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詩集・句集・歌集
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ゆめのタマゴ 小学生 詩 小さな目 朝日新聞 西部本社 石風社 詩集 子供 子ども 
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ゆめのタマゴ
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ゆめのタマゴ

朝日新聞に掲載された小学生の詩。──ユーモラスでちょっぴりこわい、子どもたちの詩には、おとな(かつての子供)も脱帽!

  • A5判並製279頁
  • 4-88344-015-x
  • 定価1575円[本体1500円]
  • 1996/08/20発行
街・物語 街物語 寺井谷子 石風社 葦書房 現代俳句 俳句 自鳴鐘 北九州市 毎日新聞 写真
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街・物語
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街・物語

現代俳句と写真のデスマッチ。俳句は、言葉を拒否する写真にどう切り込むか……。「ひらひらと蝶を零して神の鬱」。

  • 120頁四六判並製
  • 978-4-88344-195-2
  • 定価1575円[本体1500円]
  • 2011/06/30発行
古川嘉一詩集 古川嘉一 前山光則 石風社 詩集 熊本 八代 始終 淵上毛錢
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古川嘉一詩集
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古川嘉一詩集

熊本県球磨川の河口、不知火海の岸辺に発火した魂が、時を超え結実する。五十年後の処女詩集。復員後淵上毛錢を訪ね、毛錢と詩誌「始終」を刊行。死を目前にした2年間の詩作品50篇に生を結晶させる。

  • 100頁 A5判上製
  • 4-88344-057-5
  • 定価2100円[本体2000円]
  • 2000/04/20発行
淵上毛錢詩集 前山光則 淵上毛錢 石風社 詩集 水俣 夭逝 熊本
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淵上毛錢詩集
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淵上毛錢詩集

熊本は水俣が生んだ夭折の詩人が伝説の海から鮮烈に甦る。二十歳で発病、死の床に十五年。死を見すえつつ生のみずみずしさをうたう……。

書評

詩の贈りもの

猫柳

 現代詩は抒情の否定といわれることがある。本当に、そうかな。これは、安易な感傷に流れる詩作への戒めであって、やはり詩の根底は抒情だと思う。現代詩人たちも、ひょっとしたら存分に叙情詩を書きたいと思うことがないだろうか。私なら、ある。
 時折、こういう思いに駆られていたところ、「詩は抒情よ」と言いたくなるような詩集に出会った。しかも、上等の抒情である。日ごろは口にしない詩の原点に連れ戻される。
『淵上毛錢詩集』を手にして、とても懐かしく、うれしく思った。実は、わが十代の終り頃、図書館で日本詩人全集を読み、好きな詩をノートに書き写した。その時、毛錢の詩を知った。そして、長い間忘れていた。
 変色したノートを出してみると、『猫柳』という題の詩を写していた。「猫柳の/ねるの玉を/握りしめて/小径に/屈み込んでしまった/このまま/このまま/日が暮れなければいい」。あっと思った。私のペンネームは、子ども時代の原風景である貧弱な一株の猫柳からつけたものだったからだ。
 この本は、詩のことだけでなく多くのことを改めて考えさせてくれた。編者の前山光則氏は散文系の方である。だから逆に、詩と詩人を深いところから温かに甦らせることができたのかもしれない。詩を読むよろこびを久々に贈られた気がする。

伝記的事実捨て去る真骨頂

山本哲也
詩人

 詩が、精神とか人生とかをふりかざすようになったらだいなしである。人生訓まがいの行分け散文が、本物の詩集より売れる時代、この詩集の刊行はありがたい。
 毛錢の詩は、淵上毛錢という人間の素(す)でできている。集中に「もう題なんかいらない」というタイトルの詩があるが、そうなのだ、もう題なんかいらない。形式も、詩の方法論もいらない。毛錢は、カリエスという不治の病の運命を見すえて、過剰な言葉を削り、感傷を削って、生の原型、詩の原型そのものを書き残した。
 毛錢の詩集がこうして一冊なること、現在の出版事情からすれば、これは稀有のことであろう。編者の前山光則氏が「五十回忌を迎えるにあたって、催しや石碑だけでなく、毛錢の詩が手頃なかたちで読めるように」というように、収録作品七十四編が「風土と抒情」「雲よ、風よ」「スッケンギョーで きやー渡れ」「生と死の間」の四パートにわかれて編まれているところに、編者がこの一冊にこめた意図が透けてみえる。水俣方言のフレーズには、その詩の末尾に脚注がつき、作品を裏打ちするように、巻末に編者前山光則氏の「淵上毛錢小伝」がくる。七〇年代に国文社から出た?巻本『淵上毛錢全集』以後、はじめての毛錢詩集である。
「小伝」を読めば、毛錢という詩人の、天衣無縫ともいうべき無頼、三十五歳の死に至るまで十五年間のカリエスで寝たきりの生の酷薄さ、それらはみえすぎるほどみえる。だが、毛錢の詩の真骨頂は、そのような伝記的事実を捨て去ったところにあるのだ。
 自閉的になりがちな対象を扱いながら、毛錢の詩はつねに、言葉の底に開放感がある。「ぼくが/死んでからでも/十二時がきたら十二/鳴るのかい/苦労するなあ/まあいいや/しっかり鳴って/おくれ」(「柱時計」)この健康なユーモア。これが毛錢詩の「素」なのである。

「美しい空つぽ」を希求

岡田哲也
詩人

 淵上毛錢、本名淵上喬、法名十方院釈毛錢居士。彼は一九一五年、水俣に生まれた。かつての名門士族、淵上家の次男だった。彼をモデルにした小説『ある詩人の生涯』のなかで火野葦平は、「喬は一生名門の亡霊とたたかい通した」と描いているが、本物の喬も幼い頃から、知らぬ人なき悪童だった。
 家からはみだし、ふるさとからはみだし、と言うよりどこにいても所を得ないような人間はいるものだ。彼はやがて熊本市の九州学院から、東京の青山学院へと進む。そして養子に出される。さらに放蕩に拍車がかかる。
 世はまさに大正デモクラシーの嵐が吹き荒れていた。彼はこの頃、詩人山之口貘を知り、青山学院を退学する。寄席の下足番、新聞配達、港湾労働者、輸送トラック助手︱︱。彼の職歴の部分だ。まあこれは、労苦というより、青春の浪費のようなものだろう。
 しかし、三五年、はたちの時、結核つぎに股関節カリエスが発病し、以後十五年間ふるさと水俣でほとんど寝たきりの日々をすごすことになる。何という皮肉か。その病のすさびに書き始めたのが、詩だった。
 「来て見れば 来て見れば/誰もかれもが石垣の石に似てゐて/ほし魚のしつぽのやうな故里の/らちもない話といふものが/こんなにもこたへてくるものであらうか」(作品「流逝」)
 ところで、私は毛錢のふるさと水俣の隣町、鹿児島県出水で生まれた。彼のことを知ったのは、私が東京におさらばして出水に戻ってからのことだった。入りびたっていた居酒屋のおかみが、淵上一族の出だった。だが当時の私は、彼女から毛錢の話をされても、あまり乗らなかった。さして読んでいなかったこともある。それより、「人間どこに住んでも都であり、地獄である」と思いつめていた私は、どこへも行けなかった毛錢が、ベッドにくびかれた土着の囚人のように感じられたのだ。とんだ読まずぎらいというものだが、人は時として、あまりに卑近な同類を目のあたりにすると、思わず顔を背けるものらしい。
 「屋根といふものがなければ/暮しはできないものなのか/もの哀しい習俗のぐるりの/屋根屋根を濡らして/遙かなる狐の嫁入りが行く(略)僕はこのまんま/美しい空つぽになりたくて/ほそい山経に群れてゐる」(「眺望」)
 「じつと雨を見てゐると、/しまひには雨が自分のやうに思へてきて、/へまなぼくがさかんに/降つてゐるのであつた。」(「梅雨」)
 毛錢の作品では、この「美しい空つぽ」になるという思いが、まるで交響曲のテーマのようにくりかえし奏でられる。病の苦しみや生きる痛みが増せば増すほど、この美しい空つぽへの希求は、より大きなものとなって登場する。彼の作品には、方言を使った作品も少なからずあるが、それらは泥臭いどころか、はんなりとしたユーモアと味わいに昇華している。それは彼の資質にもよるのだろうが、私にはやはり業苦ともいえる不治の病が与えたフィルターで濾されたものにうつる。
 「ぼくが/死んでからでも/十二時がきたら 十二/鳴るのかい/苦労するなあ/まあいいや/しつかり鳴つて/おくれ」(「柱時計」)
 彼は寝たきりだったが、彼の精神は縦横無尽に、この世界を駈けつづけた。敗戦後、彼が、地元の水俣文化会議のリーダーとして、多忙な時を過ごしたのも、その表れのひとつだろう。むろん彼は、時局に便乗することもなく、地方で〈東京〉風を吹かしてのぼせることもなく、自足して腐ることもなかった。生きることに忙しかった彼は、とても威張るどころの騒ぎじゃ無かったのだろう。永眠したのは、五〇年三月九日だった。
 「貸し借りの片道さへも十万億土」
 これは彼の絶句だが、この度の詩集は、貸し借りなしに買える求めやすい一冊となった。三部構成の編集は、小気味良いし、新しく改められた年譜も有難い。編集の前山光則氏の毛氈への敬意が、それこそ「素朴な煮しめ」のような味わいを生んでいる。

  • 194頁 A5判並製
  • 4-88344-041-9
  • 定価1890円[本体1800円]
  • 1999/05/01発行
はにかみの国

石牟礼道子全詩集
石牟礼作品の底流に響く神話的世界が、詩という蒸留器で清冽に結露する。1950年代作品から近作までの三十数篇を収録。石牟礼道子第一詩集にして全詩集。*芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

書評

「まじない」の力 全開

伊藤比呂美
詩人

 石牟礼道子さんの書くものは、日本語のたましいの熱に触れるといつも思っていました。水や草や泥などというものの持つ熱にいつも触れつくと。
 これは詩集です。長い小説にくらべれば、詩とは、ささやかな、雨夜に独り言をつぶやくような、ごはんを作ったり洗濯したりするような表現です。その中でこそ、かもしれない。たましいの熱は発揮され、詩のことばは、生き物のように呼吸をはじめ、日常の生活の、食べたい、愛したいという欲望と同じように、わたしの中になんともたやすくはいりこんできました。
〈花がひらく/赤ちゃんが死ぬ/肉汁(しちゅう)の匂いのこぼれる扉をひらく〉
 詩は読みにくいと、よく言われます。詩はどうもわかりませんと。どうして人がそう言うのかわたしにはわかる。行から行に、詩人の意識が飛んでいってしまうからです。人が、それなしではいられないと思っている論理のみちすじをすっ飛ばし、感情をむき出しにして、定型詩ではないから、詩人の個人的なものであるべきリズムにのって、うみだされてくるわけです。つまり詩を読むというのは、他人の生理を取り入れるような作業であります。
〈乳頭にちらつくのは/雪の気配のようであるが/わたしはもう/ねむくてたまらない〉
 詩の読み方を教えましょう。まず、この本を手にとってはじめから読みとおすのです。わかるわからない、のれるのれないは別にして、読みとおす。それから本を閉じてしばらく置く。そしてまた開くのです。こんどはページをめくり、なんとなく探し物をする心持ちで、ぼんやりとことばを見つめておりますご、あなたが探し物を見つける以前に、ことばは向こうからあなたを探しあてて、吸いついてきます。吸いつかれたら、そのことばを手にとってよくながめる。こうしてわたしはこの詩集を読みましたし、ここに引用していることばたちが、わたしに吸いついてきました。
〈めめんちょろの/野蚕さんになって/這うて漂浪くのが/役目でございます〉
 詩っていうのは、論理なんてどうでもいいのです。もしかしたら人に伝えることすら、どうでもいいかもしれません。ただ、詩人はことばがいとおしくてたまらないのです。ことばをつぶやいていたい、ことばを手の中に入れてなで回していたい、そういう欲望が、詩を書く人の中にはあるのです。でもそれだけじゃありません。
〈蛙のあしをひき裂くように/じぶんの愛をひき裂いてしまったので/もうなんにも生まれ替わることはできません〉
 詩の原型は「まじない」です。人の心やもののけにつたわり、それを動かし、いやし、あるいはのろう。それが太古からの詩の役割であったはずなんです。現代詩という世界はそれを忘れかけていましたけど、石牟礼さんはけっして忘れていない。むしろ詩のかたちで、本来の力を全開大にひらききったようだ。
〈こなれない胃液は天明の飢饉ゆづりだから/ざくろよりかなしい息子をたえられない〉
 こなれない胃液や天明の飢饉ゆづりについてい、たぶん、石牟礼さんの持っているイメージとは違うものをわたしは持ったまま、何年もたち、いつか、どこかで、何かを思いわずらっているときに、ふと、「ざくろよりかなしい息子をたべられない」と口ずさむときが来るような気がしてなりません。それがおそらく、詩が読まれるという行為が完結するときです。

時空を超えた母なる海との出合い

道浦母都子
歌人

〈花びらを
 縁どりながらひろがる海が
 天上の夕映えを 懐胎しつづけていた〉

 詩集を読むよろこびは、こんなフレーズに出合うことにある。
 ときは夕映え、海はくれない色に染まり、海と空の境が、花びらを散らしたように濃いくれないに縁どられてゆく。
 天上の夕映えを、海に没しようとする太陽を、両手を広げて待ちうけているのは海。
 いのちの懐胎をつづける母なる海だ。

 私の故郷である紀州の海沿いには、「はなふり」という伝説がある。春秋の彼岸の日、夕陽は真西に没する。海に没する直前、夕陽の巡りを花が降るように、しらしらしらと光の花びらが舞う。土地の古老によると、それは西方浄土の幻だという。
 石牟礼さんは紀州から遠く離れた九州びと。
 彼女が見つめている海は、不知火の海。それなのに、私には、まだ目にしたことのない故郷紀州の「はなふり」が、このフレーズから立ちあがってくる。
 花びらのようなくれない、花びらのような光。
 石牟礼さんにとっての不知火、私にとっての紀州の海。たとえ、呼び方は違っても、海は海。私たちのいのちを懐胎しつづける母性の海だ。

〈大切なものを
 ぜんぶ 呑みこんで
 今朝も満ちているのだよと
 海霊(うなだま)さまの声が耳元でして
 生まれる前に死んだ
 きれいな泡のような 赤子たちの声といっしょに
 尺取り虫がゆく〉

 前掲の詩はこのようなフレーズで終わる。
 この詩のタイトルは「尺取り虫」。へえーっと、突拍子もない声をあげる私。先程とは一転しての驚き。
 これもまた、詩を楽しむよろこびの一つだ。
 石牟礼道子なる女人は、とんでもないことを考えるひと。ひょっとすると「海霊さま」の生まれ変わりかも。私までもが、とんでもなく心ざわめく。

『はにかみの国』は、ページをくるたびに、そんなよろこびと驚きを、もたらしてくれる。ただし、怠け者の読者には、そのよろこびは伝わらないかもしれない。
 海のようにどどど──っと押し寄せる言葉。肉体性を帯びた力のある言葉を楽しむには、読者は読者なりの力技がいる。
 考え抜いた末、私はこの詩集を一篇ずつ声を出して読むことにした。うんと大きく、うんとなだらかに発生し、詩の中を流れる波音のような音楽を自分自身のいのちのリズムと重ねながら読む。
 すると、

〈てのひらは 渚
 夕陽の引いてゆく渚〉

〈こんやも螢ほどの正気です〉

〈おんなを ちょうだい
 おとこを ちょうだい〉

 私の声と石牟礼さんの言葉が、稲妻のようにスパークする。スパークとは、石牟礼さんが言葉に託した「言霊」が、私に乗り移ること。私の声がいつしか、石牟礼さんの澄んだ海のような声に変化していくこと。
 石牟礼さんは、はにかみ国の歌姫。
 滅多に人前で、歌ってはくれない歌姫さまだ。でも、その声を、私たちは海が奏でる子守歌を聞くように楽しむことができる。
 私たちのこころが波のように凪ぐとき、「やわらかな水沫(みなわ)の声明(しょうみょう)」となった歌姫さまの声が、はにかみの国から届く光のように聞こえてくるはず。

〈でんわにさようならをしていると
 しゅっぽおーっと
 湯気のまじる朝の機関車の音が
 でんわの中から鳴った〉

 そう、突然、海からのでんわのように。

『はにかみの国』ただ一つ

司 修
小説家、画家、装丁家

 書店で目を瞑って取り出した文庫本を、ぱっと開いたら、こんな言葉に突き当たった。「あの方は、わずかな知性しかもたない者にとっても驚くほど解り易く、これら(魂)のことを語られた」
『パイドン』というタイトルだった。

 石牟礼道子全詩集『はにかみの国』が選に漏れたのは、詩壇という小さな箱に入りきれない大きさであったからだろう。また、洗練されたフランス料理の味ではなく、持ち重りのする塩むすびに千切り大根の具が入った豆かすの沈むみそ汁の味だったからかもしれない。そのような意味からすれば、この詩集が小さな箱に入れられなかったことは幸いしたともいえよう。しかし、『はにかみの国』が多くの人に読まれることを望むぼくとしては、小さな箱を壊す意味からしても受賞を願っていた。
『はにかみの国』には、現代詩が遠ざけてしまった大切なものが染みこんでいる。昔話のようなおおらかさで語られる詩の一つ一つは、特別な人々のためではない、普通に暮らす人々のための人臭い神話といってもいい。詩を構成するけして古くならない言葉は、静かなたたずまいの中に、強い生命力が見え隠れする。古くならないからこそ何時までも新しいのだ。現代詩にない土俗的な文体はより新しく感じられる。

 むじょうにつめたく優しい冬の水よ
 おととい生れの赤子のおむつがうつらうつら
 米のとぎ汁にゆられてきても
 なあに 三寸流れりゃ清の水
 高菜漬の胡椒もさっばりふり濯ぐ(川祭り)

「蓮沼」という詩は、蓮の根にやどる蛭の大親分が「いまさき 遠雷が鳴ったと思ったが/なんだ おまえが来たのか」と、生まれてから幾層紀も通り抜けて沼にやってきた者を迎える。沼に生息する虫や魚たちと沼の暁闇の幻想から、「おとうとの轢断死体をみつけた朝」が立ち上がる。
 
 まだ若かったまなこに緑藻を浮かべていた
 その目で沼のように うっすらとわらいながら
 ふむ この枕木で寝て かんがえてみゅう
 かんがえるちゅう
 重ろうどうば 計ってみゅう
 まあ線路というやつは
 この世を計る物差しじゃろうよ

 そんなに思っていたので あっさり
 後頭部ぜんぶ 汽車にくれてやった
 残された顔のまわりに
 いっしょに轢かれた草の香が漂い
 ふたつの泥眼を 蓮の葉の上にのせ
 風のそよぐにまかせて 幾星霜

 レクイエムも方言によって残酷なほどに歌われる。轢断死したおとうとが蘇るように「少年」という詩が後に「なんのことはない/ただの でくの棒だった」と続く。そこに素晴らしい「えにしの糸」の表現がある。

 おそるおそる ふり返ってみたら
 いましも しろい馬は
 食いしばった歯のあいだから
 糸よりもほそい唾液を
 すうっと光らせて
 立ちどまったところだった

 そうして「あの いづめの音がきこえ/波の襞のような闇の中/しなやかな/少年が通る」のである。
 この詩集の初出一覧を見ると、「水俣市教職員同人集『寄せ鍋』」であったり、画集であったり、写真集や週刊誌であったりして、詩と無関係な場所での発表ばかりである。また、制作年も、一九五八年から一九九五年まであり、未発表作品も六作加えられている。著者のあとがきに「書いては隠し、隠しして来たような気がする。ようなという言い方には何も彼も曖昧にしたい気分がこめられている。やりそこなってばかり生きてきたからと思う」とあるように、詩集として世に問うということは考えられていなかった。それゆえ詩壇の箱に縁がないのである。
 詩集の最後に「緑亜紀の蝶」と題された不知火海や石垣島や与那国の海が登場する。
「浜辺に、いったいいくつになっているのか、年齢も定かでないふさぎ神のお婆さんが睡っておりました」と始まる。この世のゆううつな思いを一手に引き受けている婆様の夢見語りは、それこそ詩なのか民話なのかわからない境目であり、詩の飾りなど一欠片もない。詩という特別世界の理解がなければ読めない詩ではない。もろもろの知識を必要としない詩である。こうした条件が備わると詩でなくなるという考えはぼくにはない。

  • 170頁 A5判上製
  • 4-88344-085-0
  • 定価2625円[本体2500円]
  • 2002/08/10発行
詩集 ノヴァ スコティア ハーメルン 樋口 伸子 石風社 阿部謹也 あかるい天気予報
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詩集 ノヴァ・スコティア
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詩集 ノヴァ・スコティア

阿部謹也氏──「樋口さんの普段の姿に接していると、詩人であることを感じさせないがそれは私たちが詩人であることになんらかの印を見ようとするからである。……日常生活の中で樋口さんは詩人なのであり、それだから詩人くさくないのだ」

書評

自分と半歩、世間と三歩離れ

岡田哲也
詩人

 お祭り大好き人間のくせに私は群集や党派が嫌いでした。昔、学生活動家たちから「お前は右か左か」と詰めよられた時も、「俺は上だよ」と答えました。「右翼の右へならえ 左翼の左うちわ」と詩にも書いて、度し難い奴だと言われたりもしました。
 こんな枕を振ったのは、別段今の政局を思ってのことではありません。樋口伸子さん(福岡市)の詩集『ノヴァ・スコティア』の帯に、歴史家阿部謹也さんが書いた次のような件(くだり)があったからです。
「樋口さんの普段の姿に接していると、詩人であることを感じさせない(略)日常生活の中で樋口さんは詩人なのであり、それだから詩人くさくないのである」
 樋口さんには、いかにもゲージュツカといった風采や面体(めんてい)が感じられないのでしょう。詩を書くより、詩を生きることに多忙なのかもしれません。だからでしょうか、作品からも、ことさらの修辞やツヤ付けが感じられません。自然体です。しかし、奇も衒(てら)いもないけど、どこか異なのです。野球の投手に喩えれば、剛速球投手ではないが、緩急と内外角のボール一個の出し入れで勝負する、そんな感じです。
「わたしは夢の中までも迷っている/といっても/どこからが夢なのか分からない(略)ねじれた心をもてあまして/四月の魚がバカなら/三月の魚には毒がある(なんて)/無意味な台詞をつぶやいて/自分の声で目が覚める/その時わたしは笑っていたのだ/いや 怒っていたのだよ」(作品「夢から夢へ」)
「夏 バカが過ぎて辛い日が続いた/眠る前に小出しに泣いた/夜中に目覚めて心がよじれた/鍵をかけたまま秋になった」(作品「秋ふかく」)
 おっちょこちょいですっこけたような自分が、スキップするように歌われます。しかし作者は、手放しで自分をいとおしむのでなく、周到に自分とは半歩、世間とは三歩離れているのです。そのぶん言葉が、世間の湿気やあけすけな自虐趣味から免れています。サラリチクリの一冊です。

  • A5判変型上製
  • 978-4-88344-191-4
  • 定価2100円[本体2000円]
  • 2010/10/11発行
父の話法 丸山泉 いまどちらを 石風社 丸山 泉 豊 詩人 谷川 雁 森崎 山本 源太 医師 久留米 母音 エッセイ
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父の話法
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父の話法

ビルマ戦から帰還した父は、医師であり、詩人・丸山豊であった。その周りには、谷川雁をはじめ錚々たる詩人が蝟集した。父亡き後、その記憶の中の言葉が静かにたちあがる。(まえがき=山本源太氏)

  • 330頁 四六判上製
  • 978-4-88344-185-3
  • 定価1890円[本体1800円]
  • 2010/05/01発行
小さな窓から

椋鳩十氏「かずよさんのこの詩集『小さな窓から』は、愛と命の清らかな、限りなく清らかな詩集だ。若い人も、大人も、老人も、心が美しく清められるにちがいない詩集だ。……かずよさんの作品は、人々に生きることへの希望を感じさせるとともに、生きることの意義をといかける作品でもある。」

  • B5変型上製106頁
  • 定価1365円[本体1300円]
  • 1986/11/15発行
小さな愛情 軍嶋龍樹 石風社 画文集 障害 養護学校 三浦吉十
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小さな愛情
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小さな愛情

家族、友達、犬…障害をもちながらも、自分らしく、のびのびと心で描いた素朴な詩と画の世界。

  • 66頁 A4判変型上製カラー
  • 定価3150円[本体3000円]
  • 1995/05/28発行
身世打鈴 シンセタリョン 姜琪東 大山 姜 差別 在日 韓国 朝鮮 俳句 石風社 俳句集 パンチョッパリ
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身世打鈴(シンセタリョン)
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身世打鈴(シンセタリョン)

燕帰る在日われは銭湯へ──「本書はいわゆる〈句集〉ではない。俳句という表現形式による一人の在日韓国人の自叙伝であり、パンチョッパリ(半日本人)と呼ばれる男の精いっぱいの抗いである。/考えてみれば、韓国人の私が日本語で考え、話し、書くという行為は決して自然な姿ではない。だが、この不自然な姿こそが私の姿そのものであり、私の俳句である」(本書あとがきより)

書評

折々のうた

大岡 信
詩人・評論家

  河豚の座の韓の悪口(あっこう)吾(あ)を知らず  姜琪東
『身世打鈴』(平九)所収。題名は身の上話の意味の韓国語。昭和十二年高知県生の韓国人。加藤楸邨に傾倒し「寒雷」同人となる。楸邨に最も信頼された門弟の一人。
 句はむろん在日韓国人として受けてきた屈辱の一こま。河豚に舌つづみをうちながら、韓国人がいるとも知らず韓国の悪口を言い合うありふれた日本人像。楸邨没後俳句への情熱も急速に冷え、思いたって句集二冊をまとめた中の一冊。

俳句で綴る「在日」の哀歓

姜琪東
俳人(自著を語る)

 在日韓国人が俳句という最も日本的な表現様式で己の生きざまを鮮烈に詠む。そのねじれの中に、その慟哭の中に、人間が存在する──『身世打鈴』の新聞広告のコピーである。「そのねじれ」とは、韓国人でありながら日本固有の文芸である俳句をつくることに対する私自身の複雑な心情をさしているのである。
「趣味は?」と訊かれて「俳句です」と答えると、たいていの人が驚いたような顔で私を見返す。口にこそ出しては言わないが「在日韓国人のあなたが、どうして?」という表情である。
 俳句を作るようになって二十六年。この間「よりによって、なぜ俳句なのか」という目に見えない詰問に取り囲まれてきた。先の広告文ではないが「最も日本的な表現様式である」俳句に深入りすることは、韓国人の魂を奪われることであり、民族的アイデンティティーを喪失することではないか、という自虐の念がいつも頭の片隅に潜在していた。

  ビール酌むにつぽん人の貌をして
  燕帰る在日われは銭湯へ
  草笛や韓の歌とは気づかれず

韓国人(朝鮮人)でありながら日本に生まれ、祖国の文化圏からへだたったまま■異国日本■の文化にどっぷり浸かって生きているのが〈在日〉なのである。日本のテレビを見、日本の新聞・雑誌を読み、年がら年中日本語の中で暮らしていて、それでも日本に同化しないで韓国人の矜持をたもちつづけることは、伝染病の病室に閉じこめられて感染するなと言われるようなものである。
 在日韓国人・朝鮮人社会では、日本に同化することをいさぎよしとしない風潮が根強く残っている。もしも在日の若い女性が日本の振り袖でも着ようものなら、一世の年寄りたちは「哀号!(アイゴウ)」と声を上げて嘆き、親のしつけが悪いと言ってののしることになるだろう。韓国人にとって日本への同化は屈服なのである。

  帰化せよと妻泣く夜の青葉木菟(あおばづく)
  帰化せぬと母の一徹火蛾狂ふ
  冬怒濤帰化は屈服と父の言

「なぜ俳句なのか」という設問にそろそろ結論を出さなければならない。在日をテーマとして書くとき、なぜ俳句でなければならないのか。私自身上手に説明できない。なぜ山に登るのかと問われるのと同じである。だが、詠むことで救われ励まされる私があり、俳句を通して新しい自分を発見することがあるのである。
 風土の中で人間性がつちかわれていくとき、その国の文化や慣習に感化されていくことは当然のなりゆきであろう。私が日本の俳句という詩形に巡り合ったこともまた同様である。そのことを日本社会への同化と非難するなら、私はその言葉を甘受する覚悟である。そもそも自分の思考形態が日本語で始まったことが、宿命の始まりなのである。

  迎火や路地の奥より身世打鈴  
  寒燈下母の哭くとき朝鮮語
  鳳仙花はじけて遠き父母のくに

 身世打鈴とは身の上話という意味である。韓国人は唄うように泣きながら、辛いことや悲しいことを延々と語る。泣き語ることで胸のうちを晴らすのである。
「本書はいわゆる■句集■ではない。俳句という表現形式による一人の在日韓国人の自叙伝であり、パンチョッパリ(半日本人)と呼ばれる男の精いっぱいの抗いの記である」とあとがきに書いた。私が、俳句で在日の姿を綴るということは、俳句という名の短刀(どす)を逆手にとって日本人の胸元に突きつけることなのである。

  宿命や吾に国籍蚊に羽音
  韓の名は意地の砦よ冬銀河
  「恨(ハン)」と「怨(オン)」玄界灘に雪が降る

無限抱擁の優しさ

李 恢成
作家

 句集『身世打鈴』は、十七文字の中に凝縮された「在日」韓国人・朝鮮人の世界である。或いは、「在日」と「日本人」のはざまを生きる人間の情念が率直に告白されている精神世界だともいえるだろう。
 姜琪東氏のこの句から私は、氏が日本人の従来の俳句とはおのずと異なる境域に立っているのを感じたが、それは「身世打鈴」という、おおかたの日本人にはエキゾチックに響くかも知れないタイトルのせいでは勿論ない。この言葉にこめられた「恨」とか「怨」の感情領域が、日本語を活性化し異化しながら、その世界をおしひろげようとしているからに外ならない。こうした日本語は祝福されるべきものであろう。なぜならば、言語とは歴史の中で規範をこえ異域をひろげていく自己要求をもつものだから。まさにその意味でこの句集は、「在日」の生命力をバネにし、新境地に迫っているともいえる。
  河豚の座の毒も食らはむパンチョッパリ
 この一句には注記があり、
 「”パンチョッパリ“と嘲笑ふ者あり、それもよし。我は半日本人なり」とある。
 在日二世の、開き直った心境を披瀝したものであろう。「半日本人」であれば「半朝鮮人」でもあるわけだ が、こういう引き裂かれた人間の感覚を誰が笑いえようか。筆者もまた「在日百年」の歴史の落し子以外の何物でもない存在である。
  燕帰る在日われは銭湯へ
 この一句は、どう読みこまれるべきなのだろう。 徊趣味とか余裕派というたぐいのものではあるまい。これは、「在日」として生きる心を謳ったマニフェストなのだ。「銭湯へ」とは、平常心の表白であり、筆者が辿りついた心懐とみなされよう。「燕帰る」とはたんなる季語とはいえぬ政治的寓意をしのばせているものとも解される、鋭い季語だ。しかし、この句の本旨は、現実逃避におもむいてはいない。現実をありのままに受容し、あわてずうろたえず、むしろ楽しんでいこうとする自然体の心がにじんでいる。その澄んだ境地から「軽み」と「ユーモア」が感得できる質の高い作品となった。
 この句集は、個人史であるが同時に家族の形成と変容を詠みこんでいる。
  四十路より韓の名名のり盆支度
  帰化せよと妻泣く夜の青葉木莵
  帰化せぬと母の一徹火蛾狂ふ
  冬怒涛帰化は屈服と父の言
  韓の名はわが代までぞ魂祭
  孫生れなば 耶と名づけむ花木槿
 幾つかの句を任意にひろってみれば、この家族の肖像は「在日」の実態と深く結びつく。日本人を妻にもつ夫の両親は堅固な民族心の持主であり、わが子らは混血の新たな人生を持つ。家族三代にまたがる「血」と「地」の葛藤。「泣く妻」と「火蛾狂う」母と「屈服」せぬ父と子らのあいだで三竦みになる「夫」。「夫」は、わが子に添い寝しながら「帰化」すべきかどうか迷う。
 その「夫」にとって、「韓の名は意地の砦」であり、齢四十にして克ちとった人生の旗なのである。
 余談めくが、姜琪東氏は「四十路」までは「大山」という日本姓を使っていた。十数年前に私と会った時、青年時代は夜鳴きそばの屋台を引いていたと語った。その屋号は「大統領」であったとか。夜な夜なチャルメラを吹くこの無名の大山青年は、将来「大統領」になる夢を見ていたのだろうか。まさか、そんなことではないだろう。一国をたばねる大統領ほどの気概をもち、人生のあかしをもとめて生きてきた姿がほうふつとしてくる。その日本とは、根生いの地であるが、「指紋」を強制する「灼け地」であり、「永住」は許されても「韓の悪口」が「他国者」意識をかき立たせる「怨の国」なのだ。
 するどく醒めた感性が、強制送還される在日朝鮮人青年を救いたいと想うときに生まれる一句、
  血のやうな夕焼けの湾船来るな
 光州事件の虐殺(句の注記には「暴動」となっているが)に対しては、
  荒縄で柩縛りぬ梅雨に入る
 このような民族の血のたぎりもまたこの句集の一翼を占めている。
 けれども、「在日」のわが家とか「在日」そのものを問う心がこの句集の核心であることはまぎれもない。
  鳥帰るかなた韓国父祖の国
  チョゴリ着て羞ぢらふ妻や冬薔薇
  韓の歌妻に教へて磯涼み
  萌ゆるより踏まれて巷の草の芽よ
 日本というまほろばに生きる「在日」の多くは、日本人との新たな血縁の中で、抱擁家族としての知恵と愛をはぐくんでいる。この無限抱擁こそが人間の創造につうじ、「怨」と「恨」を愛の世界に誘うものなのだとこの歌人はいっているようだ。
 この句集は、従来の「身世打鈴」ではない。歴史の負の遺産を逆手にとって、明るみの世界に踏み込もうとする「在日」の心優しい男の試みとなっている。

  • 106頁 A5判上製
  • 4-88344-025-7
  • 定価1890円[本体1800円]
  • 1997/10/05発行
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