◇手術
朝が来た。七月一〇日、ジイジの手術の日である。
外が明るくなる気配に私は目覚めた。船が難破し、荒海にもまれ、暗い海を漂流したあげく、浜にうちあげられた。それが実感である。
ジイジは午前七時頃起きた。何事もなかったかのようなもっともらしい顔をしているのがおかしい。私も知らん顔している。
志摩先生が来た。笑顔で「眠れましたか?」と言う。私もジイジも「はあ」と曖昧に応える。少しはジイジも眠ったので大丈夫だろう。
午前八時五五分、天童ナースが来た。夜通し勤務し、まだ帰ってなかったのだ。ご苦労さまと私は心の中で手を合わせた。ジイジは天童の言うまま、ブルーの手術着に着替える。全裸のうえにごわごわした法被をはおるような感じであろうか。
手術室へ。ジイジは不安そうな様子は見せない。腹が据わっている、というより、次から次へと手術へ向けての手順があるので、よけいなことを考えるひまがないだろう。車椅子で手術室へ向かう途中、看護師が「うたたねしたと思ったら、もう終わっていますよ」とジイジにささやく。「まな板の上のコイは泰然自若」と言わんばかりにジイジは落ち着いている。昨夜の不眠は不安を追い払うための儀式でもあったのかと思えてくる。
手術室の前で待つ家族もいるのだが、私の場合は、「病棟の待機所にいるように」と言われた。命にかかわる手術ではないから手術室の近くにいる必要はないが、どこにいてもいいというわけでなく、所在をはっきりさせておくのは、やはり不測の事態がないとはいえないからであろう。
ジイジを手放して、ほっとしている自分がいる。待機所に戻った私は、はーっと息をついた。結果はどうであれ、とにかくオレはやったという、ある程度の満足感がある。ペットボトルの茶を一気に飲んだ。なくなると水を入れて飲む。口がかわいて仕方がない。ペットボトルを五回くらい満タンにした。いくらでも飲めるのが不思議だ。
待つしかない。本を読むような集中力はないので、目の前の光景をただながめているしかない。入院中の患者たちが出てくる。待機所のテーブルでお茶をのんだりしている。柱につかまって屈伸する人もいる。リハビリの時間でもあるのだ。
リーダー格の看護師は四〇歳前後の女性。メガネをかけている。どの患者にも声をかけ、リハビリ担当の介護福祉士らと打ち合わせをする。夜通し奮闘してくれた二〇歳代の看護師らとはおもむきがちがう。若手をたばねる下士官のような立場か。年齢に応じてナースの役割というものがあるようだ。各現場のリーダーはそれぞれの患者の状態を把握しながら、状態が上向きとなるように策を練り上げていくのであろう。
車椅子の五〇歳代の男性。俳優の北村有起哉に似ている。動きは鈍くなく、姿勢もしゃんとしている。金融機関の支店長代理でもしていそうな、社会で揉まれてきた感じがある。心臓系の病気なのだろうか。車椅子の後ろには導尿による尿がたまっている。「透析はせんからね」とリーダーに言う。血圧は「六〇~二〇」。おそろしく低い。聞き間違いかもしれない。病棟の廊下を何周かして病室に戻った。
白髪の年配の男性が来た。この人も車椅子の後ろに尿をためている。リーダーから食事の具合を聞かれ、「三分の一くらい食べた」という。「吐いた」ともいう。話し方はけろっとして軽快なのに、食べられないのだ。この人もリハビリ介護士の付き添いでトイレに行ったのち、廊下を歩く。たいした運動量にならないのではと思ってしまうが、少しでも歩くことはプラスになるのだろう。じっとしていていいわけがなく、歩かねばならないのだ。
午前一一時五分、手術チームのナースが呼びに来た。ジイジの手術が終わった。ICU(集中治療室)に行く。手術後はICUに半日程度いて、その後、普通病棟に戻るのだと聞いていた。そうは聞いていても、ICUという言葉に足がすくむ。
たどりついたICUは鉄のトビラのその向こう、一般病室よりも暗く、大きな医療機器があちこちにある、縁の下の力持ちの、ボイラー室のような印象を受けた。ジイジのベッドへと看護師が連れていってくれる。
ジイジは麻酔で静かに眠っているものと想像していたが、意外なことに、陸にあがったタコのように四肢をうねうねとくねらせている。本能的な生命の躍動のようなもの、意識はないのだが、動かさずにはおれないという必死の思いが感じられる。カテーテル「手術」と書くよりカテーテル「治療」と書くのが適当ではないかと私は思うこともあったが、一〇人近い医療者に囲まれて、もがいているジイジを見て、やはりこれは「手術」だと思った。
志摩先生が私に近づいて来た。
「すべて、うまくいきました」
その声の弾む調子から先生の言葉どおりだと判断した。
「申し分ない」
志摩医師は卓上のモニターを指さす。
心臓の様子が立体的に画面にうつしだされる。バスケットボールのゴールのような形の人工弁が心臓の付け根の部分にがっちりフィットしている。人工弁は雄大なリズムで血管を押し広げては閉じている。そのたびに全身に血液が送り届けられているのだ。
「お父さん、せん妄が激しいですから(意識のない状態でもせん妄というのか)、強めの鎮静のクスリを使おうと思いますが」
「はい、お願いします」と私は即答した。
志摩先生が一瞬苦笑したように思った。ちょっとは考えるふりをして答えるべきであったか。
病棟の荷物をとり、私は一階に行く。総合受付や支払いのカウンター。さまざまな目的をかかえて人々が交錯する。空港の発券フロアのようである。
ジイジは病院に預けた。ICUにいる以上、安心だ。さあ、私はどこへ行こうか。
島尾敏雄の小説の一節がアタマに浮かんだ。精神の均衡を崩した妻ミホを精神病院に収容し、付き添いの島尾が一時外出したときの感慨だ。いまの私にはなつかしい文章だ。引用させてもらおう。
からだがふくらんで羽ばたくような自由がどっとばかり感じられてきたのだ。景色も人も生き生きとして目に写り、万象のすべてにふだんの確かさと親しさが含まれているようで、からだに力が湧き、仕事がしたい、と思えてきて、軽々とした気分のなかで飛びはねたくなっていたのだ。(島尾敏雄『死の棘』)
「自由」を感じる島尾はいずれ妻のもとに戻らねばならない。しかしそれはそのときのことだ。いまは自由だ。「からだに力が湧き、仕事がしたい」。
私は光のなかに歩み出た。








