3月9日、筆者は講演会に招かれ宮城県栗原市にいた。ここで「世間遺産とは何か」の指南を終え、福島のなまこ壁の撮影に向かう予定が、急な打ち合わせで九州に戻ることになり、命拾いすることになった。
さて、筆者がこれまで「見えないもの」をテーマに取材を続けてきた、といえば唐突だろうか。
それは歳月を経て月日の揺りかごに揺られたものこそが極上になるのダという考え方によるのであり、そんな年月の重みをしょった建築や道具、職人のありがたさというのは目に見えないものなのである。
そして、ようやく筆者にもこれまで見えなかったものが見えたような気がしていたら、あちこちでわが『世間遺産放浪記』に触発されたという人々の間で静かなムーブメントが胎動し始めた。
昨年は「福博世間遺産」と称した町歩きがあったし、そこでは警固神社で何ともファニーな〈笑うお稲荷さま〉にめぐり合ったりと、それなりの収穫はあった。
またこのごろ、恐れを知らない筆者は「どうつくるのではなく、なぜ作るか」と遺言した、ナチスドイツに人生をメチャメチャにされた陶芸家ハンス・コパーの言葉に触発されている。
そこで何をしようかというと、これまで見聞した、例えば愛媛・宇和町の〈笑うオカメ〉の鏝絵や、岡山県津山市の「笑うセールスマン」のような〈大黒様〉の鏝絵など、笑うモノばかりを配置した曼荼羅をつくってみようを考えているのである。なぜならこの「笑う曼荼羅」づくりは、自分は何者かということを問う行為とつながっているからなのだ。
さてさてそんな作業を果てもなく繰り返しつつ、これまで気になりながらもそこへ行くにはあまりにも贅沢なこととあきらめていた「日本のワレ目」ことフォッサマグナ地帯の糸魚川への撮影がついに実現することになった。糸魚川は日本で最も深い縦型鍾乳洞が4本もあるところで、企画中の『お石灰探偵団』の出版で避けて通れないエリアなのだ。そして「下町のミケランジェロ」こと石川雲蝶ゆかりの地でもある。が、いかんせん縁も円(¥)もなかったのだ。それが栗原町での講演が御縁となり、新潟行きの縁が飛び込んできたという次第。
今回の目的地のひとつである糸魚川は、5億年前の地球のワレ目が丸出しの地。ここを歩けばかならずそこにしかないオンリーワンがあると確信していた。それが糸魚川の町方衆の招きで眼前に迫ったのだから興奮しないわけがない。
こうして、「ジオパークと世間遺産」と題し、ものの見方や感じ方をテーマに、糸魚川の見たまま感じたままを聴衆に伝えた。
そして、講演前後の小旅行では、山麓エリアで〈浪太郎〉なる巨大魚のオブジェに遭遇した。
これは過去に見てきた強者どもに負けるとも劣らぬ逸品の世間遺産だったが、さらに路肩の崖には〈額縁石灰〉と名付けた稀有壮大なアートが出現した。
お石灰探偵団団長の小さな頭脳に乱入したそれらは、たちまち頭の中をドロドロにしてしまった。
そして・・・・これまで石灰岩は白・赤・グレーだけだと思っていたのに、何と「黒い石灰石」なるものが登場したのだ。
つづく。