一枚の写真から、その小説は生まれたという。そこには数々の奇抜なアイデアで別府温泉を有名にした油屋熊八が、一人の娘と一緒に並んで座っている。このほど、彼をモデルに描いた小説「別府華ホテル 観光王と娘の夢」が発刊された▼著者は劇画の原作や児童書などを手掛けている大分市在住の佐和みずえさん。写真の女性から架空の娘、華乃を登場させ、熊八が米国から帰国後、別府で活躍する生涯を描いた。物語は娘の恋もからみ、親子の涙ありの奮闘ぶりがまるでドラマを見るように展開する▼小説とはいえ、時代背景と熊八の功績は各所に織り込まれている。ホテルを経営する傍ら、地獄巡りを開発したり、全国で初めて観光バスガイドを導入したり。「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」と富士山頂に標柱まで立てた。彼の痛快な人生を物語を通して学ぶことができる▼佐和さんはかつて別府市に住んだ時、公園で見つけた記念碑で初めて熊八のことを知った。ユニークな名前。しかも自分と同郷の愛媛県宇和島市生まれだったことから、いつか小説にしたいと思ってきた。ここで出会ったのが一枚の写真。構想が一気に広がったという▼国内外に別府観光を知らしめた熊八。次々と繰り出した大胆な発想と行動力には驚くばかりだ。もてなしの心を大切にし、何事も前向きに他地域と連携するなど、彼の精神は忘れたくない▼架空の娘を配したことに「奇抜すぎるかもしれませんが」と佐和さん。「とにかく熊八のような快男児がいたということを知ってほしい。そして皆さんに元気を出してもらえればうれしい」と話している。