書評

アジア回廊

アジア回廊 甲斐大策 甲斐巳八郎 満洲 アフガニスタン アフガン 石風社 中国 絵画 水墨画
A5判並製254頁
4-88344-017-6
定価:本体価格2000円+税
1996/11/30発行
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アジア回廊
zeikomi
¥0円


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満洲──アフガニスタン。茫茫たる中国大陸に生きる中国民衆の強靭な生を畏れとともに描いた巳八郎。深々としたアフガンの人と風土に魅入られ、その深奥を描かんと彷徨する大策。強烈な個性をもつ画家父子によるアジア回廊巡り。

書評

アフガンに見る人間の魂

小林清人
読売新聞文化部

〈パシュトゥンってどんな人たちだ?
「おれがパシュトゥンじゃないか。つまりアフガンだ。あんたはよく知ってるじゃないか」〉
 福岡市の石風社から出た「アジア回廊」は、父は戦前の中国を、息子は戦後のアフガニスタンを中心にアジア大陸を放浪した九州出身のともに絵かきの親子がこれまでに新聞や雑誌などに発表した文章を集めている。約250ページのほぼ前半分が息子の大策氏に、後半分が父巳八郎氏に充てられ、二人の絵画作品の図版も豊富だ。
 冒頭に引用した部分は大策氏とアフガンの〈兄弟〉ハジとのやりとりだが、「おれがアフガンだ」というきっぱりとした答え方が新鮮に感じられる。このように明快に確固とした自己確認のできる日本人は少ないのではないか。「殺すか兄弟になるか」の選択を迫られるのが、「血を支払い合う中で人間の心を知ってきた」アフガンの人々の人間関係だという。人々の魂は単純で、深い。
「毎年十万人失っても、今百二十万人戦える者がいるから十年はもつだろう。その間に子供達が育って、新たな百二十万人が出てくるよ」
アフガン戦争下でのこの長老の言葉にも圧倒される。人々は長大な時空の中で生きている。ここでの生活の美しさは「悠久の時間をぬって多くの民族と文化が交流し破壊し、そのつど、ほんの少しずつ厳選された美が残り、人々の生活にキラキラとちりばめられていった」ようなものとしてある。音楽もまた「民族興亡の数千年が練り上げた旋律」なのだ。
 ペシャワールでは、「毎夜、仇討ちのために、少なくとも二人以上の死人がでる」。ハジがみずから描き出すように彼らは「正直で、ウソつきで、盗っ人で人殺し」だが、日本人の〝兄弟〟を見送るために十時間をバスに揺られ、別れ際には「涙を浮かべ力いっぱい私を抱きしめ」るような人間でもある。
「泥と血の匂いとともに、無限の優しさを漂わせる」人々は、異国趣味で眺める分には尽きない魅力をたたえて見えるが、隣人として付き合うとなると、どうだろう。現代文明が失ってしまった何かに郷愁を感じてばかりもいられなくなるはずである。
 彼らの生活態度がさし示すももを「西欧近代の知と思考によって解きほぐすのは不可能である」と大策氏も指摘する。私たち日本人の多くにとっても事情は同じだろう。イスラムに改宗し、彼らと〝兄弟〟になったはずの大策氏自身、「結局のところ私は見物人だ」と書く。そうつぶやくしかないような遠い距離が彼らと私たちの間には横たわっているようである。
 巳八郎氏も画家らしい丹念さで人々の暮しを記述している。戦前の日本人で、対等の人間としての目線で中国人を眺めることのできた人はそう多くはないのかもしれない。売春婦や賭博者に向けるまなざしにも、余儀ない人生を生きる人々への共感やいたわりの気持ちが感じられる。

目次紹介- 抜粋 -

【甲斐大策】アフガニスタン彷徨
  アフガニスタン素描
  チャイハナのある風景
  アフガン戦争
  聖者と殺人者
  中国からのたより
【甲斐巳八郎】満洲茫茫
  東支鉄道
  平康里 
  ハルビンへ
  満洲点描
  満洲の美しさ
  満洲のロシア人
  南京へ
  アフガニスタン

甲斐巳八郎

かい・みはちろう

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甲斐巳八郎
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かい・みはちろう

1903-1979年。
熊本市に生まれる。有田工業学校図案絵画科卒業、京都市立絵画専門学校(現京都市立芸術大学)にて福田平八郎に師事。
1927年中国雲崗石窟調査隊に参加。1930年旧満洲に渡り、翌年、旧満洲鉄道社員会報道部に入社、沿線各地のルポ、風俗、風習の調査を行う。
戦後、宗像郡福間町に引き揚げた後もアジアへの想い断ち難く、晩年に至るまでインド、パキスタン、アフガニスタン等へ旅を続ける。
水墨画の可能性を積極的に探り、独自の境地を開いた。没後、福岡市美術館で「現代に生きる新しい水墨画の世界──甲斐巳八郎展」が開催された。
著作に、素描画集『北京』、旧満鉄沿線ルポは『協和』に連載。

甲斐大策

かい・だいさく

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甲斐大策
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かい・だいさく

画家・作家。1937年、中国大連市生まれ。早稲田大学文学部卒業。
青年期より民族音楽・楽器の制作・演奏に親しむ。1969年以降、今日までアフガニスタンとその周辺に通い続ける。対ソ戦、内乱期にはムジャヒディン・グループに加わり、地雷探索等に従事、現地アフガンとの親交を深め、イスラムに入信。主にアフガニスタン・パキスタンやアジア内陸を題材に、油彩・ガラス絵等、全絵画表現を水墨画へ収斂せんと努める。イッセイ・ミヤケ、コムデギャルソンのショーにも出演し脚光を浴びる。一方、1988年より文筆活動を開始、その文学的個性は五木寛之氏、中上健次氏らの絶賛を浴びる。著書に『ペシャーワルの猫』(トレヴィル)、『生命の風物語』『シャリマール』『神・泥・人』『餃子ロード』『アジア回廊』(父巳八郎と共著)『聖愚者の物語』(以上石風社)がある。