日々再生

重松博昭
2018/08/16

 どうも5月に体調をくずしたのが回復しきってなかったよう。6月半ばになっても、身体の芯が息切れしているような。妙に頼りなくだるい。身も心もだらけているのはいつものことだが。一番苦手な季節ではあるし。身体を動かし汗をかくしかない。それでなんとかなった。今までは。

 一週間ほどが慌ただしくすぎた。特にノンは。叔母、そして母親と相次いで永眠した。義母は私にとっても、心の空というか救いだった。お地蔵様のような人だった。ましてノンにとっては……なんとなく彼女が小さくなったみたい。一見元気に動き回ってはいるが。

 6月26日、むわーとした晴れ、午後、筑前大分駅へ、Ms.ロール(フランス、23歳)、大柄の金髪、隣のおじょうさんみたいな。肩の力が抜けている。大きく目を見開き、明るい素直な声、日本語勉強中。運がいい。たまたまこの日、新鮮な魚が直送されてきた。刺身大好き、他にお吸い物、インゲンの味噌和え、キウリと人参と大豆のサラダ。玄米もみそ汁・呉汁もOK。

 27日、朝からパラパラと雨、強い風、時おり強烈な日差し。今年はスモモが連日いやというほど落ちる。それを拾ってもらう。かなりのマイペースではかどらない。28日、彼女は朝6時から草取り。終日、なま温かな風が吹き荒れる。夜から豪雨。翌早朝もふり続く雨。餌やり、鶏小屋に浸水、部分的にだが池になりつつある。床土を掘り、水をトタン壁へと導き、そこを深く掘る。小屋の外からも。そのトタン壁の下をほる。どどっと泥水があふれ出た。小屋の中の池が川に。一番問題の下の家の裏に行った。山に集められた雨水が滝のように普段は流れのない崖を落ち、排水路があふれそう。水路に膝までつかり飛沫を浴び草や石をのぞく。さらに家の周りの排水路をたどり表へ。唖然とした。大通りが黄土色の川になってさらさらと流れている。とりあえず家に浸水することはなさそう。雨も小降りに。この緊張感と重労働で二か月ぶりに身体がしゃんとしたみたい。

 ロールの動きもだいぶスムーズに。大豆・小豆畑の草取り、雨の日は、乾かして保存していた彦島菜の種を鞘から取ったり、ニンニクの株分け、スモモの選別など。今年ほどスモモの爽やかな甘みとすっぱみを堪能した年もないが、気の毒なことに彼女、生の果物は苦手とか。

 次の日も朝から雨、餌やりの途中、激しい雨に立ち尽くす。野山の鮮やかな「総天然色」は、重く厚く落ちる雨の線に溶け込み、灰色一色、ひたすら空(くう)、なんという美しさ、私という存在は無に。

 だが、この限りない安らぎの世界が、雨の勢いがある境を超えた瞬間、底知れぬ恐怖の世界に。すべてが呑込まれてしまう。圧倒的水の世界。

 7月1日、風も雨もなし。時おり現れる青空が怪しいほどの深さ。雑草達の緑も。妖艶に奔放に野や畑を覆い尽くそうとしている。2日、曇り、たまにパラパラ。昼食に頂き物のプロが作ったカレーを食べ、筑前大分駅へ。彼女、どこまでも強運、電車が3分遅れでちょうど間に合い目的地佐賀へ向かった。

 その翌々日からだった。一番大変だったのは。喉が痛い。身体全体がだるい。夜、何度も目が覚める。翌朝5時、激しい雨、とにかく起きて餌やり。その日も翌日も一層激しい雨。わが掘っ立て小屋は、大洪水に浮かぶオンボロ屋形船、浸水してこないのが不思議。丸太小屋も危うく床下浸水するところを、排水路を掘ってしのいだ。こんな時はコンクリートより土のほうがなんとかなる。もうこれで限界、身体が重く、気分が悪い。下の家を見に行く気にもならない。

 その夜半からやっと小降りに。翌7日、早朝、小雨、やっぱり下の家の裏の崖はざっくりとえぐられ、崩れ落ちた石と土で排水路が埋まっている。あふれた水は川となり家の前の庭から道路に去ったよう。ほとんど水は残っていないし、床下浸水もないよう。それにしても、あれ以上豪雨が続いたらどうなったろう。幸い、この近辺は谷川がえぐれた以外大した被害はなかったようだが……。

 この日の午後から、ガクーンと精気が抜けた。熱、37度2分(私にとってはめったにない高温)小雨のなか最低限の仕事。

 2、3日で熱は引き、梅雨も明けた。なぜかこれから2週間以上、だるさが抜けない。一時間と体が持たず横になる。焦った。こんなことは初めて。汗をかくことだけが私の健康法だったのに。なにか重大な病気なのでは……ま、しかし、横になりさえすれば、きつくも痛くもない。うつらうつらといくらでも眠ることができる。こんなシアワセなことはそうそうないかも。

 申し訳ないことにノンにも喉風邪がうつったよう。それでも気力だけで、Ms.アンナ(イタリア、24歳)、次いでMs.プロイ(タイ、22歳)と元気溌剌の女性達に料理を作ってもらうなど生活を共にした。

 8月になって、ようやく体力が気力についていけるようになった。ノンも回復に向かっているよう。

 世界は水から光へ。光の限りないエネルギーをどん欲に吸収した雑草達が畑を占領してしまっていた。それでも春に懸命に世話した甲斐あって、エンサイ、つるむらさき、モロヘイヤ、ゴーヤ、オクラ、かぼちゃ、ウリ、ナス……特に花オクラは生きがいい。毎朝、その1日限りの花の命を、ありがたく食している。歯触りがなんとも優しい。ぬめっと歯切れがいい。

 ぶ厚く猛々しい緑に、すっぽりと包まれ、なんとかこの猛暑もしのげそう。

 急に夜が冷たくなってきた。昨夜は、かすかな涼風のような鈴虫の声……

 そろそろ秋まきの準備をしなければ。

 

                2018年8月9日

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