なんとなんと

重松みな子
2024/07/05

 一日は犬のハッサン(雌14歳)との散歩で始まる。そして何と言っても私の元気の素は周深(zhou shenチョウシェン 音域の広さと多彩な声で天使とも大魔王とも称される癒し系中国人歌手)だ。早朝は車も人通りもなく録音機のイヤホンから彼の透き通った伸びやかな歌声が響く。時に一緒に歌っている子どもたちの幸福そうな笑顔も浮かんでくる。彼が歌う歌の作詞家、作曲家(古典を含め中国のみならず日本を含む海外の作家)にも感謝したい。73にもなってあの声に出会えたことも喜びだ。その気分で私の一日が動き出す。

 最近身近で自然の力を見せつけられことが3つあった。築70年のこの古い家(家は谷間にあって夏向きに作られている)には表口に近い台所と冬は薪ストーブが据えられる南の台所兼居間があってこちらにいる時間の方が長い。冷蔵庫は北にあるので不便ではあるが元気なうちは運動量を増やすためにそのままにしている。そのあまり使っていない北の台所でたわし代わりのヘチマの繊維の隙間から緑の芽が出ているのを発見。ちょうどいい気温と湿度に目覚めたらしい。ひと月ほど前、私が植木鉢にヘチマの種をまき芽が出たところで適切な場所と思うところに苗を移したが周りの草に負けてわからなくなってしまった。早速たわしのヘチマを土中に移した。もう一つは、庭の花の間にはびこっているよもぎを抜こうとしていた時のこと。なかなか抜けない。なんと土の上にあった瓦も一緒に持ち上げてしまった。瓦の針金ほどの穴に一本のよもぎが通り抜け50センチほどにも育っていたのだ。

 もう一つは私の完全な落ち度なのだが、冷凍の豚肉100グラムほどを台所の窓辺に置いていた。いつもそこで自然解凍していたのだが料理しようとしてみるとない!下に落ちたかも?と思って直下(つぼすみれやホタルブクロの葉が群がって土は見えない)や周囲を探したがそのトレイも落ちていない。もしかしたら臭いを嗅いだハッサンかトラジロー(15歳雄猫)かミーサ(2歳雌猫)がどこかに持って行ったのかもしれない。夫に話すと「あんなところに置いておくのが悪い」ともっともな意見。豚肉が卵に変わった夕食時、「あすこを見て」と、夫。なんと隣の倉庫の屋根の上に白いトレイがあるではないか。すでに中身はなさそう。そう、カラスの仕業だ!外に置いておいたバケツの中の卵を採られたことはあるが家の中のものを持っていかれたのは初めてだ。

 今のこの地球上でなんとなんと私は平穏で恵まれた生活をしているのだろう。今年は天候不順と手入不足のせいで玉ねぎとじゃがいもは私一人で収穫できるくらいの量だった。初夏の果物、ビワ・李・杏子はまったくよそと同じく口に入らなかった。それでも昨年のクルミはすぐに食べられるように保存してあるし、ゆず・梅・あんずは加工してある。

 一日が終わる前に世界のニュースを見ることにしているのだが、カタール、アルジャジーラのニュースには毎日心が痛む。ガザ地区には当初900キロのミサイルが9個も落とされ深い穴ができ遺体の捜索もままならなかった。重機などないので手で掘り起こすしかない。数十年も天井のない収容所状態が続いてきた。そもそも地中海東の住環境は恵まれていないうえに井戸も上水道も下水道施設も何もかも破壊され復興も絶望的だ。このところ人口密集地のラファへの攻撃では以前にもまして子どもを含む犠牲者が多い。空爆と地上からの攻撃は学校や病院もお構いなしだ。西岸地区も含め畑も攻撃され地上に生えていた草も飢えをしのぐために食べつくされた。運搬用のロバもがりがりに痩せている。無人機で空爆される人は逃げ惑うばかり。私ができることは何もない。

 先日国連「中国語の日」に大使としてニューヨークに行った周深は国連本部で3曲歌を歌った。オンラインでもそのうちの「和平頌(平和をたたえる歌)」の詩句が詳しく紹介された。農村の留守児童に育った彼は親の希望でウクライナの医学部に留学するが、自分に合った音楽院に進路を変える。“愛の旋律は言葉を超える”と歌手を志してから周深はこの「和平頌」の詩句を信じている。彼の深い表現力と影響力は世界平和に貢献するだろうと期待しつつ私は眠りにつく。そういえば中国成都での演奏会に台湾から90を過ぎた婦人がお孫さんに手を引かれてきていたということが話題になっていたなあ、と思い出した。

                2024・6・28