私の台湾訪問は、ほとんどが舞台を見に行くためである。2018年の美濃訪問も、高雄であった雲門舞集の公演を見に行くついでだった。平日は仕事があるので、週末の2日とか3日とかを利用した弾丸ツアーとなる場合が多く、友人数名と連れ立って行くこともしばしばだ。何回も行っているうちになんとなく「不文律」ができた。例えば、誰かが撮った写真は皆で共有するとか、メンバーで共通のお財布を作りタクシー代や食事代はそこから出すとか、誰かの台湾の友人はほかのメンバーとも友だち同然、とか。
吉美さんをはじめ、妹尾さんの師範大学の同級生ともそんな風にして何人もとお知り合いになった。高雄に住んでいる富美(フーメイ)さんもその一人だ。まったりお話しになる柔和なお人柄で、2018年に高雄に行ったとき、初対面の私も一緒に車であちこち案内していただき、レストランでお昼をご馳走になり、お宅にまでお邪魔した。
妹尾さんは師範大学の同級生のグループLINEに加わっているが、彼女が「○月○日に台湾に行く」とポストすると、瞬時に数名から「では○日のお昼を一緒に食べよう」と誘いがくる。今回も富美さんから早々と妹尾さんに連絡が入っていた。
さて、美濃でのイベントを終えた私たち4人は、翌11月24日午前、タクシーで高雄に向かった。今回は4人なので、タクシー1台で移動できてなかなか便利である。前日まで薛伯輝基金会に「あご・あし」付きでお世話になっていたこともあり、ようやくここから共通のお財布の登場だ。お財布係はサポートメンバーのXさん。彼女は職業柄出張も多く、こういった仕事には慣れているので安心して任せられる。
ホテルは中山大学の招待所・西子湾沙灘会館である。ここは「以前師範大学の同窓会の旅行で泊まったことがあり、ビーチの景色がとても素晴らしいからぜひ」と妹尾さんが推薦してくれたところだ。大学のキャンパスの中にあるが、一般の人も利用できる。その日は、大学の中のレストランで夕日を眺めながら食事をし、そのあと、ホテルのビーチで海風に吹かれつつ、無事役目を終えたという解放感にひたった。
フライトスケジュールの都合で高雄には2泊する。妹尾さんと富美さんとのLINEでの打ち合わせの結果、翌25日の11:30に五福路の麗尊酒店(酒店はホテルのこと)で落ち合うことになった。西子湾のホテルは交通の便があまりよくないので、どうしてもタクシーを利用することになる。午前中私たちはまず麗尊酒店近くにある一軒の書店を目指した。私が恩師に依頼された台湾の詩人・楊牧の詩集を買うためだ。だが私の調査不足で目的を達することができず、ちょっと離れた大遠デパートの誠品書店に行かねばならないことがわかった。タクシーを拾って向かったものの、デパートは11時開店でまだ開いてない。時間を無駄にしたくない私たちは近くのスーパーマーケットを目指した(スーパーマーケットおよび市場は、劇場・書店と共に私たちの必須の訪問先である)。スーパーで買い物をして時計を見ると富美さんとの約束の時間が迫っている。私たちは道に出てタクシーを止め、約束のホテルへと急いだ。
ホテルのレストランで富美さんと妹尾さんのもう一人の同級生・玲玲(リンリン)さん(こちらは初対面)にお昼をご馳走になり、そろそろお腹もくちくなってきたところで気が付いた。あれ!? 私のビジカジバッグがない!
その日私は楊牧の詩集を入れるためにリュックをしょってきており、普段は肩から斜め掛けにしているビジカジバッグは手に提げていた。慌ててホテルのお手洗いに見にいったが、なかった。スーパーでは持っていたので、最後に乗ったタクシーに忘れてきたに違いない! バッグの中にはパスポートも財布も携帯もすべて入っている……でも、流しのタクシーで名前も覚えていない……その場にいた全員が、あちゃーとなったとき、Xさんがおもむろに「あのー、これならありますけど…」と、タクシー料金の領収書を見せてくれた。幅2センチ、長さ12センチほどの細長い紙切れに、タクシーの車両番号や会社の電話番号が印字してある。聞けば、お財布係として毎回きちんと領収書をもらっているのだそう。ありがたや!
慌てて会社に電話したが、昼休みでつながらない。すると富美さんがさっと自分の携帯を取り出し、110番通報してくれた。それから15分ほど経って、警察から、タクシーが見つかった、今実車中なので、そのお客を下ろしたらホテルまで届けてくれると連絡が来た。慌ててホテルのロビーに下り、ドライバーさんからバッグを受け取る。ドライバーさんは、実は忘れ物に気づいていたけど、すぐお客さんが乗ってきたのでそのままになってた、大丈夫と思うが念のため中身を改めてください、と言った。中身は無事だった。
富美さんも玲玲さんも引退して長いけれどかつては学校の先生だったかただ。そのてきぱきとした問題処理能力と、Xさんの周到な仕事ぶりのおかげで、バッグは無事私のもとに戻ってきた。富美さんは、自分も台北でとても重要な書類が入ったカバンをタクシーの中に忘れたけど、ちゃんと戻ってきたから心配いらない、と励ましてくれ、台湾ではちゃんと荷物が戻ってくるということを証明できてうれしいと言って笑った。
この騒動の一部始終はほぼリアルタイムで例の師範大の同級生LINEに投稿され、私は一躍LINEグループの有名人になってしまった。おそるべし、師大同級生ネットワーク。

富美さんたちと別れたあと、私たちはタクシーに乗って誠品書店に行き楊牧の詩集を無事購入、ホテルに戻って荷物を置いたあと、旗津の灯台に行くことにした。旗津は高雄市街と向かいあう全長10キロほどの細長い島で、北側にはフェリーが就航し、南側は海底トンネルが通じている。ホテルからフェリー乗り場まではそう遠くないが、歩いていくには距離があるので、やはりタクシーを利用することになる。それならばいっそのことそのままタクシーで行っちゃえ、と相談がまとまった。


私たちの乗ったタクシーは高雄市の北側に位置する西子湾から延々南下し、海底トンネルを通って島に渡ったあと、今度は左手に南シナ海を眺めながら島を延々北上して旗津灯台のふもとに着いた。ホテル近くの埠頭からフェリーに乗れば約10分で着く場所まで、一時間以上のドライブをしたことになる。ぎり日没に間に合った私たちは、灯台まで登って夕日をめでたあと、朝乗ったタクシーのドライバーさんが「イチオシ!」と教えてくれた港の近くの小さな食堂・正古早味熱炒で美味しい海鮮の夕食を取り(原資はわが恩師が我々にくださる予定の「お駄賃」♪)、フェリーに乗って西子湾に戻った。

帰国の26日はまずホテルで呼んでもらったタクシーに乗り、妹尾さんの別の同級生がおすすめしてくれた絶品メンマを買いに高雄藝品館へ。前日の教訓を肝に銘じた私は、ビジカジバッグをしっかりと斜め掛けにした。
この店は団体ツアー専用で個人の客ははいれないらしいが、店員のおばさまがたは全く頓着せず、4人でも団体だよ、オッケー!と言って入れてくれた。そこでお土産を買っていると、再び富美さん登場。ホテルに電話して行先を聞いたとかで、私たちを乗せて自宅の近所にある市場に連れて行ってくれた。そこで皆さんが買ったものは…乾紅棗(ナツメ)、枸杞(クコ)、花生米(ピーナッツ)、腰果(カシューナッツ)、乾蝦仁(干しエビ)、銀耳(白キクラゲ)などなど、いろいろありすぎて書ききれない。それからタクシーでホテルに戻り、最後の荷造りをしたあと、市場で富美さんが買ってくれた粽を食べて、再びタクシーでいざ空港へ。高雄空港は福岡空港と同様こじんまりとして、地下鉄でのアクセスも良い便利な空港だが、今回の高雄滞在は良くも悪くもとにかくタクシーに縁があった。
夕方、福岡空港に着いた。普段は地下鉄に乗って帰るのだが、今回の旅は美濃での報告のためにノートパソコンも担いでいったし、先生に頼まれて購入した楊牧の本6冊もある。あやうく帰国できなくなりそうなハプニングもあってへとへとだったので、サポートメンバーKさんを誘い、思い切ってタクシーで帰ることにした。
私たちが乗ったタクシーのドライバーさんは話し好きで、持論の展開に熱中するあまり道を間違えたりしたが、なんとか家まで帰りつき、カードで支払いをした。降りがけにドライバーさんは、「遠回りしてしまってすみません。何があるかわかりませんから、領収書だけはちゃんともらっておいてくださいね!」そう言って百円玉3枚とともに領収書を渡してくれたのだった。
これまで日本のタクシーで領収書などもらったことのない私が、当然のような顔をしてにこやかにそれを受け取ったのは言うまでもない。

台北で撮影されたもの、撮影者 Linda Chen)