書評

三池炭鉱 宮原社宅の少年

宮原社宅_cover_web
四六判上製 256頁
ISBN978-4-88344-265-2
定価:本体価格1800円+税
2016/06/10発行
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三池炭鉱 宮原社宅の少年
zeikomi
¥0円


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三池炭鉱 宮原社宅の少年
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三池争議の吹き荒れた
昭和三〇年代の大牟田

宮原坑web

 

炭鉱社宅での日々を
遊び盛りの少年の眼を通して
生き生きと描く

著者幼少時web

 

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 子ども時代の回想・証言、宮原社宅で育った自分史が、そのまますぐれて希少な地域史となり、三池争議をはさむ激動の社会史の側面をもっている。
(東京学芸大学名誉教授  小林文人)

 

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「やめとったが、よかっじゃなか」
「大丈夫。してみるたい」
 と言いながら、二人で台車の向きを直角にかえた。押せば台車は下り始める。少しためらった。しかし、やってみたいと思った。タカちゃんもその気になった。二人で台車を押した。台車はまるで生き物のように静かに自走し始めた。いっしょに台車にとび乗った。台車のスピードが上がっていく。またたくまに予想以上の速さとなった。トンネルの入り口が近づいた時、タカちゃんがさけんだ。
「危なか。ノリちゃん、おりれ!」
 そしてタカちゃんはとびおりた。ところが私は乗ったまま降りなかった。かならずどこかで停止する。そういう仕掛けになっていると信じていたからである。(「懲りない少年『台車吹っ飛ぶ』」より)

暴走する台車web

挿絵・奈須雅彦

 

書評

のどかな暮らしの先に深い意味

斎藤美奈子
文芸評論家

 福岡県大牟田市宮原町二丁目。三井三池炭鉱で働く人々が住む「宮原社宅」があった場所である。
 高さ2㍍ほどのブロック塀に囲まれた社宅に住むのは200世帯ほど。塀の外を社宅の人々は「外(がい)」と呼んだ。長屋式の社宅が並ぶ一角には共同風呂があり、隣の講堂では映画が上映された。
 著者は敗戦の翌年、この宮原社宅で生まれ、高校を出るまでここで育った。ベビーブームの走りの時代で、小学校の児童数は2千人を超えていた。
 そんな社宅での子どもの暮らしを本書は克明に描き出す。生活排水が流れ込む川でフナやザリガニをとり、台車を暴走させ、馬跳びや馬乗りやコマやパチ(メンコ)やラムネン(ビー)玉に熱狂し……。が、のどかな自分史に見えた本書に、じつは深い意味が込められていたことを、私たちは終盤近くで知るのである。
 東京の大学に進学後、知り合った女学生は、自分も福岡県大牟田市宮原町二丁目の出身だといった。ただし、彼女が住んでいたのは生け垣に囲まれたお屋敷のような「職員住宅」。
 同じ住所に住んでいたのに互いを知らない。〈職員住宅の人たちからすれば、私たちの方が「外」と呼ばれる存在だったのだ〉〈私たちは分断され閉鎖された状況を、当たり前のように受け入れながら育ってきていたのだ〉
 三池炭鉱はかつて囚人労働や強制労働が行われた炭鉱でもあり、また三池闘争(1960年)の舞台としても知られている。
 闘争の最中、昇進を打診された父に農中少年はいった。〈お父(と)さんが係り員になって、給料が上がることは嬉しか。ばってんそれは、三池労組を出るということやろう〉〈それは、いやばい。考えられん〉
 三池炭鉱宮原坑跡は昨年、ユネスコ世界文化遺産のひとつに登録された。そのすぐ側にあった暮らしがいまはない。クラッとするような感覚に襲われる。(朝日新聞2016年8月14日)

目次紹介- 抜粋 -

宮原社宅
  一丁玉/宮原社宅/あくすい川

三十一棟のタカちゃん
  宮原幼稚園/十円うどん/ハインヅカ  他

懲りない少年
  下り坂はブレーキなしで/台車、吹っ飛ぶ
  /はぜまけ事件、出血縫合  他

遊んで食べて手伝って
  「かてて」/サインはカーブ/引率映画  他

世界の揺らぎ
  運動会の日に/中原重俊先生/高巣巴先生
  /あたまんようなると自殺するげな  他

「外」の世界で
  雄辿寮/錆びない画鋲/「外」  他

やがて来る日に
  二行の真意/闇への案内板

ふたたびの大牟田
  ピンポーン/茶碗蒸し/「ハインヅカ」の謎
  /時の記念日/父さんの贈りもの

農中茂徳

のうなか・しげのり

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農中茂徳
zeikomi
¥0円

1946年生まれ。大牟田南高等学校卒業。東京学芸大学を卒業したのちに福岡県内の聾学校および養護学校に勤務。現在は福岡県立大学非常勤講師(人権教育)、福岡県人権・同和教育研究協議会会員。