書評

元治元年のサーカス

街道茶屋百年ばなし 元治元年のサーカス 岩崎京子 街道 元治 サーカス 岩崎 京子 田代 三善 蒸気 異人 横山 御一新 時代 小説 児童 鶴見 東海道 鶴見 史料
四六判並製 286頁
4-88344-120-2
定価:本体価格1500円+税
2005/03発行
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元治元年のサーカス
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街道茶屋百年ばなし(第三部)

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元治元年のサーカス
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幕末・開化期の横浜。来航した異人の珍道中を描く「イッピンシャンの冒険」から、生麦事件の裏で活躍したとされる少女を描いた「黒い瞳のスーザン」、曲芸師の親方のもとに飛び込んだ少年と一座が舶来のサーカスに出会うまでを描いた表題作まで、〈御一新〉の嵐に翻弄されつつもひたむきに生きる人々の姿を、すがすがしい筆致で描いた短編時代小説集

書評

歩く速さはいろいろに

樋口伸子
詩人

 アンダンテという音楽用語がある。〈歩くようにゆっくりと〉という意味の演奏速度を表す言葉だが、時代によって歩く速度は違うだろう。本書を読むと、街道を流れた時間に思いが巡る。
 物語の舞台は、幕末から開化期の横浜鶴見地区の街道筋。一膳めし屋「ろくいむ」の看板娘、十二歳のおけいが出会った人びとの珍談や村の出来事が悲喜こもごもに語られ、どの短編も読み飽きない。
 もちろん、ゆっくり歩く人ばかりではなく、早馬も駆ければ、大名行列も通るし、わけありの新内流しから、うわさ好きのおかみさんや血の気の多い若者まで、人の道の歩き方はいろいろ。
「黒船・蒸気車・異人さん。ニッポンがまだ初々しかった時代の横浜市井人情譚」とは帯の一節。転換期の庶民と著者の好奇心がうまく重なり、人物も会話も無理のない文の魅力で生き生きと動く。
 軽業師志願の少年と舶来サーカスことはじめを描いた表題作も面白いが、お伊勢参りを題材にした「犬の抜け参り」が、信心にかこつけた当時の物見遊山の道中記に、現代の団体ツアーがだぶっておかしくも楽しい。
 何しろ大旅行だから、積み立て講で賄うにしろ、準備だけでも大わらわ。そこで御師(おんし)という神官まがいが手形や宿の手配など道中の一切の世話をする。ツアー・コンダクターと同じだ。
 子供だってついて行きたい。平吉と太市は着の身着のままで、おとっつあん達の後から抜け参りに出立。みじめな難儀の中にも人の情けを知り、道連れとなる犬との珍道中がけっさくだ。お札を首につけた殊勝な代参犬の姿に街道沿いの人もほろりとなる。
 江戸と横浜の間(あい)の街道だけでなく全国の街道に、お上の大変時にも庶民には庶民の明け暮れがあったのだ。困窮の中でさえ楽しみの達人であれるのが庶民である。
 あと二巻は『子育てまんじゅう』、『熊の茶屋』。鍛冶屋、紺屋などの働く様に見惚れつつ三部作の街道を歩いていると、おや、懐かしい言葉が耳に。「へえ、玄界灘に面した、よか港町ですたい」。筑前芦屋から船を仕立てて有田焼きを売りに来た茶碗売りだ。
 著者は、『かさこじぞう』や映画にもなった『鯉のいる村』で知られる児童文学者。三十余年前に舞台となった小千谷地方の風景が中越地震の後テレビに何度も流れた。本書と同様、アンダンテの速度が生活の基にあった頃の話。

御一新を生きる庶民の哀歓

かねこたかし
児童文芸作家

 著者は『鯉のいる村』『花咲か』などで知られる童話作家だが、本書は「街道茶屋百年ばなし」としてくくった時代小説短編集三部作の第三部である。三部作の舞台は幕末・開化期の横浜。黒船、蒸気車、異人さん……と波のごとく打ち寄せる〈御一新〉の中で、ひたむきに生きる庶民たちの哀歓をさわやかな筆致で書いている。
 三部作の第一部『熊の茶屋』と第二部『子育てまんじゅう』は、それぞれ過去に出した『東海道鶴見村』『鶴見十二景』の解題復刻版だが、第三部の本書は初出が同人誌である。鶴見上町の一膳めし屋の十二歳になる看板娘おけいちゃんの視点で書いている。
 著者によれば、鶴見界隈は「宝の山」らしい。「そこには名主の日記をはじめいろいろな記録が残っているし、江戸期の名店の跡もあるし、そこに登場してくる方々は個性的だし、同時に日本中どこにでもいるという普遍性もありました」と「あとがき」にある。
 古史料からヒントをもらうと、記録を探したり、事情を知る人を訪ねたりして検証にかかる。だが、物語のメーンはあくまでも庶民であり、その哀歓である。例えば「黒い瞳のスーザン」は生麦事件関連で書いているが、事件そのものではない。大名行列の供頭に斬られたイギリス青年を介抱したとされる美少女の話を探り出し、その娘にスポットを当てている。
「イッピンシャンの冒険」はペリー艦隊の一員としてやってきた異人牧師の珍道中。表題作は、曲芸師の一座に飛び込んだ少年が舶来サーカスに出合うまでの話。いずれも史実とフィクションが上手にからまり、作為といったものが感じられない。全編にわたり滋味豊かで、味わい深い作品集だ。

目次紹介- 抜粋 -

おけいちゃん
イッピンシャンの冒険
黒い瞳のスーザン
犬の抜け参り
元治元年のサーカス
こがねのゆびわ
そこのけそこのけ蒸気車が通る
鶴見赤ナス金太ナス
鶴見の氷事情
ユリの行方
姫君さま神かくし
生麦のお舟歌
新内流しの春太郎

岩崎京子

いわさき・きょうこ

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岩崎京子
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いわさき・きょうこ

1922年東京都生まれ。短編「さぎ」で日本児童文学者協会新人賞を受賞。『鯉のいる村』(新日本出版社)で野間児童文芸賞、芸術選奨文部大臣賞、『花咲か』(偕成社、その後石風社)で日本児童文学者協会賞を受賞。
主な作品に『かさこじぞう』『ききみみずきん』(以上ポプラ社)、『十二支のはじまり』(教育画劇)、『けいたのボタン』(にっけん教育出版社)、『赤いくつ』(女子パウロ会)、『一九四一黄色い蝶』(くもん出版)、『街道茶屋百年ばなし・熊の茶屋』『街道茶屋百年ばなし・子育てまんじゅう』『街道茶屋百年ばなし・元治元年のサーカス』(以上三部作、石風社)『久留米がすりのうた』(石風社)など多数ある。

田代三善

たしろ・さんぜん

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田代三善
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たしろ・さんぜん

1922年東京生まれ。日本美術家連盟、日本児童出版美術家連盟会員。
主な作品に『龍の子太郎』(講談社)、『太陽とつるぎの歌』(実業之日本社)、『こしおれすずめ』(国土社、ボローニャ国際絵本原画展出品)、NHKテレビ文学館『雪国』他、『音吉少年漂流記』(旺文社)、『おばけ』(佼成出版社)、『東海道鶴見村』『海と十字架』(偕成社)、『ぼくのとうきょうえきたんけん』『源義経』(小峰書店)、『道元禅師物語』(金の星社)、『久留米がすりのうた』(旺文社、のち石風社)、『熊の茶屋』『子育てまんじゅう』『元治元年のサーカス』(街道茶屋百年ばなし3部作、石風社)などがある。