◇手術は成功したはずだが

 妹のスエコがジイジの付き添いに入ったのは手術翌日の二〇二五年七月一一日である。

 手術当日の一〇日から付き添う予定だったが、当日はICUで面倒をみてもらえることが分かり、付き添いは不要になった。仮に一〇日に来ても、ICUには入れないので、ホテルをとらない限り、いる場所がない。

 一一日午後に病室入りしたスエコからは断続的に断片的な情報が入った。

・せん妄はそんなに激しくない。

・いつものように独り言を言っている。とくに夕方。

・検査有。異常なくすすんでいる。

・退院は一四日(月曜日)。

・退院後の定期検査は地元の病院で。白鷺にはもう行かなくてよい。

・食事は毎回完食。

・足元が不安定。今後のこと考えていかなあかん(関西弁)。

・穏やかにしている。

 病気発見の端緒となった足の甲の腫れはどうなったか。人工弁の装着で心臓は正常な動きになったはずだ。私はスエコに、ジイジの足の甲の写真を送ってもらった。スモモのようにパンパン膨らんでいた足の甲の腫れがすっかりひいている。そのかわり張りはすっかり失われ、古くなったキュウリのように貧相な感じがする。

 ジイジ本人に体調を聞いてみても、言語化というのが習慣になっていないので、なかなか、すっきりした答えは帰ってこない。しかし、足の甲の画像は一目瞭然である。心臓の機能が回復したというのが一発で分かる。私は介護チームの面々に画像を転送した。「すごい回復」(南さん)、「医学の進歩を感じます」(播磨さん)、「まあ、なんてスマート」(田口さん)などと感想が返ってきた。

 私は退院後を見据えていた。一四日に退院とするなら、手術日を入れて入院期間はわずか六日間である。リハビリせずに家に帰ってきて大丈夫だろうか? ある程度動けるにしても手術直後の九三歳の老翁を独りのこして家を離れるわけにはいかない。もう大丈夫と確信するまで寄り添うことが必要ではないか? これは長丁場になるなー、と私はカレンダーを見つめた。

 スエコと交代する日が来た。私は、一三日午前一一時過ぎ、阿波白鷺病院に着いた。ジイジのことだ、病室や廊下を歩き回り、場合によっては病棟外にも出て、傍若無人に動き回っていることだろう。私は手術前夜を思い返した。あのときは、とにかくタイヘンだった、と苦笑しながら病室のドアをあけた私を待っていたのは、弱々しくベッドに横たわるジイジの姿であった。

「ん……?」

 どうしたことだろう。手術は成功したはずのジイジが酸素マスクをつけ、点滴も受けている。ジイジも私が来たことは分かった様子だが、言葉を発することができず、せめてうなり声で状態を分からせようとするのか、「ウウウ」と苦し気な声を発した。

「誤嚥したんよ」とスエコが言う。誤嚥とは、食べ物を気管内に飲み込んでしまうこと。午前八時の朝食までは元気だった。普段通り起きて、いつものように飄々としていた。朝食の途中、誤嚥をおこした。

 スエコによると、ジイジは口中の食べ物を吐き出すなど激しい咳をして苦しんだ。看護師が大勢来た。夜勤明けの医師のひとりが気道専門医だった。医師の措置でジイジは九死に一生を得た。いまは酸素吸入と、誤嚥性肺炎を防ぐための点滴をしている。誤嚥性肺炎を発症すれば死の危険がある。高齢者の肺炎の七~八割は誤嚥性肺炎というデータもあるという。ジイジの場合、医師の処置が速かった。「重篤にはならない」と医師は言った。

 心臓手術という合戦で勝利を手にしたのに、誤嚥というまったくの伏兵にやられてしまったという状況である。油断だった。ただでさえ誤嚥しやすい高齢者なのに、入院時、ジイジの入れ歯は完全ではなかった。上の入れ歯を紛失してしまい、下の入れ歯だけで食べている状態だった。その朝、ジイジは入れ歯を外して食事をしたらしい。勝手がちがったのだ。

「何時頃、帰る?」

 私はスエコに聞いた。

「こんなことになったので、すぐには帰れん。夕方までいる」

 そう言いつつも、スエコの手は自分のカバンを引き寄せ、テキパキと帰る準備をすすめている。貸し出しの寝具の領収書が目についた。目につくところにわざわざおいてある。

「このカネ、立て替えたから、オレに払えということ?」

 私はできるだけソフトに聞いた。

「ちゃうよ。寝具の継続手続きに領収書がいるんよ。それで分かるようにしてるんよ」

 スエコは言う。私は納得した。たぶんそうだろうなとは思ったが、念のため聞いてみたのだ。私は平常心を失っていた。

 午後一時過ぎ、「ほな」と言ってスエコは帰った。

◇トイレの問題

 ジイジとふたりきりになった。

 状況を整理して考えてみると、とにかく退院は延びた。ジイジと一緒に病院に二泊以上せねばならない。手術前夜の眠れぬ夜を思い出し、正直、私はウンザリしていた。(スンナリいかないものだな)と私は大きなあくびをした。

「せこい。死にたい」

 酸素マスク越しにジイジが言う。

「せこい」とは徳島の方言で「苦しい。しんどい」という意味。

「みんなにさんざんメイワクかけて。死んだ方がいい」

 ジイジが「死」を口にするのは初めてだ。

「死ぬような状態とちがう。心臓は治ったんやから、点滴おえて家に帰ろう」

 私はジイジを励ます。

 誤嚥は私の心に暗い影を落とした。自宅に戻ったとしても、今後、誤嚥には気をつけねばならない。気をつけるといっても、私が常時そばにいるわけではない。一人暮らしの状態のとき、誤嚥したらどうする? 今回、病院で誤嚥したのは運がよかったともいえる。自宅で誤嚥したなら一人では救急車を呼ぶこともできず、悶絶死するしかなかろう。

 ジイジは紙オムツを装着している。うんちとかおしっことかしたら、私がオムツを替えてやらねばならないのだろうか? ここは病院なのだから看護師がやってくれる、と私は思い直す。しかし、看護師の手が足らない場合もあろう。そのときは付き添い者たる私の出番、ということになるのだろうか。

 夜になってジイジの気分がよくなってきた。目をあけるようになり、会話もはっきりできるようになった。酸素マスクを外すので、そのたびに私が装着し直す。

 回復とともに排泄の問題が浮上してきた。誤嚥のあと、点滴の処置をしてもらって以後、紙おむつに依存してきたが、意識が明瞭になるにつれ、紙おむつへの排泄を嫌がるようになった。

 酸素マスクを外し、半身を起こしたジイジが「トイレ」と言う。私はナースコールを押した。「はーい、どうしましたー」と聞いてくる。「トイレと言っています。点滴しているので、トイレ、行けません」と私は訴えた。しかし「トイレ、行けますよー」と無情な答えが返ってきた。

 よく見ると、点滴台は動くようになっている。ジイジはスリッパをはいた。私はジイジを立たせて、トイレの方向に点滴台を押した。このままジイジと一緒に私も倒れて、「トイレ、行けますよー」と言った看護師に、お前の職務怠慢のせいでこうなった、さっさと救急車呼べ。シバくぞ、こら、と言ってやろうか、と暗い誘惑に一瞬かられた。

 点滴台はトイレにたどりついた。思ったよりカンタンにジイジは便器に腰かけた。ジョボジョボと尿が出てくれて私は安堵した。「どうですか」とドアがあいて、看護師が顔を出した。「行けますよー」と言ったものの、大丈夫か見に来たのだろう。初めて接するナースだ。五年くらいの経験がありそうである。

 別の看護師から先ほど、「眠剤を出します」と言われ、私は期待していたのだが、その気配がないので、「眠剤は?」と改めて聞くと、「もう今夜は無理です」というよく分からない返事である。点滴のなかに含まれているのかもしれない。看護師の言葉を理解するには質問せねばならず、「葛藤を抱え込むのは厄介」と思った私は黙った。

 ジイジはトイレに行きたがる。紙オムツをはいているのだから、紙オムツに排泄したらいい。誤嚥でひと騒動起こしたあとなのだ。安静がのぞましい。

「よっしゃ、トイレ、行くぞ」とジイジが言う。

「あ、トイレに行かなくていいんだ。ここですればいい」

「……」

「このままおしっこして」

「ん……おしっこって、どう、するんだ?」

「どうって、そのままおしっこするんよ」

「……だから、ワシはどうしたらいい? どうすればいいか、ワシは聞いているのだ」

「いまオムツをはいているだろー。だから大丈夫だ。そのままおしっこしていいんだ」

 私は力を込める。分かってもらわねばならない。

「ワシにはわからん」

そうきっぱり言われて、私は困惑する。

「そのままおしっこしていいんだ」と言うしかない。

「オムツしているのだから、そのままおしっこして構わない。おしっこがしたいのだろう? それなら、そのまますればいい」と私は言う。

「ワシにはそれが分からん。どうやってするのだ?」

 分からないフリをして嫌がらせをしているわけではなさそうだ。ジイジは大小便で失敗したことがない。大小便はトイレでしてきた。いまはベッドにいる。ベッドにいるのに、どうして大小便ができようか。「ワシには分からん。どうやってするのだ」というジイジの言い分は、すっとぼけているように見えて、筋が通っているのかもしれない。

 仕方なく一緒にトイレに立つ。すませて、ベッドに横になる。バリバリ、と音がする。シーツに鮮血だ。ジイジが点滴の管を無理やり引きはがした。ナースコール。看護師が来た。マクラでは隠せないくらい、けっこう広範囲に広がってしまった血の跡を、どう始末するのだろうと見ていると、鮮血のシーツを別のシーツで隠す。鮮血のシーツを取り換えることはしない。シーツは翌日、総取り替えなのだからこれでいいわけである。

 点滴を入れ直す。点滴を差す両腕内側は内出血で真っ黒であるが、いずれ元に戻るのであろう。看護師は意に介さない。その晩は合計三回も点滴入れ直しがあった。

 朝が来た。ジイジはおとなしい。ベッドに腰かけてうつむいている。心配事があるか、「やってしまった」ときのポーズだ。夜のジイジとは別人のようである。

「おはようございます」

 担当の男性医師が来た。志摩先生ではない。志摩先生は執刀医であり、担当は、検査入院のとき、ジイジを追い出した、あのボンボン医師である。

「どうですか」とボンボンは仰臥したジイジの顔をのぞきこむ。「はー」とジイジは不得要領に目をあける。ジイジにとっては大勢いる医師のひとりが診に来たにすぎず、「担当医師が来た」という認識はない。患者をフォローする熱心な医師をボンボンは演じているが、ジイジには通じない。

 何しに来たか? 追い出しにきた。私の直感は当たった。

「昨夜もずいぶんはげしかったようですね。眠れませんか?」

 ジイジも私も無言である。

「今夜も、おそらく、同じことの繰り返しになる。そこで提案ですが、紹介状を書きます。地元の徳島菊水病院で点滴を受けてください。肺の中の雑菌をやっつけてしまいましょう。ちょっとあわただしいですが、午後から退院ということで。それで了解してくださるでしょうか?」

「お願いします」と私はアタマを下げた。また追い出しか、と内心腹立たしいが、もう一晩この病院で過ごすことを思えば、出た方がいい。フテ寝していたジイジも「退院」と聞いて、薄目をあけた。ジイジには朗報である。急転直下、当初の予定どおり一四日退院ということになった。

 誤嚥、治療、点滴と想定外の出来事が重なったため、治療・入院費の計算ができていない。後日、清算ということになる。心臓を手術したジイジは一級の身障者手帳を持つことになる。役場での手続きなどの説明を受けている私の脇で、「そんなこと、もう、ええ。ワシはもう、なにもせんぞ、もう、ええ」とジイジは念仏を称えるように言いつづけている。厄介ごとから早く解放されたいとの気持ちが「もう、ええ」という言葉となって出ている。

 ジイジの「もう、ええ」気持ちは分かるが、治療・入院の一連の流れを完結させるためにも、手帳はもらわねばならない。

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