書評

神・泥・人

神・泥・人 神 甲斐大策 石風社 アフガニスタンの旅 アフガニスタン イスラム
A5判変型121頁
定価:本体価格1800円+税
1992/02/20発行


アフガニスタンの旅から

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神・泥・人
zeikomi
¥0円

移動民の血に魅かれつつ、二十年以上にわたりイスラム世界をさまよいつづける著者が、アフガニスタンの人々との深い関わりのなかで、自らの魂の古層を問い返す。──移動民の血・イスラムの風

書評

重なり合った心で語る甘美な世界

小滝 透
作家、アラビスト

 この「神・泥・人」と題するアフガニスタン記は1960年代後半より現在まで同地と深く関わりあってきた著者の足跡を記したものである。
 しかし、それは単なる旅行記でもなく風土記でもなく著者の持つ幼い頃の旧満州国大連の思い出から出発する。
大連で迎えた敗戦直後の思い出が巡り巡っていつしかアジアへの回帰を招き、アフガニスタンとの出会いを生み出す。
 ハイバル峠を西側へ抜け、初めてアフガニスタンの大地に触れた彼の魂は、その後移動民(遊牧民)のさすらう暮しの素晴らしさと悲哀に触れ、遠来の客をもてなす包容力とその底に流れる激しい異邦人への拒絶を感じ、さらにはそこに現在生きている人々の伝統的価値観と近代化の狭間でおこる衝突と動揺を淡々と語っている。
実際、著者が初めてアフガニスタンの地を踏んで以来、この地では様々な事件や変革がおこってきた。
 1970年代の王制の崩壊後、いくどものクーデターがくり返され、ついにはソビエト軍の介入をみるや、アフガニスタンの全土は今に至る激しい内戦に突入した。
 著者の見たアフガニスタンの内情は実にこうした急速な近代化と国際情勢の激変により揺れ動く国家と国民の姿であったはずである。
 そして事実、こうした事件はその都度本書の中でも語られている。
 しかし、こうした現状を書くにつけても、著者の記述にはどこか透んだ静謐さが感じられる。また、長く異邦人として住む中で必ず起きるいらだちや疎外感も著者においてはアフガニスタンへの思いの中でいつしかきれいに昇華されている。
 したがって、ここで語られている世界は、アフガニスタンの大地や人々の具体的な記述でありながらも、同時にそれを超越した一つの甘美な世界でもある。
 広くはるかなアフガニスタンの大地も、雑踏と喧噪の交錯するバザールの世界も内戦のため国外で暮らさざるをえなくなった難民たちの現情も我々に伝えられる報道とは全く別の姿を見せる。
 それは既に著者の心の一面が確実にアフガン人の一面と重なり合って同化しているからにほかならない。
 著者の見る眼は日本人の眼であると同時にそれを越えてアフガン人の眼と化している。
 長いアフガニスタンとの交流の中、いつしか彼の心の中にはアフガニスタン人が巣食ってゆきそれが日本人である彼自身と混合していったにちがいない。
 本書の記述の底に流れる一種独特の雰囲気は、こうした両者の共存と調和によってかもし出されているからであろう。
 そしてそれは最後には大連での少年時代に回帰してゆくものかもしれない。
 事実、本書の記述は大連での敗戦に始まり、アフガニスタンでの体験を経て、最後に再び中国(西安)の記述で終わっている。
 一般に我々日本人はシルクロードに代表されるアジア内奥部の国々に強い憧れを抱いてきた。そして本書はその憧れをアフガニスタンの大地を介して強く我々に訴えかけ、アジアの地へと誘っているのである。

目次紹介- 抜粋 -

碧い瞳の少年兵  移動の民クチィ  チャイの心  飢え  ターコイズ・ブルー  言葉  音楽家達  絵描き  信じる  国家意識  ゴスファン  孤独  若者の性  ハシッシュ  カーペット  歴史観  家  ザフリ  ツァプリ・カバブ  サファル・バハエル  西安・廟后街にて

甲斐大策

かい・だいさく

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甲斐大策
zeikomi
¥0円
かい・だいさく

画家・作家。1937年、中国大連市生まれ。早稲田大学文学部卒業。
青年期より民族音楽・楽器の制作・演奏に親しむ。1969年以降、今日までアフガニスタンとその周辺に通い続ける。対ソ戦、内乱期にはムジャヒディン・グループに加わり、地雷探索等に従事、現地アフガンとの親交を深め、イスラムに入信。主にアフガニスタン・パキスタンやアジア内陸を題材に、油彩・ガラス絵等、全絵画表現を水墨画へ収斂せんと努める。イッセイ・ミヤケ、コムデギャルソンのショーにも出演し脚光を浴びる。一方、1988年より文筆活動を開始、その文学的個性は五木寛之氏、中上健次氏らの絶賛を浴びる。著書に『ペシャーワルの猫』(トレヴィル)、『生命の風物語』『シャリマール』『神・泥・人』『餃子ロード』『アジア回廊』(父巳八郎と共著)『聖愚者の物語』(以上石風社)がある。