9/18(木)・熊本
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●場所:メルパルクホール熊本
(全席自由)
 熊本市水道町15-11 TEL 096-355-6334
●開場 6:30PM 開演 7:00PM
●料金:前売り券¥4500 当日券¥5000
●お問い合わせ先:カリガリ TEL 096-354-3912
                (3:00PM〜10:00PM)

*チケットの発売は、熊本市内、主要プレイガイドにて

9/19(金)・福岡
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●場所:パピヨン24ガスホール(全席自由)
 福岡市博多区千代1-17-1 TEL 092-633-2222
●開場 6:30PM 開演 7:00PM
●料金:前売券¥4500 当日券¥5000
●お問合せ先:石風社 TEL 092-714-4838
            (11:00PM〜5:00PM但し土曜、日曜を除く)
*チケットの発売は、チケットぴあ、ローソンチケットにて


写真・有賀幹夫

 福岡で歌うのは何年振りだろうか。
 熊本で歌うのは何年振りだろうか。
 「郵便貯金ホール」も「メルパルク・ホール」と名称が改って、前にも歌った同じ舞台なのに、何だか、初めての場所のように感ずる。
 「18年振りですね」と言ったら、「いや、13年振りさ」と、主催してくれる男の声が電話の向こうで響く。それから「浅川マキに思い切り、歌って欲しい、それだけだ、待ってる」と言う。
 最初に熊本空港に降り立った日から30年を越えた。長い歳月。その間、幾度も舞台に立ったが、いつも満員だった。知名度のない歌手。だから、其処には、たくさんの人々の応援があった、と想う。そんな人々の子供たちも立派に成人しているはず、若者との出逢い、またひとつ、楽しみだ。遠方から、来て下さる人々もいる。すると、いろんな世代が入り混ざった公演、それは、稀有なことに違いない。
 客席から放たれるヴァイヴレーションは、舞台に立つ者にとって、確実に伝わってくる。その出会い、私にとって、贅沢な[そのとき]を、大切にしたい、いいなあ、と、そんな、[ライブ]にしたい。
     懐かしさは 何処からでも やってきて
     暗い夜明けには
     わたしのこころは
     鎮まってはいない
     わたしのこころは
     まだ若くて
 歌の一節(ひとふし)。浮かぶ。いま

浅川マキ(2003年7月10日)

 


植松孝夫(うえまつたかお)
サックス奏者

1947年、東京生まれ。
プロ・演奏者として19歳でデビュー。初アルバムは1969年「TBMコード」。1971年、カーネギーホールで行われた、ニュー・ポート・ジャズ・フェスティバルに、日本人では初めての出演。その後、レジー・ワークマン、マル・ウォルドロン、外国ミュージシャンたちとのレコーディングも多い、日野晧正クインテットに参加、ベルリン・ジャズ・フェスティバルに出演。その他数々の演奏者と共演、そして自己のグループ活動に入る。1980年代の中頃、様々なミュージック・シーンに現われ、セッションを重ねたあと、約5年間、音楽から離れた生活を送る。自己のオリジナリティ、音楽観を見つめ直す為に。1990年代に入り、マキ・プロデュース、「ゼロアワー・シリーズ003」では、植松孝夫リード・アルバム「COME FROM WITH」を発表。植松孝夫は寡黙な人である。

 

 Guest's Profile


渋谷毅(しぶやたけし)
ピアニスト・作曲家

1939年東京生まれ、東京芸大作曲科。在学中より、モダン・ジャズの世界に参加。ジョージ・川口のバンドを始めに活動。1960年代後半からは、映画音楽(「あにいもうと」今井正監督)等、手がける。NHKの番組「おかあさんといっしょ」には、多くの作曲を提供。「くじらの時計」「あ・い・う」「ピタゴラスイッチ」、等。現在、「渋谷毅オーケストラ」を結成、そのアルバム(CD)5枚を発表、今年7月、6枚目の新作を録音中。ソロ・アルバムも多い。
浅川マキのゲスト奏者としては、1979年より今日まで、常にライブを共に、そして、マキ・プロデュース[ゼロアワー・シリーズ]の三作品全てに参加l。その個性、その有様は、浅川マキのエッセイ集のなかにも現れている。

CECIL MONROE
(セシル・モンロー)ドラム奏者

1955年ニューヨーク生まれ。14歳の頃からドラムに非常な興味を持ち始め、ハーレムジャズワークショップにて学ぶ。16歳の頃からプロとして、R&B、ロック、ジャズ、ファンク、ゴスペル、クロスオーバーと幅広いジャンルの演奏を始める。主な共演ミュージシャンはファラオサンダース、ニーナ・シモン、ビル・ウィザーズ等。1978年来日、米空軍横田・基地に籍を置く。それ以来、日本のミュージシャンとセッション。退役後は、日本の音楽会で活躍。主な共演に浅川マキ近藤等則、本田竹曠等。つい2年間前から、住居を立山市から東京の下町、スぺーシーな家に移す。彼の父、弟も毎年日本にやって来て、家族の絆は強い。彼の「人情」という日本語がスムースだ。彼自身は、日本とニューヨークの両方で活躍中。