絵本 筑豊一代

画:
山本作兵衛
原作:
王塚跣
判型・頁 A4判上製カラー 32頁
ISBN 978-4-88344-303-1
定価 1650円(本体1500円)
発行日 2021/05/30

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作兵衛さんが描いた一坑夫の生涯

炭鉱で亡くなった1万人をこえる坑夫の殉職者と
炭鉱で働いたすべての労働者の名誉と尊厳のために

ユネスコ「世界の記憶」
【登録10周年記念出版】

山本作兵衛(炭坑記録画家)
私の書いたものが同じ炭坑労働者の方々に見ていただき、今は忘れられようとしている昔の炭坑のことなど思い起こしていただくところとなりまして、そこから皆様のお力によって、この復権の塔の建設が実現するところとなりますならば、私にとりましてこの上ないさいわいでございます。(冊子「復権の塔」より)

王塚跣(作家)
むかしから、地底の仕事場には犠牲者が多かった。往年の奴隷的納屋制度、戦争中の産業戦士の美名、戦後の日本復興の担い手というおためごかし。時代は変わっても、彼等を危険な切羽へ追い立てる鞭は変わらなかった。そして彼等は、水や、火や、バレに襲われ、ひきがえるのように無惨に死んでいった。
筑豊の地から炭鉱というものが消えてしまっても、彼らの怨念の声は筑豊の山野から消えはしないと思う。
(冊子「復権の塔」より)

服部団次郎(牧師 「炭鉱犠牲者復権の塔建設協力会」会長)
かつて「下罪人」として苦しみ悲しんできた炭坑労働者の同じ苦しみを経験しながら、そこから私もまたひとりの下罪人とし、かつての炭坑労働者達とともに、人間復権のために闘うということは、余命長くないこれからの私の生き甲斐であると思い、会長を引きうけることにしました。(冊子「復権の塔」より)

著者略歴
山本作兵衛
[やまもと・さくべえ]

 炭坑記録画家。
 1892年福岡県生まれ。幼いころから兄とともに炭坑の仕事を手伝い始め、立岩尋常小学校を卒業後、1906年に山内炭坑(現・飯塚市)の炭鉱員となった。以後、採炭員や鍛冶工員として、筑豊各地で働きながら、日記や手帳に炭坑の記録を残した。
 田川市にある炭鉱事務所の宿直警備員として働き始めた60代半ばに、「子や孫にヤマ(炭坑)の生活や人情を残したい」と絵筆を取るようになり、自らの経験や伝聞を基に、明治末期から戦後にいたる炭坑の絵を日記や広告紙の裏などに描くようになる。余白に説明を書き加える手法で1000点以上の作品を残した。1965年田川市教育功労者賞を受賞。1975年田川市文化功労者賞を受賞。1977年第36回西日本文化賞を受賞。1981年福岡教育文化功労者賞を受賞。1984年死去。
 2011年に絵画や日記、雑記帳や原稿など、計697点の「山本作兵衛コレクション」が国内で初めてユネスコ「世界の記憶(世界記憶遺産)」へ登録される。

王塚跣
[おうつか・せん]

1917年福岡県田川郡川崎町生まれ。本名大塚正。1938年下関重砲連隊入隊。復員後八幡製鉄所労働課に入る。「九州文学」「九州作家」同人。作家。
『筑豊一代』は朝日新聞の一千万円懸賞小説に応募して、三浦綾子の『氷点』につぐ佳作になりその後朝日新聞社から出版された。「著者は九州に住み、この小説の舞台である筑豊炭鉱地帯は隅から隅まで知り尽くしている。溢れるような迫真力がある。炭坑の納屋制度は特殊な世界で、官憲の干渉も排除する一種の治外法権地帯だ。したがって、常識の理解を超えた習俗もある。それだけ裸の人間群像を見ることができる」(松本清張「推薦のことば」より)。
 他に『火焔樹』、『性と死のバラード』、『七枚半の人生』、『王塚跣著作集』がある。1995年に死去。

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