寒々ガクガク

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寒々ガクガク
zeikomi
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 12月上旬、急きょ里芋を畑から引き上げねばならなくなった。黒みがかった朱色の柿の実が重く下がり、栗やコナラの葉は枯れてはいるが生きている。野や畑にも夏草の黄緑が残っている。いつまでも晩秋が続くようで、寒にやられる心配はまだなかったが、アナグマが荒らし始めたのだ。鹿や猪が入らないようトタンや海苔網で囲ってはいるが、アナグマだと小さな隙間も出入りできるし、網を破ることもある。ただ猪ブルトンザーのような破壊力はないし、特に里芋が好きでもないらしく、あちこちをちょっと掻いては1つ2つ試食する程度で、8割強残っていた。
 そんな折、Mr.D`Arcy(20歳オーストラリア人)が来てくれた。一見、都会のインテリ風で無口、付き合いにくい印象だったが、作業服で畑に立つとしっくり。190センチ近い引き締まった身体を折るようにして、草をきれいにとって1か所に集め、力強く丁寧にスコップで掘り、小さな芋も1つ残らず拾う。朝も定刻の8時前に土間に来て、何も言わないのに薪ストーブを焚いてくれた。はっとするほどに表情が初々しくシャイ、映画「俺たちに明日はない」のウォーレン・ビューティーを思わせる。ふと目が合うと射抜かれるように光が強い。低音で歯切れのいい声、英語は早口でわかりにくいが少し日本語ができる。何より勘がいいし、相手を理解しようという誠意がある。
 いつもおいしそうにじっくりと味わって食べた。ドブロクも。たまたまかけていた岡林信康の「わたしたちの望むものは」をいたく気に入り、日本語の学習も兼ねて妻にその英訳を学んだ。
 十日後、入れ替わりに住人になったのがMr.Julien(28歳フランス人)中肉のやや長身、30代後半ではと思うほど落ち着いていて思索的な眼差し。彼が最初の風呂から上がって私が行くと、風呂の湯一面に泡、西洋式に石鹸まみれで入ったというわけだ。入るのをあきらめ服を着た。寒さに震えながらこの先どうなる事かと思った。
 まったくの杞憂だった。彼は風呂のことは即座に理解した。初体験だったらしい。彼が来る数日前、成り行きで下に隣接する土地と古い家を買った。その庭の整理・手入れ、植え付け等に彼は没頭した。さらに野生動物を防ぐため、まず正面出入り口の大きながっしりとした木戸を作ってもらった。すべてお任せして、有合わせの古材・蝶番等で。次の竹と網を使った柵作りも。
 農的暮らしを本気で志望していたからだろう。ここの生活のいわば髄を学ぼうと、味わおうとしていた。特に食。味噌、甘酒、ドブロク、餅、ユズ茶、ぎんなんの皮むき、くるみ割り……もちろん様々の野菜、卵……。
 そのハイライト、妻が彼への感謝を込めて、めったにつぶさないわが山の鶏の骨つきを長時間煮て水たきを作った。3人、うやうやしく碗を抱き食べはじめた時、彼が少年のようにすまなそうに「みな子、これ好きか」と妻の前に取りだしたのは鶏の皮だった。彼にも弱点はあったのだ。

 自身の料理も披露してくれた。まずパイ、バターではなくオリーブ油(菜種油も可)と小麦粉と水で生地を作り天板に伸ばした。その上にネギ、シイタケ、肉等を適宜散らし、牛乳と卵と塩を混ぜたものを注ぎ、余った生地やチーズを乗せてオーブンでじっくり焼く。次にクレープ、ゆでたブロッコリー・人参やチーズ等を薄く焼いたクレープ生地で巻く。どちらも毎日食べる家庭料理、回りに有る材料で。
 2人に時折私も加わって毎晩語り合った。若い人には珍しく好きだという古いシャンソン・ジャズやモーツアルトそれに美空ひばり集、亀工房さんの「ヤポニカ」等を聞きながら。

 彼が去った年末から急激に寒が厳しくなった。野や畑のアワダチ草やミゾソバ等は完壁に朽ち、落葉樹からは生気が抜け落ちた。青白い早朝を覆う霜、灰色の風、凍ったような青空……30日に玄一が、31日に野枝が相次いで帰省した。玄一は黙々と下の家の石油ストーブの芯を替えたり、WiFi環境を整えたり。野枝は辛抱強く私と妻の話を聞いてくれた。結構重大な問題なのだ。下の古いがまあ普通の家vs現住居。要するに私のわがままなのだが、やはり根強い愛着がある。わが掘立小屋に。私のライフテーマである「豊かな質素」、「自由で軽々とした豊かさ」のシンボル、拠点なのだから。
 だがなにしろ寒い。今まで辛抱に辛抱を重ねてきた妻へのせめてもの罪滅ぼしにも、近い将来、下の家に拠点を移す。これは決定。問題はそれがいつになるか。確かなことは、台所、暖房、風呂……と着実に整備していくこと。多分、次の冬が来る前あたりか。
 夏の避暑地にもなる。半公共の場にしてもいい。コンサートや寄席、茶飲み場、日曜農園、喫茶「サンパイ」(大量消費・廃棄社会を省みるための)……ま、贅沢といえば贅沢な話。せいぜい楽しんで悩みましょう。

 それにしてもこの16日の朝、心の芯が萎えるほどの冷たさでしたね。まさに氷の世界でしたね。

     2016,1,18   野の氷の枝に新芽