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ラバウル日記
一軍医の極秘私記
旧帝国陸軍の官僚制としぶとく闘いつづけた一予備役軍医の二千枚に及ぶ日記文学の傑作。──降伏時、総司令官から出された責任逃れの「極秘通達」に憤り、英訳して豪州軍に提出。裏切り者と指弾されながらも、同僚を死刑より救う。
目次
第1部 瘴癘(しょうれい)
昭和十七年
昭和十八年
第2部 焚書
昭和十九年
昭和二十年
第3部 叛逆と呼ばば呼べ
昭和二十年
昭和二十一年
昭和二十二年以降
著者略歴
1910年(明治43)1月7日生まれ。九州帝国大学医学部卒業(産婦人科専攻)
1937年11月応召。陸軍衛生部見習士官として14号兵站病院勤務。中国各地(上海-南京-九江−漢口-武昌-上海)を移動。1941年4月応召解除。
1942年1月独立野戦高射砲第34中隊付、12月ラバウル上陸。1946年4月応召解除。
1946年6月麻生産婦人科医院再開。1947年福岡助産婦学校長就任(1952年3月閉校)、福岡YMCA主事代行、福岡女学院理事、福岡中部教会日曜学校長等を歴任。
1989年7月11日、永眠。
著書に『上海より上海へ──兵站病院の産婦人科医』『ラバウル日記──一軍医の極秘私記』がある。
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