書籍

加久藤越

加久藤越 独立歩兵七五四大隊始末記 田辺恭一 石風社 松浦豊敏 戦記 敗戦 兵隊 加久藤 歩兵 行軍
303頁 四六判上製
4-88344-081-8
定価:本体価格1800円+税
2001/12/10発行


独立歩兵七五四大隊始末記

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加久藤越
zeikomi
¥0円

敗戦直前に結成された独立歩兵大隊。その奇妙な行軍の一週間が、人間存在のやるせなさをあぶりだす──。「峠を越えて兵隊達は夫々の故地へと四散してゆきました。お互い二度と廻り会えることのない人達でした。独立編成部隊のサダメでした」(松浦豊敏氏)。

書評

軍隊の非情さ鋭く洞察

木村隆之
「詩と真実」同人

「加久藤越」「居場所」の二編を収める。
「加久藤越」は副題の通り独立歩兵七五四大隊の敗戦による始末記である。師範学校卒業生の短期現役(短現役)である「私」は、指宿の近郊ドーメキ谷の兵舎で敗戦になり、多良木までの部隊解散に向け、一週間の行軍をともにする。兵士たちは、進駐してくるアメリカ軍の影に怯え、道中些細なことで上官から殴られたりしながらも、それぞれの故郷へとひたすら歩いていく。宿泊地で兵士を迎える人々の反応もさまざまである。おおかたは好意的であるが、中には敗戦の責任を問う冷たい視線を浴びせられることもある。それらの様子が、やや煩わしく思われるほど丹念に描かれていく。
 実体験に負うところが多いと思うが、それを単なる記録の域にとどめず、文学として昇華させているのは、次のような個所である。
 四十歳に手の届こうという老兵の森二等兵は、娑婆では大学図書館の司書で、民俗学にも造形が深いが、軍隊では万事要領が悪く、入隊した朝、元気よく将校に挨拶したのに、傍にいた息子のように若い上等兵から殴られてしまう。作者は次のように描くのである。
「学問とか教養とかは軍隊という集団では何の役にも立たない──どころか、全くじゃまで兵は軍隊という巨大なマシーンの部品であり、油か雑巾でしかない。軍隊には娑婆での教養、技芸、学識は無用である」
 軍隊という非情な組織への鋭い洞察である。
「居場所」はその後の「私」の物語とでもいうべき作品で、師範学校卒業後、市内の中学校の美術教師となった倉橋の中途半端で、あやふやな立場と心の揺れを描いている。倉橋は金貸しをしていた父親に対する反発から、死去の知らせにもわざと遅れていったのに、始終負い目を持っている。組合運動に対してもどこかさめていて、組合のストにも参加せず、屈辱感を味わう。題名の「居場所」とは倉橋の不安定な居場所を象徴したものであろうか。

目次紹介- 抜粋 -

加久藤越
 ドーメキ谷  前之浜  谷山  重富  溝辺  栗野  京町  西村

居場所
 赤い腕章  転勤  古い疵  美術科準備室  対向車の列

田辺恭一

たなべ・きょういち

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田辺恭一
zeikomi
¥0円
たなべ・きょういち

1918年熊本市川端町に生まれる。家業興行師。
1938年熊本県立師範学校卒業。
1945年硯台小学校勤務中、6月応召。鹿児島県指宿の陣地で敗戦を迎え、9月13日熊本県多良木で復員。
1947年新制の出水中学へ移り、以後退職まで中学校美術科教員を務める。
1953年武蔵野美校(通信)入学。3年中途退学。
1954年日展入選。以後断続的に出品。
1958年東光会会員。15年ほどで退会。日展出品もやめる。
1977年託麻中学校を最後に教員退職。その後、個展活動(「町」シリーズ)に専念。
1988年雑誌「暗河」に戦記「加久藤越」を発表。
著作に、画集『町は美しい』、小説『川向こうの団欒』、小説『町は消えていた』『加久藤越』がある。