◇またも足が腫れる
二〇二五年七月一五日、徳島菊水病院で点滴治療。心臓弁膜症と診断してくれた猪熊先生が診てくれる。先生が処方してくれた鎮静剤はすぐにはやめられない強いクスリだということが薬剤師の指摘で判明。クスリはもらったが、飲まない。もう家に帰ってきたのだ。このまま快方に向かっていくだろう。
一六日、デイケア再開。午後4時、デイケアから帰る。送迎の年配の女性スタッフに支えられたジイジ、フラついている。午前はよかったが午後はしんどかった、という。そばを食べるのに苦心したらしい。とろみを持参するよう言われる。急きょ、薬局でとろみを買う。
入れ歯が亡くなって以来、食事に後ろ向きだったジイジ。とろみを入れたブタ汁に愁眉をひらく。「親がつくってくれるものはウマイ」と言う。オレが親? ジイジは、亡くなった親やきょうだいを幻視して、子供に戻った感覚のようである。さっきは私のことを「母ちゃん」と言いかけて口をつぐんだ。
一七日、「ウーン、ウーン」。トイレのジイジの声。サイレンのごとし。
デイケアより帰宅。足どりしっかり、持ち直す。
一八日、ジイジがみそ汁をつくる。何日ぶりか。急須にお茶いれてある。中の網にお茶の葉でなく、網なしにお茶の葉をいれていた。食べ終わっても、冷蔵庫を物色。意欲が戻ってきた様子。「ウーン、ウーン」。トイレの声、いきんでいる。
一九日、デイケアから戻る。クルマからおりるジイジを握手する形でひきよせる。「コウジがおってくれてよかった」とジイジが言う。入れ歯外す。つけるの嫌がる。
二〇日、参院選投開票日。入れ歯を拒否。やっとはめてもらう。元気ない。オニギリ食べず。アクエリアスのませる。「きょうは迎えにこんのお」と言う。きょうは日曜でデイケアはお休み。ソファから立つのにあずる(徳島方言で「苦労する」の意)ようになった。
二一日、デイケアから帰宅後、足の甲が腫れているのに気づく。心臓の病気は徳大病院で治ったはずである。病気は治療したものの、心臓自体の衰えはすすんでいるということか。「オオゴトなのかもしれない」と言うと、「ことがあっても、ことがない」とジイジ。「ことがない」とは「たいしたことはない」という土地のコトバ。なかなか含蓄のあることを言う。シャケ、とろみ入り南蛮漬け、白飯、アオサみそ汁。完食す。
「病院で〝せこい、死んだ方がまし〟と言ったのを覚えてる?」と聞く。
苦笑していた。覚えているのだ。
足の腫れは放置できない。二二日、丸上医院に連れていった。
受付の目立たないところにスタッフ表をはってある。見るともなしに見ていると、山法師の本名は丸上豊と判明。丸上先生と同姓だ。
「苗字が同じなんですね」と看護師に聞くと、
「先生のお兄さんですよ」と言われ、エーッと驚く。
ベッドに横になったジイジの足の晴れを丸上先生、山法師、看護師らが見ている。
尿検査、心電図、レントゲン。
「心不全を疑ったが、心臓の形状、手術前よりすっきりしています。足が腫れたのは、そうですね、運動不足か、体力が低下しているのか……。ときどき、足を上げる姿勢をとるといいですよ」と丸上医師。
心臓弁膜症の手術は成功したというものの、九三歳の老体なのだ。体調によっては腫れることがある、という診断である。
◇とりあえずの集積
「ウチの中はぜんぜんすっきりしとらんのー。あの、ワシが入院した病院、あの個室の部屋は実にすっきりしとった。必要なものだけがあってのー、無駄がないんじゃ。ウチも、あんなふうにすっきりといかないものかのー。せっかく一緒におるんじゃからのー、そういうことを考えてくれんといかんわのー」
阿波白鷺病院から帰ったばかりの頃、トイレから出たジイジが私に突然気色ばんで言ったことがある。〝外〟を見てきて、ウチの中の様子に不満のようである。不満は家の中がすっきりしていない点にあるようだが、「すっきりしていない」をより具体的に聞いてみると、「なんかいらんもんがごちゃごちゃしとるわのー」と言う。不要なものが幅をきかせている点が気になるようだ。
それは私も同感である。しかし、「不要なものが幅をきかせている」家にしたのはジイジとその妻なのだ。長年かけてそうしておいて、自分が衰えてきたら子供に責任転嫁とは……。まぁ子供といっても私は六〇代半ばなのだ。私にも「すっきりしない」責任の一端はある。
「いまは生活を守るだけで手いっぱい。これから少しずつ片づけていこう」と言って納得させた。不満表明がおさまってしまうと、「ウーイ」と、いつもどおりの、冗談なのか本気なのか分からぬ夢うつつモードに入るジイジなのだ。
なぜ、不要なものが幅をきかせる家になったか。考えられる要因を検討してみたい。
ジイジの家の食器棚や押し入れ、箪笥などを仔細に見て思うことは、棚にも押し入れにも、とにかく雑然と放り込んであって、収納に一貫性・計画性がない、ということだ。もらったか、安く買ったかして、入手したものの、どのように使うか、どこに保存しておくかの判断を留保し、とりあえず空いているところへ放り込んだ……という感じである。放り込んだが最後、もろもろの物品が最初からそこにあるかのような顔で居座っているのである。
床の間はそうした物品のカオスのような状態である。母の俳句を書いた短冊、七福神、材木にニスを塗ったオブジェ、巨大な花瓶、クマやミッキーマウスのぬいぐるみ……。配置も何も考えず、床の間の空いているところへおいてみた。おいておくとその配置が意味のあるように見えてくるから不思議である。それぞれの物品が無言のうちに、固定・定住化の権利があると主張し始める。年月の重さとともに、動かしてはならぬモノとして定着する。
いまは床の間を例にあげたが、そういう、「いつのまにか物件」の占有事案が家のあちこちにある。
二階につづく階段の一番下。左隅にゴルフのボールが三個かたまっている。これらボールが出現してから二〇年、いや三〇年になろうか。私も含めだれも動かそうとしない。ジイジかその妻のどちらかが何かの理由でボールを入手した。わが家にゴルフ・ボールは珍しい。家に持って帰ったものの、どうしようか。とりあえず階段の隅に置いた。そうやっておいておくと、何か意味があってそうしているのだろうとおいた当人を含めた家族の構成員みんな漠然と思う。そしてゴルフ・ボールはずっと階段にあることになったのである。
冷蔵庫の一番上の冷凍室ドアに一〇〇〇円の領収書が貼ってある。熊野神社初穂料、一〇〇〇円、とある。和歌山までお参りに行ったのか。年月の記載はない。町内会か何かの旅行でお参りに行き、領収書を手にし、縁起物のようであるから捨てるのはもったいない。どこにしまうかはあとで考えようと、とりあえず冷蔵庫に貼った。貼ってしまえば剥がす理由がない。領収書はそこにあるのが当たり前になった。
冷蔵庫にはまた「米本松雄様」という紙の札が貼ってある。宴席か何か飲み会の自分の席に貼ってあった紙をジイジは持ち帰ったのである。せっかくの自分の名前なので捨てるに忍びず、引き出しのどこかに保存しておくのでは物足りない。ええい、めんどくさい、あとで考えようと、冷蔵庫の横にテープで貼った。そしてそれは冷蔵後の名札のごときものとして君臨することになった。
私は先に「いつのまにか物件」と書いたが、「とりあえず物件」と呼ぶ方が適切かもしれない。「とりあえず物件」の親戚のようなものに、「再利用期待物件」というのもある。これを少し説明しよう。
代表的なのがヤキトリのクシだ。食べたあと残ったクシを、タレや肉がこびりついた状態のまま台所の隅に数十本ずつ輪ゴムでまとめてある。「これ、どうするの?」とジイジに訊いた。「……使いたいという店の経営者がおる……かもしれん」というのが答えであった。「お宅に保存しているヤキトリのクシ、ニオイのこびりついた、焦げ目のあるいかにも現役というたたずまいに感心しました。じゅうぶんに再利用可能です。ぜひともウチの店で使いたいので譲っていただけませんか?」というような申し出があったためしはない。
マスクもジイジが捨てられないもののひとつだ。黄色く変色したものなどを何枚も束ねて壁につるしたりしている。デイケアに通うときに持参する簡易袋にも何枚か重ねた使用済みマスクが入れてある。それら使用済みマスクは、せっかくとっているのだから、気がすむまでとっておけばよいと私などは思うのだが、妹のスエコは薄汚れたマスクを見た瞬間、容赦なく、ごみ箱に入れる。ごみ箱に入れても、ジイジが拾って、別場所でふたたび保存をこころみようとするから油断はできないのだが。
綿棒もジイジは捨てられない。ジイジの耳は徳島方言でいうところの〝じゅる耳〟である。耳垢が乾いてなくて湿っている、という意味だ。綿棒でジイジの耳の中を掃除すると、けっこう濃厚な黄色にまみれる。変色した綿棒を新品の綿棒のパッケージに戻してしまうこともある。新品のパッケージに戻さないまでも、ソファとか食卓の上に放置していることがある。その辺においておくと、だれか次の人が使うとでも思うのだろうか。そういえば私が子供の頃は、マッチ棒にチリ紙の切れ端を巻き付けてそれを綿棒代わりに耳の中をキレイにしていた。マッチ棒時代が長かったジイジにとって、綿棒はおいそれと捨てられない貴重品なのであろう。
「とりあえず」の集積が臨界に達し、「ウチの中はぜんぜんすっきりしとらん」というジイジの不満表明につながったのだろう。大小さまざまな局面で判断を保留し、結論を回避してきた生き方に、ジイジ自身がノンを突きつけた、と言えるかもしれない。いや、そこまでの話ではないか。しかし、ともかく、あれやこれやを先送りしてきた結果、倦怠の雰囲気が家の中に蔓延することになったのはたしかだ。
しかし、私は思うのだ。「とりあえず」を回避する人なんているのだろうか? 現に私はジイジの家の中の様子を描写しながら、博多の私のマンションを思い浮かべていた。私の住まいも「とりあえず」の集積である。判断留保、結論回避が常態化している。
もう一度言う。「とりあえず」を回避する人はいるのだろうか。「とりあえず、なんて面倒くさいこと、ワタシはしませんよ。即断即決です」という人がいたとして、それはそれで余裕のない面白味のない人生ではないだろうか。
年を重ねるほどに私は、経験や感覚の集積である人間という生きものが、奇怪で不可解な想念に振り回されかねないか思い知っている。ジイジの家の食器棚からノコギリやマッチ箱や出汁用の小魚の袋などが出てきてもさほど驚かないのである。しばらくはそのままにしておこうよ。ソファで眠り込むジイジに、そっと無言で語りかける私である。
◇尻が軽くなった
八月になってジイジの便の出がわるい。服薬などどんなに気をつけていても年に何回かは便が出ないことがある。トイレに入ると、「ウーン、ウーン」といきむのが習い性になっている。三日も出ない、というので丸上医院に連れていった。
前回足の晴れで診てもらった際、提出した保険証を返してもらえないので、「あのー」と山法師に催促すると、山法師は無言で保険証を差し出した。山法師のミスなのになんにも言わない。相変わらず横着なヤツだ。先生の兄ということがわかり、ますます油断ならないと思うようになった。
診察室にヨタヨタ入ったジイジは、「便秘でな、きょうは来たんじゃ」と言う。
「クスリは飲んでいますか?」と丸上医師はジイジの顔をのぞきこむ。
「飲んどる。それでも出ないんじゃ」
丸上医師はジイジをベッドに寝かせた。腹を押している。眉間にしわを寄せ、
「便秘に効くクスリを追加しましょう。様子をみてください」とジイジに告げる。
おとなしくアタマを下げて診察室を出たジイジ。待合室に向かう。「浣腸を、なぜ浣腸を先生はしてくれん!」という声なき声をあげているのがアリアリの顔だったが、私は知らないフリをする。
クルマに戻って、「浣腸してもらえなかったね」と言うと、「してくれたらエエのに。前はしてくれたんじゃがのー」と力なく言う。
夜、追加のクスリを飲んだ。朝には出るだろう。もう四日目なのだ。
明け方、ジイジの「ウーン、ウーン」という声がトイレから聞こえてきた。クスリが効いたのだ。これで大丈夫だ、と私は安心して眠った。
朝食のあと、ウーン、ウーンの声がトイレから聞こえた。出そうとしても出ないので苦しんでいる。明け方から頑張っても、便秘解消に至っていない。
「オーイ」と呼ぶのでトイレに行くと、
「出かかっているのに、出口で硬いのがふさいどる」と言う。
「そう」と言って戻ろうとすると、ジイジがケツ丸出しで追いかけてきた。
「突っ込むやつないか?」
ちょっと考えて私は、
「浣腸?」と聞く。
「そう、浣腸」
「そんならクスリ箱にあるよ」
私はイチジク浣腸をジイジに渡した。浣腸は何種もクスリ箱に常備してあるのだ。よく考えれば、医者に診てもらうまでもなく、ジイジが自分で浣腸すればいいだけの話だ。医者に浣腸してもらうのが王道だという信仰のようなものがあるのだろうか。
ジイジはトイレに戻る。うまく浣腸を使うことはできたのか。「オーイ」と言うので行くと「ちょっとのこった」と液が少しのこったミニ容器を差し出す。「足元へおいといて」と私は逃げた。「オイオイ」とジイジが呼び止める。
「ウー」とジイジは便器に腰かけたまま、前のめりになる。まるで切腹でもしたかのようだ。なんとか便をひねり出そうと懸命なのだ。
ジイジは「ウーン、ウーン」と下腹に力を入れる。もうここで出してもらわないと。
レッツゴー、ジイジ、レッツゴー、ジイジッ。
出口の硬いのさえとれればいける。
ウーン、ウーン。
ゴー、ゴー、ジイジ。ゴー、ゴー。
血圧が高いのだから、力を込めすぎてもいけない。
ウーン、ウーン。
便器に座り込むジイジの正面から私はのぞきこむ。
ウーーン。
ん? あらたな便のニオイ、ナマグソというべきか。目を凝らす。黒々としたチンチンの向こうに、何か、萌した気配がある。
ウーーーン。
ゴー、ゴー、ジイジッ。
ウーーーーーーン。
おっ、見よ! ツクシのようなかわいいヤツがニョキッと顔を出したではないか。ツクシはみるまに大きくなり、赤黒いソレはプリマハムを思わせる太さとなり、その後はずるずると、巨大な黒蛇がとぐろを巻いているのかと見紛うほどの、太い大量の便がするすると出た。腸が出たのではないか、と一瞬心配したほどだ。
「ウォーッ」
せき止められていたやわらかい便が「プリプリプリプリ」とダムが決壊したかのような勢いで出てくる。その勢いはまるで滝つぼに身を投じるハリソン・フォードのようだ。ドドドドドドドバシャバシャバシャ……。これほどの便が便器を埋めるのは初めて見た。出しきって、しばらくじっとして、尻をふいてジイジは立ち上がる。ヒンズー・スクワットを千回こなした勇者のようである。
さっさと流せばいいのに、惚れ惚れと便器の中をのぞきこんでいる。
「流してくれぇー」
私は絶叫した。陋屋にこもる糞尿のニオイ。
ジイジは流さない。「見てくれ」と言う。
「流せ」「見てくれ」「流せ」「そう言わず、ちょっと見てくれ」
もう十分見た。流す。
私は家の窓という窓、扉という扉をあけた。悪臭解消まで一時間はかかっただろうか。
ジイジはパンツやズボンを自分で洗う。何かついたのか。ついてないにしてもうんちが出たという区切りで自主的に洗ったのか。よく分からない。
晴れやかな顔。
「尻が軽くなった!」
「それを言うなら、腹が軽くなった、だろう」と思いつつ、
「よかったね。ウンのツキかと思ったよ」と軽口をとばす。








