書評

笑う門(かど)にはチンドン屋

笑う門にはチンドン屋 安達ひでや ちんどん チンドン お笑い 安達 大道芸 イカ天 バンド CD ロック
246頁 四六判並製
4-88344-117-2
定価:本体価格1500円+税
2005/02発行
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笑う門(かど)にはチンドン屋
zeikomi
¥0円


チンドン屋定番曲収録CDつき!


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笑う門(かど)にはチンドン屋
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「チンドン屋が天職でございます」。親も呆れる漫談小僧、ロックにかぶれ、保証もかぶって日銭稼ぎに始めた大道芸の路上から、すべては始まった──。あの「イカ天」が生んだけ稀代のチンドン・バカが綴る、因果のはての極楽をご覧あれ。

書評

ロックから転身した著者が綴るチンドン業界の今と未来

松村 洋
評論家

 昨年9月、JR総武線亀戸駅前で、久しぶりにチンドン屋さんを見かけた。お決まりの派手な着物にカツラと厚化粧。だが、チンドン太鼓にゴロスと呼ばれる大太鼓の2人だけで、管楽器演奏をカセットテープで流していた。メンバー不足は、やはり寂しかった。その後、チンドン屋さんには遭遇していない。
 昭和30年代を境に、チンドン業界は衰退の一途をたどってきた。この時代遅れの街頭宣伝業は早晩消滅するはずだ。それが、一般的な見方だろう。だが、本当にそうか? ひょっとしたらチンドン屋はしぶとく生きのびるかもしれないぞ。そう思わせてくれるのが本書である。
 著者は1964年生まれ。彼が福岡市で「アダチ宣伝社」を旗揚げし、チンドン屋の道を歩み始めたのは94年、30歳のときだった。同社のスタッフは現在、アルバイトも含めて総勢15人ほどになり、九州各地と山口県を中心に、街回りの宣伝業務のほか、さまざまなお祭り、イベントなどで活躍している。
 ところが、熊本出身の著者は、子どものころ、チンドン屋を実際に見たことがなかったのだそうだ。音楽にのめり込んだ彼は、大学を中退して博多でロック・バンドを結成した。そのバンドは、当時の人気テレビ番組「イカ天」(「イカすバンド天国」)にも出演し、なかなか人気があったという。
 その後、彼はラジオ番組のパーソナリティーに抜擢されたり、大道芸で投げ銭を稼いだり、さまざまな仕事をしたが、あるときチンドン屋の真似事をした。これが性に合っていたらしい。今では「チンドン屋が好きで、やめたくてもやめられない」と彼は書いている。
 だが、もともと音楽畑の人だから、たとえばアコーディオンの話の中に、テックスメックス(テキサス〜メキシコ系音楽)やザディコ(米ルイジアナ州の黒人音楽)なんて、マニアックな音楽の名がポンポン飛び出す。こんな人、旧世代のチンドン屋さんには絶対いないはずだ。
 じつは80年代前半に、ジャズ界からチンドン界に入った若者がいた。サックス奏者の篠田昌巳氏(92年没、享年34)である。
 同じころ関西では、立命館大学「ちんどん屋研究会」を作った林幸治郎氏が大阪の「青空宣伝社」に入り、やがて独立して「ちんどん通信社」(現「東西屋」)を起こした。ここらが、いわばニューウェイブ・チンドンの出発点で、著者は約10年遅れで彼らを追ったわけだ。
 本書には、著者がチンドン屋になった経緯、仕事のエピソード、大先輩の親方たちや後輩の話、チンドン屋の歴史、「全日本チンドンコンクール」の様子などが、素直な筆致で楽しく綴られている。チンドンやイベントの出し物を工夫する著者の柔らかな発想が面白い。
 ロックからチンドンに転身した著者は、チンドン屋を内側と外側の両方から、バランスよく見ることができる。チンドン屋の優れた知恵と技術を受け継ぎながら、広い視野からチンドン屋をとらえ直す。そうしたニューウェイブ・チンドンの発想が、よくわかる本である。
 新しい若手チンドン屋の人数は、まだ決して多くない。だが、チンドン業界の未来を担うのは、この人たちだ。ホリエモンに言われるまでもなく、これからはインターネットがますます生活の中に浸透していく。だが、そうなればなるほど、かえって生身の人間同士が直接出会うコミュニケーションもまた求められるかもしれない。とすれば、まさに「手の届くところにお客さんの喜怒哀楽がある」チンドン屋の出番ではないか。
 版元は確かな本作りで信頼できる福岡の出版社で、本書はチンドン演奏のCDが付いてこの定価。お買い得である。

その業界の姿と魅力の秘密を、自らの体験をもとに興味深く紹介していく

吉村明彦
著述家

『広辞苑』の「ちんどん屋」の項には「人目につきやすい服装をし、太鼓・三味線・鉦(かね)・らっぱ・クラリネットなどを鳴らしながら、大道で広告・宣伝をする人。関西では〈東西屋〉〈広目(ひろめ)屋〉という」という具体的な解説がある。いっぽう「屋」の項には「その職業の家またはその人を表す語」と同時に「あなどりやからかいの気持ちをこめて人を呼ぶ語」の意味も並ぶ。
 文筆業ならば職業の表記には注意をはらわねばならない。なるべく「〜業」と表記してきたつもりだが、幼いときから呼び慣れてきたチンドン屋さんなど、頭をかかえる場合もある。街頭広告業ではどこか威圧的で、わくわくし、ほのぼのとするようなニュアンスが伝わらない。
『笑う門にはチンドン屋』を手に取ってみると、冒頭の「ボク、チンドン屋です。」という章のなかに早速「チンドン屋は放送禁止用語か?」という見出しがたっていた。私が気にしていることが書いてあると思って、読み進めていった。ここでおわかりのように著者はチンドン屋業を営んでいる。以前に、放送業界にいたため放送コードに対して敏感でもある。著者がテレビやラジオに出演すると、かならず「放送でチンドン屋と紹介してもよろしのですか」「別の言い方はないですか」などと懸念してきかれるという。そんなとき「チンドン屋の僕がチンドン屋と呼んでくれっていってるんだからいいでしょう」と答える。そして「チンドン屋を放送禁止用語だと考える輩は、結局のところどこかでチンドン屋を見下しているのだ」とあった。胸のつかえがとれたものの、そのとおりだろうと思った。
 チンドン屋は、軍国主義が萌芽した明治時代の軍楽隊の退職者たちが、運動会などで楽隊として演奏し、副収入として町回りの宣伝仕事を始めたことが嚆矢だとある。また、昭和6年頃、映画産業が無声映画からトーキーに変わっていくなか、映画館で演奏していた楽士が職を失ってチンドン屋に流れていったという背景もある。つまり、一般社会では、落ちぶれた仕事の象徴でもあったのだ。
 音楽社会でも同様だろう。たぶん「ちん」というのは仏壇に置かれた鈴(りん)の音の連想、「どん」のほうは唐突なやかましい音ではないかと考える。神聖な音と不快な音が重なるわけだから、よけいに不謹慎な騒音を強調するのが「ちんどん」という擬声語なのだろう。だから「ちんどん屋」とは、演奏者への揶揄にみちた表現でもある。
 だが、21世紀の現在ではどうか。1964年生まれで、幼少時から「地球の上に朝がくる」のあきれたぼういずと、ハナ肇とクレイジーキャッツが大好きだったという著者は、1980年代後半の青春期にはロックバンドを結成し、あの「イカ天(平成名物テレビ・イカすバンド天国)」で3週連続人気投票1位に輝いた過去をもつ。30歳の誕生日を転機にチンドン屋となり、現在、大活躍中。こうして顛末が本書に綴られる。
 この業界の若手には著者のように、ロックやジャズの出身者が多いという。はじめ一様に抵抗を示すものの、なぜだか、すぐに口上や踊りやビラ配りという作業に熱心になり、やがて仕事にのめりこんでいく。ロックやジャズの志望者にとっては、おそろしい話かもしれないが、いったいチンドン屋のどこに魅力があるのか。「もっともチンドン屋が力を発揮するのは路上であり、もっとも厳しく、やりがいがあるのもまた路上である」。音楽や芝居など、芸能の原点を感じさせる力強い言葉だと思う。チンドン屋は21世紀の花形職業であり、学ぶところが多いかがよくわかることと思う。
 付録の「チンドン・グレイテスト・ヒッツ!」という定番曲集を聴いてみる。楽しく侘しいのは予想どおりだが、録音もよく、まるでニューオリンズで発生したジャズのようで、録音・発表に対する自信と誇りのほどがよくうかがえる。
 そういえば、その広域な音楽と人間性でいまや誰からも信奉を得ている渡辺貞夫を思い出す。ナベサダが宇都宮工業高校時代、昔チンドン屋をやっていた駄菓子屋の親父にクラリネットの弟子入りしたのは、ジャズ・ファンの間ではよく知られた逸話だった。

目次紹介- 抜粋 -

第一幕 チンドン屋って冗談ですか?
     「ボク、チンドン屋です」
     教科書はコミックソングだった
     チンドン屋への道  
第二幕 チンドン・アダチ流
     チンドン彷徨
     ピエロとちょんまげ
     チンドン屋を始めた男
第三幕 チンドンは業(なりわい)と心得よ
     そもそもチンドン屋というものは…
     女はチンドン屋の華である 
第四幕 旅するチンドン屋
     葬儀屋に呼ばれた
     ここで目立てといわれても 
第五幕 全国ちんどん博覧会

安達ひでや

あだち・ひでや

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安達ひでや
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あだち・ひでや

1964年熊本県生まれ。山口大学農学部中退。
ロックバンド、ラジオパーソナリティを経て、1994年よりチンドン屋「アダチ宣伝社」を立ち上げ現在に至る。CDに『楽しいチンドン・むかしのうた』(キングレコード)がある。