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    4月18日(火)〜5月下旬まで、リブロ西新店(西新プラリバ内)で、地元出版社合同のフェアを開催しています。テーマはずばり「地元愛」。山歩きや温泉のガイドから博多の歴史にちなんだ本、評伝まで、オール福岡です。
    小社は
    『仙厓百話』
    『博多っ娘詩集 いきるっちゃん』
    『明治博多往来図会』
    『佐藤慶太郎伝 東京府美術館を建てた石炭の神様』
    『悲劇の豪商 伊藤小左衛門』
    『三池炭鉱「月の記憶」 そして与論を出た人びと』
    『理想は高く輝きて 卒業生たちの小倉高校青春録』
    『笑う門にはチンドン屋』
    『逆転バカ社長 天職発見の人生マニュアル』
    『青春の丘を越えて 詩人・島田芳文とその時代』
    『戦後誌 光と影の記憶』
    『福岡城天守を復原する』
    『空想観光カボチャドキヤ』
    『久留米がすりのうた 井上でん物語』

    を出品しています。

  • 2月25日(金)より天神・岩田屋本館7階のリブロ福岡天神店にて『いきるっちゃん』刊行記念フェアを開催します。

    また3月10日 (土)14時から著者のうしじまひろこさんと徳永玲子さん(「アサデス。」パーソナリティー)のトーク&ミニ朗読会も開催します。ぜひお出かけください。

    『博多っ娘詩集 いきるっちゃん』トーク&ミニ朗読会

     日時)2011年3月10日(土)14:00〜
     会場)リブロ福岡天神店(福岡市中央区天神2-5-35 岩田屋本店本館7階)
        児童書コーナー「わむぱむ」
     トークゲスト)
        うしじまひろこ(『いきるっちゃん』著者)
        徳永玲子さん(『アサデス。』パーソナリティー)
     ※観覧無料

  • 現在、ジュンク堂書店池袋本店7階(理工書コーナー)にて写真展「藤田洋三と世間遺産」を開催中です。会期は3/31(土)まで。
    前作『世間遺産放浪記』と新刊『世間遺産放浪記 俗世間篇』からセレクトした50枚強を中心に、未収録のものも展示中です。
    お近くにお越しの方はぜひお立ち寄り下さい。

    ◉写真展「藤田洋三と世間遺産」
     会場:ジュンク堂書店池袋本店(東京都豊島区南池袋2-15-5)
        7階理工書コーナー
     会期:2012年3月1日(木)〜3月31日(土)
     営業時間:月~土 10時~23時/日・祝日 10時~22時

  • 1960年代からアフガニスタンに通い続ける異能の画家・甲斐大策さんの個展が昨年に引き続き福岡市で開催されます。
    今回は「ペシャワール会」の2012年カレンダー原画を中心に、ガラス絵、泥絵、水墨など、
    さまざまな技法による近作や過去の大作なども並びます。お近くにお越しの際はぜひお立ち寄り下さい。

    ◎甲斐大策作品展「天・地・信」

     会期)2012年2月7日(火)〜2月19日(日) 11:00〜19:00
        ※2月13日(月)休廊、最終日は17:00まで
     会場)村岡屋ギャラリー(福岡市中央区天神2-8-237。新天町南通り)
        電話092-711-1187


    【甲斐大策(かい・だいさく)】

    画家・作家。1937年、中国大連市生まれ。早稲田大学文学部卒業。
    青年期より民族音楽・楽器の制作・演奏に親しむ。1969年以降、今日までアフガニスタンとその周辺に通い続ける。対ソ戦、内乱期にはムジャヒディン・グループに加わり、地雷探索等に従事、現地アフガンとの親交を深め、イスラムに入信。主にアフガニスタン・パキスタンやアジア内陸を題材に、油彩・ガラス絵等、全絵画表現を水墨画へ収斂せんと努める。イッセイ・ミヤケ、コムデギャルソンのショーにも出演し脚光を浴びる。一方、1988年より文筆活動を開始、その文学的個性は五木寛之氏、中上健次氏らの絶賛を浴びる。著書に『ペシャーワルの猫』(トレヴィル)、『生命の風物語』『シャリマール』『神・泥・人』『餃子ロード』『アジア回廊』(父巳八郎と共著)『聖愚者の物語』(以上石風社)がある。

  • 1/27(木)からの3日間、神戸・大阪・京都の書店をまわってきました。
    昨年末と同様、あいかわらず好調の『医者は現場でどう考えるか』(J・グループマン/美沢惠子訳)を筆頭に、続々と書評が出始めた『世間遺産放浪記 俗世間篇』(藤田洋三)『細部にやどる夢』(渡辺京二)『火の話』(黒田征太郎)等の継続販売をお願いしてきたほか、配本をしていない『北欧やすらぎ散歩』(絵・文ティンドラ・ドロッペ)を扱って下さるお店をいくつか開拓してきました。
    最初に訪れた大阪・梅田では紀伊國屋書店梅田本店さんの相変わらずの混雑ぶりに圧倒されましたが、一昨年オープンした丸善&ジュンク堂書店梅田店さんを初めて訪れたほか、かの有名な京都のガケ書房さん、心斎橋のアセンスさん、そして「書店員ナイト」発祥の地であるcalo book shopさんなどにもにお邪魔し、大小/硬軟織り交ぜた充実の営業ツアー(?)となりました。さらに、最終日に伺ったジュンク堂書店大阪本店さんでは『医者は現場でどう考えるか』が「一般向けの医学書では去年一番売れました!」との嬉しいお言葉を頂きました。
    ざっくばらんな印象ではありますが、関西の書店はやはり「地力」がありました。新刊書店では関西の読者を意識した書棚づくりが印象的で、特に大阪・京都は周辺に古書(店)が点在し、うらやましい限り。歴史の厚みが違います。当然、読者の裾野も広いのだと思いますし、選書眼も肥やされているのではないでしょうか。
    単にわが社の「営業」という以上に、書物を支える文化や土壌を考える上でも有意義な3日間でした。

最新の書評
  • 面白くてためになる闘病記

     福岡市の石風社から刊行の「極楽ガン病棟」は、面白くてためになる闘病記だ。けれども、笑いは軽薄でなく、〈いやし〉の安売りはないから、誤解なきよう。
     ガン家系の私が、もし入院することになったら、迷わずこの本を持っていく。自分のためだけでなく、医療関係者の眼につく枕元に置くだろう。
     第一に入院生活の指南書として明るく具体的である。闘病日誌が、検査や薬、手術の前後の様子から医者や看護婦、同室者とのやりとりにまで及び、笑いと共感をもって読むうちに、病院暮らしのノウハウと勇気を得ることがことができる。気掛かりな治療日数と費用、その還付金まで教示の本はめったにない。
     第二に読み物として優れている。多くの闘病、看病記は、頭を下げるのみで書評ご法度というのが礼儀であろう。が、本書の自己を含めた人間描写の鋭さとユーモアのセンス、その知力、筆力にはただ、脱帽。
     著者の坂口良氏は「免疫力アーップ」が口癖の「不屈のガン患者」。若き漫画家で、カットの自画像はトホホホ感のボケ顔だが、顔写真は青年僧のように端正。この誠実なサービス精神もお見事。

     福岡市の石風社から刊行の「極楽ガン病棟」は、面白くてためになる闘病記だ。けれども、笑いは軽薄でなく、〈いやし〉の安売りはないから、誤解なきよう。  ガン家系の私が、もし入院することになったら、迷わずこの本を持っていく。自分のためだけでなく、医療関係者の眼につく枕元に置くだろう。  第一に入院生活の指南書として明るく具体的である。闘病日誌が、検査や薬、手術の前後の様子から医者や看護婦、同室者とのやりとりにまで及び、笑いと共感をもって読むうちに、病院暮らしのノウハウと勇気を得ることがことができる。… 全文を見る
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  • 千葉大学名誉教授
    服部幸雄

    「よい時代に生まれた幸せそのものだった」

    服部幸雄
    千葉大学名誉教授

     鉋屑(かんなくず)の三角帽子、中国服姿の飴屋がチータラチータラと紙ラッパを吹き立てて街へやってくる。手に手に錆包丁や古鍋を持った子どもたちが集まってくる。「チータラ飴」はお金で売らず、古金物と交換するのだった。
     不思議な魅力に富んだ画文集である。
     最初に色彩のある絵を見た。著者の絵に寄せた短いエッセイを読みながら、つくづく絵に見入った。次に、後にある少し長文のエッセイを読み、もう一度戻って前の絵を眺めた。おもしろい風俗、珍しい風俗、懐かしい風俗や生業が次々と現われて展開する。ここには明治という時代が生きている。人々が人間らしく、心豊かに、やさしく暮らしている。
     昭和十年代に名古屋で育った私は昔の博多の町をまるで知らない。それなのに、祝部至善の絵の世界は妙に親しく懐かしく思われる。
     祝部至善(一八八二─一九七四)は生粋の博多っ子である。明治・大正・昭和の三代にわたって博多の町を愛して生きた人だった。
     幼児から絵が好きで、野方一徳斎、太田一嘯、松岡映丘について学んだ。その彼が博多の風俗を描き始めたのは七十歳を越した昭和二十八年以後、九十二歳で亡くなるまで描き続けた。
     本書は明治時代の博多の風俗を描いた数々の絵と、それらに添えられたエッセイを集めて編集したものである。
     原画は東京国立博物館収蔵で昭和二十八年から三十年代にかけて制作されたものの全図と、雑誌「西日本文化」の創刊号(昭和三十七年)から百号(昭和四十九年)まで十余年にわたり、毎号の表紙を飾った絵の中から選んだものである。著者が幼少の頃に博多の町で見た光景を思い浮かべつつ、眼前の実景写生するように細密に描写している。人々の髪型、化粧、衣服、帯の結び方、持ち物などが実にていねいに描いてある。
     絵には、季節があり詩がある。いろんな人が登場する。門付けの芸人、曲独楽、覗き機関(からくり)、猿回しなど江戸東京をはじめ他の都市でも見かけたものが、博多でも行われていた。博多の街だけを往来した物売りもたくさんある。現代ではとても考えられない不思議な品物を売り歩く商人たちは、おもしろい触れ声を聞かせて、てくてくと歩いた。至善は「明治のよさ」に懐かしさを覚え、変わっていく街の様子、特有の行事、日用の道具、衣装や化粧、子供のあそび、暖かい人の情、博多言葉などを、絵と文でこまやかに描き出す。
     時間がゆっくりと流れている。時代の空気が匂うようだ。至善が言うとおり明治の日本は「いい時代」だったのに違いない。彼は「よい時代に生まれた幸せそのものだった」と、ふと感懐を洩らす。それが完全になくなった戦後十年を過ぎたころ、至善は記憶の中に生きている博多の街の風景を一つ一つ丹念に描き始めた。人々の記憶から忘れ去られるのを愛惜する心がある。時代は変わったのだ。私たちの考えはもはや「時代遅れ」なのだという老いの身の自覚もあり、諦めの気持ちもある。しかし、至善は描き続けた。
     絵にも文にも郷愁だけでなく、一抹の哀愁が漂う。とくに印象的な絵と文を一つだけあげるとすれば、「ごりょんさん」が毛布を引き回してまとった姿に寄せる至善の思い入れの深さである。この絵に限らず、彼が描いた女性たちはみなかわいらしく美しい。
     すべてに人間的だった明治。二十一世紀のいま、私は取り戻すことのできない、そして多分に美化された「明治のよさ」に憧れ、幻想を抱く。祝部至善が愛してやまなかったこの世界は、現代人に向かって何が本当に美しいのかを教えているともとれる。この本は、たくまずして不毛の現代を顧みる文明論的な内容を含んでいる点で、単に「昔はよかった」式に老人の郷愁を誘うばかりではなく、広い層の読者の共感を得ると思う。地方都市における明治風俗史の記録としての価値もある。
     巻末に、編者代表のフォトエッセイスト日野文雄による要を得た解説が付いている。

     鉋屑(かんなくず)の三角帽子、中国服姿の飴屋がチータラチータラと紙ラッパを吹き立てて街へやってくる。手に手に錆包丁や古鍋を持った子どもたちが集まってくる。「チータラ飴」はお金で売らず、古金物と交換するのだった。  不思議な魅力に富んだ画文集である。  最初に色彩のある絵を見た。著者の絵に寄せた短いエッセイを読みながら、つくづく絵に見入った。次に、後にある少し長文のエッセイを読み、もう一度戻って前の絵を眺めた。おもしろい風俗、珍しい風俗、懐かしい風俗や生業が次々と現われて展開する。ここには明治と… 全文を見る
    明治博多往来図会 祝部至善画文集 祝部 至善 明治 博多 画 石風社 西日本文化協会 日野文雄
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  • 朝日新聞
    穂満建一郎

    戦争の記憶・体験 歌い継いで

    穂満建一郎
    朝日新聞

     山口県下関市在住の児童文学者、黒瀬圭子さん(77)が、関門海峡を舞台に戦争の悲惨さと平和の尊さを描いた自作の絵本『白いなす』を合唱組曲用に書き直し、出版した。1945年6月29日の関門空襲から65年。黒瀬さんは「物語が歌い継がれ、戦争の記憶が風化しませんように」と願っている。

     黒瀬さんは北九州市門司区の出身で、自宅は、関門海峡が見下ろせる風師山(かざしやま)の麓にあった。戦争中、門司の港から兵隊を乗せた軍用船が戦地に向かうのを縁側から日の丸の小旗を振って見送った。
     「白いなす」の物語は「関門の美しい海が、何千何万の兵隊さんを戦場に送った悲しい海峡であったと気がついた時に生まれた」と振り返る。
     初出版は91年。今回は下関市民合唱団から「創立55周年を記念してオリジナルの合唱組曲を」と頼まれ、メロディーに乗りやすいよう、文章を歌詞風に書き直した。文字数は旧作から半減。絵も新たに茨城県在住の宮崎耕平さんが描いた。山口県立大の田村洋教授が曲を付け、5月30日の記念演奏会当日に出版。演奏会では混声合唱組曲として歌われた。会場で聴いた黒瀬さんは「物語の情景を伝える音楽の力に感動した」という。
     閉会後、聴きに来ていた80代の男性が「私も歌に出て来るような船で戦地に行った。この時代を生きた人間として心を動かされた」と、涙ながらに話してくれたという。
     「白いなす」は、海峡の街で暮らす少女の家族の物語だ。一家は両親と4男3女の9人家族。父さんは軍楽隊のラッパに送られて下関の港から戦争に行った。母さんは家族の無事を祈り、実をつけ始めた七つのナスに紙袋をかぶせ、火のついた線香で袋に子どもたちの名前を刻んだ。「たろう」「じろう」「かずこ」「さぶろう」「いつこ」「しろう」「なおこ」と。
     ある日、袋からナスを取り出すと、日光を浴びた部分だけ紫の文字が浮き出た白いナスが顔を出した。「あっ わたしのなす」。子どもたちの笑顔がはじけた。だが、今度は、たろう兄さんが歓呼の声に送られて戦場へ……。
     物語は実体験に基づく。黒瀬さんも4男3女の兄弟姉妹だった。戦争中、物語のように長兄はシベリアに出征。次兄は防空壕で病死。三兄は学徒動員のセメント工場で積み荷の下敷きになって亡くなった。3人とも10代だった。
    「昭和20年6月29日、空襲警報が鳴って、(略)黒い煙におおわれた門司の街が、炎の柱をあげてメラメラと燃えはじめました。昨日まで立ち並んでいた海峡の街が、一夜のうちに消えてしまいました」。黒瀬さんは演奏会の案内チラシにも自身の戦争体験を寄せている。
     黒瀬さんは「事故死や病死ではなく、戦争のため家族から引き離されて死んでいった人たちの悲しさを伝えたい。戦争の記憶も風化し、体験した語り部も減ってきた。物語が音楽になって歌い継がれるよう期待したい」と話している。

     山口県下関市在住の児童文学者、黒瀬圭子さん(77)が、関門海峡を舞台に戦争の悲惨さと平和の尊さを描いた自作の絵本『白いなす』を合唱組曲用に書き直し、出版した。1945年6月29日の関門空襲から65年。黒瀬さんは「物語が歌い継がれ、戦争の記憶が風化しませんように」と願っている。  黒瀬さんは北九州市門司区の出身で、自宅は、関門海峡が見下ろせる風師山(かざしやま)の麓にあった。戦争中、門司の港から兵隊を乗せた軍用船が戦地に向かうのを縁側から日の丸の小旗を振って見送った。  「白いなす」の物語は「関… 全文を見る
    白いなす 黒瀬圭子 宮崎耕平 石風社 絵本 戦争 平和 食糧 小さい旗
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  • 佐藤倫

    山里に舞い散る一葉の人生

    佐藤倫

     山里で暮らすその親娘(おやこ)に出会ったのは三十年ほど前。河津さんが大分県日田市に内科医院を開業したばかりのころだった。車で往診に通い、言葉を交わすうちに短編「山里」の物語は立ち上がっていった。
     兄の急死に伴い、父と継母を山里の嫁ぎ先に引き取ることになった娘の回顧談が続く。ページをめくっていると、しおりのように現われるのが銀杏(いちょう)の風景。父は〈まるで金色堂のようだ。ここはまさに旅に疲れた旅人が、旅衣(たびごろも)を解く所だね〉〈銀杏は山里の晴れ着だね〉と、老いを重ね、娘夫婦に看取られる。
    「高度成長期が終わり、山里は人口流出が進んでいた。往診すると、多くのお年寄りは薄暗い奥の部屋で独り伏せっていたが、あの老夫婦はすがすがしく生きていた」。遺族の了解を得て、山里に舞い散った一葉の人生を小説にまとめた。
     河津さんの父母は戦後しばらく、杖立温泉(熊本県)で保養所を営んでいた。そうした幼少、思春の記憶から、旅館を舞台にした女三代の物語へと熟成させたのが表題作「秋の川」。
    〈美しく染まっていく紅葉は、退化現象ではない。(中略)散る間際に特別のホルモンを出して、自らの最期を意識的に美しく演出しているのだと〉。川霧が晴れ、モミジの落ち葉が燃えるように広がる川面の描写など、秋の盛りに人生の哀歓と躍動を映し出す。
    「小説にあくがない、と批評されることがある。しかし、私にはこれしか書けない。努力して生きる普通の人生が一番美しく、描くことも難しい」
     八月初め、妻真佐子さんが急逝した。お盆を前に自転車で買い出しに行き、自宅に戻ってから容体が急変した。遺影にはカラオケマイクを握った笑顔を選んだ。連作集には、父から受け継いだ持ち山の再生をめぐり、自らの家族の風景を投影した近作「間伐」も収められている。
     自宅近くに購入した里山を三年前に公園化。地元の人々と植えたモミジ、ツツジ、サクラなど二百本が育っている。それは真佐子さんの夢でもあり、夫婦で連れ立ってよく散歩した。いつの日か、そんな風景も小説としてつづられるのだろう。六十七歳。

     山里で暮らすその親娘(おやこ)に出会ったのは三十年ほど前。河津さんが大分県日田市に内科医院を開業したばかりのころだった。車で往診に通い、言葉を交わすうちに短編「山里」の物語は立ち上がっていった。  兄の急死に伴い、父と継母を山里の嫁ぎ先に引き取ることになった娘の回顧談が続く。ページをめくっていると、しおりのように現われるのが銀杏(いちょう)の風景。父は〈まるで金色堂のようだ。ここはまさに旅に疲れた旅人が、旅衣(たびごろも)を解く所だね〉〈銀杏は山里の晴れ着だね〉と、老いを重ね、娘夫婦に看取られ… 全文を見る
    秋の川 河津武俊 石風社 小説 九州 日田 日田文学 文学界 山里 三毛猫とシャクナゲ 鳥の宿
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  • 編集委員
    松垣 透

    考えさせられる幸せの基準

    松垣 透
    編集委員

     最近、幸せの気分について考えることがある。格差社会だの、派遣切りといった言葉が溢れ、正しい自身の立ち位置を見失いかけているのではないかと思う。そうしたときにこの本に出会った。
     そのタイトルの「雑草」という言葉にまずひかれて、手にとって読み始めた。内容は本の装丁通り武骨で、何気ない日々の生活を書いているのだが、これがいいのだ。鶏を飼い、野菜を作るという素人農法で、「ロビンソンの日々」の毎日。自分たちの食べるものをつくり、採取し、拾い、貰う。現金収入は基本的には卵を売ることで得るが、それはごくわずかな金額でしかない。周囲からは綱渡りの極貧生活と見られていたかもしれない、と書く。その通りだろう。
    「世間体などを一切気にしなければなんとかなるものだ」と、小屋のような家まで建てた。そうした生活を文章で表現している。自身のことを書くときの素直な表現もいい。素直に反省もしているのもかわいい。子供たちとの会話もいい。子供たちとの接し方もいい。なかでも妻の素直な文章がいい。手作りの家を台風に飛ばされながら、そのトタン屋根を修理する様子など、目に浮かんでくる。ユーモアもあるから、ただ苦しくて悲惨な生活には見えない。餅をネズミに持っていかれ、それを見つけて取り返すくだりは笑った。
     家族についても考えさせられる。子供たちが成長して、自分の将来の進む道を決めるときに、その「教育」が正しかったこと、両親の教えをきちんと理解していたことが分かる。それぞれの進む道はそれぞれでしっかりと選んでいる。
     幸せの基準について考えさせられたのは、何もないのにここでは豊かなのだ。お金ではないことは分かっていても、そのことにこの本を前に、厳しく気付かされる。今の世のなか、何が幸せで、何が必要で、何がいらないのか。この本ではそんなことを考えさせられ、自分の将来を見つめ直すきっかけにもなった。

     最近、幸せの気分について考えることがある。格差社会だの、派遣切りといった言葉が溢れ、正しい自身の立ち位置を見失いかけているのではないかと思う。そうしたときにこの本に出会った。  そのタイトルの「雑草」という言葉にまずひかれて、手にとって読み始めた。内容は本の装丁通り武骨で、何気ない日々の生活を書いているのだが、これがいいのだ。鶏を飼い、野菜を作るという素人農法で、「ロビンソンの日々」の毎日。自分たちの食べるものをつくり、採取し、拾い、貰う。現金収入は基本的には卵を売ることで得るが、それはごく… 全文を見る
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