「椿の頃」下

重松博昭
2017/04/11

 2月26日、午後、Ms.チヒロ(韓国、38歳)が雑草園に。スラリとしたスポーツウーマン、彼女がしゃべるハングルを聞いていると、あの「冬のソナタ」を思い出した。しっとりと音楽的で躍動感がある。ただ彼女がいちいちスマホに翻訳させるのには参った。ハングルから日本語へ、その日本語がまるでなってない。

 そのスマホの調子がおかしいと、3時過ぎ、彼女は鉄砲玉のように飛び出ていった。約2時間後、ひょっこりと帰ってきたが、今度は捜しに出た妻が行方不明。暗く寒くなり始めた。いつも私は夕方4時には仕事をやめ、風呂を焚く。どぶろくを飲みながら。薪の炎は最高の酒の肴なのだ。仕方なく歩いて妻を呼びに山を下った。梅の花がまだまだくっきり、水滴が夕闇に弾けるよう。通りに出たところで、軽乗用車が目の前で止まり、妻と若い男性が現れた。まったく偶然に妻は「ケーブルテレビジョン」の社員と出会ったらしい。この会社にはWi-Fi設備のプロもいる。やれやれ、これでゆっくり空白を過ごせる。幸か不幸か、翌日我が家のWi-Fi機能は彼女のスマホに翻訳機能を回復させた。

 スマホに負けじと、妻はかねてから学んでいたハングルでMs.チヒロと直接会話、徐々に良好な関係ができていった。連日、韓国料理を作ってくれた。まず「ピピンバ」、熱いどんぶりご飯に、キムチ、茹でたモヤシ、ゴマ油と醤油で炒めたキノコを乗せ、コチュジャンをかける。全部よーく混ぜることと彼女指導。材料や調味料は別に目新しいものではないが、初体験の濃密かつピリピリと爽やかな世界。ご飯にキムチとゴマ油だけでも十分いける。

 次は「大根飯」、大根を刻んだのを、あれば生シイタケなども米と炊く。コチュジャン、ゴマ油、ネギ等々で作ったたれをかけ混ぜて食べる。大根の土くさい甘みとたれとよく合う。

 3月2日、晴れて暖かだったが、だんだん寒くなる。夕食は彼女の手打ち麺、うどんより少し太い。だしは昆布と小エビ、ジャガイモも入る。ネギも。大きなどんぶりにたっぷりと。身体の底からゆったりとぬくもる。

 夜、雨だったが、翌朝は晴れ、野や畑一面の新緑がまさに真緑、どこまでも透き通っている。この日の昼食はチャーハン、キムチチャーハンと同じく、まず具を炒め、飯を加え、具と混ぜながら炒める。夕は巻きずし、酢飯ではない。ゴマ油と塩を混ぜる。具は卵焼き、ほうれん草(ゆでてニンニク、ゴマ油、塩で味付け)、炒めたニンジン、たくあん、醤油等で味付けした牛肉など。ノリにはゴマ油をぬる。

 翌昼食はイカのポックム(炒め物)、イカと玉ねぎ、人参を炒め、コチュジャン、醤油、唐辛子、ゴマ油、ニンニク等であえ、最後にネギ。鮮やかな赤、辛さも満足感も豪華な一品。

 まさに赤い嵐のような1週間だった。彼女の場合、肉、魚はなくてもいい。唐辛子とニンニクが欧米のトマトやチーズのようなものか。彼女自身も一直線に駆ける風のような人だった。ほとんど人の話を聞かない。が、誠実そのもの。

 3月半ば、日差しは時にキリキリと暑いくらいだが、風はいつまでも寒い。山椿の蕾が続々と湧き、開き、散り、また開く。血のような真紅の花だが、どこかひんやりと冬の気配。

 11日、ややきつい霜、晴れ、午前11時前、JR筑前大分駅前に着いたとき、スキンヘッドの巨漢が、階段のてっぺんで仁王立ち。これがブレット(オーストラリア、26歳)だった。どこか「カッコーの巣の上で」のジャック・ニコルソンに似た、縁取りのはっきりした大きな目がキラキラと優しい。いつも高らかに笑う。

 まじめで気配りの人、日本語も学んでいた。公務員を辞めて、ドイツで自然エネルギー関連を学ぶ予定だとか。時間厳守、自身で一日の流れを決め着実にこなした。風呂も食事も問題なし。ただ焼き魚には四苦八苦、手づかみでもかぶり付いてもいいのに、律儀に箸で身をそごうとする。小骨を一本一本除いて。とうとう半分でギブアップ。野菜もあまり好きでなさそう。コーヒーにスプーン二杯の砂糖、アクエリアスも欠かせないよう。

 毎食後、短時間だが思いつくままに談笑。「トランプ、ノー」と彼は言い出した。その弱い者いじめ、差別が、異を悪とし、暴力で支配しようとする無知・傲慢さが許せない、と。

(言葉も強力な暴力です。相手ばかりか、それを発する人間の心を破壊してしまう)

 日本のアベさんも。というより問題なのは我々国民かな。我々一人一人が自分の頭で考え、しっかりと物を言っていかないと、独裁監視国家になってしまう。偉そうなことを言ってしまったが、私は生来ナマケモノ、しないですむなら、なーんにもしない。まして政治なんて、タフガイの対極の私には、とても。でも、今、眠っていたら、そのなーんにもせずにナマケモノする自由が奪われてしまう。特に人を殺さない、殺されない自由は大切ですよね。

 ブレットは、畑が陰になっていた大木を執念で切り倒し、旅立っていった。その3月末あたりから急に忙しくなった。花やミカンの葉やピースの芽が連日鹿に食われたのだ。竹で柵の杭を補強し、柵を高くし、二重三重に網を張った。ハッサンが夜警、早朝はハッサンと私は上の雑木林と雑草園を一回り。

 4月になってようやく桜が開花、リンゴやスモモなども。小人の国の杯を逆さに吊るしたようなグミのクリーム色の花がびっしり。野のあちこちで、ハコベの微細な白い花びらが震えるよう。大空に、クヌギやコナラのウグイス色の新芽が吹き流れている。椿の木陰に入ると、黒ずんだ紅が累々と、黄緑の落ち葉とともに横たわっている。ようやく終焉に近づいた花々に代わって、枝枝のいたるところに、薄緑のとがった新芽が湧き出ていた。

                2017.4.10

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