人間の闇深く恐ろしく
一冊の本によって蒙を啓かれると同時に、底に横たわる深い闇をも知らされた。
『検証・ハンセン病史』は、国内最大のハンセン病療養施設「菊池恵楓園」のある地元紙が連載した労作である。その視線は複眼的で、入所者の聞き書きをベースに、国家、医療行政、医者、医学界、療養者組織、教育者、宗教者からメディア自身にまで及び、問題を総体として解き明かそうと試みている。
「らい予防法」廃止が大々的に報道されたことによって、医学的に見れば「感染症に過ぎない病」への隔離政策の異様さが明るみに出たのは、96年春のことである。それを受けて元患者たちが起こした「国家賠償請求訴訟」に、二〇〇一年熊本地裁が原告側勝訴とした。国は小泉首相の「勇断」で控訴を断念し、ある決着がついたかに見えた。
ところがこの連載後の二〇〇三年、恵楓園の入所者たちの宿泊を熊本県のホテルが拒否したことで問題の根深さが露呈した。闇の深さは、ホテルが宿泊拒否したことよりも、それに抗議した入所者たちに向けられた匿名の陰湿な誹謗の数々が象徴する。
ハンセン病は、日本には仏教伝来と共に入ってきたと言われるが、世界的歴史的に排除や差別を受けて来た病である。1873年、ノルウェーのハンセンによってその原因が「らい菌」であることが発見されるまで、業病とか遺伝病とされてきた。感染力も弱く、1947年には特効薬プロミンの使用が開始されたにもかかわらず、隔離政策は続けられた。
無知や偏見だけではなく、医者や官僚というインテリの「科学的知識」が、隔離の構造をいかに作り庶民の差別意識を助長し固定化していったか、慄然とする。さらに恐ろしいのは、それが保身や利害だけではなく、時には「善意」によることもあったということである。
人間存在の闇と共に、その深淵を見据えぬことには、差別克服もかなわぬことを思い知らされる。