書籍

文芸(小説・エッセイ)既刊
発行日▼50音順▲
 (70件中) 41〜50件目
街道茶屋百年ばなし 子育てまんじゅう 岩崎京子 子 授け まんじゅう 土産 サボテン 宿場 時代小説 街道 岩崎 京子 田代 三善 茶屋 百年 ものがたり 児童 読み物 文学 東京 江戸 文化 文政 小説 鶴見 東海道
booktitle
子育てまんじゅう
zeikomi
¥0円
子育てまんじゅう

子授け観音にあやかったまんじゅうを商う参道の土産物屋の姉妹を描く表題作や、もらいうけたサボテンを持て余す茶屋の主を描いた「さぼてん茶屋二代」など、古史料をもとに、文化文政期の東海道・鶴見村と周辺の宿場町の生活風景をさわやかな筆致で描く短編時代小説集

  • 四六判並製 224頁
  • 4-88344-119-9
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2005/03発行
ゴールキーパー 大塚菜々 いのうえしんぢ 石風社 小学生 サッカー 読み物
booktitle
ゴールキーパー
zeikomi
¥0円
ゴールキーパー

成績は抜群、でもスポーツはからっきしダメの小太り。小学6年生の信也は、サッカーのクラスマッチに盛り上がる5組のなかで一人クールを決め込んでいたが……みんな、いろんなものをいっぱいかかえながら、それでもわらっているんだ。ぼくは、もう、孤独なゴールキーパーじゃない!

  • A5判上製205頁
  • 4-88344-072-9
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2001/06/01発行
街道茶屋百年ばなし 元治元年のサーカス 岩崎京子 街道 元治 サーカス 岩崎 京子 田代 三善 蒸気 異人 横山 御一新 時代 小説 児童 鶴見 東海道 鶴見 史料
booktitle
元治元年のサーカス
zeikomi
¥0円
元治元年のサーカス

幕末・開化期の横浜。来航した異人の珍道中を描く「イッピンシャンの冒険」から、生麦事件の裏で活躍したとされる少女を描いた「黒い瞳のスーザン」、曲芸師の親方のもとに飛び込んだ少年と一座が舶来のサーカスに出会うまでを描いた表題作まで、〈御一新〉の嵐に翻弄されつつもひたむきに生きる人々の姿を、すがすがしい筆致で描いた短編時代小説集

書評

歩く速さはいろいろに

樋口伸子
詩人

 アンダンテという音楽用語がある。〈歩くようにゆっくりと〉という意味の演奏速度を表す言葉だが、時代によって歩く速度は違うだろう。本書を読むと、街道を流れた時間に思いが巡る。
 物語の舞台は、幕末から開化期の横浜鶴見地区の街道筋。一膳めし屋「ろくいむ」の看板娘、十二歳のおけいが出会った人びとの珍談や村の出来事が悲喜こもごもに語られ、どの短編も読み飽きない。
 もちろん、ゆっくり歩く人ばかりではなく、早馬も駆ければ、大名行列も通るし、わけありの新内流しから、うわさ好きのおかみさんや血の気の多い若者まで、人の道の歩き方はいろいろ。
「黒船・蒸気車・異人さん。ニッポンがまだ初々しかった時代の横浜市井人情譚」とは帯の一節。転換期の庶民と著者の好奇心がうまく重なり、人物も会話も無理のない文の魅力で生き生きと動く。
 軽業師志願の少年と舶来サーカスことはじめを描いた表題作も面白いが、お伊勢参りを題材にした「犬の抜け参り」が、信心にかこつけた当時の物見遊山の道中記に、現代の団体ツアーがだぶっておかしくも楽しい。
 何しろ大旅行だから、積み立て講で賄うにしろ、準備だけでも大わらわ。そこで御師(おんし)という神官まがいが手形や宿の手配など道中の一切の世話をする。ツアー・コンダクターと同じだ。
 子供だってついて行きたい。平吉と太市は着の身着のままで、おとっつあん達の後から抜け参りに出立。みじめな難儀の中にも人の情けを知り、道連れとなる犬との珍道中がけっさくだ。お札を首につけた殊勝な代参犬の姿に街道沿いの人もほろりとなる。
 江戸と横浜の間(あい)の街道だけでなく全国の街道に、お上の大変時にも庶民には庶民の明け暮れがあったのだ。困窮の中でさえ楽しみの達人であれるのが庶民である。
 あと二巻は『子育てまんじゅう』、『熊の茶屋』。鍛冶屋、紺屋などの働く様に見惚れつつ三部作の街道を歩いていると、おや、懐かしい言葉が耳に。「へえ、玄界灘に面した、よか港町ですたい」。筑前芦屋から船を仕立てて有田焼きを売りに来た茶碗売りだ。
 著者は、『かさこじぞう』や映画にもなった『鯉のいる村』で知られる児童文学者。三十余年前に舞台となった小千谷地方の風景が中越地震の後テレビに何度も流れた。本書と同様、アンダンテの速度が生活の基にあった頃の話。

御一新を生きる庶民の哀歓

かねこたかし
児童文芸作家

 著者は『鯉のいる村』『花咲か』などで知られる童話作家だが、本書は「街道茶屋百年ばなし」としてくくった時代小説短編集三部作の第三部である。三部作の舞台は幕末・開化期の横浜。黒船、蒸気車、異人さん……と波のごとく打ち寄せる〈御一新〉の中で、ひたむきに生きる庶民たちの哀歓をさわやかな筆致で書いている。
 三部作の第一部『熊の茶屋』と第二部『子育てまんじゅう』は、それぞれ過去に出した『東海道鶴見村』『鶴見十二景』の解題復刻版だが、第三部の本書は初出が同人誌である。鶴見上町の一膳めし屋の十二歳になる看板娘おけいちゃんの視点で書いている。
 著者によれば、鶴見界隈は「宝の山」らしい。「そこには名主の日記をはじめいろいろな記録が残っているし、江戸期の名店の跡もあるし、そこに登場してくる方々は個性的だし、同時に日本中どこにでもいるという普遍性もありました」と「あとがき」にある。
 古史料からヒントをもらうと、記録を探したり、事情を知る人を訪ねたりして検証にかかる。だが、物語のメーンはあくまでも庶民であり、その哀歓である。例えば「黒い瞳のスーザン」は生麦事件関連で書いているが、事件そのものではない。大名行列の供頭に斬られたイギリス青年を介抱したとされる美少女の話を探り出し、その娘にスポットを当てている。
「イッピンシャンの冒険」はペリー艦隊の一員としてやってきた異人牧師の珍道中。表題作は、曲芸師の一座に飛び込んだ少年が舶来サーカスに出合うまでの話。いずれも史実とフィクションが上手にからまり、作為といったものが感じられない。全編にわたり滋味豊かで、味わい深い作品集だ。

  • 四六判並製 286頁
  • 4-88344-120-2
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2005/03発行
久留米がすりのうた 井上でん物語 岩崎京子 久留米 かすり 絣 がすり 井上 岩崎 京子 着物 からくり おでん 機織 仕事着 藍
booktitle
久留米がすりのうた
zeikomi
¥0円
久留米がすりのうた

偶然と好奇心が生んだ庶民の美


祖母の機織りを手伝いながら、着古してかすれた藍染めを見て「おでん加寿利」を創作した少女期、そして天才発明少年・からくり儀右衛門と共に、素朴で可憐な「絵絣」を完成させた久留米がすりの母・井上でんの前半生を清々しい筆致で描く長編小説

書評

優れた工芸品は少女の創意から

 藍色と白を基調にした木綿の布に、素朴で可憐な絵柄が織り込まれた久留米絣(がすり)。高度な技術とセンスが必要とされ、技術者に重要無形文化財保持者も含まれるこの工芸品は、約二百年前、一人の少女・井上でんの閃(ひらめ)きから生まれた。
 本書は、彼女が久留米絣を考案するまでの前半生を描いた伝記小説だ。「好きこそものの上手」の言葉通り、でんは機織りを見るのが大好きな少女だった。寺子屋での勉強より、糸が布になる不思議さに魅せられ、祖母の機織りを手伝ううち、見よう見まねで整経(せいけい、機に糸をかけること)を覚え、機織りを修得。
 当時の織物は無地ばかり。花や鳥が大好きな少女の目には味気なく見えた。京染めのような柄は作れないのかと思った矢先、着古した仕事着のかすれた色を見て、でんはハッとする。機織りの時に白い糸を先に混ぜると、雪のような模様ができることに気づいた。それは「あられ織」として評判を呼び、でんは藩御用達の大店(おおだな)で織り子達に教えることになり、武家の家でも技術を伝授した。
 だが、好奇心旺盛な彼女はそれだけでは満足しない。桜や魚、鳥、更には久留米の町の情景を新柄として織りたい──そんな夢を語る少女に興味をもったのが、近所に住む15歳の天才発明少年・からくり儀右衛門(ぎえもん)。彼もまた好奇心を膨らませ、機の構造を変えたらどうかと提案。実験を重ね、ついに絵絣を完成させる。
「こん糸は撚(よ)りの強か。そりけんで、こげん風合いの出っとでっしょう」など、全編に躍動する久留米弁の会話が、登場人物の輪郭を生き生きと描き出している。

  • 四六判並製 208頁
  • 978-4-88344-156-3
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2007/12発行
街道茶屋百年ばなし 熊の茶屋 岩崎京子 街道 岩崎 京子 熊 茶屋 田代 三善 元治 文化文政 児童 物語 小説 時代 鶴見 宿場 東海道 江戸
booktitle
熊の茶屋
zeikomi
¥0円
熊の茶屋

もらいうけた熊を茶店の名物にしようと、懸命に芸を仕込む主を描いた表題作や、建具屋に奉公する姉と弟の健気な姿を描いた「姉弟」など、古史料をもとに、文化文政期の東海道・鶴見村と周辺の宿場町に生きる庶民のすがすがしい生活風景を活写する短編時代小説集

  • 四六判並製 222頁
  • 4-88344-118-0
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2005/03発行
餃子ロード

北緯30度線から40度線の大陸を東西に旅すると、いつも餃子があった。三十年にわたりアジアを彷徨し続ける異能の画家が記す魂の餃子路。
五木寛之氏絶賛! 「舌触りや、熱さや、辛さがある。北方の土俗の靭(つよ)さがある」

書評

旅の名手が〝民衆の味〟探索

島田真祐
島田美術館館長

 甲斐さんは筋金入りの旅人である。筋金は異郷体験の豊富さや年季のせいだけではない。おそらくは氏の骨髄のどこかに潜む移動民の遺伝子のざわめきと、対象世界にかかわる関心の並外れた深度による。氏には、もともと異郷として感受していないふしさえある。
「気づくと、北緯三十度線と四十度線にはさまれる帯の中を東へ西へ歩いていた。三十四度線あたりには、カーブル、ペシャワール、西安、洛陽、北九州、奈良が、いま少し北寄りにはサマルカンド、カシュガル、玉門、北京、大連、山形が並ぶ。意図したわけではないのに、それ等の土地にいた(いた=・・)」と、氏は書く。その天性ともいえる漂泊癖と精神は、大連に生まれて幼少年期を送り、中国大陸の風土と民衆を独特の筆法で描きつづけた画家の父の存在、大学でながく安藤更生先生門下として東洋美術史を学んだことなどと、もちろん無縁ではない。が、以後の三十余年におよぶアフガニスタンとの自覚的なかかわりが、その骨格に分の厚い血肉を通わせたのにちがいない。その辺については、すでに中上健次氏や五木寛之氏らの絶賛を浴びた小説集やエッセー集がある。
 さて、『餃子ロード』。甲斐さんのアジアへの通い路のあちこちに湯気を立てている餃子がある。広い大陸の東西南北、もちろん形も味も鮮烈微妙に異なるが、肉や野菜の餡を小麦粉でのばした皮で包み、蒸すか焼くか揚げるかする基本は変わらない。この、極めて民衆的で魅力的な食物は、どこで始まり、どのように食され、どういう経路で広がってきたのか。その探索行は、著者自身「たかが小さな餃子ではあるが、そこにはアジア世界民族興亡の物語が包まれる」と語るように、壮大な叙事世界を広げていくことになる。
 何より文章がいい。優れた描写力は、現場の事物や雰囲気をほうふつさせるだけでなく、それらの背後にある無告の民族史をも浮かび上がらせる。旅の名手と表現の達者が幸運にも重なったものだ。

餃子は東西文化交渉の証し

甲斐大策(自著を語る)

「こんな世の中に風穴をあけてくれるのは、移動系の人々の生き方じゃないかな。良くできた社会というのは、移動系民族の心と農耕定住系民族の心が調和しているのだと思う」

 一九六〇年代の終りから西アジアの旅が始まった。とりわけアフガニスタンが基点となる旅を三十年近く重ねてきた。
 東京・町田の仕事場や故郷・福岡へ戻っては絵を描く。そのうち、砂漠の風邪やバザールの喧騒と匂いが物語へ膨らみ、文章を書きたくなる。言葉をつらねていくと光や人々の生活が甦り、ふたたび絵具を列べる。やがて、全身を支配するもどかしさに似た気持を絵筆やペンが、ほんの一部しか消化しないのを思い始め、そして再び旅に出る。
 大地で風に吹かれ陽溜りで遠くを眺めていたい、と念じて出かけた旅が、アフガニスタン内戦の最前線でロケット砲を肩にしていたり、東部高原で地雷掘りの手伝いをしたりということになる。
 それでも、沈殿物まみれの、ひたすら安定・定住を志向する社会から出て、不安定ではあっても天と地の間で、不可視の存在を信じて生きる移動系の血を引く人々の中に入ると、しみじみ心地よいと感じ、すべてがさわやかだった。安らぐのだった。気づくと北緯三十度線と四十度線の間を東西に漂っていた。
 そして、茶店や宴席で、いつも、餃子の一族の小さな食文化が姿を見せていることに気づいた。中国北部にルーツがあると信じて疑わなかった餃子について、カシュガルに住む一人のタジク人古老は、それは大昔からトルコ系騎馬民族の食です、といった。一度は餃子のルーツ探しを考えた。
 他方、七〇年代初めの中国東北地方、撫順の炭鉱に付属する老人ホームで、余生を送っていた八十数歳の老人が語ったことばが甦りもした。「毛沢東のいうことも革命も、文革も私にはわからない。しかし今では、一生食えないと思っていた水餃(子)が毎週食える……」
 また、九〇年に西安郊外で会った中年の工員のことばも胸の奥に残っていた。
「以前は、春節(正月)に一回食うだけだったが、最近は食べたい時に食べている……」
 一度は思ったルーツ探しだったが、極寒の旧満州北部から黄土地帯、トルコ系騎馬民族世界からアフガニスタン北部、その美味を心おきなく土地の人々と楽しむことに専念しよう、と決めた。皮をむいて列べ、具をくだいて虫眼鏡で詮索するような旅をしたくなかった。辛く苦しかった生涯の終りに水餃を口にする元坑夫の静かな表情の想い出を壊したくない、とも思った。
 世界地図上に赤色で示された〝飢餓地帯〟には、中国、アフガニスタンを含む、餃子一族の食を提供してくれた土地のすべてがある。そこでは、日本列島と異なり、餃子は今も輝く麺食である。そして、何よりも検証めく旅を躊躇させ放棄させたのは、餃子を愛する土地では誰もが、この上なく優しくまた厚い心で旅人を迎えてくれたということである。
 起源はともかくとして、餃子一族が東西文化交渉の証しの一つであり、移動系の人々に深くかかわっている、とわかっただけでも充分満足である。書くならば、餃子が見えかくれする人間交流を、と思った。

 冒頭で引用したのは、十年近く前、旅から戻った折お会いした五木寛之さんの言である。ホモ・ルーデンス、ホモ・モーベンスの語も交えての話だった。
「餃子は、移動・定住それぞれの人々の合作としては上等なものですね」
「餃子ロード」を脱稿した時、こんなことをいうと、深い意味の通じぬ奴、と五木先輩は苦笑するに違いない、と思った。

五感に伝わるリアルな大陸の情景

ラーメンともども中国からやってきて日本に帰化したギョーザ。ところでこの親しい食べ物のルーツは遥か西域にあるという。アフガニスタンでは刻んだ韮を包み茹で、羊肉のミートソースとヨーグルトをかけたオシャク、トルファンでは韮と羊肉入りのジュワワ、中国では焼かれると鍋貼になり、煮られると水餃になる餃。それは餃を軸に遥か大陸へと向う壮大な紀行文だ……というよりこの骨太で美しい言葉の連なりは詩に近い。口にした餃から、アフガニスタンのチャイハナの葡萄棚に坐る老主人が、凍てつく北京の街で凧を売る老爺が、カシュガルの夜市で京劇の一説を唄いあげる通訳の声が、残留孤児の辿った人生が、幼少時に過ごした旧満洲大連の街の情景が、ざわめきが、匂いが、闇と光が、土地に染みついた歴史が、時系列を飛び越しつぎつぎに立ち現れる。あまりにリアルに五感に訴えられるので手で触れたかと思うと、次の瞬間、幻想のようにかき消えてゆく。ホワイトノイズが充満していた身体に、大陸の乾いた風が穴をあけ吹き抜けていくような読後感が得られよう。

  • 四六判上製241頁
  • 4-88344-034-6
  • 定価:本体価格1800円+税
  • 1998/11/30発行
9784883442232
booktitle
北山湖殺人事件
zeikomi
¥0円
北山湖殺人事件

庶民の街・福岡西新にある居酒屋「ひょうたん」の女将・容子。ある日夢に出てきた高校時代の剣道のライバル・桜子の、北山湖での不審な死を知った容子は、彼女の死の真相を探るべく奔走するが……。福岡、佐賀を舞台に居酒屋の美人女将が活躍する表題作ほか、結婚詐欺の嫌疑をかけられ女将・容子が身の潔白をはらすべく奮闘する「トリプルシャドー」のミステリー2作を収録。


福岡、佐賀を舞台に居酒屋の美人女将が活躍する表題作ほか、結婚詐欺の嫌疑をかけられ女将・容子が身の潔白をはらすべく奮闘する「トリプルシャドー」のミステリー2作を収録。

  • 160頁 四六判上製
  • 978-4-88344-223-2
  • 定価:本体価格1200円+税
  • 2013/01/20発行
神・泥・人

移動民の血に魅かれつつ、二十年以上にわたりイスラム世界をさまよいつづける著者が、アフガニスタンの人々との深い関わりのなかで、自らの魂の古層を問い返す。──移動民の血・イスラムの風

書評

重なり合った心で語る甘美な世界

小滝 透
作家、アラビスト

 この「神・泥・人」と題するアフガニスタン記は1960年代後半より現在まで同地と深く関わりあってきた著者の足跡を記したものである。
 しかし、それは単なる旅行記でもなく風土記でもなく著者の持つ幼い頃の旧満州国大連の思い出から出発する。
大連で迎えた敗戦直後の思い出が巡り巡っていつしかアジアへの回帰を招き、アフガニスタンとの出会いを生み出す。
 ハイバル峠を西側へ抜け、初めてアフガニスタンの大地に触れた彼の魂は、その後移動民(遊牧民)のさすらう暮しの素晴らしさと悲哀に触れ、遠来の客をもてなす包容力とその底に流れる激しい異邦人への拒絶を感じ、さらにはそこに現在生きている人々の伝統的価値観と近代化の狭間でおこる衝突と動揺を淡々と語っている。
実際、著者が初めてアフガニスタンの地を踏んで以来、この地では様々な事件や変革がおこってきた。
 1970年代の王制の崩壊後、いくどものクーデターがくり返され、ついにはソビエト軍の介入をみるや、アフガニスタンの全土は今に至る激しい内戦に突入した。
 著者の見たアフガニスタンの内情は実にこうした急速な近代化と国際情勢の激変により揺れ動く国家と国民の姿であったはずである。
 そして事実、こうした事件はその都度本書の中でも語られている。
 しかし、こうした現状を書くにつけても、著者の記述にはどこか透んだ静謐さが感じられる。また、長く異邦人として住む中で必ず起きるいらだちや疎外感も著者においてはアフガニスタンへの思いの中でいつしかきれいに昇華されている。
 したがって、ここで語られている世界は、アフガニスタンの大地や人々の具体的な記述でありながらも、同時にそれを超越した一つの甘美な世界でもある。
 広くはるかなアフガニスタンの大地も、雑踏と喧噪の交錯するバザールの世界も内戦のため国外で暮らさざるをえなくなった難民たちの現情も我々に伝えられる報道とは全く別の姿を見せる。
 それは既に著者の心の一面が確実にアフガン人の一面と重なり合って同化しているからにほかならない。
 著者の見る眼は日本人の眼であると同時にそれを越えてアフガン人の眼と化している。
 長いアフガニスタンとの交流の中、いつしか彼の心の中にはアフガニスタン人が巣食ってゆきそれが日本人である彼自身と混合していったにちがいない。
 本書の記述の底に流れる一種独特の雰囲気は、こうした両者の共存と調和によってかもし出されているからであろう。
 そしてそれは最後には大連での少年時代に回帰してゆくものかもしれない。
 事実、本書の記述は大連での敗戦に始まり、アフガニスタンでの体験を経て、最後に再び中国(西安)の記述で終わっている。
 一般に我々日本人はシルクロードに代表されるアジア内奥部の国々に強い憧れを抱いてきた。そして本書はその憧れをアフガニスタンの大地を介して強く我々に訴えかけ、アジアの地へと誘っているのである。

  • A5判変型121頁
  • 定価:本体価格1800円+税
  • 1992/02/20発行
空想観光 カボチャドキヤ トーナス 川原田徹 カボチャラダムス 石風社 王国 かぼちゃ 絵本
booktitle
空想観光 カボチャドキヤ
zeikomi
¥0円
空想観光 カボチャドキヤ

「王国のありかはゴビの砂漠でもなければインドシナ半島でもない。(中略)今ここの門司の町がカボチャラダムス殿下が魔法をかけている間だけカボチャドキヤ王国なのである。」(種村季弘氏)世にも不思議なカボチャのユートピアがあった! ページをめくれば、〈ビヤダル横町〉から〈関門夢遊霊園〉まで、カボチャドキヤの隅から隅まで、まるで迷宮の中をさまよい歩くよう。カボチャドキヤこそ最後の幻郷、カボチャの黙示録を見よ

  • B5判並製76頁、カラー画29点
  • 4-88344-111-3
  • 定価:本体価格2000円+税
  • 2004/08/20発行
237
booktitle
かずよ 一詩人の生涯
zeikomi
¥0円
かずよ 一詩人の生涯

詩人・みずかみかずよ。没後25年。ひとりの詩人がみずみずしくよみがえる。小学校の教科書に多くの詩が掲載されたみずかみかずよ。50代で亡くなったその生涯を、人生の同伴者・水上平吉が綴る──。

  • 四六判上製 200頁
  • 978-4-88344-237-9
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2013/09/01発行
 (70件中) 41〜50件目