◇師走の急変

 二〇二五年の師走にジイジは体調を崩した。私は最初、よくある風邪と受け止め、漱石の「修善寺の大患」になぞらえて、「師走の小患」と題して『無敵の男 93歳ジイジがゆく』の中の軽いエピソードとして書こうとした。

 ところが事態は私の想像を軽々と超えてゆく。ジイジの体調はドミノ倒しのように悪化して、病状は小患どころではなく、本格的な病の様相を呈して私の介護能力を超え、年明けにはジイジは施設行きを余儀なくされたのである。一老人の病変に過ぎないのだが、ジイジと私にとっては重要な局面なので、詳しくたどってゆく。

 二〇二五年一二月一〇日夕方、私は福岡にいた。デイケアから帰ったジイジが電話してきた。ジイジの声がかすれている。折から播磨看護師の訪問日だ。「いまから代わるけんのー」と言って、電話を播磨さんと代わる。播磨さんに「オヤジの声、かすれています」と言ってみる。「風邪のひきはじめかな」。熱もセキもないので、様子をみるしかない。

 一二月一三日、デイケアから帰ってきたジイジがハーハー言っている。クルマから降りて家に入っただけなのになぜ息をきらせる? クルマで送ってくれた多恵子叔母さんにそっくりの看護師も「ハーハー言ってますね」と不安そうに言う。足止めするわけにいかない。看護師には帰ってもらった。私は一五日に徳島に行く予定だったが、一日早めて一四日に行くことにした。

 一三日夜から一四日朝にかけて、何度か電話するがジイジは出ない。迷惑電話対策としてジイジの家の電話は留守電にしている。「留守電にしているから出なくていい」とジイジには言ってある。「オレがかけた場合は、留守電のアナウンスになった段階で〝コウジ、コウジ〟と言うから、それを聞いてから出て」とジイジに言うのだが……。全然電話に反応しないのはおかしい。ハーハー言っていたのが気になる。高齢になると思いもよらぬ速度で病状が悪化する場合がある。私は最悪の事態も覚悟した。

「高齢者とかけて、冬山登山ととく」「そのココロは?」「急変しやすい」

 そのようなぞかけをアタマの中で創造し、ヘルパーさんらが集まった場で披露して感心させるシーンなどを想像しながら、私は新幹線に乗っていた。

 阿波池田駅に着いたのが一四日午後零時半。降りたのは私ひとり。タクシーの運転手は豊かな体躯の白髪頭の男性である。この人にはもう何回か乗せてもらった。田口京助さんというベテランドライバーである。語りが軽妙である。

「そらの郷(徳島西部地域の呼称)は、北と南に吉野川で分断されとる。ワシは井川、南側じゃろ? サルは徳島市の方角からに西へ山を伝ってくる。川があるから北には行かれんのじゃ(ジイジの家は北側にある)。ワシの知り合いが山でサルを追い詰めてのぉ。鉄砲を構えた瞬間、サルがどうしたと思う? 人間がするように、両手で拝んで、〝撃たないで下さい〟のポーズをしたというんじゃ。ワハハ。ホンマ、ホンマ。それでなくともサルは人間によう似とるけんの。撃ちにくい。そのサルを知り合いは逃がしてやった。ホトケごころちゅうより、面倒を避けたんやろうな。逃げたサルが子ザルと合流したのをみて、撃たんでよかった、とホッとしたと言うとった。サルものは追わずとも言うからのう。ワハハ」

 ハハハ、と私は手を打ち鳴らす。しかし、私はこの話を田口さんから何回も聞いている。彼の持ちネタのひとつなのだ。ほかに「草刈り中に石が飛び、走行中のクルマに命中し、運転手から一〇万円とられた話」や「釜上げうどんの大盛りの大盛りを頼むならば、最初からウルトラ盛りにすればよい話」などがあるが、内容については省略しよう。

 一四日の場合、田口さんがニヤリとするので、またサルの話かと思いきや、興奮した面持ちでラジオのボリュームを大きくする。「いま総合体育館でライブじゃ。生放送。NHKのど自慢が阿波池田に来とるんよ」と言う。「そうなんじゃぁ」と私も乗り出す。のど自慢はたけなわで、郵便局の男性職員がカネをふたつ鳴らしたところだ。

「きのう予選があって、朝九時から始まって終わったのが夕方の六時。二〇〇人来た。その中から本番に出れるのが二〇人。予選の二〇〇人ちゅうのも書類選考をへて選ばれた二〇〇人じゃけんな。出たい人はもっとおるちゅうわけじゃ」と言う。「歌がうまいだけでは選ばれませんね。うまい人、下手な人、お笑い要員、年配の人、とバランスをとって選ぶんでしょうね」「そうじゃろな。うまい人ばかりではつまらんもんな。番組にならん」「予選があるっていうの、みんなよく知ってますね」と言うと、「なんの、市報に載っとったけんのう。みんな、そういう情報は見逃さんのよ」と言う。「本番出場が決まった人は、予選の服のままで来てくださいって言われたらしいのう」「出演者のビジュアルも演出の計算に入れているんでしょうね」。普段町中でクルマを走らせても人影をほとんど見ないわが故郷である。二〇〇人って、いったいどこから湧いてきたんだ。

「ゲストは千昌夫と丘みどり」「それは凄い。大物ですね」「千昌夫の代表曲は何だったかな? うーん」「星影のワルツとかでしょう」「そうそう星影のワルツ」「望郷酒場ってのもあります」「あったなー。丘みどりの代表曲は?」「ぴんと来ないですね。ヒット曲が思い浮かびません」「そこそこ売れているんじゃろけどな。むかしは家族全員でテレビを見ていただろ。だからみんなが知っている曲があったわのう。出世街道、ブルーライト・ヨコハマとかな。いまはスマホで見たり、自分の部屋で見たり、そもそもテレビがなかったり、家族がばらばらじゃ。みんなが知っている曲っていうもんがないわのう」

◇発熱

 私は二〇〇〇円を払ってタクシーを降りた。ジイジはソファに座ってテレビを見ていた。BSの吉本チャンネルである。自分の意思でお笑い番組を見ているのではなく、チャンネルを適当にいじった結果、それが映っているに過ぎない。地上波もBSも局のちがいもジイジは認識できていない。

 私は地上波のNHK総合にチャンネルを合わせた。のど自慢をやっている。「ほら、地元開催。さっきは郵便局の人が歌っとった。知っとる人が出るかもわからんよ」と言ってみる。テロップにも地元の地名がふんだんに出てくるがジイジの反応は鈍い。「ほうじゃのう」と一応興味のありそうなフリはするが、ジイジの目には実質何も映っていない。

 なにか興味をもって画面を注視するということが数年前からできなくなっている。好きだった野球中継も、試合運びなどが追えなくなっており、画面表示も理解不能。ありゃー、どうしたことかなと、ひとり困惑している。大興奮の地元開催、のど自慢も、ジイジの目にはワケのわからん素人の宴会に見えているだろう。

 三七度一分の微熱である。しわがれ声は解消されているが、やはりノドにきているらしく、コホコホとせきをする。医師に診てもらうとしたら、日曜日なので休日に診てくれる病院を探さねばならない。徳島菊水病院の救急外来が手っ取り早いが、救急に行くほどでもない、と私は判断した。翌日には丸上医院に行くのだ。インフルエンザの予防注射をうつことになっており、微熱がつづくようなら「丸上先生の判断を仰ごう」と私は言った。インフルの注射をうてるかどうかに私の関心があった。何を優先するか取り違えていると言わればその通りである。

 一五日、デイケアのあと、丸上医院に行く。午後四時過ぎである。

「あら、インフルの注射ですね」と柔和に迎えてくれた看護師だが、

「数日前からセキが出て、けさも三七度一分」と言うと、看護師の顔色が変わった。

 別室に私も一緒に隔離された。

 山法師が来た。フェイスガードとウイルス防護服の完全装備である。

 いままで山法師の職種が分からなかったが、これで彼が看護師だということが分かった。

「はい、じっとして」と山法師はジイジの鼻の中に綿棒を突っ込んだ。

「うっ」とのけぞるジイジ。「気持ちわるいでしょう。辛抱して」と山法師。

 私はインフルの陽性を恐れた。陽性となればクスリをもらい家でじっとしていなければならない。ジイジがデイケアに行けば、そのあいだ私は自由に動けるのだが、ジイジが自宅にいるとなれば私の行動も制約される。ジイジの病状より自分の都合を心配する私である。

 丸上医師が隔離室に入ってきた。ジイジの胸の音を聴く。背中からも聴く。

「レントゲンを撮りましょう。血液検査も」

 ジイジはレントゲン撮影に向かう。いつも無口な丸上先生だが、疾患のサインを覚知するとテキパキ指示を出す。

「血液検査で炎症反応がある。白血球の値が高いです。肺炎の疑いがあるが、レントゲンでははっきりと分からない。現時点では、肺炎の一歩手前の気管支炎という診立てが妥当でしょう。ワルい菌をやっつける抗生剤を処方します。いまから点滴をします」

 丸上医師は、スーパーのレシートのような血液検査の結果をしるす紙をくれた。世間話ひとつできないツマラン先生だと思っていたが、ジイジの足の腫れから心臓の異変を見つけてくれたのは丸上先生なのである。そしていまも、「肺炎の一歩手前」であることをおしえてくれて、「よくある風邪」と片づけようとしていた私に冷水を浴びせた

 その日(月曜)から木曜までジイジは丸上に通い、点滴治療を受けた。処方された抗生剤と漢方薬を忘れずに飲んだ。徐々に倦怠感が消え、食欲も戻ってきた。モヤモヤしていた顔付きも、霧が晴れるようにすっきりしつつある。一九日の金曜日、血液検査とレントゲン撮影を再度行った丸上医師は「よくなっています」と言う。

 運動もしないのにさいきん「ハーハー」と息をきらせることがよくあると先生に言うと、「肺炎の手前ということで、肺の機能が落ち、酸素を取り込む力が欠けているのかもしれない。それでハーハーいうのでしょう。ちょっと様子をみましょうか」と言う。

 二三日、火曜日。「よくなったのであれば、インフルの予防注射をうってほしい」と言ってみたが、丸上先生の反応は鈍い。血液検査の結果、炎症反応があるのだ。体重は六五キロ。通常の六〇キロより五キロもオーバーしている。

「急に増えたな。水分がたまっている。心臓に負担がかかっています」と先生は考え込んでいる。足の腫れをみる。靴下をぬがすと、腫れている。「やっぱり腫れている」「腫れていますね」と看護師。「いつもこんなもんよ」とジイジ。「もう少しクスリを飲みましょう」と医師が言う。

 クスリを飲み始めて三日目、気分が軽快になると、ジイジは躁状態になる。午前一時ごろから起き出し、一人宴会のように騒いでいる。午前三時にふすまをあけ、「ヌハハ」と笑う。「いま夜中の三時。寝て」と哀願する。午前六時、「デイケアに行ってくるわ」。帽子、ジャンパー、準備万端ととのえて寝ている私をのぞきこむ。行くにしても迎えが来るのは午前九時だ。いまはたのむから寝てくれ。

「コウジは固い。決まったことを変えん」と母の遺影に愚痴っている。ジイジは都合の悪いことを人のせいにする癖がある。オレが決めているのではなくてジイジの病状など諸状況でこうなるんだと言いたいが伝わらない。次の日になると前日の躁状態の反動からか朝起きられない。せっかくのデイケアを休みという仕儀になる。

 二六日は早朝から不調であった。おもらしをした。足の甲はパンパンに腫れている。「きょうはさざんか荘(デイケア)は休む」と言う。自分からそんなことを言うのは珍しい。丸上医院は午前八時半から診てくれる。八時過ぎ、出かける準備をしている私を「そんなに急ぐな。こんな早くから医者はやっとらん」と諫める。

 そういうジイジの顔色はわるく目がトロンとして覇気がない。早く丸上医院に連れていかねばという気ばかり焦って、その焦りがジイジには気に入らないようだ。

 八時半を過ぎた。「さあ」と促す私に「敷地(地元の集落の名前)の衆がまだ来とらん。行けないと言わないかん」と言う。近所の人たちが来る予定はない。地元関係のイベントに出かける予定もない。そういうと、ジイジは「地元衆への断りもなしに行かれんだろうが」と憮然とする。

 もしかしてジイジはいったん出たが最後、この家には帰ってこれないと予感していたのかもしれない。ジイジが電気ストーブに向き合う姿勢がだんだん低くなり、しんどそうなのが歴然としてきた。「あとから敷地の衆にはお断りをしよう。いまは医者に行こう」と肩を抱くと、仕方ないなと言わんばかりにふらっと立ち上がった。

 気管支炎快癒をへてインフルの注射もうつ予定だったジイジが憔悴した様子であらわれたので丸上医院のスタッフは虚を衝かれたようだった。山法師に導かれてジイジが診察室の奥に行く。心電図やレントゲンの検査である。

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