農を、ついでに老いを遊ぶ 2

重松博昭
2023/07/05

 4月27日の正午前、雑草園に帰りついた。晴れ、時々曇り、まださほど暑くなっていない。この日の早朝から熊本県御船町へ、ほとんど休みなく車を走らせたかいがあった。鶏は暑さに弱い。連れてきた中ビナをすぐに山の真ん中あたりの小屋に運ぶ。10羽入ったけっこう重いコンテナを両腕に抱えて4回、坂道が、抜けたような足腰とすきっ腹にこたえる。高校時代の物理ではとんと頭に入らなかった重力が、この年になってひしひしと実感できる。確かに地面の水平線に垂直に重力は働いている。だから坂が急であればあるほど、まるで地面に生えた見えない手に足首をひっつかまれたかのように脚が動かなくなる。小屋の土間に、ヒヨコたち全員が元気にコンテナから飛び出ていった。
 次は水と餌を運ぶ。外から金網越しに覗くと、四方八方にスルスルと走り回ったり、枯れ草をかき回したり、土をほじくったり・・・座り込んでくちばしで羽を整えたり片足でささっと首のあたりをかく様は成鶏とまるでおなじ。なんだか人間の少女たちが背伸びして大人を真似ているよう。戸を開けると潮が引くように隅にかたまり息をひそめこちらをうかがう。水と餌を置いて外に出ると、しばらくしてまず身の軽そうな一羽が恐る恐る一つき二つき、ほどなくせっせせっせと食い始める。見守っていた集団から一羽、また一羽・・・最後は雪崩を打って。いつもこのパターン、人間も同じだよね。
 ところでウチは全部が自分の時間といえばそうだが、仕事(金稼ぎ)らしきものがあるとすれば養鶏だろう。やはり最小限のカネはいる。特に学費(教育費ではなく)、子どもたちが大学に通っていた頃は、産卵鶏約800羽がいた。
 けっこう自由勝手にやっていた。本来、鶏は強健なので、放し飼い・平飼いであれば、ワクチン、抗生剤等は一切必要ない。トタンぶき全面金網(下から1mはトタン)、柱は山から切ってきた丸太の掘っ立て小屋でいいから、カネはほとんどいらない。餌はまわりで余っている、捨てられている、その時々で手に入るもので「実験」する。もちろん台所の残りは常時、腐葉土とカキガラと大量の青草は必須だ。鶏を飼い始めて6年ほどは米ぬかと炊いた魚のあら、まあまあの産みだった。鶏が一番多い頃は軽ワゴン車一杯のオカラを毎朝運び、米ぬかを混ぜビニール袋に詰め嫌気性発酵させた。当時、近くの牧場から、乳脂肪分が少ないため出荷できなかったミルクも、大きなポリバケツ2,3杯まわってきた。1日2日置くと自然発酵してヨーグルトになる。これを混ぜると、よか匂い、人間も食べたくなるほどだ。あと給食や葬儀屋さんのお斎の残り、耳パン、お盆のお供え物のらくがん等々。
 現在はぐっと150羽前後に減ったので、いっそう自由気楽だ。この春は魚粉と大豆かすが急騰したので、これらたんぱく源なしで、ちょうど大量に購入できたモミ・玄中米・小米と腐葉土(少しだがたんぱく質を含む)と米ぬかでやってみた。今の所、けっこう順調だ。ただ、ヒヨコの成育には動物たんぱくは欠かせないかと、ミミズの採集・「養殖」を始めた。それこそ放し飼いの鶏たちのように、あちこちをはい回り枯草・枯れ葉を掻き分け土をほじくった。だんだんにわかってきた。適度に湿り気と通気性のある木陰、意外に清潔でさっぱりした場所を好むようだ。例えば山の香りの漂う腐葉土の中、腐葉土色の細身のミミズが泳いでいる。畑の枯草が土になりかけた所では土色の太め、釣りによさそうな焦げ茶の極細も飛び跳ねている。何匹か採集した後、枯れ草を積んでおくと、外から集まるのか、土の中から出てくるのか、翌日もいる。あちこちにこの小山を作り毎朝のぞく。いつ頃までいるのか、真夏は土の中に潜り込むかな、これも「実験」だ。ヒヨコたちには大好評だ。最初から何の抵抗もなく、まるでウドンのようにつるりと呑み込む。ただ、どこの世界にものんびり屋さんはいて、ぼんやり立ち尽くしているうちにミミズはすばしこい子たちの胃袋に消えてしまう。ま、これも「実験」だ。ヒヨコにはモミだけの方が強健に育つという話もある。よーく観察しなければ。悪ければすぐに改めよう。
 5月3日(水)4時起床、寒い、晴れ。午前中、小野尾さん(男性、私と同年代、福岡市から)を迎えにハッサンを連れJR筑前大分駅に。30数年前、我らが丸太小屋づくりのため、福岡県と佐賀県との境の三瀬トンネル工事に使われた大量の枕木を世話してくれた。梅雨の盛り、トラックで何度も現場と雑草園を5時間以上かけて往復した。小屋づくりは遅々として進まず、結局、大半を腐らせてしまった。壮大な無駄といえば無駄、遊びといえば遊びか。駅から出てきた彼は車に乗り込んで開口一番「緑が美しい、生きてますなあ」骨太の長身、ぽつりぽつりと穏やかにしゃべるが眼鏡の奥は鋭い。私はといえば、どんよりと疲れが取れず、あふれるばかりの新緑に重苦しい気分になるほど。
 昼食は山のようなキャベツのお好み焼き、小野尾さん「何年ぶりですかなあ、お好み焼きは」実は彼が二年前の同じ時期にウチに来て以来だった。午後は台風で折れたねむの木の枝切り、その後は小さな鍬で穴を掘り里芋を植え、まわりに溝を平鍬で掘ってもらう。4時半、風呂。
 5時からの夕食は豪華だった。彼の土産のひらすの刺身をぶ厚く切って、クジラのベーコンとおばいけ、刺身わかめ、それに彼の要望で採りたての玉ネギをやはりぶ厚く切ってと、梅干しは必ず、ほうれん草のお浸し、熊本の高丸さんからのタケノコの煮つけ。小野尾さん持参の辛口清酒3ℓと、貰い物の大分米焼酎、それにわがどぶろく。最初の一杯はどぶろくで乾杯、あとは各自好きなのを手酌で。いつものことだが、体調がいまいちのせいもあって、早々に私はよか気分になり、彼を食卓に残して引き揚げた。7時、これでもいつもよりは遅い。
 トラが朝から姿がみえない。ノンが心配して8時過ぎ、近くをあちこち呼んで回った。結局この夜、帰ってこなかった。   続く 2023年6月26日

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