職人さんが書かれた「左官礼讃」である。見開き二頁の奥ゆかしい随筆二百篇近くが並ぶなかに「結ぶこととほどくこと」という文章があった。
 昔の家には建てることは結ぶことだという考え方があり、結んだものはほどくことが出来た。したがってかつての民家はこわすのではなくほどいたのだという。〈屋根の瓦をはずし、木舞の土壁を落し、棟木や梁をはずし、柱を抜いてそれらは移築されたり、新しい民家の部材として再生されていった〉という。
 今でいえばリサイクルということだが、昔はリサイクルという発想はなかったし、リサイクルとはどこか違うと思う。〝結んだ人〟への敬意というか、素材への愛情というか、なにか温かい心がそこに感じられる。
 今の世の中から徹底して消えていくのはそうした温かい心である。家をほどくといった考え方はまったくなく、こわす時はひたすらこわす。〈パワーショベルで屋根を剥がし、ユンボで壁を押しつぶし、解体されてしまう。解体屋とはよくいったもので、半日もあれば民家は残材の山になってしまう。それは解体というよりも、破壊というにふさわしい〉
 日本式の民家はまだしも、鉄筋コンクリートのビルとなると、その構造からして解体=破壊しか方法がないにちがいない。ブルドーザーを用いての破壊をはじめ、何度かテレビのニュースでも見せられたごとく、爆薬を用いて一気に爆破する方が手間も省け、コストも安くて具合がいいのだろう。
 過去に栄えて滅んだ幾多の文明にくらべて近代西洋文明の格段にまさる点はその破壊力である。爆薬を中心にした破壊力によって他の文明を征服し自然をもほろぼしていったのであったし、そのひとコマをわれわれは今またアメリカのアフガニスタン空爆によって見せつけられた。
 西洋近代文明の発展に寄与した功労者に与えられる最高の賞がダイナマイトの発明者の得た巨万の富によってまかなわれているのは幾重にも象徴的なことだと私は思う。 

質感、安らぎ、塗り壁は天才である──著者に聞く

後藤喜一

 この本を読んで、塗り壁とは実に面白いものだと思った。泥をこねて塗ると、粘土の泥自体が持つ自硬性によって固まり、土の成分や時間の経過によって独特の美しい色や肌合いが生まれる。素材が泥であるがゆえに、室内の湿気を吸ったり吐いたりして温度を調節し、その厚みと質感が住む人に温かさや安らぎを与えてくれる。小林澄夫さん(五八)が〈塗り壁は天才である〉と書くゆえんである。
 このように美的にも機能的にも優れた塗り壁がなぜ、石膏ボードやクロス、ペンキの壁に押されて衰退してゆくのか。
「材料を水で溶かして鏝で塗るのが左官の仕事ですが、乾くまでに時間がかかるので工期が長くなるし、仕上がりにもばらつきがでる。その点、ボードを接着剤でとめ、クロスをはった方が手っ取り早い。また、かつてはオーナーが自分で大工や左官を選んで仕事を依頼していたのが、いまは工務店がすべてを仕切るようになった。工務店としては、左官に壁を塗らせるよりも自分でボードをはり付けた方がもうかるわけです」
 依頼主がよほど塗り壁の良さにこだわらないかぎり、漆喰の白壁も聚落の土壁も日本の住宅から消えていくのは自然の勢いということになる。
 小林さんは一九六八年に黒潮社に入って以来、ずっと左官職人向けの月刊誌「左官教室」の編集を担当。本書は八一年から二十年にわたって同誌に連載してきたエッセーをまとめたもので、繰り返し塗り壁の魅力を語り、その復権を唱えている。
「最初は建築のことも左官のことも全く知らなくて、このメーカーからこんな素晴らしい商品が出たというような話ばかり書いていた。そのうち、そういう工業製品が規格によって管理されているのに対し、左官の仕事は数値化できず、その日の職人の気分や天気によっても出来が変わってくるということが分かってきた。統一・画一よりも、そういう偶然性や多様性に惹かれて深入りしたんですね」
 本書は左官職人への熱烈な応援歌だが、小林さんは現在の職人に対しても「石灰や海藻のりは別として、昔の職人は土や苆などの材料を自分で集め、調合して使っていた。左官の表現のもとになる材料をメーカーに任せてしまっては技術の半分以上を捨てたことになる」と苦言を呈する。

よみがえる壁を塗る音、しぐさ

与那原恵
ノンフィクションライター

 子供のころ、建築現場をのぞくのが好きだった。完成してしまえば二度と見ることのできない骨組みに、ナルホドこうなっているのかと見とれていた。とくに魅了されたのは現場の「音」だ。木を削る音、カナヅチで叩く音。左官がシャクシャクと材料をこねてなめらかになったものをコテですくいとる、ザッという音は忘れられない。左官はたいてい近所に住む顔見知りだったから、その場に座り込んでいる私をじゃまにするでもなく、淡々と仕事をつづけているのだった。
 月刊「左官教室」という雑誌がある。左官の仕事の周辺や、土壁の文化を広く語る意欲的な雑誌だ。本書はその雑誌のコラムをあつめて編んだものだが、日本に伝わる壁の多種多様な美しさ、材料となる泥、そして何よりも左官の仕事の豊かさを端正な文章でつづいっている。一行読みすすめるごとに、幼いころ耳にした左官のゆったりとしてた「音」や繊細な手のしぐさがよみがえってくる。
 奈良の当麻寺の土塀に残る藁ぼうきの「あらし目」。それは、上に塗る材料のくっつきをよくするものだが、その模様の美しさは左官の「意図しない美意識」である。また左官仕事の傍らにある道具を洗う水。老左官は泥で汚れた水を畑にかえし、まだキレイなあがり水を草花の根にそそぐ。
「余分な水を使わないような理にあった水使い、水と土の複合である泥の生理への繊細な感性、簡素な無駄のない動作」
 かつて壁の材料は天然の素材の複合であった。その多様性を活かし「手の延長であるようなわずかな道具と手仕事でつくられた」壁の美があった。
 しかし左官の仕事は、近代化と工業化の果てに追いつめられているという。たしかな技術をもった左官がコンクリートの下地づくりをせざるを得ない現状を著者は嘆きつつも、さまざまな土地に眠る泥を探し、技術を語りつぐ左官の姿を愛情をこめて描いている。
 秋の陽を浴びた土壁を触ってみたくなった。

土と漆喰の建築文化を知る

藤森照信
建築史家

 戦後の日本の建築現場から追放された材料があるのをご存じだろうか。
 追放といって言いすぎなら、軽視され、すみに追いやられた材料。それが土と漆喰にほかならない。自然素材ゆえ、扱うのにカンと経験を要し、機械化、工業化も難しかったから、各種ボード類や壁紙類に置きかえられていった。
 しかし、このところ再生のきざしが著しい。理由の一つは、あまりに工業化、機械化した現代建築への反省で、自然素材の味わい深さを回復するには土と漆喰が一番いいし、手仕事の面白さを復活させるには土と漆喰のプロである左官職人が欠かせない。
 もう一つの理由は、工業化した材料から放出される化学物質の問題で、土と漆喰は自ら何も出さないばかりか、ほかから出た化学物質を吸着する力を持つ点が注目されている。
 二十一世紀は、もしかしたら、土と漆喰と左官の時代となるかもしれないが、そうした復活劇は一人の雑誌編集者の存在なしには語ることができない。それがこの本の著者の小林澄夫である。
 戦後、正確には大阪万博以後に始まった土と漆喰の暗黒時代に、土と漆喰を愛する者にとっての孤島の灯台の役を果たしたのが唯一の専門誌「月刊左官教室」だ。
 小林は、この雑誌の編集を担当するかたわら、全国各地の漆喰窯を訪れ、土を手にし、左官をたずね、古今のすぐれた左官仕事を探り、そうして得た知見を巻頭言として書き続けた。それが、各地方に根を下ろして黙々と壁を塗り続ける左官職をどれほど励ましたか分からない。
 そうした文を集めたこの一冊は、土と漆喰による日本の建築分かの全体像を知る格好の入門書であり、また、暗黒の時代から復活の世紀への導きの書の役を果たすにちがいない。
 左官という日本が誇る職人技術と、土と漆喰という世界共通の自然素材に関心がある人の座右に、ぜひ一冊。

  • 429頁 四六判上製
  • 978-4-88344-077-1
  • 定価:本体価格2800円+税
  • 2001/08発行
うえにん地蔵

飽食の国から飢饉の国へ──。飢人地蔵(うえにんじぞう)に導かれて270年をタイムスリプ。子どもたちはつぎつぎに死んでいった。(筑前では人口の3分の1が餓死したといわれる享保の飢饉)児童書/小学生中学年から

  • A5判182頁
  • 4-88344-086-9
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2001/08/10発行
アフガン農業支援奮闘記 旱魃 洪水 水不足 蕎麦 茶 アルファルファ 中村哲 高橋修 橋本康範 伊藤和也 進藤陽一郎 山口敦史 石風社 ペシャワール会 農業 さつまいも
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アフガン農業支援奮闘記
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アフガン農業支援奮闘記

「アフガニスタンに自給用の農作物を」。異なる文化、過酷な風土の中で悪戦苦闘しつつ積み重ねられた農業支援六年余りの克明な記録。小麦・米・トウモロコシ・アルファルファ・ソルゴー・さつまいも・茶・ぶどう・蕎麦など、失敗の数々といくつかの成功。その試行錯誤を克明に記すことで、次世代へと繋ぐ報告集。

書評

アフガニスタンにおける農業支援の詳細な実践の記録

岩島 史
京都大学大学院農学研究科博士課程

 本書は、アフガニスタンで活動するNGO「ペシャワール会」が、2002年に発足させた「緑の大地計画」のうち、ダラエヌール地区の試験農場を中心とする農業支援計画の記録である。「緑の大地計画」は「1飲料水源の確保、2農業用水路の建設、3乾燥に強い作物の研究・普及から成り、旱魃で荒廃したアフガン農村の復興を長期的な展望でめざ」すものであった。2007年8月、同会の試験農場で働いていた伊藤和也氏が拉致・殺害された事件以降、中断せざるをえなかった農業計画を「できるだけ正確に広く知っていただく」ことが、「責務」であるという同計画の責任者らによって上梓されている。
 1章では「ペシャワール会」が農業計画をはじめるまでの経緯、2章では計画に参加した日本人ワーカーそれぞれの意気込みや参加に至る経緯が書かれている。3章では実際に試験農場で栽培をはじめた作物について品種選びから作付けの時期や畝の立て方まで、数々の栽培試験をし、失敗と工夫を重ねたことが詳細に記録されている。4章では、試験農場で栽培に成功した作物を近隣農家へ普及する過程で経験した、現地の人に任せることの大切さと難しさについて述べている。5章では世界的な政治情勢が他人事ではない状況のなかで、現地の生活・文化に馴染んでいく様子や人びとととのふれあいが描かれ、マスメディアの中の「アフガニスタン」とは異なる等身大の人びとの姿が垣間見える。ただし、編著者が全員男性であるため、本書における「人びと」とはすべて「子どもと男性」である。最後の章では、伊藤氏の拉致・殺害事件と農業計画中断の決断にまつわるメンバー間のやりとりが記載されており、編著者らの「断腸の思い」が伝わってくる。巻末の資料も非常に充実しており、現地の気温や土壌phから施肥や水やりの方法など、アフガニスタンの厳しい気象条件の下で作物を実らせるための7年間のさまざまな工夫が詳細なデータの蓄積として残されている。農業計画の責任者であった高橋氏の栽培方針と現地農家からの提案との相違点も作物ごとにまとめてあり、非常に興味深い。
 本書を通じて一貫して語られるのは、編著者である高橋氏が京都府で農業改良普及員をしていたという経験にもとづく「現地主義」の理念である。「現地主義」の内容は「主役は農家」「現地の技術を改良しながら」「資機材は現地調達を基本として」の3点であるという。これは今や国際協力において必ず求められ、なおかつ議論も多い理念である。本書でもそれを実践することのむずかしさが試行錯誤する記録の中ににじみ出ており、農業支援の記録として貴重であるだけでなく、支援する人と現地の人とのかかわりの記録として、国際協力にかかわるすべての人にとっても示唆に富んだ書である。

アフガン、実った笑顔 ペシャワール会農業の記録出版

古田大輔
朝日新聞

 アフガニスタンとパキスタンで医療や農業の支援活動をしているNGO「ペシャワール会」(本部・福岡市)の農業分野の軌跡をまとめた『アフガン農業支援奮闘記』が出版される。2008年8月にアフガンで拉致・殺害された伊藤和也さん(当時31)らが旱魃と戦乱で荒廃した大地に挑んだ7年余の汗と涙、そして、現地に再び実りと笑顔をもたらした記録だ。

 アフガン東部での農業支援は01年6月、旱魃対策の井戸掘りから始まり、はがて、25キロにも及ぶ水路の建設とその周辺に農地を復活させる「緑の大地計画」に移る。
 京都府職員として長く農業の普及指導に努め、退職後は国際協力機構のもと、アジア各国で支援に飛び回ってきた高橋修さん(79)ら計6人の日本人職員が主に支援にあたった。その中に伊藤さんもいた。
 予想もしていなかった困難が相次いだ。異常な高温と乾燥。アルカリ性の土壌を改良しようと硫黄を持ち込んだら、テロリストと疑われた。せっかく育った作物を盗んでいく者もいた。「なんでもいいから種よこせ。アフガンの手助けに来たのだろう!」と居丈高に要求されたことも。成功の影にあるそんな苦難も本には記されている。
 作物は元々栽培が盛んだった小麦だけでなく、飢餓から農民を救うためのサツマイモや現地品種よりも収穫量が大きかった日本米、栄養価の高い大豆や換金作物としての茶などに広げていった。成功体験を重ねることで、現地の人たちからの信頼が高まり、活動も円滑に進むようになっていった。水路周辺には内戦で避難していた人たちが戻り、集落もできていった。
 職員を支えたのは飢餓と闘う決意と、アフガンの人々の温かさだった。「寂しいだろう」と手作りの伝統楽器で民謡を披露してくれたり、自分たちの食事を減らしてまでもてなしてくれたり。そんな心の交流も紹介している。
 伊藤さんの事件が発生し、日本人職員は現地代表の中村哲医師(63)を遺して全員帰国した。本では、日本人職員撤退後の09年2月に現地の農家からかかってきた国際電話が紹介されている。
「日本米の新米は中村先生のところに届けた。サツマイモもお茶にあう甘い芋がとれた。この冬のサツマイモの保存も去年やった通りに管理している。(中略)大丈夫だ。農業計画はちゃんと前進させているぞ」

  • 401頁 A5判並製
  • 978-4-88344-184-6
  • 定価:本体価格2500円+税
  • 2010/03/01発行
アフタにスタンの大地とともに 伊藤和也 追悼文集 アフガン アフガニスタン タリバン 凶弾 死 ペシャワール 伊藤 和也 中村 哲 農業 青年 夢 遺稿 追悼 写真 大地
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アフガニスタンの大地とともに
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¥0円
アフガニスタンの大地とともに

「現地に行かなければ何も始まらない」


アフガニスタンの農業復興を夢みながら、08年8月、志半ばで凶弾に斃れた1青年の遺した深き心。彼と行動を共にした日本人ワーカーによる追悼文と多数の写真で綴る遺稿・追悼集

書評

〝菜の花畑の笑顔〟が広がる世界へ

古居みずえ
ジャーナリスト

「アフガニスタンを元の緑豊かな国に戻したい。子どもたちが将来食べ物に不自由しないようにしたい」。そう志した日本の若者、伊藤和也さんが、武装グループに殺された事件はまだ記憶に新しい。
 伊藤さんの参加していたペシャワール会は中村哲医師(現地代表)を中心にアフガニスタンの村々で水源確保事業のための井戸掘削作業など、長年地元に根付いて支援活動をしているNGOの団体だ。
 本書は伊藤さんの書き残した会報と会の仲間たちのメッセージで構成され、彼のひたむきな姿が伝わってくる。伊藤さんは二〇〇三年、会の活動に参加し、五年間アフガニスタンの大地で働いてきた。私自身、パレスチナという所へ二十数年通い続けている。NGOとジャーナリストという違いはあるが、いずれも現地の人たちとの信頼関係がなければ成り立たない仕事だ。
 しかも伊藤さんたちの仕事は、人々の生活に直接、関係するだけにもっと厳しい現実があったと思う。そんな中で「僕に何かあったら、アフガニスタンにこの身を埋めてくれ」とご家族にも話すほどの志を持ち、活動を続けていた伊藤さんが、三十一歳の若さで凶弾に倒れたことは無念としかいいようがない。
 救われるのは仲間の人たちの「伊藤さんが描いていた未来をあきらめないこと、伊藤さんが(写真に)残した菜の花畑の女の子のような笑顔が広がる世界を作っていく努力を続けること」という言葉だ。
 伊藤さんが危険で、地道な仕事を続けることができたのは、何よりもアフガニスタンが好きで、アフガニスタンの人々、特に子どもたちを愛していたからにほかならないと思う。彼の生き方は、国際支援とは本来どうあるべきか、日本にいる私たちはどう生きるべきかということをあらためて考えさせてくれる。

農業復興にかけた一生を凝縮

鎌田 慧
ルポライター

 アフガニスタンで誘拐され、殺害された若きNGOスタッフの遺稿と追悼文を集めた一冊。
 伊藤和也さんは、三十一歳で無念の死を遂げたのだが、中学生当時すでに「将来農業関係の仕事をしたい」と書いていた。その志を戦乱で疲弊したアフガニスタンの農業復興にかけた、短い、しかし充実した一生がこの本に凝縮されてある。
 彼の死が報じられたあと、彼が撮ったアフガンの子どもたちの笑顔が新聞に掲載されていた。そのまっすぐな、信頼しきった眼差しをみて、わたしは彼の仕事が、アフガンの大地に根付いているのを感じさせられた。
 それらの写真が、この本のカラーグラビアになっていて、伊藤さんが荒れ地に育てた、豊かな実りを確認できる。
「子どもたちが将来、食料のことで困ることのない環境に少しでも近づけることができるよう、力になればと考えています」
 この控えめな言葉は、彼がNGOペシャワール会に参加したときの志望動機だった。その中断させられた夢をささえるかのような、彼とともに働いたひとたちの悲しみと痛みのこもった文章がこころを打つ。
 世界のあっちこっちで、自己犠牲的に働いている伊藤さんのような若いスタッフと、わたしは旅先で出会って、心強い思いをしてきた。そのなかでも彼がユニークなのは、農業という専門技術で、ひとつの国の復興に役立ってきたことである。
 たとえば、収穫量の多い日本米の栽培を成功させ、その脱穀のために図面を見ながら「千歯こき」を試作し、現地の人たちの労力を軽減させた。作物を植え、育てるというたしかな営みが、彼の死後もアフガンの大地に残され、その遺志が子どもたちに受け継がれる。
 息子の不慮の死を受け入れている両親の文章もいい。父親は「アフガニスタンを憎んでおりません。恨んでおりません」と書いている。

  • A5判並製263頁
  • 978-4-88344-172-3
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2009/04/10発行
阿蘇グリーンストック 農と生命の危機のなかで 佐藤誠 石風社 農業 立松和平 富樫貞夫 竹熊宜孝 山口力男 無農薬 有機農法
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阿蘇グリーンストック
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阿蘇グリーンストック

ポスト・バブルの生活──高度消費文明の果てに農と生命が危機に瀕している。無農薬や有機農法の作物を、エゴイスティックに求める時代も終わった。生産者と消費者の対立を超えて、共に新しい生活価値を生み出そうとする試みがはじまろうとしている。【立松和平氏推薦】「昔も今も大切なのは、命の源を失わないことです。命の源とは、水であり、水を生む緑であります。当たり前のことを改めていわねばならないのが、私たちの時代なのではないでしょうか。心ある人たちがこうして集まってきたのが、心強いことです。」

  • 223頁 四六判並製
  • 定価:本体価格1262円+税
  • 1993/09/30発行
 (18件中) 11〜18件目