書評

わが内なる樺太

わが内なる樺太 工藤信彦 外地であり内地であった「植民地」をめぐって 樺太 国境 ソ連 石風社 工藤 信彦 詩人 歴史 サハリン 豊原 ロシア 植民 北海道 外地 内地 朝鮮 国家 北方 領土
四六判上製・311頁
978-4-88344-170-9
定価:本体価格2500円+税
2008/11/20発行
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わが内なる樺太
zeikomi
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外地であり内地であった「植民地」をめぐって

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わが内なる樺太
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十四歳で樺太から疎開した少年の魂が、樺太四十年の歴史を通して「国家」を問う。1945年8月9日、ソ連軍樺太に侵攻、8月15日の後も戦闘と空爆は継続、幾多の民衆が犠牲となった。──忘れられた樺太の四十年が詩人の眼を通して綴られた──

書評

樺太にかかる歴史の霧をあざやかに晴らす

テッサ・モーリス=スズキ
豪州国立大学教授(翻訳・大川正彦)

 樺太は「日本の忘れられた植民地」と言ってよい。過去の植民地の歴史への関心の高まりがあるにもかかわらず、いまだに、植民地樺太の歴史については、ほんの一握りの学術研究しかない。そればかりか、著者・工藤信彦が本書で指摘するように、『岩波講座 近代日本と植民地』全八巻(一九九二年刊)のような仕事でさえ、この歴史をほとんど黙殺している。
 このように長きにわたる当惑せざるをえない黙殺という文脈のなかでは、工藤の『わが内なる樺太』の刊行はとりわけ喜ばしい。戦前・戦中に樺太に生まれ育った著者は、教育と日本文学の著述に人生を費やし、教師としての身を退いたのち、日本の歴史・記憶・文化における樺太の在り処に関心をむけた。本書に収められたエッセイ群をとおして、樺太の植民史にかかわる著者の丹念な研究と、工藤自身の個人的な記憶、そして植民地樺太における教育生活・文学生活におけるひときわ優れた人物である父の記憶とがひとつに結びあわされる。
 ひょっとすると、いま述べた植民地という語には引用符が付されるべきかもしれない。それというのも、本書の中心テーマは日本の植民史における樺太の奇妙で両義的な位置そのものでもあるのだから。樺太は日本の唯一の真の「入植者植民地」であった。ここでは、「内地」からの移民の数が、先住民や、日露戦争での日本の勝利の後に残った数少ないロシア人の数をはるかに上回っていた。したがって、帝国秩序における樺太の在り処は、朝鮮や台湾といった他の主要な植民地の場合とは異なっていた。工藤が強調するように、樺太の日本人入植居留民たちは自分たちが植民地で生活していけるとはけっしてみなさず、むしろ日本の他地域から北海道(これもまた同様に、「植民地化される」と同時に「植民地化する」ものとみてよい島である)に移り住んだひとたちと類似した地位をもつと考えていた。
 樺太の場合、この地位は次の事実によってことさらに混乱させられる。すなわち、日本が支配した樺太の南部は、公式には三十年のあいだ「外地」として遇されていたが、一九四三年には、拓務省から内務省に移管され、こうして公式には「内地」の一部になった、という事実である。このように配置替えがあったにもかかわらず、日本はアジア太平洋戦争の終結時にポツダム宣言を受諾したとき、樺太は侵攻するソビエト軍に対して放棄された。今日でさえ、日本の検定教科書や公式の出版物では、この島は樺太と名づけられ、北緯五十度の線に沿って国境が引かれ分断されている。とはいえ、他の争点が浮かぶ実際上では、「ロシア・サハリン」と認定されているようである。つまり、『わが内なる樺太』があざやかに示すように、樺太は、日本の植民史の重要な局面を(今日ですら)包みこんでいる、両義性と忘却という奇妙で、公式に作られた濃霧のもっとも鮮明な具体例となっている。
 工藤信彦によるこの本を繙くなら、樺太史にかかわり文書史資料にもとづいた研究と、工藤個人とその家族にかかわる個々具体的な記憶とが織り込まれていることで、そのような濃霧は消え去り、この霧がかくも長きにわたって覆ってきた魅力あふれる歴史が明らかにされるだろう。『わが内なる樺太』は樺太史にかかわる数少ない既存の学術研究を綿密に分析しているばかりではない。植民地樺太の創出、樺太の教育システムと文化制度の展開、アジア太平洋戦争での日本の敗北の後に同島から大量に帰還した入植者たちに関する豊富な情報を提供している。
 しかし、本書はたんなる歴史物語りをはるかに越えるものでもある。熱情と詩情あふれる感受力によって綴られ、なんといっても、自らが探査する歴史にによって全実存そのものが形づくられてきた人物の手になるものである。『わが内なる樺太』は、国家・国民、植民地主義、アイデンティティということの意味への洞察に充ち溢れている。読者が本書から息吹を受けとり、戦前・戦中の樺太という目を瞠るけれども、あまりに長く無視されてきた物語を探究されるよう、評者はつよく希望する。

国境 忘れられた「存在」

岩下明裕
北大教授・ユーラシア国境政治

 国境とは何か。本来、それは国家の権力が物理的に及ぶ空間の境界(ライン)であると同時に、その空間に暮らす人々が心のなかで一体感を共有する認識の境界でもある。
 しかし、現実には物理的なラインとこの認識上のラインは往々にして一致しない。それでも「領土問題」として国境をめぐる係争が顕在化している境界は、多数の国民に意識される。北方領土と竹島。例えば、政治化した境界をめぐるこのズレの問題は、係争の当事者からみれば、不十分に感じられるとしても、それは確かに「存在している」。
 国境をめぐる問題の真の所在は、その「存在」が認識されていないところにある、と評者は考える。国家が支配する権力空間のなかで、多くの国民に忘れ去られている境界に近い島嶼(とうしょ)。今では、与那国、対馬、小笠原など国境島嶼の存在がそれだ。その存在がメディアや国民の注目を浴びるのは、せいぜい、外国の「脅威」が強調されるシーンにおいてに過ぎない。国境地域の現実に普段は関心も興味ももたない人々の過剰な国境への想像力とロマンは、しばしば現地に暮らす人々を傷つける。
 この「内地」の人々の国境地域に対する無自覚ぶりを反転させた象徴的な事例が、樺太をめぐる問題といえる。工藤信彦は本書で、日本国家が喪失した領土、樺太の存在にかかわる議論を整理し、その意味を読者に突きつける。工藤によれば、「樺太」問題の真の悲しみとは、戦後にその物理的存在が喪失したことにあるのではない。ソ連との間に北方領土問題を抱えるがゆえに、日本国は樺太の喪失を追認することができず、存在はあえて「空白」とされ続けた。そして今日、「空白」としての存在もまた忘却の彼方にある。
「存在」耐えられない軽さ。「平穏」な国家にとって、国境問題とは重荷でしかないのだろう。

目次紹介- 抜粋 -

1 空に見るもの・樺太挽歌  
  移住ということ
  遠い場所の記憶と──
  樺太が位置するもの
2 すでに無く 未だ在る樺太・地図が記すもの
  曖昧がもたらすもの・「地図」の中の「樺太」について
  樺太の学校教育事情
3 樺太渡島事始め 
  ラベルの記憶
  豊原空爆
4 サハリン島へ・旅するためのエスキス
  二〇〇二年の夏・サハリンの旅
  豊原で、登別温泉に浸かった人は居ませんか?
5 樺太の研究に携わる諸先生に
  樺太に関する覚え書きA
  日本とロシアの研究者の目から見るサハリン・樺太の歴史
  樺太連盟の現在から ほか

工藤信彦

くどう・のぶひこ

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工藤信彦
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くどう・のぶひこ

1930年、樺太大泊町生まれ。
北海道大学文学部国文科卒。北海道立札幌南高等学校、藤女子高等学校、成城学園高等学校、アルザス成城学園教育研究所で定年退職。現在、社団法人全国樺太連盟理事。
著書『日本文学研究資料叢書・高村光太郎・宮沢賢治』(有精堂)、『明解日本文学史』(三省堂)、『書く力をつけよう』(岩波ジュニア新書)、『現代文研究法』(共著、有精堂)、『講座日本現代詩史』(共著、右文書院)、『現代詩の教え方』(共著、右文書院)、『現代詩の解釈と鑑賞事典』(共著、旺文社)その他多数。