書評

名前を探る旅

ヒロシマ ナガサキ 絆 原爆 中村 尚樹
四六版並製 298頁
4-88344-063-X
定価:本体価格2000円+税
2000/08/15発行
booktitle
名前を探る旅
zeikomi
¥0円


ヒロシマ・ナガサキの絆

松下竜一氏称賛!


booktitle
名前を探る旅
zeikomi
¥0円

原爆により、長崎三菱工場の六千人以上、広島市女の女生徒七百名近くが、一瞬のうちに命を落とした。その生死を分けたのは、ある偶然であったにせよ、生き残った者にとっても、この世は煉獄であった──死者への思いと行き場のない憤怒が、終りなき鎮魂の旅へ駆り立てる。二人の被爆者の記録。

書評

人間として在ることの意味を問うた一書

 「本書は名もなき被爆者二人の記録である」。あとがきにはそう記されている。長崎と広島に投下された原爆が、さまざまな生ある人びとを一瞬のうちに焼き尽くし、「無名」の死骸に変えてしまったこと、そして生き残った名もなき者が長い沈黙ののち、「名前を探る旅」に出立するまでの葛藤を本書に知るとき、この記録がどれほどに重い意味を持つものであるかを、一読するものは見出すことだろう。中村尚樹著『名前を探る旅──ヒロシマ・ナガサキの絆』は、二人の被爆者の人生を追いながら、人間として在ることの意味を問うた一書である。
 「ナガサキの絆──人間の論理」で綴られるのは、原爆で亡くなった会社の同僚の名簿づくりに取り組む一人の被爆者、原圭三さんの姿である。原爆が炸裂したとき、防空壕堀りをしていた原さんは奇跡的に生き残った。だが、三菱重工長崎造船所の同僚の多くは原爆の犠牲となった。そして自らも原爆の後遺症を抱え、死の影を引きずりながら戦後を生きてきた。「自分が死んでしまえば、自分の記憶の中にある原爆で死んでいった同僚たちのことはどうなるのだ。誰も振り返る人がいなくなってします。彼らの名前をいま、取り戻さなければ、永遠に失われてしまう」。亡くなった同僚だけでも、彼らの名前や死亡状況などを記録した名簿を残さなければならない。生き残った自らの務めとして、原さんは被爆から二九年、長い沈黙を経て名簿作りを決心したのだった。
 こうして、原さんの「名前を探る旅」が始まった。しかしそれは、単に名前だけを記載した名簿作りではなかった。その旅は、名前を持つ一人一人がどのような人生をたどってきたのかを確認する作業なのだと、本書には記されている。死者たちは、もう言葉を発することもできない。その無念さが、原さんを突き動かし続けた。「原の名簿は、原と彼らを結ぶ絆の証なのだ」、本書のなかで著者はそう述べている。
 「あらゆる手がかりを懸命に探せば、その人の名前から、その人の人生が見えてくる。そして彼らは、原爆で無惨にも断ち切られてしまったおのおのの人生について語りかけてくる」。原さんは本書のなかでそう語る。そして「名前を探る旅」は、無縁物をもたどって続けられ、少しずつその名前と身元が明らかになってゆく。名前を探る原さんの作業には、原爆投下の後、遺体を次々に焼け跡で荼毘に付した光景が二重写しになる。名前を一字たりとも間違うわけにはいかない、企業や行政に任すわけにはいかない。原さんの旅は、無念仏のふるさとを訪ね、身元を探す旅へと続けられていった。「名前を探る旅」は、著者のいうように「名前と共に生きる旅」として原さんを駆り立てたのであった。
 「六年という歳月は、恐らく多くの僕たちの記憶を忘却の渕に沈めて行く力を持っているに違いありません。……この文集は、被爆の体験については何も語りたくないという痛切な沈黙の心理と、誰かに向かってこの体験を訴えずには居られない強い衝動との交錯の中から生まれてきたものであります」。一九五一年、京都で「綜合原爆展」が開かれたのに合わせて、冊子『原爆体験記』が作られた。この文章は、当時京大の学生であった宮川裕行さんが序文にしたためたものであった。彼は高橋和巳たちと交友を結び、一時は作家を志し、断念する。そして郷里の広島に帰り、長年高校の教師を務めた。本書の「ヒロシマの絆──父から子へ」は、彼の「名前を探る旅」の記録である。
 やはり教師であった宮川さんの父は、原爆で多くの生徒を死なせてしまったという思いを抱えて戦後を生きた。そして宮川さんは三〇年以上にわたって、自らの被爆体験について沈黙したまま、教師生活を続けてきた。その彼に沈黙を破らせた最大の動機について、著者はそれを「原爆で亡くなった人々に対する鎮魂」であったと書き記している。自分の家族は生き残ったが、原爆で亡くなった人々や家族を失った人々に対して言い訳ができない。その気持が、宮川さんの原点にはあったという。自分は原爆の最も悲惨なところを見てはいない、そうした思いが、彼の長き沈黙と鎮魂、そして被爆体験を語る原点にあったのである。
 「自分だけ生き残ったという罪の意識」。それを抱えながら、戦後を宮川さんは広島で生きた。そして、亡くなった人々に対するつぐないとして、被爆体験を語る彼の姿があった。著者は本書に記している。「宮川の重荷となっていた被爆の体験、即ち両親以外のまわりの人を誰も助けることができなかったこと、たくさんの生徒を死なせてしまったという父の思い、そうしたたくさんの気持を、否定するのではなく、そのまま受け止めてくれる人々がいる──それが死者への贖罪へとつながってゆく。それが、ヒロシマの絆ではないだろうか」。
 一九九四年、広島市立第一高等女学校の生徒たちが原爆投下の一九四五年正月に書いた、書き初め三五枚が発見された。「端正簡素優雅」と楷書でしたためられたその一枚一枚に「昭和二十年元旦」という文字と学年、組、そして筆者の名前が添えられている。その「文の林」に分け入った著者は、書き初めを遺族らに返す宮川さんの作業を描いている。「あの時、みんなと一緒に死んだ方がよかった」という気持を抱きつつ、宮川さんはつぐないとして、彼の「名前を探る旅」を始めたのだった。
 被爆体験を語る宮川さんの旅は、海を越えて被「曝」者となったチェルノブイリの人たち、ロシアのキエフにまで及んだ。そして韓国人被爆者との交流とともに、彼らが被爆手帳を取得するために、その世話や証人探しを手伝う仕事が続く。本書からは、残っている名簿などから見出された彼らの名前が「創氏改名」による日本名であることに、現在も続く戦争の爪痕が浮き上がってくる。宮川さんたちに投げられた、一人の在韓被爆者の「だますなよ!」という言葉に、原爆とともに、日本の植民地支配がもたらした一人一人のなかの「戦争」が明らかになるのだった。
 長崎と広島に生きる二人の「名前を探る旅」。そしてその二人の名前に込められた人生をたどる、ジャーナリストとしての著者自身の「名前を探る旅」が本書に実を結んでいる。

蒼氓という言葉がある。

松下竜一
作家

 蒼氓という言葉がある。無名の庶民一人ひとりをさしていう言葉だが、重く寂しい影を曳いている。本書を読みつつしきりに浮かび来るのが蒼氓という言葉だった。
 本書ナガサキ篇の主人公原圭三は、三菱重工長崎造船所に勤務していて被爆しかろうじて生き残った一人である。〈原の働いていた浜口町工場では、動員学徒や食堂員などを含めて三百四十八人の作業員の内、九九%以上が亡くなった。〉
 自分だけが生き残ってしまったという心疚しさは、戦後が遠くなっても原の心から消えることはなく、被爆後二十九年目にせめて〈三菱造船所で亡くなった同僚だけでも、正確な名前と被爆した場所や当時の状況についてきちんと一覧出来る名簿をまとめようと決心〉する。四十九歳であった。本来は国や県や市や会社がしていなければならないことが、なされていなかったのだ。
 まぎれもなく一九四五年八月に生きていながら、原爆によって一瞬の内にかき消され名前すら記録にとどめられない蒼氓一人ひとりを、原は執念をもって生き返らせていくのである。その作業の困難さにもう止めようとすると、夢に黒焦げの男たちが押し寄せて「俺もおる、俺もおる」と叫ぶのだという。自らも癌と闘いつつ、原が二十年がかりでまとめた名簿には六千二百九十四人の名が並んでいた。名前が明かされることで、一人ひとりの生が復権されたのだ。原圭三氏がなしとげたことの尊さに頭を垂れずにはいられない。
 著者は長崎の放送局に勤務中に、「被爆地ナガサキ」の話題のひとこまにはなるだろうというくらいの気持ちで原圭三の取材を始めたが、その執念の重さに惹きこまれてゆく。ついには放送局をやめフリーライターとして、最初のドキュメントとなる本書をまとめることになる。ヒロシマ篇まで紹介できなかったが、戦後五十余年を経てもなお掘り起こすに足る蒼氓の記録が埋もれていることを証したのは、著者の手柄といっていい。

目次紹介- 抜粋 -

 はじめに

ナガサキの絆──人間の論理
 突然の訪問 「あの日」のこと 四十九歳の決意 六千人の名簿 旅へ 人間の論理

ヒロシマの絆──父から子へ
 人生の林にわけ入りし 父の夢 ゆりかごを動かす手 「あの日」のこと 戦後を生きる 『原爆体験記』と綜合原爆展 小説家の夢と挫折 沈黙 語り継ぐ被爆体験 海峡を越えて 形見の書き初め 被爆者と被曝者の絆

中村尚樹

なかむら・ひさき

booktitle
中村尚樹
zeikomi
¥0円
なかむら・ひさき

1960年鳥取市生まれ。九州大学法学部卒業。
1983年、NHKに記者として入局。岡山放送局ニュースデスクを最後に、
1999年に独立。現在フリージャーナリスト、九州大学法学部講師。
共著に『地域から問う国家・社会・世界』(ナカニシヤ出版)がある。
URL http://www.ne.jp/asahi/spain/freedom/



コメントは受け付けていません。