アフガニスタンにおける農業支援の詳細な実践の記録

京都大学大学院農学研究科博士課程 岩島 史
「農業と経済」2010年7.8月号

 本書は、アフガニスタンで活動するNGO「ペシャワール会」が、2002年に発足させた「緑の大地計画」のうち、ダラエヌール地区の試験農場を中心とする農業支援計画の記録である。「緑の大地計画」は「1飲料水源の確保、2農業用水路の建設、3乾燥に強い作物の研究・普及から成り、旱魃で荒廃したアフガン農村の復興を長期的な展望でめざ」すものであった。2007年8月、同会の試験農場で働いていた伊藤和也氏が拉致・殺害された事件以降、中断せざるをえなかった農業計画を「できるだけ正確に広く知っていただく」ことが、「責務」であるという同計画の責任者らによって上梓されている。
 1章では「ペシャワール会」が農業計画をはじめるまでの経緯、2章では計画に参加した日本人ワーカーそれぞれの意気込みや参加に至る経緯が書かれている。3章では実際に試験農場で栽培をはじめた作物について品種選びから作付けの時期や畝の立て方まで、数々の栽培試験をし、失敗と工夫を重ねたことが詳細に記録されている。4章では、試験農場で栽培に成功した作物を近隣農家へ普及する過程で経験した、現地の人に任せることの大切さと難しさについて述べている。5章では世界的な政治情勢が他人事ではない状況のなかで、現地の生活・文化に馴染んでいく様子や人びとととのふれあいが描かれ、マスメディアの中の「アフガニスタン」とは異なる等身大の人びとの姿が垣間見える。ただし、編著者が全員男性であるため、本書における「人びと」とはすべて「子どもと男性」である。最後の章では、伊藤氏の拉致・殺害事件と農業計画中断の決断にまつわるメンバー間のやりとりが記載されており、編著者らの「断腸の思い」が伝わってくる。巻末の資料も非常に充実しており、現地の気温や土壌phから施肥や水やりの方法など、アフガニスタンの厳しい気象条件の下で作物を実らせるための7年間のさまざまな工夫が詳細なデータの蓄積として残されている。農業計画の責任者であった高橋氏の栽培方針と現地農家からの提案との相違点も作物ごとにまとめてあり、非常に興味深い。
 本書を通じて一貫して語られるのは、編著者である高橋氏が京都府で農業改良普及員をしていたという経験にもとづく「現地主義」の理念である。「現地主義」の内容は「主役は農家」「現地の技術を改良しながら」「資機材は現地調達を基本として」の3点であるという。これは今や国際協力において必ず求められ、なおかつ議論も多い理念である。本書でもそれを実践することのむずかしさが試行錯誤する記録の中ににじみ出ており、農業支援の記録として貴重であるだけでなく、支援する人と現地の人とのかかわりの記録として、国際協力にかかわるすべての人にとっても示唆に富んだ書である。