「人生、遊びが最も大切でございます」

中国文学者 高島俊男
1994/08/22「毎日新聞」

 このおばさん、年は六十、夫君は十五年前になくなって現在「未亡人」、娘が二人あっていずれもアメリカ在住、ハーフ孫が一人。
 御当人は九州福岡でひとりぐらし、職業は大学の地質学の先生。陽気で、爽快で、純情。遊ぶのが大好きで、釣り、水泳、ピアノ、絵を楽しみ(どれもウデは大したことない)、ドームへ出かけてダイエーを応援する。加えて痛快で元気のよい文章を書く。大学教師なんかさせておくのはまことにもったいない才媛(?)である。
 誰しも考えることは同じと見えて、地元の新聞がこのおばさんに目をつけ、連載エッセイを書かせた。それを二年分まとめたのがこの本である。
 まず、自己紹介部分をご紹介申そう。
 ──〝未亡人〟というものを、私は十五年間やらせていただいとるのでございますが、この〝未亡人〟という言葉は、まっこて意地の悪か言葉でございますな。(……)
 でもねえ、〝未亡人〟になっても、私、寂しくないのでございます。やりたいことが余りにも多いからでございましょうか。〝未亡人〟になってよかったことの一つに、外出の自由がございます。
「明後日、ジャズ聴きにいかない?」「行く、行く」。ジャズは楽しかったですよ。
 癖になりそー。「絵のモチーフ探しに、パリ行かない?」「行く、行く」。海外旅行はよろしゅうございますよ。命の洗濯出来ましてよ。「明日、釣りに行かない?」「行く、行く」。赤と黒の鯛はまっこて美味しゅうございました。
〝未亡人〟は亭主の許しをもらうというチェックポイントがありませんので、話が早いのです。即断、即決で、どこへでも出かけて行くことが出来ます。だれに気がねすることなく、やりたいことが何でも出来る〝未亡人〟という地位(?)に、私は今、大変満足しているのでございます。派手な服装をして、バッチリ化粧して、どこまでも遊びにでかけます。人生、遊びが最も大切でございますよ。──
 いいねえ、こういうおばさん。
 でも大学の先生だからそういうことが許されるのよ、という声があるかもしれない。
 そう、おばさんは選手なのだ。ノーテンキな若い娘の遊びとちがって、このおばさんのばあいは、選手の自覚がある。太宰流に言えば、義のために遊んでいる、というおもむきがある。それが、楽しく愉快なこの本に、切実、というスジを一本通しているのだ。
 で、話題は、弱者の観点から、というのが多い。女、その上「未亡人」、というのはまさしく弱者。それを逆手にとるのがおばさんの戦略であるのは上に見た通りである。
 だから、とかく陰気になりがちなセクハラの話もこのおばさんだとおもしろいよ。
 ──私の職場でも、歓迎会や忘年会など、一年に何度か宴会がございます。(……)
 ある日、二次会で、隣りに座っていたうちの若いもんに例のように声、かけたんですわ。「踊ろう」って。
 彼は立ち上がり、私の肩に手を掛け踊り始めたのですが、私の体とは何と一メートルも間隔を空けておるのです。チーク・ダンスにならんのですわ。「もう少し、くっつけ」と私が注文付けましたらね、彼は一言「せんせ、セクハラです」──