中世への先入観を砕く
興奮しながら本を読んだ。室町後期から徳川期における支配関係、そして平和や自由や個という概念を論じた本である。著者は熊本在住の渡辺京二氏。
「日本近世の起源」は、日本中世に関する先入観を打ち砕く、驚くべき発見に満ちた書である。主要なモチーフは「近代的理念と全く異なる心性と社会構造に立ちながら、なおかつ親和感と美に満ちた」徳川期の文明が、戦後の進歩史学がいうように、その前期権力による「民衆の圧殺」の上に築かれたはずがない、ということである。
副題に「戦後乱世から徳川の平和へ」とある。最近の江戸時代再評価は、武士支配による抑圧的な暗黒世界から、想像力と遊びの精神に満ちた豊かで活力ある時代に逆転した。では二百七十年の平和を保ち世界でも稀有な文化を培った江戸を準備したものは何だったのか。ここで、著者による日本中世史学の読み直しが始まる。勝俣鎮夫、藤木久志、笠松宏至という歴史家の業績の上に、当時来日した外国人の視点も導入して展開される「試論」は、スリリングといえる。
例えば、織豊期の女性は飲酒もし自由に旅に出た。「自分の財産を持ち、しばしば夫を離縁する」
乱世である。雑兵たちは戦場で略奪を生業とし、捕虜になれば外国にまでも売り飛ばされる。村は「自力救済」として武装する。山林や用水は村の生命線である。それを巡る争いは死者を出す武力抗争にまで発展する。調停する上部権力が機能しなければ、アナーキーが出現する。それを戦後の進歩史観は、自立する農民の自治への希求と読み、人民主権の芽を権力が圧殺したと嘆いた。
著者の考えは違う。農民が領主に求めたのは権力の移譲ではない。彼らが求めたのは領内における平和と秩序の維持であり、それが領主たる資格であった。そして長い乱世の果て、農民の願望要求を領主層が把握し直したところに成立したのが徳川幕藩制という新しい領主農民関係であり、そこにこそ徳川の平和があったのである。