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医者井戸を掘る 中村哲 井戸 石風社 イスラム ペシャワール アフガン アフガニスタン NGO 中村 国際化 井戸 旱魃
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医者 井戸を掘る
zeikomi
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医者 井戸を掘る

「とにかく生きておれ! 病気は後で治す」


【2002年日本ジャーナリスト会議賞受賞】
大仏破壊、同時テロ、そして報復。……混迷窮まるアフガニスタン。そこでは戦乱と大旱魃の中で400万人が餓死線上にあった。現地で六百本の井戸を掘り、大旱魃と闘い続ける一日本人医師の緊急レポート。
テロ事件・旱魃・大仏破壊……危機のアフガンに千の井戸を掘る!!

書評

アフガン旱ばつ──17年の闘い

森まゆみ

 この八月に、アフガニスタン国境地域で十七年、無償医療を続けている中村哲医師に出会い、話を聞いた。日本ではアフガンやパキスタンの情報はきわめて少ない。昨年夏から今年にかけての旱ばつで、百万人近くが餓死寸前、いまも数百万人が生死の境をさまよっているという。それはもう想像を絶する話だった。
 その報告が本書である。
 中村氏はカラコルムへ山登りにいってその自然の美しさと悲惨な医療環境に打たれ、ペシャワールに赴任し、らい(ハンセン病)のコントロール計画に携わった。そこを根城にアフガンにも入って巡回医療をし、診療所もつくっている。現地の人と協力してハンセン病のほか、コレラ、マラリア、結核などの感染症と闘ってきた。
 しかし未曾有の旱ばつで医療どころではない。戦乱も続く地にさらに今年一月、「国連制裁」が発動され、情況はさらに悪化した。
 中村さんたちは、医療よりもとりあえず水だ、と井戸掘りの専門家に来てもらい、枯れはてた水路(カレーズ)を修復し、井戸を掘りはじめた。地球温暖化によりヒンズークッシュ山脈に雪が降らなくなる。その雪解け水を生活用水としている人びとには死活問題だ。その雪は深く地中にしみ入り、地下水となって井戸に湧く。その水位もずっと低下しているという。日本を含む「先進国」が豊かな生活をし、CO2を空気中に排出し、めぐりめぐって雪が降らなくなるのだ。
 獅子奮迅の働きにより、数百の井戸が掘られ、カレーズに水が流れ、ダラエヌール渓谷のひびわれた土地が緑に覆われる。成功例ばかりではない。壁の崩落、酸素不足の事故、堕落したNGOの妨害、うまくいかぬ物資輸送。
 九月十一日のテロとアフガン空爆以降、中村氏は時の人となった。わき出た評論家と違い、長い地道な活動からの発言は重い。「人道的」に難民を救う方が派手だ。しかし「そこに生きておってくれ」、難民を出さないことが大事だ、と著者たちは井戸を掘りつづける。

欧米主導に代わる多元的支援を訴え

古田隆彦
現代社会研究所所長

 同時多発テロでアフガニスタンへの関心が高まっている折、本書の著者にはマスコミの注目が集まっている。非政府組織(NGO)を率いて、パキスタンとアフガニスタンで一つの病院と十の診療所を運営する、現地事情に最も精通した医師であるからだ。
 だが、本書は報復問題を扱ったものではない。昨夏、アフガニスタンを襲った大旱魃に際し、手弁当で多数の井戸を掘った著者たちの、苦渋に満ちた奮闘記なのである。タリバン政権と反タリバン勢力間の内戦、近代的な掘削機をよせつめぬ巨礫層、地元井戸掘り業者の妨害など、多発する難問に果敢に挑戦する姿には強烈な使命感が溢れている。
 その一方で、膨大な難民の発生に手をこまねく国連の無力さやその関連機関の横柄な官僚主義、あるいは欧米NPOの功名争いや縄張りといった、従来の美名を覆す実態も紹介される。このためか、著者のアフガニスタン観はこれまでの定説をはるかに超える。
 人権侵害の権化とされるタリバン政権についても「保守的なイスラム慣習法を全土に徹底し、それまでの無政府状態を忽ち収拾、社会不安を一掃した」と、一定の評価を与える。バーミヤンの石仏の破壊でさえ、日本に非難する資格はない、と断言する。大旱魃の原因は先進国の生み出した地球温暖化であり、打ち続く内乱も大国の思惑によるものだ。
 タリバンに国連制裁を加えた国際秩序でさえ、「貴族国家のきらびやかな生活を守る秩序」にすぎない。結局、先進諸国の富と武器への信仰こそが「偶像崇拝」であり、仏像以前に「世界を破壊」している、と逆に批判する。
 欧米発の情報に偏りがちな昨今、著者の指摘はまことに尊い。今後著者らの活動を活かしていくには、日本が先頭に立って、欧米主導の一元的な援助・開発に代わる、より多元的な支援方法を構築することが必要だろう。近代的な掘削機械よりハンドメイドの井戸掘りの技術の方が、ずっと役立ったように。

報道されない現実・アフガン問題の本質に触れる

田口淳一

 パキスタン、アフガニスタンで十七年にわたり医療活動を続けている福岡県出身の医師中村哲氏が最近出版した『医者井戸を掘る・アフガン旱魃との闘い』を読みながら思い当たらせたのは、九月以来の国際事件の衝撃性を前に、見失っていたものがありはしないかということである。
 私たちが目の当たりにしたのは、もろくも崩れ落ちる高層ビルとともに数千人が犠牲になった米同時テロの光景だった。胸のうちを激しく波立たせた脅威はおそらく、その規模の大きさゆえだったろう。だが、引き続くアメリカによるアフガニスタン空爆で相次ぐ民間人の死が報じられるのに接しながら、徐々に変化していくものを感じた。
 被害の甚大さに目を奪われ、一人一人の死を見落としていなかったろうか。ビルには直前までビジネスマンの日常があり、アフガンの空の下にも仕事をし子供を育てながら暮らす人々の営みがあった。そして、それら一人一人の、固有名の、掛け替えのない具体的な生が突然に奪われたのが事実である。従って数千人であるか、数十人かという数も個々の死を意識して初めてリアリティーを呼び覚ますのではないか。
 中村氏の新刊本は、昨年六月以来の深刻な干ばつに対するペシャワール会医療サービス(PMS)の「一年間の苦闘の記録」だ。
 夏に解け出す山脈の氷雪に水源を依存するこの国で積雪量の激減という異常気象が干ばつの予兆としてあり、赤痢による幼児たちの死の原因を探ると、ききんに伴う栄養失調や飲料水不足に突き当たった。「医療以前」の問題として、中村氏率いるPMSにとって「井戸を掘る」ことは必然的な課題となっていく。
 ときに銃声にさらされながら、道具を改良し独自の井戸枠も開発、地中の「子牛ほどの巨礫」と格闘し、利用可能な井戸を五百五十二か所(八月現在)に確保、千か所を目指している。
 それは一人一人が生かされる道を探る取り組みであったが、その積み重ねが二十万人の難民化を防ぎ、一万数千人を帰村させることになった。「お手軽で派手な『人道的支援』」ではなく、「難民を出さぬ」ことが肝要という中村氏らの明確な姿勢が導いた結果だったとも言える。
 中村氏の批判は、未曾有の干ばつに農業さえままならず飢餓に直面するこの国の現実が「情報社会の外」に置かれていたことにも向かう。報じられない世界は、現実として認識されることもない。そこに確かに暮らしがあるのにである。
 困難と立ち向かい井戸を掘り続ける経緯を通して、この本に描かれているのは、〈アメリカ対タリバン=ビンラーディン〉〈正義対悪〉といった単純化された図式では埋もれてしまうアフガンの人々の日々の営みである。一つ一つの記録は、正義は言葉ではなく、破壊的でない建設的な実践そのものの中にあるのだとも迫り、ゆっくりと胸底に染み入ってくるような揺るぎ力を感じさせる。
 多くの日本人の想像力が及ばなかった国で、現地の人々と手を携えた日本人の活動は根を下ろした。その象徴でもある井戸は、空爆下で一体どうなっているだろうか。「瀕死の小国に世界中の大国が束になり、果たして何を守ろうとするのか」と中村氏は問う。これまで知らないままきたアフガン問題の本質に触れる意味でぜひ読まれるべき一冊である。千八百円。

『医者井戸を掘る』「読売新聞」2001年11月12日

生を問うアフガニスタン報告

鎌田慧
ルポライター

 湾岸戦争のときと同じように、地上の目標物に命中する米軍ミサイルの映像が、テレビで放映されている。
 テレビゲームのように、それを見ていても何の感情もおぼえないが、確実に人間が殺されている。そればかりか、空爆から逃れようと、何千何万にのぼる難民が国境に殺到している。
 アフガニスタンで十七年間、医療活動をつづけてきた著者のこの克明な報告を読んだあとだけに、負傷、病気、飢餓など、家族を抱えた人々の恐怖と不安、これから厳冬を迎える中での生死を想像すると、胸ふたがる思いにさせられる。
 昨年の夏からはじまったのが、中央アジアの大旱魃だった。著者の中村さんは、非政府組織(NGO)である、ペシャワール会医療サービス(PMS)の医者として、パキスタン北部とアフガニスタンの山岳地帯で、医療体制の確立とハンセン病根絶の運動をつづけていた。
 ところが、旱魃による砂漠化は、ききんによる栄養失調、赤痢や疫痢の発生ばかりか、挙家離村の膨大な難民を生み出した。そこでは治療よりも、生命の泉としての井戸掘りが必至の課題になった。
 それは荒廃地を沃野にもどし、生命を支える大事業だった。が、旱魃の被害にはまったく無関心で、援助の手を差し伸べることなどなかった大国が、今度は空爆によって大量の死者と難民を生み出している。
 この本は、自衛隊の参戦決定前に書かれたものだが、「平和憲法は世界の範たる理想である。それをあえて壊つはタリバンに百倍する蛮行にほかならない」とある。日本はアフガニスタンの人たちにとって、戦争をしない国として尊敬されていた、という、その「名誉ある地位」が、泥沼に落ちかかっている。
 ひとりでも多くの生命を救おうとして体を張ってきた医者と、ひとりでも多くを殺そうとする軍人や政治指導者とは、絶対相いれない存在である。この時期、きわめて明快になった真理である。

「京都新聞」2001年11月4日

アフガニスタン、医者からの警告・中村哲氏への手紙──

佐高信
「佐高信の政経外科」

 拝啓 中村哲様
 福岡にある石風社から、中村さんの新刊『医者井戸を掘る』を贈ってもらいました。オビには「孤立するアフガンで診療所をつくり井戸を掘る」とあります。そして、「とにかく生きておれ! 病気は後で治す」と。これは中村さんの言葉ですね。
 パキスタンやアフガニスタンで十七年間も診療を続けてきた中村さんの重みが行間から伝わってくる本です。しかし、私より一歳下のあなたは、テレビで見る限り、むしろ、飄々とした感じですね。肩ひじ張った使命感では、とても、これまで続けてはこられなかったのでしょう。
 賽の河原の石積みにも似た医療と井戸掘りをやりながら、「訳もなく哀しかった」と思ったら、五十四歳の誕生日だったという述懐に私はとても共感しました。
「こんな所でウロウロしている自分は何者だ。……ままよ、バカはバカなりの生き方があろうて。終わりの時こそ、人間の真価が試されるんだ……」と中村さんは思ったとか。
 大旱魃の地で苦難の闘いを続ける中村さんに自分をなぞらえては失礼ですが、お互い、それ以外の生き方はないということですね。
 中村さんがリードするPMS(ペシャワール会医療サービス)がカブールへの診療チーム派遣を決め、ジャララバード郊外まで来た時、タリバンの兵士が行き先を尋ねるので、
「カブール」
 と答えると、目を丸くして、
「続々と外国人が逃げてくる中で……」
 と絶句したという記述に私も感激しました。
 久しぶりの沢庵に歓声をあげ、せめてカップラーメンでもあればと嘆く日本の青年たちが中村さんと行動を共にしているわけですね。

 〈平和憲法は「日本国民を鼓舞する道義的力の源泉」〉

 一九九七年にはタリバン代表を日本に招いたり、九八年には、「アフガニスタン支援国会議」を東京で開いたりした日本政府が今年の一月に国連が行った「タリバン制裁決議」に参加したことを中村さんは怒っています。確かな現地の情報に基づいて行動していないというわけでしょう。
 中村さんの指摘をそのまま引かせてもらいます。
「マスード軍閥など、反タリバン勢力への武器援助は、公然と黙認されていた。ロシア、イランは大掛かりな補給を北部で行っていた。マスード個人は確かに開明的で、欧米筋に人気があった。だが、現場のわが方から言うと、あの旱魃の最中にその混乱に乗じるように、ダラエ・ヌールを戦場にしたのは許しがたい。その上、戦闘員ならともかく、こともあろうに作業中のカレーズに地雷を埋設して四名の農民が爆死、作業を遅らせた。我々には面白かろうはずがない。さらに、マスードの部下が、タリバン進駐前のカブールで婦女暴行をほしいままに行ってひんしゅくを買っていた事実を、どれだけの『マスード・ファン』が知っていただろうか」
 いまも、情報は圧倒的に「欧米筋」のものばかりなのでしょうね。そして、小泉純一郎もそちらの筋の人気だけを気にしている。それに対し、「現在アフガニスタンで進行する戦慄すべき事態は、やがて全世界で起きうることの前哨戦に過ぎない」とし、あえて、「平和憲法は世界の範たる理想」だと言い切る中村さんに私は大いなる賛意を表します。平和憲法は「日本国民を鼓舞する道義的力の源泉」なのであり、「戦争以上の努力を傾けて」、その理想を主張しなければならないという言葉は、とても説得力があります。

共同配信

命の水でアフガン支援

中村輝子
立正代客員教授

 いま、世界の最貧国アフガニスタンの地に、欧米諸国の最新鋭軍団が襲いかかっている。九月の、悪夢ような同時テロ事件への報復戦。この小国は、昨年から、異常な大旱魃、国連制裁で生存の危機にさらされている。そして「自由と民主主義」を守るという戦火の先は見えていない。
 この本の著者、中村医師は、パキスタン北西辺境州に設立したPMS(ペシャワール会医療サービス)を本拠に、両国の貧民、難民の医療活動を各地で行って十七年。厳しい自然と戦争による荒廃地で、国際社会から忘れられた民の生死をそこで見続けてきた。日本の市民の募金に支えられて。
 いまアフガンの苦境を語れる人は彼をおいていないだろう。実態報告ともいうべき本書は、大旱魃で水が枯れ、疫病がはやり、離村が進む昨夏から、「緑化させれば難民化しない」との信念で猛然と取り組んだ井戸掘りの苦闘物語だ。
 素人集団をまとめる二十代の蓮岡青年、西アフリカから飛んできた井戸掘りのプロの中屋氏、さらに数人の日本の若者たちが、現地の職人、村人らと知恵と技を尽くして掘削作業に当たり、なんと六百近い井戸を新設または再生させた。
 ひたすら、命の水を彼らに、の思い。国連や諸外国の官僚的干渉や本腰を入れていない支援との確執をはねのけて、PMSは住民の一部となり、絶対の信頼をかち得ている。
 これこそ平和主義に貫かれた無欲の扶助の精神ではないか。バーミヤン仏跡破壊で現政権に憎しみをかき立てている人々に、医師はお互いの心の中に築かれるべき文化遺産は何か、と問う。国際政治を干からびた大地から冷静に見る人の目がそこにある。
 ともあれ水源確保は二十万人の難民化を防止した。しかし、拡大する空爆は多くの井戸を破壊したかもしれない。厳冬を控え、国際社会は彼らの難民化を期待しているよう、との医師の言葉は痛烈にひびく。

共同配信

世界の真実、この一冊に──井上ひさしの読書眼鏡

井上ひさし
作家

 ごく稀に、「この一冊の中に、この世のあらゆる苦しみと悲しみ、そして喜びが込められている、ひっくるめて、世界の真実がここにある」と、深く感銘をうけ、思わず拝みたくなるような書物に出会うことがあります。中村哲さんの『医者井戸を掘る』(石風社)は、まちがいなく、その稀な一冊でした。
 中村さんは一九四六年、福岡市の生まれ、ここ十八年間、パキスタン北西の辺境州都ペシャワール市を拠点に、ハンセン病とアフガン難民の診療に心身を捧げている医師で、略歴にはこうあります。
〈パキスタン側に一病院、二診療所、アフガン国内に八診療所を持ち、年間二〇万人を診療するNGOペシャワール会の現地代表〉
 この中村さんが日本の青年たちや現地七百の人たちと、アフガニスタンに、千本の井戸を掘ることになったのは、昨年夏にユーラシア大陸中央部を襲った史上空前の大旱魃のせいでした。その被害はアフガニスタンにおいてもっともひどく、〈千二百万人が被害を受け、四百万人が飢餓に直面、餓死寸前の者百万人と見積もられた(WHO、二〇〇〇年六月報告)〉
 幼い子どもたちの命が赤痢の大流行で次々に奪われて行くのを診療所で目撃した中村さんは、その原因が旱魃による飲料水の不足によることを突き止め、こう決心します。
〈医師である自分が「命の水」を得る事業をするのは、あながち掛け離れた仕事ではない……〉
 こうして中村さんは、もちろん診療行為をつづけながらですが、有志と力を合わせて、必死に井戸を掘りはじめる。これはその一年間の苦闘の記録です。
 すぐれた書物はかならず、巧まずして読み手の心を開かせるユーモアを内蔵しているものですが、ここにもたくさんの愉快なエピソードがちりばめられています。たとえば井戸をほる道具がそう。五十米、六十米と掘り進むうちに、牛ほどもある巨石にぶつかる。これを取り除くために、石に穴を穿ち、そこに火薬を詰めて爆破しなければならないが、現地人担当者は、なんと内戦中、ソ連軍を相手に活躍したゲリラの指導者の一人で、
〈したがって、爆発物の取り扱いには慣れていて、大いに活躍した。埋設地雷やロケット砲の不発弾に上手に穴をあけて火薬をかき出す。その入手経路は彼が引き受けて調達した。同じ爆破でも、相手が人間の殺傷ではなく、逆に(人間を)生かす仕事であったから、生き生きと働いた。〉
 また、石に穴を穿つ道具は、なまなかのノミではすぐ使えなくなってしまう。そこで、
〈ノミは(ソ連軍が遺棄して行った)戦車のキャタピラの鋼を使い、強靭で摩耗が少なくなった。地雷や戦車もこうして「平和利用」となり、あの戦乱を知る者は多少溜飲を下げた。〉
 中村さんたちの得た報酬はなにか。現地の作業員が一人、亡くなったことがある。滑車で跳ね飛ばされて、井戸の底に墜落してしまったのだ。お悔やみに出かけた中村さんたちに、作業員の父親が云う。
〈「こんなところに自ら入って助けてくれる外国人はいませんでした。息子はあなたたちと共に働き、村を救う仕事で死んだのですから本望です。全てはアッラーの御心です。……この村には、大昔から井戸がなかったのです。皆汚い川の水を飲み、わずかな小川だけが命綱でした。……その小川が涸れたとき、あなたたちが現れたのです。しかも(その井戸が)一つ二つでなく八つも……人も家畜も助かりました。これは神の奇跡です」〉
 こういう言葉を報酬として、そしてそれに励まされながら、中村さんたちは井戸を掘りつづける。読み進むうちに、わたしはひとりでに、アフガニスタン全土に井戸のポンプが立ち並ぶ日のくることを祈っていました。この無償の行為が天に届かぬはずはない。

2001年10月28日「読売新聞」

  • 285頁/四六判上製
  • 978-4-88344-080-1
  • 定価:本体価格1800円+税
  • 2001/10発行
天を織る風 永田智美 甲斐大策 石風社 イスラム アフガニスタン 中世 信仰 愛
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天を織る風
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天を織る風

中世イスラム世界に迷い込んだ医学生・朝海。そして戦乱の小国の跡継・ユヌス。二人を操る美しくも哀しい運命──。時空を超え、宗教を超えて結実する「愛」と「信仰」のファンタジー

  • 272頁 A5判上製
  • 4-88344-075-3
  • 定価:本体価格1700円+税
  • 2001/09/15発行
町は消えていた 田辺恭一 石風社 加久藤越 小説 夢 心象風景 熊本
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町は消えていた
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町は消えていた

夢の中をさまよう一人の男の不思議な心象風景を描いた、漱石の「夢十夜」を彷彿とさせる作品集。

  • 183頁 四六判上製
  • 4-88344-078-8
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2001/09/10発行
うえにん地蔵

飽食の国から飢饉の国へ──。飢人地蔵(うえにんじぞう)に導かれて270年をタイムスリプ。子どもたちはつぎつぎに死んでいった。(筑前では人口の3分の1が餓死したといわれる享保の飢饉)児童書/小学生中学年から

  • A5判182頁
  • 4-88344-086-9
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2001/08/10発行
左官礼讃 小林澄夫 左官 小林 澄夫 漆喰 鏝 職人 藤田 洋三 壁 日本 庭 建築 写真 泥 風景 職人 技
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左官礼讃
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左官礼讃

専門誌「左官教室」の編集長が綴る土壁と職人技へのオマージュ。左官という仕事への愛着と誇り、土と水と風が織りなす土壁の美しさとともに、打ちっ放しコンクリートに代表される殺伐たる現代文明への批判、そして潤いの文明へ向けての深い洞察を綴る

書評

結んでほどく──(午睡のあとで)

松本道介
文芸評論家

 着物をほどくという言葉があった。今の若い人は最早知らないだろうし、私とてずいぶん久しぶりに思い出したのだが、たしかに私の老母の世代は着物を洗濯に出すときや仕立て直すときには着物をほどいていたのである。
 しかし昔の人は、着物だけではなく建てものもまたほどいていたことを或る本によって教えられた。小林澄夫という職人さんが書かれた「左官礼讃」である。見開き二頁の奥ゆかしい随筆二百篇近くが並ぶなかに「結ぶこととほどくこと」という文章があった。
 昔の家には建てることは結ぶことだという考え方があり、結んだものはほどくことが出来た。したがってかつての民家はこわすのではなくほどいたのだという。〈屋根の瓦をはずし、木舞の土壁を落し、棟木や梁をはずし、柱を抜いてそれらは移築されたり、新しい民家の部材として再生されていった〉という。
 今でいえばリサイクルということだが、昔はリサイクルという発想はなかったし、リサイクルとはどこか違うと思う。〝結んだ人〟への敬意というか、素材への愛情というか、なにか温かい心がそこに感じられる。
 今の世の中から徹底して消えていくのはそうした温かい心である。家をほどくといった考え方はまったくなく、こわす時はひたすらこわす。〈パワーショベルで屋根を剥がし、ユンボで壁を押しつぶし、解体されてしまう。解体屋とはよくいったもので、半日もあれば民家は残材の山になってしまう。それは解体というよりも、破壊というにふさわしい〉
 日本式の民家はまだしも、鉄筋コンクリートのビルとなると、その構造からして解体=破壊しか方法がないにちがいない。ブルドーザーを用いての破壊をはじめ、何度かテレビのニュースでも見せられたごとく、爆薬を用いて一気に爆破する方が手間も省け、コストも安くて具合がいいのだろう。
 過去に栄えて滅んだ幾多の文明にくらべて近代西洋文明の格段にまさる点はその破壊力である。爆薬を中心にした破壊力によって他の文明を征服し自然をもほろぼしていったのであったし、そのひとコマをわれわれは今またアメリカのアフガニスタン空爆によって見せつけられた。
 西洋近代文明の発展に寄与した功労者に与えられる最高の賞がダイナマイトの発明者の得た巨万の富によってまかなわれているのは幾重にも象徴的なことだと私は思う。 

質感、安らぎ、塗り壁は天才である──著者に聞く

後藤喜一

 この本を読んで、塗り壁とは実に面白いものだと思った。泥をこねて塗ると、粘土の泥自体が持つ自硬性によって固まり、土の成分や時間の経過によって独特の美しい色や肌合いが生まれる。素材が泥であるがゆえに、室内の湿気を吸ったり吐いたりして温度を調節し、その厚みと質感が住む人に温かさや安らぎを与えてくれる。小林澄夫さん(五八)が〈塗り壁は天才である〉と書くゆえんである。
 このように美的にも機能的にも優れた塗り壁がなぜ、石膏ボードやクロス、ペンキの壁に押されて衰退してゆくのか。
「材料を水で溶かして鏝で塗るのが左官の仕事ですが、乾くまでに時間がかかるので工期が長くなるし、仕上がりにもばらつきがでる。その点、ボードを接着剤でとめ、クロスをはった方が手っ取り早い。また、かつてはオーナーが自分で大工や左官を選んで仕事を依頼していたのが、いまは工務店がすべてを仕切るようになった。工務店としては、左官に壁を塗らせるよりも自分でボードをはり付けた方がもうかるわけです」
 依頼主がよほど塗り壁の良さにこだわらないかぎり、漆喰の白壁も聚落の土壁も日本の住宅から消えていくのは自然の勢いということになる。
 小林さんは一九六八年に黒潮社に入って以来、ずっと左官職人向けの月刊誌「左官教室」の編集を担当。本書は八一年から二十年にわたって同誌に連載してきたエッセーをまとめたもので、繰り返し塗り壁の魅力を語り、その復権を唱えている。
「最初は建築のことも左官のことも全く知らなくて、このメーカーからこんな素晴らしい商品が出たというような話ばかり書いていた。そのうち、そういう工業製品が規格によって管理されているのに対し、左官の仕事は数値化できず、その日の職人の気分や天気によっても出来が変わってくるということが分かってきた。統一・画一よりも、そういう偶然性や多様性に惹かれて深入りしたんですね」
 本書は左官職人への熱烈な応援歌だが、小林さんは現在の職人に対しても「石灰や海藻のりは別として、昔の職人は土や苆などの材料を自分で集め、調合して使っていた。左官の表現のもとになる材料をメーカーに任せてしまっては技術の半分以上を捨てたことになる」と苦言を呈する。

よみがえる壁を塗る音、しぐさ

与那原恵
ノンフィクションライター

 子供のころ、建築現場をのぞくのが好きだった。完成してしまえば二度と見ることのできない骨組みに、ナルホドこうなっているのかと見とれていた。とくに魅了されたのは現場の「音」だ。木を削る音、カナヅチで叩く音。左官がシャクシャクと材料をこねてなめらかになったものをコテですくいとる、ザッという音は忘れられない。左官はたいてい近所に住む顔見知りだったから、その場に座り込んでいる私をじゃまにするでもなく、淡々と仕事をつづけているのだった。
 月刊「左官教室」という雑誌がある。左官の仕事の周辺や、土壁の文化を広く語る意欲的な雑誌だ。本書はその雑誌のコラムをあつめて編んだものだが、日本に伝わる壁の多種多様な美しさ、材料となる泥、そして何よりも左官の仕事の豊かさを端正な文章でつづいっている。一行読みすすめるごとに、幼いころ耳にした左官のゆったりとしてた「音」や繊細な手のしぐさがよみがえってくる。
 奈良の当麻寺の土塀に残る藁ぼうきの「あらし目」。それは、上に塗る材料のくっつきをよくするものだが、その模様の美しさは左官の「意図しない美意識」である。また左官仕事の傍らにある道具を洗う水。老左官は泥で汚れた水を畑にかえし、まだキレイなあがり水を草花の根にそそぐ。
「余分な水を使わないような理にあった水使い、水と土の複合である泥の生理への繊細な感性、簡素な無駄のない動作」
 かつて壁の材料は天然の素材の複合であった。その多様性を活かし「手の延長であるようなわずかな道具と手仕事でつくられた」壁の美があった。
 しかし左官の仕事は、近代化と工業化の果てに追いつめられているという。たしかな技術をもった左官がコンクリートの下地づくりをせざるを得ない現状を著者は嘆きつつも、さまざまな土地に眠る泥を探し、技術を語りつぐ左官の姿を愛情をこめて描いている。
 秋の陽を浴びた土壁を触ってみたくなった。

土と漆喰の建築文化を知る

藤森照信
建築史家

 戦後の日本の建築現場から追放された材料があるのをご存じだろうか。
 追放といって言いすぎなら、軽視され、すみに追いやられた材料。それが土と漆喰にほかならない。自然素材ゆえ、扱うのにカンと経験を要し、機械化、工業化も難しかったから、各種ボード類や壁紙類に置きかえられていった。
 しかし、このところ再生のきざしが著しい。理由の一つは、あまりに工業化、機械化した現代建築への反省で、自然素材の味わい深さを回復するには土と漆喰が一番いいし、手仕事の面白さを復活させるには土と漆喰のプロである左官職人が欠かせない。
 もう一つの理由は、工業化した材料から放出される化学物質の問題で、土と漆喰は自ら何も出さないばかりか、ほかから出た化学物質を吸着する力を持つ点が注目されている。
 二十一世紀は、もしかしたら、土と漆喰と左官の時代となるかもしれないが、そうした復活劇は一人の雑誌編集者の存在なしには語ることができない。それがこの本の著者の小林澄夫である。
 戦後、正確には大阪万博以後に始まった土と漆喰の暗黒時代に、土と漆喰を愛する者にとっての孤島の灯台の役を果たしたのが唯一の専門誌「月刊左官教室」だ。
 小林は、この雑誌の編集を担当するかたわら、全国各地の漆喰窯を訪れ、土を手にし、左官をたずね、古今のすぐれた左官仕事を探り、そうして得た知見を巻頭言として書き続けた。それが、各地方に根を下ろして黙々と壁を塗り続ける左官職をどれほど励ましたか分からない。
 そうした文を集めたこの一冊は、土と漆喰による日本の建築分かの全体像を知る格好の入門書であり、また、暗黒の時代から復活の世紀への導きの書の役を果たすにちがいない。
 左官という日本が誇る職人技術と、土と漆喰という世界共通の自然素材に関心がある人の座右に、ぜひ一冊。

  • 429頁 四六判上製
  • 978-4-88344-077-1
  • 定価:本体価格2800円+税
  • 2001/08発行
ドクターサーブ

パキスタン・アフガニスタンでドクターサーブ(先生さま)と呼ばれる男がいる。1984年から医療活動を始め、現在数百の現地ワーカーを率い、年間患者数20万の診療体制を築いた日本人医師の15年を活写。──真実を、その善性を、中村は言葉で語らない。ただ、実行するだけである。(本文より)

  • 293頁 四六判並製
  • 4-88344-074-5
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2001/07/01発行
ゴールキーパー 大塚菜々 いのうえしんぢ 石風社 小学生 サッカー 読み物
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ゴールキーパー
zeikomi
¥0円
ゴールキーパー

成績は抜群、でもスポーツはからっきしダメの小太り。小学6年生の信也は、サッカーのクラスマッチに盛り上がる5組のなかで一人クールを決め込んでいたが……みんな、いろんなものをいっぱいかかえながら、それでもわらっているんだ。ぼくは、もう、孤独なゴールキーパーじゃない!

  • A5判上製205頁
  • 4-88344-072-9
  • 定価:本体価格1500円+税
  • 2001/06/01発行
エロースへの招待

あとがきより──「この「エロース」という主題そのものは、文学に多少でも接する人たちにとって、好むと好まざるとに関わらず、無視するわけにはいかない重要な要素の一つであることだけは間違いない、と確信しています。……これから先、時代がいくら進んでも、人間が感情を持つ存在として生き続ける限り、こうした事情には変りがないと思うからです」

  • 四六判並製215頁
  • 4-88344-073-7
  • 定価:本体価格2000円+税
  • 2001/06/01発行
ムツゴロウの遺言

防災と農地造成の旗印の下、世界有数の「生命の海」が危機に瀕している。死に行く干潟は何を警告しているのか。──海を殺す公共事業。その矛盾と欺瞞の干拓事業を検証する。

書評

いのちの思想をつなぎ戻せるか

米田綱路
図書新聞編集

「生態系の食物連鎖の中でしか生きられず、しかも生態系の頂点に立つ人間という生き物が生存できるかどうかは、地球とそこに生きている生物たちと共存する以外に方法はないことを知るべきだ。戦後の繁栄に目が眩み『自然を捨てた日本人』に未来はない」。
 長崎県諫早市に住み、昨年七月に亡くなられた「諫早干拓緊急救済本部」代表の山下弘文氏は、本紙一九九九年一月一日号への寄稿にこう記された。すでにその時点で、九七年四月一四日に行なわれた潮受け堤防一二〇〇メートル区間の閉め切りから、早くも二年近くが経過していた。山下氏はここで、乾燥し干上がった干潟の水辺で生き延びている生物たち、そのいのちの姿を伝えている。冬眠に入っている、前年に生まれた三センチ位のムツゴロウの幼魚。深い穴を穿って生き延びている、特産種のアリアケガニなどのカニ類。「こうした生き物たちを目にすると、そのしたたかさに感動するとともに、人間のあさはかさを見る思いがする」。山下氏はこう記していた。
 潮受け堤防の閉め切りに際して執り行われた「記念式典」では、長崎県知事や県議、諫早市長など一一人が、紅白の幕のなかで一斉にボタンを押し、鋼板二九三枚が次々に下ろされたという。ボタンが押されてから「閉め切り完了」まで、その間わずか四五秒。潮流を遮断するために落とされた鋼板は、あたかも「ギロチン」の如くに、干潟というかけがえのない生命の宇宙上に打ち落とされた。本書『ムツゴロウの遺言』によれば、水圧装置を作動させる一一個のボタンにはダミーも含まれていたという。著者はこう書いている。「死刑執行の際もだれのが決め手になったか分からなくするためにダミーが用意されるそうだが、潮受け堤防の仮閉め切りの場合も、形は死刑執行と似ていて責任逃れのように見えた」。
 わずか四五秒で「ギロチン」に閉め切られた水域の面積は、過去六〇〇年間に積み重ねられた干拓地の広さと同じになるという。著者は、この二つの時間の違いにさまざま問題が隠されている、と指摘する。人間が長い時間をかけ、少しずつ営々と広げてきた干拓地、それに対し一瞬にして自然の風景と生命のいとなみを激変させ、一挙に進められていく「干拓事業」。そこには人間と自然の関わり合いの、あまりに大きな位相の変化が浮き彫りになってはいないか。
 戦後初期に計画された食糧増産を目指す干拓事業が、国の減反政策や海外からの食糧輸入急増によってその目的の変更を余儀なくされ、また干潟を生業の場とする漁民の反対と抵抗で事業化が宙に浮くなかで、干拓の名目は「防災対策」「優良農地造成」へと掛け替えられた。つまりそれは「洪水や高潮から住民の暮らしを守り、収益性の高い農業を営む優良農地の確保を目指す」というものだ。しかし、名目と唱えられたお題目の変化とは裏腹に、この「事業」を通して変わらぬ人間のすがたが本書にはリアルに描き出されている。果たして、この干拓で得られるものはいったい何なのか。その「成果」は、住民のみならず、後の世を生きる世代に届くのか。そうした問いを増幅させながら、私はそこに、干拓事業のみならず、二〇世紀の人類が生み出してしまった取り返しようのない「倒錯」を映し見たのであった。
 干上がった土地に累々と転がる生命の亡骸、その凄惨な光景を象徴として、私たちが喪失したものは何か、本書はその意味を読む者に問うている。それはムツゴロウやカニ、貝などの生き物たちだけに止まらない。人類を生かしていたはずの「いのちの思想」もまた、そこで喪われたのだ。私は本書を読み、人類が自らの幸福を標榜して二〇世紀犯した「自然へのジェノサイド」、それが引き起こした果てしない喪失の前に、一瞬気が遠のく。人々の暮らしの利便と生活の向上を、自らもその内に抱かれているはずの自然に結びつけることに失敗し果てた二〇世紀の「倒錯」を、私たちはこの先、取り返せるのか。いのちの営みを切り刻んだその「倒錯の光景」を、私は干上がった干潟に累々と転がる生き物の亡骸と、その背景で進む「事業」の行く末に見ざるを得ないのである。
 干拓工事が始まり、潮受け堤防外側の漁場は激変した。いや、それ以前から、有明海の漁場は人間の身勝手さに抗するかの如く、変化し始めていたのだ。魚は死に、不漁が続き、漁民の暮らしは逼迫して、干拓事業の工事現場で働かなければならないという皮肉な構図がそこにはできた。しかし国の出先機関は、干拓工事と魚の死との「因果関係は不明」との態度を変えていない。さらには潮止め後も、大雨によって諫早市街が度重なる水害に見舞われた。「防災」という名目は、それではいったい何だったのか。それは「不測の事態」として処理される類のものか。
「防災」は新たな、自然のみならず人間の生命系をも蝕んでいく「人災」を生んだのだ。本書に記された、潮受け堤防のすぐ側の小長井町漁協の理事の言葉に、私は干潟とともに人間が何を喪ったかを聞く思いがした。「干拓事業の影響で人間関係も壊れてしまった。生活の形態が変わってしまった。干拓工事に行く方がいいみたいになり、組合員数もそちらが多く漁業で飯を食う人の力がなくなってきた。少数意見で動くわけにもいかない。漁を続けるか、迷っている」。
 諫早湾奥部の広大な干潟、それ自体が天然の「下水処理場」であったと著者は言う。そこにはゴカイや貝、カニ、それを餌にする渡り鳥たち、ムツゴロウなどの多くの生き物が、水質の浄化を助ける浄化槽を生み出していたのだ。だが、「ギロチン」によってこの天然の「下水処理場」は破壊された。閉め切られた堤防内部には下水道が流れ込み、生命は殺され水質が悪化していく。渡り鳥の飛来する干潟は、こうして潰されていった。動いた行政は水質浄化策に乗り出すが、天然の「下水処理場」である生命の宇宙、すなわち干潟を潰し、人口の水質浄化策のために巨費の税金を投入するという発想の転倒と、そこに立ち現れる「倒錯の光景」に、私は山下弘文氏のいう「人間のあさはかさ」の実態を感じないわけにはいかなかった。
 干拓事業については、諫早平野の農家などで推進論が根強いという。名目に掲げられた「防災対策」「優良農地造成」が必要だというのがその理由だ。干拓事業の見直しを求める自然保護運動に対し、行政は「一度決まったら、見直し中断は無理」との姿勢を崩さない。さらには、「地元のことによそ者が口出しするな」という意識の根強さを本書は伝えている。こうして、死にゆく干潟をよそに、地域利害が絡み人間関係の軋轢や住民の利害対立が続いていく。そして、生命系の破壊と「不測の事態」が打ち続いて、さらにはますます事業費が膨らみ、干拓という公共事業に依存する住民が増え、「地域振興」の旗印のもと自然環境保護の施策は抑制され、のちの世代に干潟という生命の豊饒さを語り継ごうとする取り組みは阻止される。住民には、経済的のみばかりではなく精神的にも、さらには生命的にさえ、負担、負荷が増し続けるのだ。
 去る八月二八日、農水相は干拓縮小と一部に干潟を「再生」させると発表した。しかし、人間の身勝手さをよそに、いったい自然の、そして人間の何が「再生」されるというのか。
「大切なのは住民の立場でいまの時代に何をなすべきかを考えることだ」。本書はそう問いかける。なぜ干拓地をつくるのか、つくることそれ自体が目的化していないか──。それは人類の、自然に内包された生命に対する想像力を試される問いである。それを問い切り、いのちの思想を日々の生活に繋ぎ戻すKとはできるか。これからの時代へ向けて、私たちを包む生命系を回復する未来が、そこにこそ賭けられているのである。

  • 四六半並製285頁
  • 4-88344-070-2
  • 定価:本体価格1800円+税
  • 2001/05/01発行
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鏝絵放浪記
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鏝絵放浪記

鏝絵(こてえ)という職人技に魅せられた一人の写真家が、故郷大分を振り出しに日本全国を駆け巡り、中国・アフリカまで歩き続けた、25年の旅の記録。(鏝絵=左官職人が鏝を使い、漆喰をレリーフ状に盛り上げ、民家の戸袋や壁、土蔵を塗り出したもの)

書評

楽しく読めて、左官の歴史や文化がわかる本

辻孝二郎

 今や左官の語り部(「左官教室」編集長・小林さん談)である藤田洋三氏。物言わぬ世界、沈黙の左官を色彩豊かに語り出した唯一の人である。彼の語る世界は色濃く、深く厚い。彼の関心は鏝絵から始まったものの、「しゃかん」の職人さんを初め、関係の人々に触れ、その技術に触れ、その歴史に触れ、石灰に触れ、世界中の泥壁に広がっている。鏝絵は入口であったけれども、内容は左官のすべてに広がっている。
 物言わぬ左官の世界で、一番饒舌な鏝絵との出会いが藤田氏の出発点である。彼は色とカタチ・素材を執拗に追い求めるカメラマンである。幸いなことに、野に埋もれていた鏝絵は彼の目で掘り起こされた。彼も性格色濃く、饒舌、サービス精神に富んでいる。彼と鏝絵との出会いは、そういう面で必然性を帯びているように思う。
 最近は、顔も鏝絵になってきた。歩く姿も鏝絵っぽい。彼の出現の仕方は、フラッシュを浴びた鏝絵のようでもある。突然、野の闇から浮かび上がってくる。現在が生み出した鏝絵、藤田さんはそういう人なのかもしれない。
 鏝絵の何たるかを知らない時に、鏝絵の町大分県安心院(あじむ)町をご案内いただいたことがあった。保存会の人だったか地元の人に会い、藤田さんの話が広がった。話はなんとも時代離れして、五十年前、百年前のこと、何世代も前の施主や故人となった左官屋さんの話、九州全体のこと、全国のことなどが、とめどなく流れてくる。名前も知らずぼうぜんと聞き流していたことを覚えている。この本を読んであの一瞬の会話の意味が見えてきた。藤田さん自身が時空を超え、泥や石灰の世界、あるいは人々の営みをあのつぶらなとも言える鋭くも可愛い目で見続けていたのだということを。
 鏝絵が施主への感謝を込めた無償の行為であるとしたら、この本も今の時代や左官の人々への無償の行為である。「鏝絵としての出版行為」、この本はそんな意味を持っている。野の饒舌、野の美意識、野の豊かさを今一度味わうことができるのは至福と思う。
 彼と同じ時代の空気を共有できることを、心から感謝したい。

近代化の遺産のように

塩田芳久

 鏝絵(こてえ)。壁や戸袋など、漆喰を塗った上に鏝で風景や肖像などを描き出した絵のことだ。写真家としても知られる著者が、この伝統の職人芸に魅せられて地元大分から九州各県、日本全国、果ては中国、アフリカへと旅して回り、鏝絵を撮影し続けた「放浪」の記録が、豊富なエピソードと美しい写真とともにつづられている。
 前半は、軽いフットワークで駆け抜けた鏝絵紀行が楽しい。招福の思いを込めた大分県内の七福神、胸部が手あかで黒ずんだ佐賀市の裸婦像、高さ約二メートルもの新潟・佐渡の大ムカデ︱︱。職人達の技の妙を伝える鏝絵が、その土地の風土まで映していることに気が付く。また「謎」の鏝絵師を追ったり、中国まで「ルーツ」を訪ねたりするくだりは、スリリングな冒険譚の趣すらある。
 「鏝絵にひかれたのは二十五年ほど前。地方の時代といわれたころで、大分の文化の源流を追い掛けるのが目的。しかし全国を巡るうちに、鏝絵と、それが描かれた家屋を近代化遺産として接するようになりました」
 後半部になると、著者の興味は鏝絵にとどまらず、キャンバスになった漆喰から、その原料の石灰、そして壁そのものを作る泥とわらへと向けられる。食べられる石灰を求めて台湾へ渡り、泥でできたモスクがある聞けばアフリカへと向かう。
 「『お石灰探偵団』と称して、海からの視点、経済の視点など多角的にこれらの素材を調べました。だれもやったことのないことなので、本当に面白かった」
 そうしてあぶり出したのが、石灰が支えた日本の近代化であり、多様な衣食住の文化であり、農業をはじめ日本の産業の歩みだった。著者の好奇心は鏝絵を入り口に、人間の営み全体をつかみ取ろうとしているようだ。
 「かつて美しかったものが形を変え、いまだに美しいまま存在している好例が鏝絵です。今後も、人の手が生み出した美しいものたちを注目し続けたい」

  • 306頁 四六判並製
  • 4-88344-069-9
  • 定価:本体価格2200円+税
  • 2001/01発行
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