最新のニュース
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    ETV特集で中村哲医師が取り上げられました!
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    先日(2016年9月10日)、ETV特集で「武器ではなく、命の水を〜医師・中村哲とアフガニスタン」が放映され反響を呼んでおります。そのドキュメンタリーの中で、中村医師の著作『医者、用水路を拓く』(石風社)の中の言葉が、随所で引用されました。

    医者、用水路を拓く 中村哲 アフガニスタン アフガン らい ハンセン ペシャワール 石風社 中村 国際 NGO 用水路 井戸 イスラム

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    朝日新聞書評で『三池炭鉱 宮原社宅の少年』が紹介されました!
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    2016年8月14日付けの朝日新聞書評欄で『三池炭鉱 宮原社宅の少年』が紹介されました。評者は文芸評論家の斎藤美奈子さんです。詳細はこちら

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    2タイトル増刷しました!
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    真に世界の実相を読み解くために記された
    渾身の報告『医者、用水路を拓く』
    医者、用水路を拓く 中村哲 アフガニスタン アフガン らい ハンセン ペシャワール 石風社 中村 国際 NGO 用水路 井戸 イスラム
     
    フィリピンの最貧困地域にクリニックを開いた助産師が綴る
    13年の奮闘記『フィリピンの小さな産院から』
    フィリピンの小さな産院から

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    『北九州市 50年の物語』増刷!
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    おかげさまで3刷出来! 北九州市の市制50年の歴史を綴った『北九州市 50年の物語』を増刷します。 北九州市のディープな記録・記憶が満載の1冊ですのでぜひお目通しください!

    また、年明けにはこの続編となる『北九州市 戦後70年の物語』も出版予定。 こちらも合わせてよろしくお願いします!

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    『結いの村』(小河孝浩)が宮日出版文化賞受賞!
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    2012年に刊行した『結いの村』(小河孝浩写真集)が2013年の宮日出版文化賞(宮崎日日新聞社主催)を受賞しました。

    「九州の桃源郷」とも呼ばれる、人口わずか1300人の西米良(にしめら)村に嫁いできた村外の女性38人とその夫が、仲睦まじく手をつなぎ、それぞれがもっとも愛する村のスポットで撮影したモノクロームの写真集です。

    この機会にぜひお求めください。

最新の書評
  • ジャーナリスト
    志葉 玲

    アフガンで苦闘、ついに緑が蘇る

    志葉 玲
    ジャーナリスト

     残念ながら、現在ほど「国際貢献」という言葉が欺瞞を伴って使われる時は無かっただろう。二十年余りもアフガニスタン支援に携わってきた著者の中村医師は、本書で繰り返し訴える。「殺しながら救う援助はない」「自衛隊の派遣は有害無益。大旱魃で飢える人々を救うことこそ必要だ」と。米軍がモスクや学校への「誤爆」を続ける一方、懐柔策としての援助を行うことで、本来の援助団体までも、現地の人々から不審の目を向けられ、襲撃される。筆者自身、イラクでの取材中に「自衛隊を送った日本は敵だ!」と罵声を浴び、地元の若者達に銃を突きつけられたことがあるが、同様の問題は、アフガニスタンでもやはり起きていたのだ。
     だが中村医師は卓上の議論ではなく、その行動で欺瞞を打ち破り、現地の人々の信頼をかちとっていく。それが本書の主題である用水路建設だ。地球温暖化の影響で、急速に失われた水を、農地に戻す。「百の診療所よりも一本の用水路を」と、全てを捨てて奮闘する著者の姿にはただただ敬服するしかない。
     工事は決して容易なものではなく、大雨や土石流、水路の決壊など数々の困難に直面する。その上、中村医師を含め作業チームは皆、大規模工事の経験は無く、日本でのような資金・物量に頼る工法も使えない。自然に翻弄され、無い無い尽くしの中、悪戦苦闘する中村医師らは、現地の人々の知恵や技術、そして日本の伝統の治水技術に活路を見出していく。そして、ついには荒廃した大地に見事、緑を蘇らせるのだ。
     本書を読む人は、真の「国際貢献」とは何か、いかに平和を創り出すのか、考えさせられるだろう。絶望に抗い、未来を切り開く勇気を与えられるだろう。そして、自然の偉大さと恐ろしさ、地球環境の破壊が何をもたらすかを知るだろう。これは人間・中村哲の物語であるだけではない。迷走する日本社会に活を入れる好著なのである。

     残念ながら、現在ほど「国際貢献」という言葉が欺瞞を伴って使われる時は無かっただろう。二十年余りもアフガニスタン支援に携わってきた著者の中村医師は、本書で繰り返し訴える。「殺しながら救う援助はない」「自衛隊の派遣は有害無益。大旱魃で飢える人々を救うことこそ必要だ」と。米軍がモスクや学校への「誤爆」を続ける一方、懐柔策としての援助を行うことで、本来の援助団体までも、現地の人々から不審の目を向けられ、襲撃される。筆者自身、イラクでの取材中に「自衛隊を送った日本は敵だ!」と罵声を浴び、地元の若者達に銃… 全文を見る
    医者、用水路を拓く 中村哲 アフガニスタン アフガン らい ハンセン ペシャワール 石風社 中村 国際 NGO 用水路 井戸 イスラム
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  • 文芸評論家
    斎藤美奈子

    のどかな暮らしの先に深い意味

    斎藤美奈子
    文芸評論家

     福岡県大牟田市宮原町二丁目。三井三池炭鉱で働く人々が住む「宮原社宅」があった場所である。
     高さ2㍍ほどのブロック塀に囲まれた社宅に住むのは200世帯ほど。塀の外を社宅の人々は「外(がい)」と呼んだ。長屋式の社宅が並ぶ一角には共同風呂があり、隣の講堂では映画が上映された。
     著者は敗戦の翌年、この宮原社宅で生まれ、高校を出るまでここで育った。ベビーブームの走りの時代で、小学校の児童数は2千人を超えていた。
     そんな社宅での子どもの暮らしを本書は克明に描き出す。生活排水が流れ込む川でフナやザリガニをとり、台車を暴走させ、馬跳びや馬乗りやコマやパチ(メンコ)やラムネン(ビー)玉に熱狂し……。が、のどかな自分史に見えた本書に、じつは深い意味が込められていたことを、私たちは終盤近くで知るのである。
     東京の大学に進学後、知り合った女学生は、自分も福岡県大牟田市宮原町二丁目の出身だといった。ただし、彼女が住んでいたのは生け垣に囲まれたお屋敷のような「職員住宅」。
     同じ住所に住んでいたのに互いを知らない。〈職員住宅の人たちからすれば、私たちの方が「外」と呼ばれる存在だったのだ〉〈私たちは分断され閉鎖された状況を、当たり前のように受け入れながら育ってきていたのだ〉
     三池炭鉱はかつて囚人労働や強制労働が行われた炭鉱でもあり、また三池闘争(1960年)の舞台としても知られている。
     闘争の最中、昇進を打診された父に農中少年はいった。〈お父(と)さんが係り員になって、給料が上がることは嬉しか。ばってんそれは、三池労組を出るということやろう〉〈それは、いやばい。考えられん〉
     三池炭鉱宮原坑跡は昨年、ユネスコ世界文化遺産のひとつに登録された。そのすぐ側にあった暮らしがいまはない。クラッとするような感覚に襲われる。(朝日新聞2016年8月14日)

     福岡県大牟田市宮原町二丁目。三井三池炭鉱で働く人々が住む「宮原社宅」があった場所である。  高さ2㍍ほどのブロック塀に囲まれた社宅に住むのは200世帯ほど。塀の外を社宅の人々は「外(がい)」と呼んだ。長屋式の社宅が並ぶ一角には共同風呂があり、隣の講堂では映画が上映された。  著者は敗戦の翌年、この宮原社宅で生まれ、高校を出るまでここで育った。ベビーブームの走りの時代で、小学校の児童数は2千人を超えていた。  そんな社宅での子どもの暮らしを本書は克明に描き出す。生活排水が流れ込む川でフナや… 全文を見る
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  • ノンフィクションライター
    与那原恵

    「最後の日本人」たちが生んだ米作り文化の貴重な記録

    与那原恵
    ノンフィクションライター

     稲刈りを終えた秋のたんぼに、脱穀したあとの藁の束が積み上げられている。これを「藁塚」というそうだ。藁塚は地方それぞれに呼び方がある。ボウガケ(青森)、ワラニゴ(岐阜)、マルボンサン(京都)、シコホヅミ(佐賀)などなど。地方のぬくもりが響いてくるような呼称だ。
     著者は、この藁塚を追って日本の北から南、さらには韓国、中国まで三十年にわたって歩き、記録した。資料を探しだし、土地の人々の証言を得て、貴重な一冊となって結実した。
     まず各地の藁塚、その個性的な造形に驚かされる。藁の干し方も、その風土によってさまざまだ。藁塚の形には大別して二種類あって、ひとつは中心に棒杭を突き立て芯にして積み上げるもの。もうひとつは杭を用いないものだ。
     宮城県のホンニョは、棒杭を中心にらせん状に藁を巻く。岡山県のイナグロは、小さな小屋のように藁を積み上げる。大分県のトーシャクは切りそろえた稲束をぐるりと見せ、その上に傘のような稲と天に伸びる頭がある。
     秋のはかない日差しの中で黄金色に輝く藁塚の立つ姿は、ほんとうに美しい。どれも、ただ稲藁を乾燥させるという目的だけではない、そこに生きる人たちの実りの感謝と喜びの感情があたたかく伝わってくる。
    〈藁塚は、野に積まれた庶民の手の記憶。それらは決して芸術作品ではないが、米作りを中心とした祖先の営みや、民族の記憶をも彷彿とさせる〉
     著者は藁塚を世界遺産ならぬ「世間遺産」だという。著者の作品は、左官職人の卓越した技術である「鏝絵」を紹介した本で目にしている。「手の仕事」への深い尊敬と愛情が著者の一貫したまなざしである。
     大陸から伝わったという「練塀」という泥壁の技術がある。泥に砂や藁スサを加え水でよく練って壁にしていくものだ。よく乾燥させた藁は、壁に用いられたばかりでなく、俵になり、ムシロになり、草履になり、肥料になり、畳の芯にもなった。米作りの労苦の果てに得た「宝」を有効に使う手だてがあったのである。
     しかし現在では稲刈り機が藁を切り刻み田に捨て、米は農協のライスセンターで強制乾燥させられるという。そういえば、本書にあるような藁塚の光景を見なくなって久しい。著者も悲痛な筆致で〈無償の行為を生み続けた「最後の日本人」たちが消えていく過程を記録したものだ〉と書いている。
    「米」をとりまく文化を私たちは見捨てた。厳しい自然の中で育まれた人間の営みを忘れ去ろうとしている。たんぼは今、深い雪に覆われているだろう。どうか元気で春を迎えてほしい。

     稲刈りを終えた秋のたんぼに、脱穀したあとの藁の束が積み上げられている。これを「藁塚」というそうだ。藁塚は地方それぞれに呼び方がある。ボウガケ(青森)、ワラニゴ(岐阜)、マルボンサン(京都)、シコホヅミ(佐賀)などなど。地方のぬくもりが響いてくるような呼称だ。  著者は、この藁塚を追って日本の北から南、さらには韓国、中国まで三十年にわたって歩き、記録した。資料を探しだし、土地の人々の証言を得て、貴重な一冊となって結実した。  まず各地の藁塚、その個性的な造形に驚かされる。藁の干し方も、その風… 全文を見る
    藁塚放浪記 藤田洋三 左官 鏝 藁 塚 放浪 藤田 洋三 稲 たんぼ 稲刈 写真 旅 日本 ワラニョ ニオハセ
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  • 西日本新聞記者
    岩田直仁

    ボクシング、その心の強さ

    岩田直仁
    西日本新聞記者

     一九八七年、全国高校総体ボクシング大会が札幌市で開催された。注目選手はライトフライ級に続いてライト級制覇を狙う豊国学園(福岡県)の鬼塚勝也。準決勝でその夢を絶ち切ったのは、徳島の生徒だった。後に鬼塚はWBAスーパーフライ級王者に、徳島の川島郭志はWBCスーパーフライ級王者になる。高校ボクシング史に語り継がれる勝負である。
    「二人とも学生時代から抜きん出た選手でした。でも、高校、大学でボクシングに青春を賭けたほとんどの選手は、大きな脚光を浴びることもなく、リングを去っていくんです」
     自らもそんな名もなきボクサーだった。佐賀市大和町の出身。地元・龍谷高校でボクシング部に入り、推薦で中央大学へ。ヒットアンドウエイが得意なサウスポーのボクサータイプ。「周囲から『おまえは左腕一本で大学に行った』と冷やかされたもんです。とはいえ、プロで食っていける才能なんて、誰にでもあるわけないじゃない」。大学卒業後に就職したが、すぐに退職。満たされない心を抱えたある日、新聞記者の父から譲り受けた一眼レフを手に、出掛けたのは後楽園ホールだった。
    「後輩の写真を撮ってやろう、という軽い気持ち。そんな写真をボクシング雑誌に持ち込むと、買ってくれた」。転機になった。八三年から高校ボクシングに対象をしぼり、国体、インターハイ、全国高校選抜などに足しげく通ううちに写真家として認められ、拳を交わす選手だけでなく、リングサイドの指導者にほれ込んでいった。
     この本には「高校ボクシング指導者の横顔」というサブタイトルがある。鬼のような形相で叱咤する男がいれば、おおらかな笑顔で見守る男もいる。「癖がある人が多いし、魅力も人それぞれ」。ただ一つだけ、共通点がある。「絶対にあきらめない心の強さ。それを生徒に伝えようという思いです」。モノクロ写真の中の男たちの顔には、張り詰めた精神と奥行きのある優しさの両方があふれている。
     東京と郷里の佐賀を行き来しながら、写真教室などの講師を務める。これが記念すべき第一冊となる。四十九歳。

     一九八七年、全国高校総体ボクシング大会が札幌市で開催された。注目選手はライトフライ級に続いてライト級制覇を狙う豊国学園(福岡県)の鬼塚勝也。準決勝でその夢を絶ち切ったのは、徳島の生徒だった。後に鬼塚はWBAスーパーフライ級王者に、徳島の川島郭志はWBCスーパーフライ級王者になる。高校ボクシング史に語り継がれる勝負である。 「二人とも学生時代から抜きん出た選手でした。でも、高校、大学でボクシングに青春を賭けたほとんどの選手は、大きな脚光を浴びることもなく、リングを去っていくんです」  自らも… 全文を見る
    この道一筋 高校ボクシング指導者の横顔 リング ボクシング 高尾啓介 石風社 写真集
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  • 建築史家、建築家
    藤森照信

    全国を訪ね歩き撮影した無名の造形

    藤森照信
    建築史家、建築家

     世間にはヘンな人がいっぱいいる。どうでもいいことにやたらうるさいとか、やる気が実力をしのいでカラ回りするとか、会社でも地域でも見回せば一人は見つかる。選挙公報なんか読んでいると、ヘンな人の鉱脈の露頭を見るようだ。
     ヘンな人と同じように、世間にはヘンな物がいっぱいある。人と同じで、さいわいそばの人しか知らないから、世間全体では話題にも迷惑にもならず隠れているが、近づいて眺めると放っておくにはおしい。
     藤田洋三は、そういうヘンな物を求めて全国を歩き、これまで〝鏝絵〟と〝藁塚〟の本を出してきた。前者はコテエと読み、伊豆長八に代表される左官職人が蔵の壁などにコテで描いた漆喰の絵。後者は、ワラヅカと読み、稲刈の後、田んぼに作られる保存用のワラの山。いずれも、放っておけば消えてゆく無名の造形。絶滅危惧種。
     人びとの間の無名の造形となると、柳宗悦の民芸ということになるが、柳は、なぜかというべきか当然というべきか、自分の体より大きな物には目を向けなかった。限界とかいうことではないが、民芸の視線からはみ出す体より大きな物の領分に民芸的視点を向け、正確にいうと、柳的・民芸的というより、今和次郎的・考現学的視点を向けてきたのが藤田洋三なのである。
     表紙の写真で、世間のヘンな物にはキャリアの私の目玉もまいってしまった。いったいこれは何なんだ。建物にはちがいないが、板壁の途中から塗られた土壁がそのまま屋根の棟の上までつづき、てっぺんで6本の筒(煙突?)となって突き出す。これだけでも用途不明、国籍不明、年齢未詳、意味不可解なのに、加えて、右端の筒は根元からポッキリ折れて、屋根上にころがっている。
     物もアヒルもいくつか並ぶだけで面白さが生れる。唐突に6本並ぶだけで十分面白いのに、加えて尻の1本がズッコケているのだ。元の建物は名作とはいえないが、写真は名作というしかない。
     建物は、外からみて中が分かる、という性格を持つが、この6本筒建築は想像もつかない。
     本を買ってページをめくるしかない。なかなか登場しない。「8 屋根もまた顔」の章に「176 鞘蔵 大分県中津市耶馬渓町」としてやっと登場。〝さやぐら〟なんて聞いたこともなり。刀の鞘の蔵とも思えないし。解説を読もう。
    「屋根の突起物は竹で編んだ泥柱。この建物はお米や漆器を収納した泥の匣(はこ)。台風で飛ばされてしまったかつての藁屋根の天井の間に生まれる空間は、火事の時、屋根だけ燃やして種籾や家財を守る村人の知恵」
     分かりにくいが、この上に乗っていた草葺き屋根が台風で飛んだ後の姿なのである。屋根と倉を空間をはさんで切り離す防火の工夫を〝置き屋根〟というが、6本の泥の筒は置き屋根を支える支柱だった。それにしても、支柱を「竹で編んだ泥柱」で作ろうとは、燃えない柱を考えてのこととはいえ、ふつうの人のやることは専門家の想像を超えはしないが横にズレる。
     10分類247件の物が登場するのだが、何例かひろってみよう。
    「建築は働く」分類は、牡蠣灰窯、製材用水車、ゴエモン風呂のキューポラ、釣瓶井戸ほか18件。釣瓶井戸や水車はある年以上の読者は思い浮かぶだろうが、他はむずかしいかもしれない。カキの貝殻を焼いて石灰を作るのが牡蠣灰窯。ヤジキタも入ったゴエモン風呂の大きな釜は、長州の防府が産地として名高かったそうだが、そのキューポラ(鉄を溶かす炉)。
    「手の土木」分類は、ネーミングから内容がしのばれるように、村人の手でできるていどの土木構造物が19件。今ではほとんど見られない土橋がいい。土橋といっても丸太を渡して上に土を乗せ、草をはやして押さえた橋。高度成長前まで田舎では当り前だった。
    「小屋は小宇宙」はこれはもう、「暮らしの中から生まれた、その土地にしか存在しない様々な小屋を求めて流浪(さすら)ってきた」という著者の独演会。ダイナマイト小屋にはじまり、洗濯小屋、杭小屋、真珠小屋、サクランボ小屋、ついには瓦屋根のバス停まで27件。
     こんな調子で〆(しめ)て247件なのである。
     どうして著者はこんな物を求め歩くのか。そうして採集された物を見て読んで、読者は何がうれしいのか。藤田洋三は「手の土木」のところで小さく答えている。「僕の精神安定剤」
     そうかもしれない。大ブームの世界遺産も、世界と国民の精神安定剤なのだろう。世界と国民向けの薬もいいが、自分のために自分で探した「僕の精神安定剤」のほうが効くと思う。誰でも探せます。

     世間にはヘンな人がいっぱいいる。どうでもいいことにやたらうるさいとか、やる気が実力をしのいでカラ回りするとか、会社でも地域でも見回せば一人は見つかる。選挙公報なんか読んでいると、ヘンな人の鉱脈の露頭を見るようだ。  ヘンな人と同じように、世間にはヘンな物がいっぱいある。人と同じで、さいわいそばの人しか知らないから、世間全体では話題にも迷惑にもならず隠れているが、近づいて眺めると放っておくにはおしい。  藤田洋三は、そういうヘンな物を求めて全国を歩き、これまで〝鏝絵〟と〝藁塚〟の本を出してき… 全文を見る
    世間遺産放浪記 藤田洋三 鏝 左官 漆喰 藁 写真 藤田 洋三 遺産 世界遺産 職人 建築 左官 壁 放浪 鏝 大分 別府
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