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眼からウロコのノンフィクション既刊
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三池炭鉱 月の記憶 そして与論を出た人びと 与論 炭鉱 三池 塵肺 沖縄 井上佳子 石風社 三池労組 
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三池炭鉱「月の記憶」
zeikomi
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三池炭鉱「月の記憶」

三井三池炭鉱の108年の歴史。囚人労働に始まった炭鉱は、与論の人びとがその一端を担った。仕事を制限され、賃金は差別され、炭住は隔てられ……それでも彼らは懸命に働き、泣き、笑い、踊り、強靭に生き抜いた。そして中国人、朝鮮から連れてこられた人、炭塵爆発、三池労組。過酷な労働と差別によって成し遂げられた三池炭鉱を「影」の記憶をそして生き抜いた人びとの強さを追い求めた珠玉のノンフィクション。

  • 四六判上製255頁
  • 978-4-88344-197-6
  • 定価:本体価格1800円+税
  • 2011/07/20発行
丸腰のボランティア

異文化の中で、病院をつくり井戸を掘り、畑を耕し用水路を建設する。中村医師とともに汗を流す日本人ワーカーたちが綴る、パキスタン、アフガニスタンからの現場からの報告。──国境や国家の越え方にもいろいろある。グローバリズムに抗して……

書評

「世界」に向き合う日本人

与名原恵
ノンフィクションライター

「私でも何かの役に立つでしょうか」。
 現地ボランティアを希望する女性は、中村哲医師に尋ねたという。彼は、こう答えた。「いえ、役に立ちません」。そして言葉を続け、日本で身に付けた技術は現地では役に立たない。当初はじゃまになるくらいだ。けれども半年、一年とたつうちに現地の様子もわかり、何が必要かもわかってくるだろう。
 一九八四年からパキスタン・ペシャワールで診察を始めた中村医師のねばり強い活動とその成果は、よく知られるとおりだ。そして、この二十二年間でパキスタン、アフガニスタンへ五十人に及ぶ人びとが現地ボランティア・ワーカーとして赴いている。本書は、彼ら本人による活動報告をまとめたものだ。
 医療、農業、水源確保、用水路建設、植樹など、さまざまな分野で力を尽くしたいと現地で活動しているが、多くの苦難に直面する。あまりに過酷な現実、宗教、風習の違い。複雑な人間関係。そして、内戦、米国のアフガン攻撃、大地震……。
 夏は四〇度を超える現場だ。日本でやってきた方法論が一番正しいわけではない。不合理に思えても、そこには歴史と伝統に裏付けられた理由もある。そのなかで、彼らは悩み、苦しみ、自分ができることを見つけ出してゆく。悲しみも怒りもさらけだし、そして喜びの瞬間をかみしめる。「丸腰」ゆえに、人や土地を受け入れ、「命を預ける」関係を育んでゆくのだ。とりわけ、九〇年から現在まで看護師として働く女性の報告は、この時間の重さと深い意義を語っている。
 彼らの体験を通して、知ることが多くある。たとえば、国連やNGO(非政府組織)の活動の問題点。さらに、私たちが日本で得ている情報がいかにかたよったものなのか。目が開かれる思いだ。
「美しい国」をかかげる日本。けれども他国に対して「閉じて」いくのではないかという恐れを感じている。本書によって「世界」に向き合う態度を学んだ。

海外でやっていいことダメなこと

大谷猛夫
中学校教師

「自衛隊を海外に出すこと」が国際貢献だと考えているのが、自民党・公明党の連立内閣です。小泉前首相は憲法前文の中から「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」という一文を前後の脈絡なしに引用して、自衛隊を海外に出動させたがっていました。これを引き継いだ安倍内閣も同様です。
 日本国民が、海外で困っている人のところへ出かけていって援助する、というのは武装した軍隊がでかけていくことではありません。『丸腰のボランティア』の本では国際貢献という言葉はまったく使われていませんが、私たちができることは何なのか、してはいけないことは何なのかがはっきり示されています。
 二十年以上パキスタン辺境州でアフガニスタン・パキスタンの戦火にあわれた人たちの医療と生活の支援をしてきた中村哲さんを中心とする「ペシャワール会」のボランティアの人たちの思いが、この本では淡々と述べられています。医療関係の人はもちろん、農業や井戸掘り技術を持った人たちができることをしていく、というこれだけのことです。しかも日本の尺度ではなく、現地の物差しで「私たち協力者がしなければならなのは何も特別なことではなく、今まで地元の人たちがしてきた良いことはそのまま続けて、改善したらもっと良くなるようなことは改善して地元の人たちと一緒に仕事をしていく」という精神です。
 アフガニスタンの人が言います。「井戸の掘り方を教えてくれた。完成するまで手伝ってくれた。完成したら、道具まで置いていくという。後は我々でできる。学んだことは他の村人や子どもたちに教えていける」と。
 ペシャワール会は日本の国際ボランティアの草分け的存在です。この他にもベトナムのストリートチルドレン救済やフィリピンの人たちとフェアトレードに取り組む人たちもいます。現地の人の自立を助けています。

新しい自分の誕生記録

下嶋哲朗
ノンフィクション作家

 即、冒険に出られる。若いとはこの勢いをいう。今時の若者は、何年かすればかならず失うその勢いを行使しない。かわりに既成の社会や価値観に浸かり、ケータイ、ゲーム、テレビ等々カタカナ語の小道具の小さな世界に背を丸めて没我する。そこに実感はないから覇気がない。たとえ若者であっても未知の自分への挑戦を恐れ、自らを革新しない者は、早老人である。小道具に入れ込む無数の老いた若者を見るたびに「もったいない」と思う。
 そもそも冒険とはなんだろう。家を出、既成社会の構成員たるをやめ、庇護されるを拒否して現場に飛び込む勇気である。既成の小さな自分を捨て、新しく大きな自分を自ら生み出そうとの行動である。それは小道具を捨て現場へ出なければならないのだ。現場において「我」の存在を実感するとき、必然自らの精神を取り囲む狭小な垣根はたちまち朽ち果てる。新しい自分が広がり行くを実感する。存在する自信の獲得である。こうして勢いよく成長する「我」を実感する爽快な心地よさの体験が冒険なのだから、深い悩みこそあれそこには失敗とか後悔などは絶対にない。仮に脱落したとしても、それは己の限界を悟ったのである。迷わずほかの道を進めばいい。「我」の冒険は「我」だけができる唯一のものであるゆえに貴重なのだ。「すべて現場から学んだ」と副題を付けた本書に登場する数十名の若者たちが、この事実を熱く教えてくれる。
 医師・中村哲さんの設立による「ペシャワール会」はつとに知られるが、その活動を支える多数の日本人ボランティア、──若者たちの生の声はあまり知られていない。本書はその若者たち、異文化の中で病院を作り、医療に携わり、井戸を掘り、畑を耕し、用水路を建設した若者たち自らによる記録だが、意図せずして新しい自分の誕生記録となった。
 「会」の現地代表中村さんがパキスタン・ペシャワールで診療を始めたのは一九八四年。戦争、内戦、干魃が起こり人々は被災し死傷したり難民となった。医療器具もそろわない困難なところで日本人二〇名が働いている。日本で医者をしていれば金儲けもでき安楽な生活は保障されている。なのに命も危ない国へ「なぜ行くのか」と自問し「青春をなげうって行くんだね」と悲壮視する友人や家族たち日本人に「青春を求めに行くのだ」と内心思う。現場においては「日本の知識と常識を覆され」て我は何をする人か、我は何ものなりかと悩む悩みが自己探求を深めて、逃避への誘惑に打ち勝つ。そこから新しい自分が生まれ出る。「会」は集団活動である。しかし、日本を含む各国からのNGOが押し寄せては、サッと引いていくなか「あなたたちは絶対に逃げない。私達はあなた達日本人だけは信じることができるんです」と人々にいわせる信頼は、新しい自分の誕生によって生じたものだ。その代償は金銭などではない。「日本から八千キロも離れた小さな渓谷で、我々のことを心から信じてくれる人々がいます」との日本では体験し得なかった信頼される喜びである。
 アフガニスタンは一九七九年のソビエトの侵攻以来いまだに戦火が絶えない。そればかりか、二〇〇〇年からは大干魃に見舞われ人口の半分以上が被災し数百万人が飢餓線上にある。完全武装した民兵に護衛されて作業を続けている外国の企業などは、襲撃と拉致と殺害が繰り返されたが、非武装・丸腰の日本の若者たちが襲われたことは一度もないという。それが「日本人への信頼につながり、軍事によらない日本人の『安全保障』となる」、結びの言葉である。若者たちは現場において日本の平和を鍛えてもいる。

真の「国際援助」とは

多田茂治
ノンフィクション作家

 心のこもった真の「国際援助」とはどういうものか、本書を読めばよくわかる。
 福岡出身の医師中村哲氏のパキスタン・アフガニスタンの僻地医療活動を支えるペシャワール会が発足したのは一九八三年。翌年、中村医師はパキスタン北西部の拠点ペシャワールに着任。カイバル峠を越えればアフガンだ。この一帯はハンセン病の多発地帯であり、結核、白血病、マラリア、腸チフス、寄生虫などの患者も多かった。貧困地帯でもある。
 本書は、中村医師の活動に共鳴してペシャワールに馳せ参じた日本の若者たち(約五十名)の活動記録である。九八年にはペシャワールにPMS(ペシャワール会メディカル・サービス)基地病院が開設されて本格的な医療活動が始まるが、二〇〇〇年にはアフガンの乏しい「命の水」の水源確保事業も開始。寒暖の差が激しいなかでの井戸掘り(すでに一四〇〇本以上)、灌漑用水路工事、植樹、試験農場開設、野菜栽培と仕事は増える一方。現地スタッフも増えるが、なにしろ異文化(イスラム)と鼻つき合わせての日常なので、驚き、とまどい、怒り、ときには「参った!」の連続だが、中村先生作のウルドゥー語のテキストには「お互いが理解し合うには時間がかかる。ゆっくりゆっくり……」
 そんな日々を重ねて、みんな大きくなってゆく。〇一年十月、アメリカのアフガン空爆が始まると、中村医師は「私はこの狂気に断固反対する。PMSは決して撤退しない」と激怒し、また一つ仕事を増やした。難民キャンプへの食糧支援。みんな生き生きと大忙しだった。
 題名の「丸腰」がよく効いている。アメリカべったりの小泉政権はイラく戦争が始まるや、いちはやく自衛隊をサマワに派遣して日章旗を揚げさせたが、重装備の隊員はもっぱら砦の中にこもっていて、何程の事も成し得なかった。
 ペシャワール会の丸腰のボランティアたちは現地住民のなかに溶け込み、厚い信頼を得て、大きな仕事をいまも続けている。丸腰の熱意のほうが武力よりも強い。

  • 400頁四六判並製
  • 978-4-88344-139-6
  • 定価:本体価格1800円+税
  • 2006/09/20発行
236
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馬毛島異聞
zeikomi
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馬毛島異聞

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馬毛島異聞
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鉄砲伝来の島・種子島の西方12キロに浮かび野生鹿群れる小さな島の歴史物語。お家騒動から島の開拓・開発、そして実らぬ恋まで──。種子島家の支配のもとにあった島の歴史を史実と伝統を綴り合わせながら郷土史の泰斗が遺す。

  • A5判上製 101頁
  • 978-4-88344-236-2
  • 定価:本体価格2000円+税
  • 2013/09/01発行
香港玉手箱 ふるまいよしこ 石風社 香港 北京 広東語 中国語 ロック 写真 返還
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香港玉手箱
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香港玉手箱

転がりつづける町・香港から目を離すな! 香港在住10年の音楽や絵画・写真に造詣の深い著者がつづる熱烈歓迎辛口定点観測。

書評

立ち上がる「弾丸都市」の姿

飯沢耕太郎
写真評論家

 「この人はいったい何者?」というのが彼女と最初に会ったときの第一印象だった。一九九四年二月、香港芸術センターで開催された「中、港、台當代撮影展」のシンポジウム会場でのことである。
 中国、香港、台湾の写真評論家、雑誌編集者たちがはじめて顔をあわせ、熱っぽい討論を繰り広げていた会場を、彼女──ふるまいよしこさんは颯爽と動き回っていた。広東語、北京語を鮮やかに使いこなし、滑らかにその場の空気に溶けこんでいる。なにしろ、こちらは言葉がまったくわからないので、初対面の彼女の通訳で多くの写真関係者と知り合うことができた。
 その後、九六年に横浜、京都、福岡で開催した「香港変奏──香港写真の現在」展でも、現地コーディネーターとしてお世話になり、なんとか企画を成功させることができた。彼女の粘り強い交渉力と、筋を通すポジティブな実行力がなかったら、尖閣諸島(釣魚台)の問題で微妙な状況にあった展示自体が空中分解していたかもしれない。
 その彼女が『西日本新聞』に連載していたコラム(「香港交差点」=九四年十一月──九八年三月の文章をまとめた本書を読むと、いつも元気に飛び回っているように見える彼女も、けっこういろいろな矛盾や問題に直面し、それらをひとつひとつ、せいいっぱい体を張って切り抜けてきたことが分かる。「とにかく好むと好まざるとにかかわらずびゅんびゅんと前へ向かって走り続ける『弾丸列車』に乗って生活を続けているような感じなのだ」と彼女は書いているが、たしかに香港では時間が日本の二、三倍の速度で進むように感じられる。特に九七年の「中国返還」前後の時期の加速は凄いもので、その右往左往ぶりは本書からもいきいきと伝わってきた。
 僕にとって嬉しいのは、高 志 強、謝 至 徳、茫〓〓という三人の香港人写真家の作品が、文章の間にたっぷり使われていること。彼らの写真から、現在形の香港の姿が立ち上がってくる。

  • 239頁 四六判並製
  • 4-88344-039-7
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 1999/03/20発行
中村 哲 ペシャワール アフガン アフガニスタン 国際化 らい ハンセン病 NGO 北西辺境州 イスラム 石風社 辺境で診る辺境から見る 中村哲
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辺境で診る辺境から見る
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辺境で診る辺境から見る

「ペシャワール、この地名が世界認識を根底から変えるほどの意味を帯びて私たちに迫ってきたのは、中村哲の本によってである」(芹沢俊介氏「信濃毎日新聞」)
戦乱の中、診療所をつくり、千の井戸を掘り、緑の大地を拓く医師アフガニスタン・パキスタンで19年。時代の本流を尻目に黙々と歩む一医師の果敢な思考と実践の軌跡。戦乱の中、診療所をつくり千の井戸を掘り用水を拓く。時代の本流を尻目に、黙々と歩む一医師の、その果敢な思考と実践の軌跡のエッセンス。

書評

アフガン復興への現実的展望

芹沢俊介
評論家

 パキスタン北部の山岳地帯にある町ペシャワール、この地名が世界認識を根底から変えるほどの意味を帯びて私たちに迫ってきたのは、中村哲の本によってである。
 著者はペシャワール会の医者として、二十年にわたり現地で、ハンセン病コントロール計画をはじめとする医療活動に従事する一方、大旱魃にみまわれたアフガニスタンに数多くの井戸を掘ってきた。現地の人たちとともに、農民が土地を失って難民となる事態を防ごうとして懸命の努力を傾けてきた。
 素朴な疑問が浮かんでこよう。なぜパキスタンの町がアフガン復興の拠点となるのだろうか。著者は書いている。浮浪者、物乞い、泥棒、そして三百万人のアフガン難民たちを、ペシャワールは苦もなく受け入れると。著者はそうした姿に、著者のいう「平和・相互扶助の精神」を見たのだ。それこそが真の人類共通の文化遺産であると思ったに違いない。
 あの悪名高かったタリバン政権に関しても、現地の生活者の視点に立つとまったく違う像が描き出される。著者の目には、タリバンによる治安回復は驚くべきで、人々はおおむねこれを歓迎していたと映った。アフガニスタンの広大な国土の九割が、兵力わずか二万人のタリバン政権で支配され続けたのは、決して圧制のためではなく、世界でもっとも保守的なイスラム社会の住民たちの期待に応えたからだ、と著者は述べる。
 このような著者の目を通して見るとき、正義の米国対悪のタリバンという構図は虚偽であり、タリバン後の自由なアフガンという見通しもまるで根拠のない、非現実的なものだということがわかる。実際、タリバン政権崩壊後、治安は乱れ、貧しい人々の生活はいっそう悪化している。復興支援という名の西欧風の押し付けも完全に行き詰まっている。
 そうした現実をかたわらに、長期的展望に立つ著者はめげる気配もない。誇り高いアフガン気質は農村にこそ生きているという現実感覚を踏まえ、年間二〇万人を診察するという医療活動や、井戸掘りなど水源確保を目的とした作業地の拡大に尽くしている。農村復興の要がそこにあるというのだ。読後、人間愛についてつくづく考えこんでしまった。

魂の叫び……珠玉の文章

白垣詔男
西日本新聞編集局

 一九八四年からパキスタン、その後アフガニスタンでも難民らの診療を続けている福岡市出身の医師中村哲さんの初の時事評論と随筆集。「人間にとって一番大切な権利は生存権」と言い切る中村さんの「魂の叫び」が並ぶ。物質文明の中で生活する日本人が読むと心洗われ「人間とは何か」を考えさせてくれる魅力的な一冊だ。
 時事評論は、中村さんが本格的にアフガニスタンにかかわり始めた八九年から昨年秋まで、西日本新聞はじめ日本の新聞や、中村さんを支える非政府組織(NGO)「ペシャワール会」(福岡市)会報に発表した中から厳選した。
 この間、アフガニスタンでは、軍事介入していた旧ソ連軍の撤退(八九年)、内戦(八九─九四年)、イスラム神学生の武装集団タリバン政権登場(九四年)、米国の空爆でタリバン政権崩壊(二〇〇一年十二月)、暫定政権発足(同)とめまぐるしい動きがあった。
 しかし、中村さんと現地病院、診療所スタッフらは、「幾多の戦乱と権力の変遷、現われては消える海外援助活動とは無縁に、患者や現地スタッフたちと泣き笑いを共にし、現地活動を継続してきた」。
 中村さんが現地代表を務める「ペシャワール会」の事業は、医療に加え飲料水確保、さらに農業土木工事まで広げる。すべて、現地の人々の命を守るためである。
 これらの資金は、同会が募集した「アフガンいのちの基金」(十億近く集まった)と急激に増えたペシャワール会会員の会費だった。同会は、米空爆が始まると会員が急増、八千人を超えた。
 本書には、二十年近く両国で医療活動など、現地の人々の立場で活動してきた中村さんの「珠玉の言葉」が並ぶ。それらは、光が当たるときだけ、にぎにぎしく動き回る大半のNGOの活動家らとは違う、大地に根ざし活動を継続してきた者だけが語り得る重たい響きを持つ。それは、湾岸戦争、米空爆などイスラム社会で「敵」を増やしている日本政府の愚行を、食い止める努力にもなっている。
 巻末には〇〇年七月から八月にかけて西日本新聞文化面に五十回連載した随筆「新ガリバー旅行記」を収録している。

  • 251頁四六判上製
  • 978-4-88344-095-5
  • 定価:本体価格1800円+税
  • 2003/05/20発行
ペシャワールにて 中村哲 ペシャワール イスラム らい ハンセン病 石風社 中村 国際化 アジア パキスタン 難民 NGO
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ペシャワールにて
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ペシャワールにて

数百万のアフガン難民が流入するパキスタン・ペシャワールの地で、1984年以来現地スタッフと共にらい(ハンセン病)患者と難民の診療に従事する日本人医師が、高度消費社会に生きる羅針盤を失った私たち日本人に向けて放った、痛烈なメッセージ

書評

真の国際化は異質との接触

阿部謹也
一橋大学教授(当時)ドイツ中世史、西洋社会史

 私はまだペシャワールに行ったことがない。蒼穹に白い頂を屹立させたヒンヅークシの美しい山々も見たことがない。アラブのバザールも知らない。それなのに、パキスタン・アフガニスタンで医療活動を続けている福岡市出身の医師・中村哲氏著「増補版・ペシャワールにて」を読んでいると、あたかもペシャワールのJAMS(ジャパン・アフガン医療サービス)の病院で患者の膿みをとり、ときにバザールでカバブーを買っているような気にさせられる。
■現代世界の焦点
 どんなに小さな町でも村でも、それなりに世界の縮図ではある。しかしペシャワールは文字通り現代世界の焦点といってもよいだろう。ここには自分たちの文明の普遍性を標榜している欧米先進諸国が奉仕という形式のもとでその傲慢な素顔を見せているし、現代日本の旅行者や若者も現在の日本の病める姿をさらけ出している。旧ソ連やアメリカの露骨な干渉が何のために行われたのか、住民は日々肌身で感じとっている。国連難民高等弁務官という地位や国連という名が日本では海外協力の錦の御旗にされているが、その実態がどのようなものであるのか住民はつぶさに知っている。ここには明治以来百年日本人が自分の目にかけてきたサングラスあるいは鱗を払い落すすべてのものがある。
 ペシャワールに思いを馳せるとき、私はまた東京・福岡という回路を通して考えてしまう。私は中村氏が糾弾している東京に住んでいる。そして年に一度福岡に行くことを楽しみにして月日を送っているといっても過言ではないだろう。それが何故なのかこれまで余り考えたことはなかったが、中村氏が生まれ、ペシャワールの会がつくられる福岡を考えてみると、そこには何らかの関連があるような気もする。
 一昨年と昨年、私はドイツで国際学会に出席し、昨年は「日本の世間と西欧の社会について」講演をした。そのときマレーシア出身の学者が日本の世間という概念にたいへん関心を持ち、マレーシアでもその話をして欲しいといわれたことがあった。その前の年に私はこれまでの日本とヨーロッパ・アメリカという構図だけでなく、東南アジアそのほかのアジア諸地域を含めた歴史認識を形成してゆかなければならないと考え、明治維新に関する東南アジアの学者たちと日本の研究者たちとの大きな違いについて考えるべきだということを岩波書店の『よむ』という雑誌に書いたことがあった。
■自ら変える意志
 しかし、本書を読んでいるとこうした問題のすべてがペシャワールでは明瞭な形で現れているように思える。国際化という言葉が叫ばれて久しいが、かねてから私は国際化とは異質な文化(人と人の関係のあり方)の中に自分の文化(人と人の関係のあり方)と共通な基盤を発見し、そこから互いの文化の違いが生ずる経過を現在まで辿ってくる作業だといってきた。中村氏は文字通りそれを実践されている。国際化とは、異質な人々と接することによって自分が変わってゆくきっかけをつかむことでもある。自分を変えようという意志がないところには真の国際化はない。西欧のミッションや国連の事業がうまくゆかない理由の一つにはこの問題がある。
 最も重要なことは現地に長く滞在し、そこで何が求められているのかを把握することなのだが、このようなことをこれまでどれほど多くの人や公的機関がなおざりにしてきたことか。インテリを代表とする近代文明の担い手たちが、自分たちこそ知の最先端にいるという幻想にとりつかれてからこのような事態が始まったのである。それはヨーロッパでほぼ16世紀に始まり、日本ではこの百年の間の出来事である。
「ハンセン病」をめぐる偏見についての本書の指摘はまさにこの問題とかかわっている。中村氏は「ハンセン病」をめぐる偏見が近代化に応じて強くなり、科学的知識の普及に連れて差別も無慈悲なものになってゆくことを指摘している。
 パキスタン北西辺境州やアフガニスタンでは患者も共同体に一定の席を割り当てられているという。感染という科学的な概念が普及すると「うつる」というメカニズムが、精神的なものを媒介することなく人々の頭脳に定着し始め、差別が激しくなったという。
「近代化とは中世の牧歌的な迷信が別のもっともらしい科学的迷信におきかえられてゆく過程であるに過ぎない」と中村氏がいうとき、ルーマニアの亡きルネサンス研究者クリアーノのような現代の学問の最先端の人々がようやく気づき始めたことを中村氏はすでにペシャワールで自らの体験の中で確認していたのである。
■自分の外のこと
 現在日本でも外国人労働者に対する差別が激しくなっているが、このような状況の中ですら日本史家たちは「ハンセン病」に対する差別や「ハンセン病」の存在さえ日本の学生は知らなくなっていると嘆いているにすぎない。専門の学者ですらこのような状態であるから、日本では部落差別や外国人労働者に対する差別を自分の外の出来事として捉えようとする風潮が強い。私は部落差別の問題は被差別部落以外の人々の中に今も強く残っている世間意識がある限り、容易には解消しないと考えている。しかしこの世間意識に対する関心はほとんどゼロに等しい。
 日本のインテリは社会という言葉を容易に使うが、社会は個人を単位として成立している建て前になっており、自立した個人の存在を前提としている。しかし日本ではその程度の個人もいまだ十分には存在しておらず、今後も西欧的な個人が定着する見通しはほとんどないといってよいであろう。にもかかわらず西欧風個人を前提にしてすべての概念が立てられているところに問題がある。
 世間とはそれぞれの個人がもっている人間関係の絆であり、郷土や出身校、会社、などの中でそれぞれが独自に結んでいるものである。一人一人の世間は従ってそれぞれ異なっている。世間は個人以前に存在するものと考えられており、個人が世間を変えることが出来るとは誰も考えてはいないのである。しかし世間は個人にとっては実在であり、皆が世間を意識しながら暮らしているのである。その世間そのものは排他的で差別的な構造をもっており、私達の差別的な言動の根源に世間という枠がある。そして世間意識の存在に気づかないが故に私たち自身の差別的言動にも気づかないのである。
 本書は私たちをこのような世間意識から解放し、「ハンセン病を病むことだけが人間の平等の印でしかない」世界を見せてくれる。このような世界を見た人の言葉を私たちは信じなければならない。本書を読むことによって私たちがどのような絆で結ばれているのかをも自問することになるだろう。

  • 261頁四六判上製
  • 978-4-88344-050-4
  • 定価:本体価格1800円+税
  • 1992/03発行
伏流の思考 福元満治 私のアフガン・ノート 石風社 福元 満治 中村 哲 ペシャワール らい ハンセン NGO 国際化 グローバリズム アフガニスタン アフガン 石風社 伏流 思考
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伏流の思考
zeikomi
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伏流の思考

一編集者が、ひょんなことからNGOの責任者になって、考え続けた思考の軌跡。……人間の欲望が幻影となって、人間の存在を呪縛する世界に身を置きながら、アフガニスタンに関わり続けて二十数年。

書評

援助の独善、厳しく排す

松原新一
久留米大学教授・文芸評論家

 福岡市にペシャワール会というのがある。一九八三年九月、中村哲医師のパキスタン・アフガニスタンでの医療活動の支援を目的に結成された会である。そのペシャワール会の広報担当理事として中村医師の活動にねばり強く伴走してきた福元満治が、『伏流の思考──私のアフガン・ノート』という本を出した。その読後感を書きとめておきたい。
 福元満治は、ある時、現地でのボランティアを希望する看護婦さんと中村医師との会話の場に同席したことがある、という。「私でも何かの役に立つでしょうか」と問う看護婦さんに、中村医師は即座に「いえ、役に立ちません」といってのけた、という。この、一見冷徹ともいえる答え方に、福元満治は、長年ペシャワールという異文化の地で悪戦苦闘してきた「ひとりの人間の断固たる意志」を見た、と書く。
 中村医師はただ冷たく突き放したわけではなく、「半年か一年は寝てくらすつもりで来てください。そのうち現地の様子もおいおい見えてきて、何が必要かもわかって来ます」と言い添えるのを忘れてはいない。ただ、不幸な他者への慈善的善意に陥りがちな私どもの弱点をきびしくみすえることばとして、ここに取り出したのだが、「現地の立場に立つ」ということが、いかに困難な課題であるか。
 本書を読みながら、幾度も私の念頭に浮かんだのは、いったい他者の呼びかけに応えるとはどういうことか、という問いだった。福元満治は、中村医師はさまざまな国家や組織や個人が「援助」の美名のもとに、それぞれの利害や思惑や善意を現地の人びとに押しつけて混乱を引き起こす姿を、うんざりするほど見てきたはずだ、という。NGOなどが、お金を出してくれる「先進国」の方に顔を向けて、「識字教育」だの「女性解放」だの「人権問題」だのといった先進国好みのテーマを持ち込むのも、現地の必要という点からいえば本末転倒になりかねない、という。
 面白いのは、福元満治が中村医師に対して最初に抱いた感情は「嫉妬」だった、と告白している事実である。「中村医師のアフガニスタンの人々との関係のありかた、その深さに嫉妬したのである。ひとは、他者とこれほど深く関わりあうことができるのか」という思いだった、という。そういう悲しい感受のしかたに、おそらく六〇年代末のあの全共闘世代の一人としての福元満治の、心の傷がうずいているにちがいない。ここに本書の微妙な文学的性格もまた浮かび上がってくる道理である。

  • 272頁 四六判上製
  • 978-4-88344-104-4
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2009/10/20発行
フィリピンの小さな産院から
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フィリピンの小さな産院から
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フィリピンの小さな産院から

フィリピンの最貧困地域にクリニックを開いて13年。伝統的風習と近代化のはざまで悪戦苦闘しつつのてんやわんやの日々の記録。丸裸の人間が見え、本当の豊かさと、「本当に母子にとって良いお産とは」を問う、泣き笑いの奮闘記。

  • 四六判上製 287頁
  • 978-4-88344-226-3
  • 定価:本体価格1800円+税
  • 2013/04/01発行
東アジア 新時代 海図 朝日新聞 西部本社 社会部 グローバル アジア 経済 石風社
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東アジア
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東アジア

グローバル・スタンダード(世界金融攻勢)を前にアジアは真実、危機に瀕しているのか? アジアの底流を読み、経済のみでなく、人々の日々の営みから、明日のアジアを展望する。

書評

下からの東アジア論

河村誠治
国際東アジア研究センター主任研究員

 本書は、主として、朝日新聞西部本社が一九九七年初めからつい最近まで同社新聞に掲載してきた東アジア現地ルポを加筆・編集したものである。その目的は、変化の激しい東アジアの「いま」を書き留め、新しい時代につなげたい、とある。第一線で活躍する記者たちの執筆だけあって、わが国を含めた現地(地域)の人々に焦点が当てられている。われわれ読者とも深くかかわる現実の問題が軽快な語り口で述べられており、全二六九ページは一気に読み終えられる。
 表題の「東アジア」は、「九州・西中国・沖縄と密接につながる身近な地域」で、「東シナ海や黄海に面した国・地域」であり、主たる対象国・地域として、日本、韓国、中国、台湾が挙げられている。大方の脈絡はこうである。
 東西冷戦時代に固く閉ざされ分断されていた黄海・東シナ海がすっかり開放され、地域住民の相互交流が拡大したが、他方で漁業、漁業資源、漁民の生活、経済水域の線引き、領土・領海問題などをめぐる激しい対立も生じている(第1章「荒れる二〇〇カイリ」)。ともあれ、その東アジアの国・地域を結びつけてきたのは、ハブ港湾、航路、海運業者、船員である(第2章「港と海運をめぐる攻防」)。黄海・東シナ海が狭くなった結果、密航から外国人労働者の就業のあり方までの新たな社会問題が日本、韓国、台湾に突きつけられるようになった(第3章「回流する外国人労働者」)。東アジアの文化・芸能・スポーツ界に生きる人々に目を当てれば、ハングリーな直向きさと向上心がよくわかる(第4章「クロスオーバー文化芸能」、第5章「越境するスポーツ」)。東アジアの多くの人々の心は、いま、夢と現実のはざまで大きく揺れている(第6章「漂泊するアジアの心」)。その対極にあるのがわが国の海上保安官たちであり、領海を守ろうという使命感と苦労は積もる一方である(第7章「第七管区海上保安本部」)。今後の東アジアの行方を占う上で、開発独裁型の経済成長が行きづまった韓国の動向はとくに目がはなせない(「危機の韓国経済報告(経済部編)」)。東アジアでの交流の姿をアジアで活躍の三氏に聞くと、エコノミストは直接投資が中国大陸だけに集中しないことを、女優は東アジアの違いを認めることを、歴史家は東アジア史に見られた都市間交流の復活を説いている(終章「新時代のアジア」)。
 私が編者であれば、とくに大切な終章は、外部の識者にゲタをあずけるようなことはせず、それまでの全8章をベースに結んだはずである。識者の意見が必要なら別章を設ければよい。実際、終章の識者の発言からは、交流の具体的姿がほとんど見えてこない。いくら東アジアのいまを「書き留め、新しい時代につなげたい」と言っても、一冊の著書である以上、また単なる新聞記事の寄せ集めと寄せ集めと誤解されぬためにも、脈絡をもっとはっきりすべきであったし、今日の東アジアを総括する自己主張があってしかるべきであった。
 そうだからと言って、本書を過小評価するわけにはいかない。最後になったが、他にはない本書の特長を四つ挙げておく。一、個々の記事が現実に忠実で、また普通の学術書にはない新鮮さがあり、多様な東アジアの方向性を探る上で有益である。二、わが国を東アジアの一員とし、東アジア域内からわが国の存在を見いだそうとしている。ちなみに、多くの経済統計(但し書き)では、経済発展段階の違いと称し、「日本を除く東アジア」と明記しているが、それは東アジアの独自性を否定し、環太平洋地域構想に加担する考えの表れである。三、経済成長や金融・通貨危機などの経済問題に偏ることなく、各種の社会問題を拾い上げている。それは、歴史、社会、風俗、習慣、文化などを重視していることの表れでもある。四、目指そうとするところは、開発独裁という「上からの東アジア論」ではなく、地域住民の視点から見た「下からの東アジア論」であり、ユニークである。

  • 四六判並製271頁
  • 4-88344-031-1
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 1998/06/20発行
バテレン 布教 キリスト教 宗麟 豊後 加藤知弘 地中海学会賞 ザビエル ロドリゲス
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バテレンと宗麟の時代
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バテレンと宗麟の時代

地中海学会賞・ロドリゲス通事賞受賞


戦国時代、それはキリスト教文明との熾烈な格闘の時代でもあった。アジアをめざす宣教師たちの野心が、豊後府内の地で大友宗麟の野望とスパークする。世界史的な視点で平易に描かれた戦国史

書評

異文化交流導いた人の出会い

阿蘇品保夫

「異文化交流の歴史には、偶然と人間関係が大きな役割を果す」と著者はいう。東へ向かったザビエルと、西へ向かったトルレスの出会い。ザビエルは日本の豊後にキリスト教の種を播き、トルレスはそれを育てた。しかし、この両人の働きには、さらに大友宗麟との出会いが必要であった。
 大分合同新聞に連載の「豊後と異国の物語」をまとめた本書は、「グローバルな歴史の流れと異文化の地域への伝わり方」を結びつけて考えるという世界史的視野で、地域と人をとらえているところに特色がある。
 宗麟が他の大名たちと異なったのは、ヨーロッパの物質文明である鉄砲・大砲にも彼らと同じく興味を示しながらも、他にさきがけてヨーロッパ精神文化に強い関心を示したことであり、その真剣さが宣教師たちの信頼を得たのであろう。しかし、彼は慎重であり、寄進や布教許可は与えても、改宗の意思は明らかにせず、禅宗にもかかわって宗麟と称する。彼が受洗しフランシスコを称するのは隠退後の天正六年のことである。
「私が再び大砲を求めますのは、海岸に住んで敵と境を接しているため、これが大いに必要なものだからです。私が領国を守り、これを繁栄させることができるなら、領内のデウスの会堂、パードレおよびキリシタンたち、ならびに当地に来るポルトガル人一同も繁栄するでしょう」
 宗麟が単純な好意から宣教師たちの活動を援助したというより、内外諸地域の動向を注意深く把握しながら、イエズス会布教活動をも彼の政略の一端として利用し、イエズス会もその意図を心得て動いたと考えるべきだと著者はみる。
 十六世紀後半は豊後国が日本の歴史の中で最も輝いた時代であった。中世以来の伝統を背負い、九州諸国の大半を抑え、日本のみならず「豊後の王」の名で海外まで知られた男が演出し、体現したものは、大航海時代の西欧世界と、国内統一を目前にした戦国期日本社会を巧みに汲み上げたさまざまな人々のエネルギーの輝きであったのである。

  • 四六版上製426頁
  • 4-88344-016-8
  • 定価:本体価格3000円+税
  • 1996/11/30発行
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