◇年が明けた
二〇二六年一月一日である。新しい年になった感慨はない。私は六五歳になった。
もともと私は正月が苦手なのだ。一月一日が誕生日なのであるが、正月の雰囲気にぜんぶもっていかれて、誕生日のお祝いを言われたことはない。私にとって元日はひとつトシをとる日ということでしかない。介護のためジイジに同伴しているいまはなおさらだ。敗戦処理の投手のような、早く過ぎてしまえというような、気持ちすらわいてくる。
それはともかく元日である。朝五時ごろ、ジイジが外に出た。新聞を手に戻ってくる。日常のルーティーンをこなすのは明るい兆候だ。やれやれと思って、外に出てみると、青空が広がっている。郵便受けの下に水たまりがある。昨夜、雨は降らなかったはずだ。
「小便したかったので、外でしてきた」とジイジは言う。それは異例なことだ。外でするのはいいが、家の中にトイレが見つからない結果、外でするのであれば、それはやめてもらわねばならない。
ジイジは郵便局を退職後、老人会の会長も務めた。地元の顔役のひとりなのである。長老が家の前で立小便するのは股間に、いや沽券にかかわる。
私はジイジを家のトイレに案内(?)した。「ここか、なるほど」とジイジは落ち着いている。
午前五時五五分、ハーハー、ハーハー。ジイジはトイレで大便をしようと力んでいる。結局出なかった。トイレに行く前、既にオムツに出ているのだ。濡れたオムツを取り替える。お尻を濡れティッシュと蒸しタオルで拭く。取り換えるたび、そうする。手間はかかるが私の気分一新という感じもあって、イヤではない。
リビングに戻ったジイジ、やわらかい液状のウンチが出ているようだ。オムツをおろして右手で尻をまさぐる。尻を触った手にはウンチがついている。「わぁ、何も触らんで」と私は叫んで手の汚れをトイレクイックルで拭き取る。目を離したすきに、ジイジはオムツをぬぐ。ベッドやソファに座る。ウンチが拡散する。
排泄がきびしくなった。うんちもおしっこもコントロールができなくなった。排泄のアンコントロールを丸上医院でも再三訴えたが、なぜなのか説明を受けていない。排泄器官の衰えというより、脳の問題という気がする。老衰のあらわれの一形態であり、防ぐクスリなどないのだろう。
オムツ交換が重なるなら、お尻を丸ごと洗った方がよい。新年早々、私はジイジを風呂に連れていく。風呂備え付けのエアコンをつける。「寒い」とジイジは震えている。手早く脱がせ、湯で尻を洗う。肛門に残ったウンチを洗い流す。浴槽に座らせる。温かいのが心地いいのかジイジはおとなしくなった。手早くバスタオルで拭き、オムツをつけ、ズボンをはかせる。「朝風呂じゃ」とジイジは高笑いする。ベッドの敷きマットを急ぎ洗濯しながら私は、エンドレスの介護の予感に身がすくむようであった。
「町長選挙はきょうかな?」とジイジが言う。
徳島新聞朝刊で「今年の選挙」をまとめていた。その記事を見つけた私が「春に町長選挙があるんだね」とジイジに教えておいた。ジイジのアタマの中では元日のきょう、町長選挙があることになってしまった。
ジイジは外に出る。よく晴れている。
「町長選挙はないんかえ?」
「ない」と答えた私は、新聞紙を広げ、「町長選挙は春にある」と説明した。
「そうか」と納得したかにみえたジイジだが、
「町長選挙はきょうあるのか?」と聞いてくる。
「ない」と答えながら徒労感がこみあげる。
「トイレはどこだ?」というので連れていく。
「仕方がわからん。ワシはどうしたらいいんじゃ?」と立ちすくむ。
「ポストに何か入れるのか?」と意外なことを言う。
「おしっことポストは関係ないよ」と私は言う。
「ポストは?」と重ねて訊いてくる。
朝、玄関の郵便受けの下でおしっこをしたためか、ジイジのアタマの中で「おしっこ=ポスト」となってしまったらしい。
「ポストは関係ないよ。ただ、おしっこしたらいい」
「ホンマか」と半信半疑だ。
ジイジに年賀状は一〇通来ていた。親戚が三通、郵便局関係が七通。返信用に準備しておいた年賀はがきに相手の住所を書き、早速投函した。ジイジの年齢だと「年賀状は卒業しました」でいいのだが、郵便局員として長年かなりの数の年賀状のやり取りをしてきたジイジには卒業の踏ん切りがつかないらしい。去年までは私に年賀状の印刷を頼んできたが、今年分はそれもなかった。私が気を利かして印刷しておいたに過ぎない。
わずか一〇通だが、ジイジはうれしかったようだ。繰り返し見ている。
二〇二六年一月二日午前六時前。トイレの前の廊下に新聞紙が広がる。ウンチが山盛りになっている。正月だからといって鏡餅の代わりにウンチを盛らなくていいのである。
ジイジはベッドに新聞を敷いて腰かけて(新聞を敷かないとウンチがベッドについてしまうから自分で新聞を敷いたのだ)、「やってしまった」感をにじませ首を垂れている。
「トイレがわからんのじゃぁ」という年末以来のジイジの困惑を思い浮かべる。想像するに、トイレが分からなくなったジイジはリビングで新聞の上に大便をした。処置に困って新聞紙ごとトイレの前に持っていった。ウンチを便器に捨てるなど始末すればよさそうなものだが、初の事態に動揺して、そこまで思い至らない。
「工事現場がワイワイ騒いどるのに、ワシが対応できるかいや!」
「新聞の上にウンチした?」と訊いた私への返答がこれだ。ウチの近くに工事現場などない。ましてや騒いでもいない。混乱に羞恥心も重なり、支離滅裂な物言いになったのであろう。
ジイジを風呂に連れてゆく。オムツの中にはやわらかい便が少量。便が途切れるということがない。拭いてもじわっとわいてくる。下痢というのとはちょっとちがう。新しいオムツをはいて、「すっきりした」とジイジはほっとした様子だが、この瞬間にも便は出ているのだ。
ソファに座ったのもつかのま、「小便」と言って立つ。このごろではすっと立つことができない。踏ん張るジイジに手を貸す。トイレに連れてゆく。
「仕方がわからんのじゃ」と戻ってくる。もう一度、一緒に行って、ズボンをおろして便器に腰かけさせる。リビングで待っていると、「できなかった」と戻ってくる。
午前八時半、箱根駅伝が始まっている。外は雪。
ジイジはテレビの前に来ない。途方に暮れたようにベッドに座っている。やっと立ち上がって、リビングに来たジイジが尻に手を入れる。どうしてもオムツが気になるようだ。指にウンチがついている。オムツの中をのぞくと、大便はわずかながら、小便でぐっしょりだ。トイレに行っても大小便は出ない。知らないうちにオムツに出るのである。ズボン、ズボン下、オムツを取り替える。「ああ、すっきりした」と言う。
午前九時過ぎ、横にならせると、「あぁ、出よる、出よる」と言う。ウンチが出ているらしい。雪ふりしきる。
午前一〇時過ぎ、ジイジは起きる。
「ウンコの仕方、分かる?」
「分からん」
トイレに連れてゆき、ズボンとオムツをおろす。便器に座る。
「オーイ」というので見に行くと、「出ない」と言う。
ズボンもオムツも濡れている。寝室で取り替える。
「もう、ごじゃじゃ」とジイジが絶望的に言う。
「ごじゃ」とは徳島方言で「壊滅的、回復不可能」という意味。
私の母ががんで入院し、母の妹も重度の認知症になったとき、母の姉が、「ウチのきょうだいもごじゃになったなぁ」と嘆息したのを思い出した。
精魂尽きた、と言わんばかりにジイジはベッドに横になる。
虚空を見つめる。
寒波は健康人以上に身心にこたえるのだろう。おしっこは絶えずぽとぽと出ている。パッキンの壊れた水道のごとし。大便も依然にじみ出ている。夕食どき、声かけしても食卓に来ない。「尻に水がたまっとる」と言う。
オムツ交換は私に任せてほしいが、何回も私に頼むのは心苦しいのか、時々、自分でなんとかしようとする。
替えのオムツを準備しないまま汚れたオムツをぬいで、そのままズボンをはこうとする。オムツをぬいだ状態でベッドやソファに腰かけようとする。
「オムツはオレに任せて。自分でオムツを替えるのは無理だ」と私は言う。
ジイジははいたばかりのオムツをおろし、ティッシュでお尻の汚れを拭き取ろうとする。にじみ出るウンチが気になり、ティッシュで食い止めようとするのだが、すぐに次のウンチが出る。「オムツにウンチしたらいいんだ。気にしたらだめだ」と言うが、どうしても気になるのだろう、当人も気づかないうちにオムツに右手を入れている。オムツを始めて一週間程度。慣れないオムツに軟便が重なりジイジを困惑させている。








