書評

はにかみの国

はにかみの国 石牟礼道子 詩集 全詩集 石風社 水俣 はにかみ 
170頁 A5判上製
4-88344-085-0
定価:本体価格2500円+税
2002/08/10発行


石牟礼道子全詩集

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はにかみの国
zeikomi
¥0円

石牟礼作品の底流に響く神話的世界が、詩という蒸留器で清冽に結露する。1950年代作品から近作までの三十数篇を収録。石牟礼道子第一詩集にして全詩集。*芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

書評

「まじない」の力 全開

伊藤比呂美
詩人

 石牟礼道子さんの書くものは、日本語のたましいの熱に触れるといつも思っていました。水や草や泥などというものの持つ熱にいつも触れつくと。
 これは詩集です。長い小説にくらべれば、詩とは、ささやかな、雨夜に独り言をつぶやくような、ごはんを作ったり洗濯したりするような表現です。その中でこそ、かもしれない。たましいの熱は発揮され、詩のことばは、生き物のように呼吸をはじめ、日常の生活の、食べたい、愛したいという欲望と同じように、わたしの中になんともたやすくはいりこんできました。
〈花がひらく/赤ちゃんが死ぬ/肉汁(しちゅう)の匂いのこぼれる扉をひらく〉
 詩は読みにくいと、よく言われます。詩はどうもわかりませんと。どうして人がそう言うのかわたしにはわかる。行から行に、詩人の意識が飛んでいってしまうからです。人が、それなしではいられないと思っている論理のみちすじをすっ飛ばし、感情をむき出しにして、定型詩ではないから、詩人の個人的なものであるべきリズムにのって、うみだされてくるわけです。つまり詩を読むというのは、他人の生理を取り入れるような作業であります。
〈乳頭にちらつくのは/雪の気配のようであるが/わたしはもう/ねむくてたまらない〉
 詩の読み方を教えましょう。まず、この本を手にとってはじめから読みとおすのです。わかるわからない、のれるのれないは別にして、読みとおす。それから本を閉じてしばらく置く。そしてまた開くのです。こんどはページをめくり、なんとなく探し物をする心持ちで、ぼんやりとことばを見つめておりますご、あなたが探し物を見つける以前に、ことばは向こうからあなたを探しあてて、吸いついてきます。吸いつかれたら、そのことばを手にとってよくながめる。こうしてわたしはこの詩集を読みましたし、ここに引用していることばたちが、わたしに吸いついてきました。
〈めめんちょろの/野蚕さんになって/這うて漂浪くのが/役目でございます〉
 詩っていうのは、論理なんてどうでもいいのです。もしかしたら人に伝えることすら、どうでもいいかもしれません。ただ、詩人はことばがいとおしくてたまらないのです。ことばをつぶやいていたい、ことばを手の中に入れてなで回していたい、そういう欲望が、詩を書く人の中にはあるのです。でもそれだけじゃありません。
〈蛙のあしをひき裂くように/じぶんの愛をひき裂いてしまったので/もうなんにも生まれ替わることはできません〉
 詩の原型は「まじない」です。人の心やもののけにつたわり、それを動かし、いやし、あるいはのろう。それが太古からの詩の役割であったはずなんです。現代詩という世界はそれを忘れかけていましたけど、石牟礼さんはけっして忘れていない。むしろ詩のかたちで、本来の力を全開大にひらききったようだ。
〈こなれない胃液は天明の飢饉ゆづりだから/ざくろよりかなしい息子をたえられない〉
 こなれない胃液や天明の飢饉ゆづりについてい、たぶん、石牟礼さんの持っているイメージとは違うものをわたしは持ったまま、何年もたち、いつか、どこかで、何かを思いわずらっているときに、ふと、「ざくろよりかなしい息子をたべられない」と口ずさむときが来るような気がしてなりません。それがおそらく、詩が読まれるという行為が完結するときです。

時空を超えた母なる海との出合い

道浦母都子
歌人

〈花びらを
 縁どりながらひろがる海が
 天上の夕映えを 懐胎しつづけていた〉

 詩集を読むよろこびは、こんなフレーズに出合うことにある。
 ときは夕映え、海はくれない色に染まり、海と空の境が、花びらを散らしたように濃いくれないに縁どられてゆく。
 天上の夕映えを、海に没しようとする太陽を、両手を広げて待ちうけているのは海。
 いのちの懐胎をつづける母なる海だ。

 私の故郷である紀州の海沿いには、「はなふり」という伝説がある。春秋の彼岸の日、夕陽は真西に没する。海に没する直前、夕陽の巡りを花が降るように、しらしらしらと光の花びらが舞う。土地の古老によると、それは西方浄土の幻だという。
 石牟礼さんは紀州から遠く離れた九州びと。
 彼女が見つめている海は、不知火の海。それなのに、私には、まだ目にしたことのない故郷紀州の「はなふり」が、このフレーズから立ちあがってくる。
 花びらのようなくれない、花びらのような光。
 石牟礼さんにとっての不知火、私にとっての紀州の海。たとえ、呼び方は違っても、海は海。私たちのいのちを懐胎しつづける母性の海だ。

〈大切なものを
 ぜんぶ 呑みこんで
 今朝も満ちているのだよと
 海霊(うなだま)さまの声が耳元でして
 生まれる前に死んだ
 きれいな泡のような 赤子たちの声といっしょに
 尺取り虫がゆく〉

 前掲の詩はこのようなフレーズで終わる。
 この詩のタイトルは「尺取り虫」。へえーっと、突拍子もない声をあげる私。先程とは一転しての驚き。
 これもまた、詩を楽しむよろこびの一つだ。
 石牟礼道子なる女人は、とんでもないことを考えるひと。ひょっとすると「海霊さま」の生まれ変わりかも。私までもが、とんでもなく心ざわめく。

『はにかみの国』は、ページをくるたびに、そんなよろこびと驚きを、もたらしてくれる。ただし、怠け者の読者には、そのよろこびは伝わらないかもしれない。
 海のようにどどど──っと押し寄せる言葉。肉体性を帯びた力のある言葉を楽しむには、読者は読者なりの力技がいる。
 考え抜いた末、私はこの詩集を一篇ずつ声を出して読むことにした。うんと大きく、うんとなだらかに発生し、詩の中を流れる波音のような音楽を自分自身のいのちのリズムと重ねながら読む。
 すると、

〈てのひらは 渚
 夕陽の引いてゆく渚〉

〈こんやも螢ほどの正気です〉

〈おんなを ちょうだい
 おとこを ちょうだい〉

 私の声と石牟礼さんの言葉が、稲妻のようにスパークする。スパークとは、石牟礼さんが言葉に託した「言霊」が、私に乗り移ること。私の声がいつしか、石牟礼さんの澄んだ海のような声に変化していくこと。
 石牟礼さんは、はにかみ国の歌姫。
 滅多に人前で、歌ってはくれない歌姫さまだ。でも、その声を、私たちは海が奏でる子守歌を聞くように楽しむことができる。
 私たちのこころが波のように凪ぐとき、「やわらかな水沫(みなわ)の声明(しょうみょう)」となった歌姫さまの声が、はにかみの国から届く光のように聞こえてくるはず。

〈でんわにさようならをしていると
 しゅっぽおーっと
 湯気のまじる朝の機関車の音が
 でんわの中から鳴った〉

 そう、突然、海からのでんわのように。

『はにかみの国』ただ一つ

司 修
小説家、画家、装丁家

 書店で目を瞑って取り出した文庫本を、ぱっと開いたら、こんな言葉に突き当たった。「あの方は、わずかな知性しかもたない者にとっても驚くほど解り易く、これら(魂)のことを語られた」
『パイドン』というタイトルだった。

 石牟礼道子全詩集『はにかみの国』が選に漏れたのは、詩壇という小さな箱に入りきれない大きさであったからだろう。また、洗練されたフランス料理の味ではなく、持ち重りのする塩むすびに千切り大根の具が入った豆かすの沈むみそ汁の味だったからかもしれない。そのような意味からすれば、この詩集が小さな箱に入れられなかったことは幸いしたともいえよう。しかし、『はにかみの国』が多くの人に読まれることを望むぼくとしては、小さな箱を壊す意味からしても受賞を願っていた。
『はにかみの国』には、現代詩が遠ざけてしまった大切なものが染みこんでいる。昔話のようなおおらかさで語られる詩の一つ一つは、特別な人々のためではない、普通に暮らす人々のための人臭い神話といってもいい。詩を構成するけして古くならない言葉は、静かなたたずまいの中に、強い生命力が見え隠れする。古くならないからこそ何時までも新しいのだ。現代詩にない土俗的な文体はより新しく感じられる。

 むじょうにつめたく優しい冬の水よ
 おととい生れの赤子のおむつがうつらうつら
 米のとぎ汁にゆられてきても
 なあに 三寸流れりゃ清の水
 高菜漬の胡椒もさっばりふり濯ぐ(川祭り)

「蓮沼」という詩は、蓮の根にやどる蛭の大親分が「いまさき 遠雷が鳴ったと思ったが/なんだ おまえが来たのか」と、生まれてから幾層紀も通り抜けて沼にやってきた者を迎える。沼に生息する虫や魚たちと沼の暁闇の幻想から、「おとうとの轢断死体をみつけた朝」が立ち上がる。
 
 まだ若かったまなこに緑藻を浮かべていた
 その目で沼のように うっすらとわらいながら
 ふむ この枕木で寝て かんがえてみゅう
 かんがえるちゅう
 重ろうどうば 計ってみゅう
 まあ線路というやつは
 この世を計る物差しじゃろうよ

 そんなに思っていたので あっさり
 後頭部ぜんぶ 汽車にくれてやった
 残された顔のまわりに
 いっしょに轢かれた草の香が漂い
 ふたつの泥眼を 蓮の葉の上にのせ
 風のそよぐにまかせて 幾星霜

 レクイエムも方言によって残酷なほどに歌われる。轢断死したおとうとが蘇るように「少年」という詩が後に「なんのことはない/ただの でくの棒だった」と続く。そこに素晴らしい「えにしの糸」の表現がある。

 おそるおそる ふり返ってみたら
 いましも しろい馬は
 食いしばった歯のあいだから
 糸よりもほそい唾液を
 すうっと光らせて
 立ちどまったところだった

 そうして「あの いづめの音がきこえ/波の襞のような闇の中/しなやかな/少年が通る」のである。
 この詩集の初出一覧を見ると、「水俣市教職員同人集『寄せ鍋』」であったり、画集であったり、写真集や週刊誌であったりして、詩と無関係な場所での発表ばかりである。また、制作年も、一九五八年から一九九五年まであり、未発表作品も六作加えられている。著者のあとがきに「書いては隠し、隠しして来たような気がする。ようなという言い方には何も彼も曖昧にしたい気分がこめられている。やりそこなってばかり生きてきたからと思う」とあるように、詩集として世に問うということは考えられていなかった。それゆえ詩壇の箱に縁がないのである。
 詩集の最後に「緑亜紀の蝶」と題された不知火海や石垣島や与那国の海が登場する。
「浜辺に、いったいいくつになっているのか、年齢も定かでないふさぎ神のお婆さんが睡っておりました」と始まる。この世のゆううつな思いを一手に引き受けている婆様の夢見語りは、それこそ詩なのか民話なのかわからない境目であり、詩の飾りなど一欠片もない。詩という特別世界の理解がなければ読めない詩ではない。もろもろの知識を必要としない詩である。こうした条件が備わると詩でなくなるという考えはぼくにはない。

目次紹介- 抜粋 -

原初よりことば知らざりき
点滅
娼婦
涅槃
蓮沼
彼岸花
少年
茜空
死民たちの春
はにかみの国
満ち潮
浜の甲羅
緑亜紀の蝶 ほか

石牟礼道子

いしむれ・みちこ

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石牟礼道子
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¥0円
いしむれ・みちこ

1927年熊本県天草出身。水俣実務学校卒業後、代用教員、主婦を経て1958年谷川雁の「サークル村」に参加、詩歌を中心に文学活動を開始。代表作『苦海浄土・わが水俣病』。その他『海と空のあいだに ・ 石牟礼道子歌集』(葦書房)、『形見の声 ・ 母層としての風土』(筑摩書房)、『潮の呼ぶ声』(毎日新聞社)、『石牟礼道子全集・不知火』(藤原書店)など。